『夢が叶う薬!』
こよりの研究室。研究台の上にはそんなことが書かれた空のフラスコが横たわっていた。しかし私はそのフラスコと近くで閉じてある文献を交互に視線を送る。
「………」
「かんぶー、なんかあったかー?」
奥の方を探していたラプが私の名前を呼びながらトコトコと戻ってくる。顔からして「成果なし」といった様子だ。
「いや、これさ」
「ん、……『夢が叶う薬』?」
「うん」
「結構減ってるってことは多分飲んだんだろうな」
こよりの夢が私達の研究なら運的な要素を底上げしておこうと思ったのかもしれないけれど、だけどどうしたってあの状態にはならないはずだ。
なら凶暴性を増す薬とか、そういうのの方が納得できるけど。
これは関係ない、のかな……。
ならなにがどうなって―――
「でも、どれがどれだかこよにしか分からないしなぁ……」
付箋でどんな薬か分かるのは一部の薬のみだ。
さすがにこよがどの意図で文献のどこを参照してどの薬をどう調合して作り上げたか探るのは骨が折れる。こよが徘徊している中悠長にやれることじゃない。
(それに……)
私はさっきこよを躱す際に液体がかかった脚に視線を向ける。
こよから隠れている最中、そして歩くたびに響く違和感。その正体としてくるぶしから膝近くまで氷に包まれている。
「あっちゃー、すぐ振り払っただけじゃだめか」
「捕獲用」の正体はやはり凍結薬だった。対象にかけるとものの数秒で浸透して全身を凍らせる薬。対象が死ぬことはなく、ただ身動きがとれなくなるだけの薬。
かかった瞬間に取り除いたけど、さすがに全身とはいかなくても脚くらいは凍っちゃうか。
「とりあえずこよりを元に戻す薬くらいは探さないと」
私はとりあえず上手く動かない脚をほっぽって、ラプに目標を示した。けだるげに頷くラプと一緒にお目当てを探し出す。
「さすがに解毒薬くらい常備してるだろ博士だし」
「はは……解毒薬ね」
あれは毒じゃなくて薬のはずなのにね。
「解薬薬ってか、語呂悪いな」
「ほんとだよ」
薬品に気をつけながらも私とラプはデスクの上の薬達に注意を向ける。できればもっと漁りたいけれど、さすがにどんな薬があるか分からない場所で無理はできない。
「『この動画が気になっちゃう薬』って……どういうこと?」
付箋がはってあるのはありがたいけど、それでも使用意図がいまいち分からない薬も沢山ある。
「お、爆発薬だ!」
いや『足止めする薬』ってさ………
爆発で何を止めるんだよ。
「声大きいってラプ。っていうか前見たじゃんそれ」
「この前試したら火力がやばくて結社内で使用厳禁になったやつだな」
「適当に試そーぜって結社内で誰かさんが投げたからね」
「………えーだれだよやったやつー」
あの時は、炎が中々消えないのがこよりのこだわりだと胸を張るこよりが普通に怖かった。それにそういうのを結社内で躊躇なく投げるラプが悪魔に見えた。
「一体何を足止めするつもりだったんだろうね」
「肥大したモンスターの頭だろ?」
「それ仕留めちゃってるじゃん」
ラプがぶっこむネタと脳裏に蘇るあの時のやばい景色に苦笑いしつつ捜索を継続するけど、置いてあるフラスコにそれっぽいのはない。
「ないな……」
「ないね……」
そろそろこよがこっちにも来てしまうかもしれない。一応結社内は結構広いけど、隠れるのもいずれ限界がくる。
「ま、さすがに『夢が叶う薬』とか『凍結薬』の効果を吾輩達に消されないようにはするだろうし、当たり前っちゃあたりま――――」
なんとかしなきゃなぁ、そう思った直後だった。
全部言い切る前に腕を組んでいたラプの声が途絶えて、そのまま何かを呟きだした。
「……待てよ、まずなんで博士はあんなに……」
◇◆◇
博士はいざというときのための用意を結構する。例えば凍結薬で自分が凍った時のために凍った状態でも意思疎通できる薬を事前に飲んでたりする。
それは吾輩達に対してもおんなじだ。
博士は運の底上げをするために『夢が叶う薬』を飲んでるんだろどうせ。んで凍らせて捕まえる用の薬も持ってた。
なら、吾輩たちが協力して解毒薬を持ち出して使わないようにどこかに隠すのが普通の対応だ。それを多分博士はやったから解毒薬がどこにもない。
そう仮定すると博士は何故あんな風になった。なんであんな風になって吾輩達を捕まえる必要があったんだ。
吾輩達が逃げたみたいに、あの状態だと間違いなく捕まえられる確率は下がるはずだ。頭を使って追い込む方が得だからな。
仮に理由があってああなったとして自分が解毒薬を持ってないのは変だろ。そんな状態で得られるメリットなんてないはずだろ。
なら博士はああなるために別の薬を飲んだんじゃなくて、間違えて飲んだ(あるいは作った)薬の作用でああなってるって考えたほうがいいんじゃないのか。
解毒薬を隠した後でダメ押しで飲んだ薬。
原因はあれだ。
そこまで目を瞑って考えてから、吾輩は幹部に向かってその物を持ってくるよう言おうとするが、どうやら同じ答えに辿り着いたっぽく、もう読んでた。
『夢が叶う薬』の近くにあった文献を。
「ラプ、これ!」
「………なるほどな」
んで、目を見開いてそれを渡してくるってわけだ。
吾輩の推測通りなら、博士が飲んだのは『夢が叶う薬』ではなく――
「―――『夢を叶える薬』ってことだな」
がちゃん。
吾輩がそう告げた瞬間、扉が開く音がした。コ○ンで解決パートが来た時みたいな音だ。悪くないな。
………って、あれ。
「あ……」
幹部がちゃんとホントに開いた研究室の入口を見ながら「やっべ」って顔で笑う。吾輩もそれを見て「まじかよ」って顔で同じ方向を見た。
博士がいる。
「うふふふふふふふ」
「いや怖いわ!」
「これからって時に!」
原因が分かっただけで打開策はまだ練れてないんだ。
咄嗟に身構えた吾輩と幹部を見ながら、博士は持ってるフラスコの中の液体を少しだけ扉にぱしゃっとかける。扉は秒で氷で埋め尽くされる。
「おっと……?」
「薬の効果が弱まってきて、頭を回せるようになってるとか……?」
吾輩たちが文献の中から見つけた『夢を叶える薬』
『夢が叶う薬』みたいな面白そうな薬じゃなくて、無意識に夢が叶うまで行動し続けるとかいうバケモンみたいな薬だった。
博士は『夢が叶う薬』と間違えてその薬かそれに関係するなにかを口にしてああなったんだ、多分。
どんなラブコメだ。まんま主人公が薬にやられたヒロイン助けて惚れられるルートじゃんかよ。
副作用で理性とか思考とかがやばいくらい鈍るらしいから、あの時は逃げれたけど今回は扉を壊すしかまともに出る方法がない。
壊すとなると少し時間がかかる。魔法も使えないしな。
んで、博士はほどよく薬が抜けてきて思考力が戻ってきてると。
うん。
「いやそれ、勝ち目なくね?」
「ふふふふ、あはははは………♡」
「はーと、きゅるん、じゃねーわホントに」
「ラプもふざけてる場合じゃないって普通に」
割と洒落にならない状況の中、吾輩&幹部と博士は対峙する。それは信念のぶつかり合いか、それとも反逆者の抵抗か、弱肉強食の世界の必然か、はたまた―――
「―――ラプ、余計なこと考えてるでしょ」
「………」
エスパーかお前は!
面白そうな雰囲気台無しじゃねーか!
「ま、確かにこんなドタバタそうないけどさ」
「バ○オハザードみたいだよな」
「あんなに被害拡大しないしゾンビは出ないし、ただのおふざけだからシリアスでもないけどね」
この状況をシリアスじゃないとかどんな鋼メンタルだよ。
「ま、とりあえず……」
「なんとかしよっか」
「ん」
研究室。薬品の匂いが漂う部屋の中で吾輩らは向き合う。
とりあえず次回に続くぞ、っていう話。
初回からこよりさんが飲んでいた薬がやばいことは読者様に提示していましたが、ラプ様達はその様子を見てないよね、ということも含め色々と辻褄合わせの回でした。
実はこの章の結末がまだ練れてないこともあり遅くなってしまいました。すみません。
というか「ルイ姉さんとこよりさんが主軸のエピソード」だったはずなのにズレてきているという。ほんとすみません。
さて、ここで告知です。といっても大したことでもないですが。
近いうちにバイト編の加筆修整をしようかなと思っております。それと同時に設定集も同様に加筆修整する(こっちは確実にします)ので思い出した時にはふらっと読み直してみてくださいませ。