「愛が重いっていいよな」「分かる。だがお前は変態だ」「そこはド変態と言ってくれ」 作:クラウディ
こんなタイトルなのに見てくれる人がいてびっくりしました。(小並感)
12月。
それもあと2週間と経たずに年が変わるという今日。
俺は担当ウマ娘であるナリタブライアンとトレーニングを行っていた。
「ふぅ……どうだトレーナー」
「ああ。前回よりもタイムが短くなってるな。この調子だと行けるかもしれないな。有馬記念」
「有馬か……」
「ハヤヒデ君も出走するらしい。良かったな。全力をぶつけられるぞ」
「そうだな……」
彼女は素っ気なく返すが、これが俺たちにとってはいつも通りだ。
そんな彼女の体はこれ以上なく「完成」している。
無駄な筋肉はなく、走ってる最中の力の入れ方も間違ってはいない。
これなら行けるかもしれない……有馬記念……。
だが、レースに「絶対」はない。
そんなことができたのは彼女も所属している生徒会の会長「シンボリルドルフ」ぐらいだろう。
だが、彼女にそれがないとは言ってない。
むしろ、今の彼女なら皇帝すら超えられるかもしれない。
そんな予感があった。
しかし、油断と慢心は足元を掬われることになる。
拳を握りしめることで爪を食い込ませた。
痛みで頭が冷えていく。
「……さて、それじゃ休憩を挟んだら、今度は……」
「おい」
「?どうしたんだブライアン?」
頭のなかでスケジュールを整理していると、クールダウンをしていたブライアンが不機嫌さを隠さないような声色で睨み付けてきた。
いったいどうしたんだろうか?
「手を見せろ」
「?」
とりあえず、言われるがまま手のひらを開いて見せた。
首を傾げる俺を無視して、俺の手首を掴んで無理矢理引き寄せたブライアンは、俺の手のひらを眼前に持ってくる。
そこには……。
「お前……まだ癖が抜けてないのか……」
「あ……」
そこには、爪が突き立てられたことで皮膚が破れ、流血している自分の手のひらがあった。
失念していた……。
最近は比較的落ち着いてきたと思っていたのに……。
「……お前、治ってきたんじゃなかったのか?」
「ごめん……君に有馬を勝ってもらいたくて……」
これは俺の悪い癖だ。
昔から自分を落ち着かせるための自傷行為が癖になってしまっている。
最近は心配させないために抑えていたんだが……。
「……今日はおしまいだ」
「へ?」
突然のことに空気の抜けるような声が出た。
「いや、有馬で勝ちたくないのか?」
「お前がそんな状態で続けてみろ。私が有馬に出る前に変な噂が立つ」
「それは……」
言い返せなかった。
ブライアンはクラシック三冠を取ったウマ娘。
知名度で言えばトップクラスだ。
そんな彼女のトレーナーに自傷癖があるという噂が立とうものなら、彼女に迷惑をかけてしまう。
……ここは彼女の言うことに従った方がいいだろう。
「分かった……」
「ならとっとと行くぞ」
「ちょ――」
いきなり彼女に背負われた。
突然のことに混乱するも、頻度は毎日のようにならないとはいえ、日常になるほど起きていたことだ。
だから、彼女に身を任せて俺は意識を落とした。
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「……」
「すぅ…ふぅ…」
保健室のベッドに眠るトレーナーを見下ろす私は、自分の不甲斐なさに拳を握りしめる。
こいつは契約した当初もそうだった。
自分のことは人の形をした「何か」程度に考えていて、自己肯定力は微塵もない。
こいつの事情は聞いてない。
だが……。
『お前……!?』
『すまないね。君をスカウトしたいんだ』
初めて出会った時の闇夜のように暗い眼をみた時には、そこらの人間以上の「何か」を背負い込みすぎていた。
そして垣間見ることができた影からは、こいつはいずれ死ぬだろうということが察せられる。
しかし、トレーナーとしての才覚は並み以上だった。
私と一度だけ競い、そして輝きを消した者が、こいつのアドバイスを受けて力を上げていたのを姉貴につれられてみたレースで知った。
あれがホントに諦めたやつなのかと……そう思うほどに。
『俺は誰かのために動かないといけないからね』
なんでもなさげに言うこいつの瞳に明かりが灯ることはなかった。
最近は少しずつ光が見えてきたが、それも生きるための希望の光ではない。
自身を踏み台に私を輝かせるためとしか考えてないのが、今まで接していて分かった。
「お前はバカだ」
深く眠りについているトレーナーの額に手を置き、熱を確かめる。
感じた熱さはいつものような温いものではなく、明らかに体が不調を訴えているような熱さだった。
視線を目元に動かせば、深い隈ができているのが分かる。
どう考えてもちゃんと眠れてはいないだろう。
こいつは「滅私奉公」を体現したような人物だ。
自分を殺してでも誰かに奉仕する。
しかも、嫌がっているわけではない。
むしろ喜んでいた。
自分が誰かのためになることが一番嬉しいと思っている底抜けのバカでお人好しだ。
こいつはトレーナーになっているからこそ生きていられるのであって、誰にも必要とされなくなった瞬間、猫のようにひっそりと死ぬのだろう。
それも、私の担当を終えたらすぐさま死んでしまいそうなほどに。
「…ふざけるなよ」
トレーナーの額から手を離し、再度拳を握りしめる。
私をここまでにさせておいて、契約が切れたらはいさよなら?
「ふざけるなよ…!」
壁に拳を叩きつける。
だが、トレーナーを起こさないように強くはしなかった。
自分が必要とされないから死ぬ?
誰にも知られずに死んでいく?
それこそふざけるな。
お前は……あんたは……私の「飢え」を満たしてくれた。
すぐさま乾く「飢え」を満たせる場を作ってくれた。
だから、
「あんたはこれからも私のトレーナーだ。逃げてくれるなよ?」
そう告げる私の表情は、今まで見たことないような表情をしていた。