Skyrim DLC第4弾「Goblin Slayer」   作:Paarthurnax

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第19話 赤竜(ドラゴン)との死闘

 

『ドラゴン』

 

地上最強の生物は何かと問われれば、人は真っ先にその名を挙げることであろう。

その巨大で強固な肉体と、絶大な力を持つことから、(ドラゴン)はその存在自体が災害と恐れられることすらあった。

 

その強さは成長度合いにもよるが、孵化して間もない『幼火竜(ワーミングドラゴン)』ですら、青玉等級などの中堅以上の冒険者一党で無ければ対処は難しいとされる。幾ばくかの年を経た『若火竜(ヤングレッドドラゴン)』ともなれば、最低でも銀等級の一党が複数の徒党を組んでようやく対抗できるかどうか、といったところだろう。永劫の命を持ち、歳月を経るほどに強大さを増していくとさえ言われている。

 

歴史上、数多の冒険者が成体の(ドラゴン)へ挑み、打ち勝ったものは一握りに過ぎない。ゆえに『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号は、英雄譚の中でも最も譽れ高き武勲として語り継がれることになる。それほどの強大な存在なのだ。

 

そして目の前に現れたそれは、熟練の冒険者である槍使いですら初めて見るほどの巨大さを誇っていた。紛れもなく成体の『火竜(レッドドラゴン)』である。それも大きさから察するに悠久の時を生きた、古の竜(エンシェントドラゴン)クラスだと思われた。

 

「じ、冗談じゃないわ……。なんでこんなところに」

 

その圧倒的な威容に、女魔術師は思わず息を呑む。

本来なら火山地帯や霊峰の奥深くに生息するはずの存在だ。財貨や宝物を好む性質があるため、その収集の目的で時折山奥から降りてくることがあると聞くが、それでもここまでの大物が人里近くまで現れることはまずあり得ない。

 

「やべぇな、こいつは……」

 

槍使いも顔を引きつらせながら、そう呟くしかなかった。

赤き竜はこちらの存在に気付いたのか、大空を旋回しながらゆっくりと近付いてくる。

まるで品定めをするかのように、あるいは獲物を見つけた歓喜に打ち震えるように、爛々と輝く瞳が真っ直ぐにこちらを見据えて離さない。

 

「……悪い冗談だ」

 

思わずゴブリンスレイヤーが漏らした言葉に、全員が内心で同意する。

 

「に、逃げましょう!」

 

女神官が叫ぶ。その声は恐怖のあまり上擦っていたが、的を得た判断ではある。

こちらはゴブリンの軍勢を相手取るために消耗しており、とてもではないがまともに戦える状態ではない。頼みの槍使いも負傷している上に、魔女と女魔術師の呪的資源(リソース)も底を突いている。女神官自身もすでに奇跡を二回使っており、残り一回しか行使できない状態だ。この状況で竜と相対するのは自殺行為に等しいだろう。

 

だが、全てが遅きに失していた。

ゴブリンスレイヤーたちは今や、赤き竜の射程内に完全に捉えられている。逃げる暇などありはしなかった。

 

「……ッ」

 

そしてついに、竜は急降下を開始した。

轟音と共に大気が震え、地上では風圧で土煙が巻き上げられる。そしてそれは一直線にゴブリンスレイヤーたちに向かってきた。

 

「伏せろ!!」

 

ゴブリンスレイヤーの声に反応して、その場にいた全員は一斉に地面に身を投げ出す。

次の瞬間、ゴブリンスレイヤーたちの頭上で凄まじい衝撃音が炸裂した。風圧が大地を押し潰し、衝撃波が地面を伝って全身を激しく揺さぶる。

 

「ぐぅっ……!?」

 

大地が揺れ動くような感覚に襲われ、ゴブリンスレイヤーたちは思わず苦悶の表情を浮かべた。やがて地響きが収まると、彼らは恐る恐る顔を上げる。

ゴブリンスレイヤーたちが立っていた場所は巨大なクレーターが出来上がっており、周囲の柵や草花は薙ぎ倒されていた。幸いにも直撃は免れたが、余波だけでこれである。もしも立ち尽くしたまま、あの竜の攻撃をまともに受けていたら、確実に命は無かっただろう。

 

「み、みんな無事……?」

 

「ああ、なんとかな……」

 

女武闘家の言葉に、槍使いを始め他の仲間も武器を支えに立ち上がり、お互いの顔を見て安堵の溜息をつく。女魔術師や女神官は足がすくんでしまったのか、へたり込んでしまったままだ。

だが、そんな彼らを嘲笑うように、再び上空から翼の羽ばたきが聞こえてきた。見上げれば、そこには先ほどよりもさらに高度を下げて迫る火竜(レッドドラゴン)の姿があった。

 

「おいおい、冗談きついぜ……」

 

絶望的な状況の中、槍使いは思わず天を仰いだ。

竜をよく見ると、その背には人型の影が見える。その輪郭の特徴は、先ほどまで戦っていたゴブリンの容貌そのものであった。

 

小鬼王(ロード)が…、ドラゴンに騎乗しているだと…!?」

 

ゴブリンスレイヤーが狼狽えながら、目の前の光景を信じられないという風に呟いた。

火竜(ドラゴン)に取り付けた手綱を握りしめているのは、確かにゴブリンだった。頭にはあり合わせのもので作ったのだろう、粗末な王冠を被っている。ゴブリンが持つものとしては似つかわしくない巨大な戦斧も携えており、その凶悪な刃が月光を受けてギラリと輝いていた。

 

 

§

 

 

小鬼王(ゴブリンロード)はいつになく気分が高揚していた。

外なる神より授かった奇跡により、畏怖の象徴でしかなかった(ドラゴン)を使役する術を得たのだ。

彼がこれまで渡り歩いた巣穴の中に、この火竜(レッドドラゴン)が君臨する神代の遺跡があった。君臨といっても特に何かをするという訳でもなく、他の怪物たちを威圧し畏怖させて遠ざけているだけであったのだが。当時は自身も『渡り』としてその巣の護衛をしていたが、ある冒険者たちによって壊滅させられてしまったのを覚えている。

 

彼は冒険者たちを引き付けて竜が鎮座する場所へと上手く誘導した。結果として冒険者たちは火竜(レッドドラゴン)によって全滅させられたが、小鬼王(ロード)自身もその巻き添えにされかけて命からがら逃げ延びた。消し炭にされかけたその時の恨みは決して忘れてはいない。いつか必ず復讐してやろうと誓い、だが何も手立てが無いまま時は過ぎていった。

しかし、まさかこのような形で叶うことになろうとは。

 

覚知神により与えられた託宣(ハンドアウト)に従うことで、計画を前倒しにすることができた。このまま街を襲撃して人族を蹂躙し、その跡地に自身を頂点とした王国を築く。男は食料とし、女は繁殖のための苗床とする。そして数を増やし勢力を拡大すれば、いずれは世界そのものを我が物にすることだってできるかもしれない。

 

━━フハハハッ!! いつも偉そうにふんぞり返っていたこの竜も、今では我の操り人形だ。もはや恐れるものなど存在せぬ

 

自身の夢が現実になる瞬間を目前に控え、小鬼王(ゴブリンロード)は口角が吊り上げてゲタゲタと高笑いをした。

そして真下にいる豆粒のような冒険者の一党を見下ろし、竜の手綱を強く引いて命令を下す。

 

━━手始めに貴様らから血祭りに上げてやる。我が同胞を虐殺した報いを、その身をもって味わうがいい!

 

 

 

竜が急降下を始める。ゴブリンスレイヤーたちへと迫り、そのまま彼らの真上に滞空した。彼らの頭上で、竜が大口を開けてその口元を光らせる。大気を全て飲み干すが如く、風が渦を巻いて吸い込まれていく。

竜が何をしようとしているかは明白だった。

 

「ひ……ッ!?」

 

「い、いと慈悲深き…地母神、よ、か弱き―――」

 

女武闘家が腰を抜かして悲鳴を上げ、女神官は恐怖に震えながらも咄嗟に祈りを捧げようと両手を組む。ゴブリンスレイヤーは即座に雑嚢から一つの巻物(スクロール)を取り出し、結び目を解こうとする。

 

━━何をしようと無駄な足搔きよ! 恐怖と絶望の中で悶え死ぬがよいッ!

 

小鬼王(ゴブリンロード)の言葉と同時に、竜の口から轟々と燃え盛る炎の奔流が吐き出された。それは渦を巻いて一直線にゴブリンスレイヤーたちへと伸びていく。灼熱の息吹がゴブリンスレイヤーたちに襲い掛かった。

 

「ぬおおおぉぉーッ!」

 

ドヴァーキンが雄叫びを上げて両手を構え、仲間たちの前に立つ。手の先が眩い光を放つと、魔力の障壁が生み出され盾となった。『魔力の砦』を二連の構えで展開し、ドラゴンブレスを受け止めようとする。

 

「ぐぅ……ッ!!」

 

竜の息吹(ドラゴンブレス)と『魔力の砦』がぶつかり合い、激しい衝撃音と瘴気が辺りを包み込む。

遅れて女神官の『聖壁(プロテクション)』が発動して、仲間たちを守る防護の壁が生まれた。『魔力の砦』と合わさって二重の防御となり、竜の息吹(ドラゴンブレス)と激しく拮抗する。

しかしそれも徐々に押し返されていき、長くは持ちそうにない。

 

その時、ゴブリンスレイヤーが矢の如く飛び出した。先ほどの巻物(スクロール)を素早く開き、竜に向けて掲げる。

その瞬間、巻物から閃光が広がり、轟音と共に凄まじい衝撃波が発生した。それは竜の息吹(ドラゴンブレス)とぶつかると壮絶にせめぎ合っていく。

 

転移(ゲート)》の巻物(スクロール)。失われた《転移(ゲート)》の呪文が記されており、冒険者にとって切り札とも命綱ともなり得る道具である。ゴブリンスレイヤーは魔女に高い報酬を支払って、その行先を海底へと接続させていた。彼は今、竜の真下からそれを解き放ったのである。

 

高圧の海水が凄まじい勢いで噴出し、竜の息吹(ドラゴンブレス)と相殺し合う。その威力は互角の様相を見せ、空中で激しくせめぎ合っていった。

あるいは竜が空中ではなく地上にいたならば、海水の勢いが勝り、竜ごと全てを押し流すことが出来たかもしれない。だが、いくら強力な水流でも重力には逆らえず、勢いが減衰して拮抗するだけにとどまってしまっていた。

 

やがて二つの攻撃は互いに打ち消し合って消え去り、蒸発した海水が霧となって周囲に立ち込めた。しかしそれも竜の羽ばたきによって即座に吹き散らされる。役目を終えた巻物(スクロール)も超自然の炎で焼かれて灰になり、風に散った。

 

ゴブリンスレイヤーたちは無傷で凌いだが、それでも安堵の表情を浮かべることは出来ない。目の前の脅威はまだ健在なのだ。

小鬼王(ゴブリンロード)は忌々しげに舌打ちし、憎々しい視線をゴブリンスレイヤーに向ける。

 

━━小賢しい真似を……! 冒険者如きがッ!!

 

おぞましい怒気を放ちながら、手綱を持つ手に力を込める。

再び竜が大口を開け、周囲の大気を吸い込み始めた。竜の喉が、胸が大きく膨らんでいく。そして口内に光が収束していった。

 

「おいッ!もう巻物(スクロール)()ぇのか!?」

 

槍使いが叫ぶ。ゴブリンスレイヤーは首を横に振って答えた。

 

「無い…。今のが最後だ」

 

彼の言葉に皆が絶望的な顔になる。ゴブリンスレイヤーは無駄な足掻きと知りつつも、弓を構えて矢を番えた。燃える水(ガソリン)も催涙弾も先の戦いで使い果たしてしまった。しかし”常に動き続けろ”という彼の先生の教え通り、最後まで諦めることなく竜の眼球へと狙いを定める。それを見た仲間たちも最後の力を振り絞り各々の武器を構えた。矢が、投石紐(スリング)が、槍が、限界突破(オーバーキャスト)による魔法の矢が、竜に向かって放たれていく。

だが、それらは虚しくも竜の鱗に弾かれていった。

 

━━無駄なことを……! 悪足搔きもここまでだ。塵一つ残さず消え失せるがいい!!

 

竜の瞳に光が灯る。彼らの奮闘も虚しく、全てを灰塵に帰す竜の息吹(ブレス)が放たれようとしていた。

もはや万事休すかと思われたその時、弾けるように飛び出した影があった。

 

 

 

Fus()(ファス)…』

 

力の言葉の一節目が震動と共に周囲に轟く。続けて二節目、三節目が紡がれていく。

 

『―― Ro(均衡) Dah(圧力)(ロォ・ダァァァァ)!!!』

 

叫んだ瞬間、声そのものが純粋な力の塊と化して、轟音と共に赤き竜(レッドドラゴン)へ強力に叩きつけられた。

流石に吹き飛ばされるとまではいかないが、それでも竜の巨体が大きく仰け反り、首が天を仰ぐ。放たれた竜の息吹(ブレス)も軌道が逸れて明後日の方向へと向かっていった。

 

━━な、何だとぉぉぉぉーッ!?

 

凄まじい衝撃に竜の巨体が激しく揺れ動く。小鬼王(ゴブリンロード)は必死に手綱を握って耐えるが、振り落とされないようにするだけで精一杯だった。竜自身も体勢を立て直そうと翼を激しく動かし、暴風が巻き起こる。

 

Joor(定命の者) Zah(有限) Frul(一時)(ジョール・ザハ・フルル)!!』

 

さらに間髪入れず、新たな叫びが響いた。不可視の衝撃波が竜の身体を打ち据え、その巨体が激しく揺さぶられる。翼を広げ必死に羽ばたこうとするが、まるで見えない重しを乗せられたかのように、空へと浮かび上がることが出来ない。【ドラゴンレンド】を受けて竜は苦悶の声を上げ、地上に向けて墜落していく。

 

まるで大地が鳴動するかのような地響きとともに、竜の巨体が地上に衝突した。その勢いのまま地面に大きな亀裂が走り、土砂が噴き上がって周囲一帯に降り注いでいく。

 

「きゃああっ!!」

 

女魔術師や神官たちが悲鳴を上げる。ゴブリンスレイヤーと槍使い、女武闘家は咄嵯に後衛の仲間を抱きかかえて庇うと、そのまま地面に伏せた。舞い上がった土煙のせいで視界が遮られる中、悲鳴にも似た竜の叫び声と激しい剣戟音だけが聞こえてくる。

やがて土埃が落ち着くと、そこにはドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)が壮絶な戦いを繰り広げていた。

 

 

§

 

 

”シャウト”の使用はハルメアス・モラの影響力を強めることになる。

それを知ってからというもの、ドヴァーキンはシャウトの行使を極力控えるようにしていた。先ほどのゴブリンの軍勢との激戦でも、仲間の魔術や策略、持ち前のノルドとしての身体能力によって乗り切ることができた。

 

【ストームコール】や【動物の忠誠】、【時間減速】など戦況を左右し得る強力なシャウトを使っていたならば、戦いの決着はあっけないほど早くついていたことだろう。しかし、それは同時に強大なデイドラロードの力を高めることを意味する。

ハルメアス・モラは知識の収集以外のことには関心が低いため、世界が破滅するほどの危険は恐らく無いだろう。それでも、何をしでかすか分からないところがデイドラロードという存在の恐ろしいところだ。

 

ゆえにドラゴンからの猛攻にさらされながらも、シャウトを使うことには最後まで躊躇いを覚えていた。しかし、仲間を見殺しにして小より大を選ぶような非情さを、結局のところ彼は持ち合わせていなかったのだ。

ドヴァーキンは覚悟を決めて、シャウトの使用を決断した。

 

 

§

 

 

一方、ゴブリンスレイヤーたちはドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)との戦いに魅入っていた。その光景はまさしく圧巻であり、冒険者の常識を超えたスケールの戦いが繰り広げられている。

 

振り下ろされる強靭な爪を盾で弾き、叫ぶと同時に不可視の衝撃波が放たれ竜を大きく怯ませる。巨大な質量同士がぶつかり合う衝撃に大気が震え、巻き上げられた砂塵が嵐のように吹き荒れる。竜の口から灼熱の炎が吐き出されるが、同じく火炎のブレス(ファイアブレス)を放つことで相殺し、竜と戦士は激しく打ち合いながら一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「すげぇ……」

 

「凄い、わね…」

 

槍使いや魔女は唖然としながら呟くばかりだ。女武闘家や女魔術師に至っては言葉を失っており、今目の前で起きていることが現実だと信じられない様子だった。ゴブリンスレイヤーも兜で表情こそ見えないものの、微動だにしないところからして同じ気持ちなのだろうと察せられた。

 

(ドラゴン)の力を得た人、というより人の形をした(ドラゴン)といった方が適切な表現かもしれない。この戦いは人と(ドラゴン)の戦いではなく、(ドラゴン)同士の闘争である、そう錯覚してしまうほどの強大な力の応酬であった。

そんな中、女神官が口を開く。

 

「ドラゴン……ボーン……」

 

「えっ?」

 

「なんだそりゃ」

 

突然飛び出した単語に、女武闘家と槍使いを始め、皆戸惑ったように聞き返す。

 

「初めて角付き戦士さんと会った日に、彼から聞いたんです。『ドラゴンボーンという言葉を知っているか』って」

 

「ドラゴン…ボーン。つまり、生まれながらの竜、竜の血を引く者。そんなところかしら?」

 

「…それって、彼が竜の血筋、(ドラゴン)ってことなの?」

 

女神官の答えに女魔術師が顎に手を当てながら考察を述べ、女武闘家がやや戸惑い気味に尋ねる。

にわかには信じがたいが、今見ている光景からすれば納得できなくもない話ではある。

 

「まあ、あいつに直接聞いてみるしかねぇな…」

 

「そうだな」

 

槍使いとゴブリンスレイヤーがそう言って結論づける。推論であれこれ話すよりも、直接本人に問い質した方がいいだろう。冒険者たちは目の前で繰り広げられている神話の如き戦いを、固唾を呑んで見守るのであった。

 

 

§

 

 

赤き竜が怒涛の攻撃を放ってくる。鋭い爪による斬撃はもちろんのこと、巨大な牙を使った噛みつき、そして脚による踏みつけ、さらには竜の息吹(ドラゴンブレス)まで放ってくる。

それをステップで躱し、あるいは盾で防いで受け流す。竜の息吹(ドラゴンブレス)が放たれれば火炎のブレス(ファイアブレス)で押し返す。互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。

 

「ぬぅん!!」

 

竜の顔を盾で殴りつけて怯ませると、その隙を突いて鋼鉄の剣を突き立てる。狙いすました一撃は竜の右目に命中し、深々と突き刺さった。

 

『GaaAAAA!!!』

 

竜が苦痛の叫びを上げて身を捩る。ドヴァーキンはその動きに合わせて素早く飛び退くと、転がっている巨大な棍棒を拾い上げた。先の戦いで小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)が使っていたものだ。それを大きく振りかぶると、渾身の力を込めて竜の頭へと叩きつける。

 

「ふんッッ!!」

 

鈍い音を立てて棍棒の先端がめり込む。竜の硬い鱗に阻まれて致命傷とはならないものの、その頭蓋を揺らし、着実にダメージを与えていく。その光景に、竜の背に騎乗していた小鬼王(ゴブリンロード)は驚愕を禁じ得なかった。

 

━━ば、馬鹿な…こんなことがあってたまるかッ!!

 

ただの只人(ヒューム)の戦士が、竜を相手に互角以上に戦っている。

いや、それだけではない。赤竜(レッドドラゴン)が、地上最強の生命体が、奴に怯えているようにすら見える。

あり得ないことだ。古の竜(エンシェントドラゴン)を単独で圧倒する者など、話にきく白金等級の冒険者くらいなものではないか。小鬼王(ゴブリンロード)は冷や汗をかきつつも、それでも何とか現状を打開すべく思考を巡らせる。

 

そうしている間にも、ドヴァーキンと赤竜(レッドドラゴン)の戦いは激しさを増していく。竜が巨大な尾を振り回して薙ぎ払ってきた。驚異的な速度で迫り来る鞭のような一撃を、ドヴァーキンは盾を掲げて受け止める。

 

「ぐぅっ……!」

 

凄まじい衝撃を受けて、ドヴァーキンは後方へ吹き飛ばされる。

だが、それで終わりではなかった。赤竜(レッドドラゴン)はその巨体からは想像もできない俊敏な動きで跳躍すると、そのまま空中を滑空しながら彼目掛けて急降下してきた。

 

Feim(幽体)(フェイム)!』

 

赤竜(レッドドラゴン)の強烈な踏みつけ(スタンプ)を【霊体化】を一節のみ紡ぐことで回避する。透けた身体は赤き竜の攻撃をすり抜け、その攻撃の勢いを利用して、逆に竜の腹を棍棒で強打(フルスイング)した。

 

『GYAAAAOOU!?』

 

予想外の反撃(カウンター)を受けた竜は、たまらず悲鳴を上げる。苦悶の声を上げて竜の巨体が大きく仰け反った。衝撃で棍棒が砕けるが、構わずドヴァーキンは素早く距離を取ると、再び力の言葉を紡ぎ、叫ぶ。自身が一番最初に覚え、最も頼りとしてきた”揺るぎなき”力の象徴――

 

Fus() Ro(均衡) Dah(圧力)(ファス・ロォ・ダァァァ)!!!』 

 

不可視のエネルギーの奔流が赤き竜を襲う。

 

━━ぬわぁあああッ!?

 

膨大な力の波動に飲み込まれ、小鬼王(ゴブリンロード)は絶叫を上げた。

全身がバラバラになりそうなほどの痛みが走り、赤竜(レッドドラゴン)から引き剥がされる。手にしていた戦斧が弾き飛ばされ、宙を舞って地面に突き刺さった。吹き飛ばされていく最中、小鬼王(ゴブリンロード)は竜の巨体が背中から大地へと叩きつけられるのを見た。

 

轟音と共に土煙が上がり、砂塵が激しく舞う。そしてドヴァーキンは、その隙を見逃さなかった。

すかさず小鬼王(ゴブリンロード)が手放した巨大な戦斧を拾い上げると、その刃を赤竜(レッドドラゴン)の頭上高くに掲げ、一気に振り下ろした。

 

「ぬぅううんッ!!」

 

渾身の力を込められた戦斧が、竜の脳天に直撃する。

その威力は凄まじく、轟音が響くと共に戦斧の刃は竜の頭蓋を叩き割り、頭部を完全に粉砕した。

竜の瞳孔が収縮し、その肉体が痙攣を始める。やがて動かなくなった赤竜(レッドドラゴン)は、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

もはや動く気配はない。完全に絶命したようだ。

それを確認したドヴァーキンは、ふっと息を吐き出すと構えを解き、しかし油断なく竜の死骸を見据える。

そこへ遠くから声が聞こえてきた。

 

「おーい!大丈夫かよぉ!」

 

見れば、離れて見守っていた仲間たちが駆けつけてくるところだった。

 

「ああ、なんとかな」

 

ドヴァーキンは仲間に向かって片手を上げ、返事をする。

擦り傷や切り傷こそあるものの、目立った外傷は見当たらない。竜相手に大立ち回りを演じたというのに、終わってみれば圧勝という結果であった。

逆に、周りは赤竜(レッドドラゴン)との戦いの余波で地面があちこち陥没しており、まるで戦場跡のような有様になっていたが…。

その事実を目の当たりにして、冒険者たちは驚きを隠せない。

 

「凄ぇなあんた。あの赤竜(ドラゴン)を相手によくもまあ……」

 

「本当に凄いです。まるで伝説の勇者様みたいでした……!」

 

感嘆の声を上げてドヴァーキンの肩を叩く槍使いと、目を輝かせながら尊敬の眼差しを向ける女神官たち。しかし、大地に横たわる赤竜(ドラゴン)の死骸が突然光を放ち始めたことに女魔術師が気付く。

 

「ち、ちょっと、あれを見てっ!」

 

彼女の言葉を受けて指し示す先へ視線を向けると、赤竜(ドラゴン)の身体が眩く発光して、そこから光の粒子が立ち上がっていくのが見えた。

 

「な、何が起こってるのっ!?」

「どうなってんだ、こりゃ!?」

 

困惑する冒険者たちの前で、赤竜(ドラゴン)から膨大な光の奔流が溢れ出し、まるで吸い込まれるようにドヴァーキンへと収束していく。

 

「こ、これは一体……!?」

 

超常的な現象に冒険者たちが驚愕している中、ドヴァーキンだけはこの光景に見覚えがあった。彼の体に光の粒子が吸収されていくにつれて、先程まで感じていた疲労感が消えていく。

そうして光が収まった時、そこには赤竜(ドラゴン)の亡骸だけが残されていた。

それを見届けると、ドヴァーキンは、ふぅと溜息を吐きながら――

 

(まさか、この世界のドラゴンの魂も取り込むことができるとはな……)

 

内心で、そんなことを考えた。

 

「……ん?」

 

ドヴァーキンは何かに気付き、仲間たちを見回すと、あることを確認するために声を掛けた。

 

「ゴブリンスレイヤーの姿が見えないようだが?」

 

「あ、ああ。そりゃあ……」

 

「……ええ。そう、ね…」

 

目の前で見た光景に驚いていた冒険者たちだったが、その言葉で我に返る。

 

「…彼が、誰だか、知ってる……、でしょ?」

 

艶やかな声で魔女が囁くと、その言葉でドヴァーキンも察したのか、ああ、と納得するように呟いてそれ以上は何も言わなかった。

 

「―――ゴブリンを、殺し(スレイ)に、行ったのよ」

 


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