マンハッタンカフェとアグネスタキオンがエレベーターで下った先は、不気味な地下資料保管庫だった。
トレセン学園の真実、それを知るために彼女達は歩き続ける。

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トレセン学園地下666階

「いやぁー君が手伝ってくれて助かったよカフェ!」

アグネスタキオンが高笑いしながら言う。

「礼には及びません。あなたが何を運び入れているのかは、しっかり見ておく必要がありますから」

「相変わらず信用ないねぇ」

 

アグネスタキオンは通りがかったマンハッタンカフェにお願いして、新しい器材の搬入を手伝わせていた。

 

「こういう時自分がウマ娘で良かったと思うよ、何せ人間では運ぶのに時間が掛かるからね」

「……引退後は引越し屋さんにでもなるつもりですか?」

「まさか!あんな泥臭い仕事は御免こうむるよ!私の引退後の道は研究者に決まっているだろう!」

「……引越し業者にしておいた方が世のためですよ」

「ま、未来のことは何も分からないさ」

 

そう言いながらタキオンは乗ってきたエレベーターのボタンを押す。

「階段で帰らないんですか?」

「もちろんその方が良いが……最近は時間を集中してトレーニングに打ち込んだらどうなるか試していてね」

「はぁ……」カフェは呆れた様子でため息を吐きながらエレベーターに乗り込む。

 

「ていうかなんで今日は白衣着ているんですか?それ勝負服でしょう……」

「いや、違うよ?これには試験管のレプリカ入れるところがが付いてないだろう?これはただの白衣さ。」

「……中は本物の勝負服ですよね?」

「そうだけども?」

「汚したらどうするんですか……」

「決まっているだろう、また作ればいい!既に予備は何着も持っているから安心さ!」

「そういう問題じゃありません……」

 

***

 

……

「……何か長くないかい?」

エレベーターの中で何回か談笑を繰り返し、タキオンが不審に思う。

「え…?」

タキオンに言われて、カフェは思わず上のパネルを見る。

「1階……まさか」

本来地上で止まっているはずのエレベーターは下降を続けているのに気づき、カフェは時間を見る。

「午後6時9分……!」

 

「それがどうかしたのかい?」

タキオンは疑問そうに聞く。

「……トレセン学園七不思議を知っていますか?」「ああ……」

「理科室の動く模型、音楽室の幽霊画……」

「そりゃあ聞いたことあるとも!しかし七不思議にエレベーターなんて聞いたことないが……」

「そこなんです、タキオンさん」「え?」

 

「このトレセン学園には、怪奇現象よりもおぞましい現実が存在しています」

 

「……それ自体も怪奇現象のひとつじゃないのかい?」

いつも聞き慣れている語り口だからか、タキオンは怪訝そうに聞く。

「いえ……午後6時6分6秒、特定の日付で指定のエレベーターに乗り込むとこれは確実に発生します」

「つまり……あまりにも安定している現象、だと」

 

「はい、何回か乗って確認しました。エレベーターに乗りたがるウマ娘なんて居ませんし、そもそも普段は資材搬入のため使用を控えられていますから」

「……」

「あの子に教えて貰わなければ、私も気づけなかったでしょう。ここは─」

 

エレベーターのパネル表記が変わり、ドアが開けられる。

 

 

「─トレセン学園地下666階、地下資料保管庫。」

 

目の前には奥が見えない程展示された資料が、博物館のように並んでいた。

 

 

「いいねぇ。皆が知らない学園の秘密を私も知れるということか、興奮してきたよ!」

「タキオンさん」

「なんだい?」上機嫌なタキオンが聞き返す。

「ここで見たことは、本当に一切他言無用でお願いします。でないと、」

 

「あなたの存在そのものが消えることになります」

 

***

 

「他言無用……」

その言葉を聞いて、タキオンは手を顎に当てる。

 

「それはつまり見学しても良いということだね!?」

 

カフェはため息を吐く。これだけ精一杯の警告しているのに、彼女の目は輝いているからである。

 

「タキオンさん。あなたはこの保管庫の恐ろしさを全然分かっていません。これは幽霊や怪奇現象の範囲を遥かに超えています」

「いいじゃないか、ますます興奮してきたよ!」

「ですからね……」

「ん?なんだい?」嬉しそうにタキオンが聞き返す。

「私でもここのルールを守れるかは分からない、ということです。」

 

「……」

「タキオンさんはいつも不注意ですから。何かやってあなたの身に何かあっても、私は助けられないかもしれないんです」

「カフェ……」

 

 

「嬉しいじゃないかぁ〜〜〜!私を心配してくれているんだね!?」

「……」

タキオンはカフェの髪をわしわしと掴み、彼女を撫でる。撫でられているカフェは、嫌な顔をしながらジッとしている。

「いや心配いらないよ!幽霊の扱いも、器具の扱いも似たようなもんだからね!細心の注意を払えば大丈夫だ。よし!じゃあ、出発しようか!」

「もう知りませんよ……」

カフェは不貞腐れながらも、保管庫を進むタキオンの後を着いていった。

 

***

 

「ふむ……」

興奮気味に歩いてたタキオンだったが、保管庫の展示を何個か見ると、そのテンションはすっかり落ち着いてしまっていた。

 

「そうはいっても……ここの展示はちょっと調べれば分かるようなことばかりだね」

「はい、引退したウマ娘の進路……その社会貢献と雇用推進に関する記事が置かれています」

 

「カフェ〜、さっきの大袈裟な言い方はなんだったんだ、一体。これじゃあまるで私が道化みたいじゃあないか〜」

拍子抜けた展示の内容に、タキオンは不満の色を隠せない。

「ですから……ここのエリアは誰か間違って入ってもすぐ帰るように、そういう展示ばかりなので。奥の方は危険だと……」

「おお!あっちの方はちょっと面白そうだぞ!なになに……『ウマ娘関連事件事例一覧』……」

 

その展示コーナーには数多くのウマ娘に関する刑事事件、その新聞記事が展示されていた。

 

「なるほど。確かにこれは学園が隠したがる事実……しかし、新聞に載っていることなど、予算をせびる脅し道具にしかならないねぇ」

「……私はタキオンさんもいずれ、ここに並ぶんじゃないかなと思っていますよ」

「おいおい、私としては実験の安全性は充分気をつけているつもりだよ?」

「もう何言っても無駄、ですね……」

カフェは、タキオンの相変わらずな態度に諦め、そのまま会話をやめてしまった。

 

「おや?……あの記事はレポートのようだね?」

タキオンの目線の先にあったのは、新聞記事ではなく、報告書だった。

そこにはこう書いてあった。

 

【特定ウマ娘に関する処遇について】

 

下記のウマ娘について、本学及び地方トレセンは一切の関係がなく、既知しないものとして扱う。

関連する情報の目撃、報道があった場合、直ちに機関へ連絡すること。

以下は、その一覧である。

──

 

ずらずらと並ぶリストには、架空と思われるウマ娘の名前が書かれていた。

 

「……聞いたこともない名前ばかりだね、君は誰か知ってるかい?」

報告書を一瞥して、タキオンはカフェに聞く。

「そうですね、タキオンさんが知っているはずがありません」

「ん……?」

「この先に行けば分かることです」

カフェが見る視線の先には、数多くのウマ娘の蝋像が並んでいた。

 

「なるほど、ようやく真実とやらのお出まし、というわけか」

 

***

「ふぅん、なかなか良く出来てるね……」

 

タキオンは興味津々で、目の前にある等身大の像を眺めていた。

「……まぁ、そうですね」

「これがさっきのリストに書いてあったウマ娘たちかい?」

「恐らくは。……絶対に触ったらダメですからね」

像に触れそうだったタキオンは、寸前で手を止める。

「……触らないさ。ん〜、でもうっかり触れちゃうかもしれないねぇ」

「タキオンさん。」

「分かったよ、分かった……」

 

彼女たちは時々、歩みを止めたりしながら左右二列に並ぶ像を見ていた。

「この像たちには……何か意味がありそうだね」

「さぁ……意味なんて本当にあるんでしょうか……?」

「確かに。この像には名札が付いてない。そのリストの誰が誰だかわからないな」

タキオンがそう言いながら、次の蝋像へ目線をやる。

「あのウマ娘はマルゼンスキーにそっくりだねぇ、彼女の親戚かい?」

「……全く分かりません」

「だろうね!姿しか分からないんじゃあ知りようがない!ハッハッハッハッ!」「はぁ……」

名前と姿がバラバラのウマ娘たちにタキオンが高笑いをする。

 

「……あっちは知っているウマ娘ばかりですよ」

「おお、本当だ」

名もないウマ娘の像の先には、見知った顔のウマ娘の像が並んでいた。

「スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー……みんな実力者ばかりだ」

誰でも知っているような有名なウマ娘たちが台座の上に佇んでいた。

 

「はい……」

「うん?……何か違うな。こう、身体の型とかが……」

「気づきましたか」

「明確には分からない、けれどもね」

タキオンの言う通り、そこに展示されているウマ娘は、本物と少し違う体型をしている。

 

「しかしなぜだ?像の出来が悪くとも彼女たちはここにいるのだから、何もやましいことはないはずなのに……」

「もしかしたら似たようで違う世界から来たウマ娘、なのかもしれませんよ」

「それはつまり……並行世界というわけか!面白い!」

「どうでしょう……実際の所、あの子に聞いても理由は分かりませんでしたから……」

「ま、その可能性はあまりない、か。……だが、問題はなぜこれらはあの名も無い像と並べてここに置かれているのかだが……」

 

そうして2人が歩いて行くと、ある像にたどり着く。

「おや?」

「ああ、これは……」

そこには白衣の勝負服を纏った、栗毛のウマ娘がいた。

「私じゃないか〜〜!嬉しいね、私もトレセンに認められているという訳だ!」

「……そうとは限らないと思いますよ……」カフェは呆れて別の方向を向く。

 

「ふーむ。だけども何時、誰が、私の体型を取ったのだろうね?そんな記憶はないのだけれども……」

タキオンは台座に乗り出して自分の像の細部をまじまじと見つめる。

「こんな扱いをするぐらいだったら、実験の予算を増やして欲しいなぁ……」

「これと比べると、あなたは随分と可愛らしい……」

「そうなんだよ、この像私のこと凛々しく造り過ぎじゃあないかな〜?カフェもそう思うだろう?」

言葉の方向へとタキオンが振り返る。

 

 

その瞬間─

突然、マンハッタンカフェが噛み付いてきた。

 

「!?」

いきなり噛みつかれたタキオンは、突如襲ってきた彼女が信じられないという顔をする。

「なんだ!?一体どうしたんだカフェ!?」

「いけない!!『それ』から離れて!早く服を!」「え?ああ!」

 

幸運にも、タキオンが噛みつかれた先は白衣の袖先だった。

彼女は白衣を台座の上にいるカフェに脱ぎ捨て、本物のカフェの手を取り、そのまま逃げる。

「ぐうう、があぁ……」

「ハァ、ハァ……」

「…………」

タキオンが離れてしばらくすると、マンハッタンカフェの像は静止した。

 

「大丈夫ですか?」

「……一体なんだったんだ、こいつらは?ただの像じゃなかったのか?」

タキオンの息は少し上がっていた。

「分かりません。ですが、近づき過ぎると動き出すんです。……だから来たくなかったのに」

「おいおいおいカフェ〜、君何も言わなかったじゃないか!」

情報を今まで隠されていたことに彼女は文句を言う。

 

「……言ったらタキオンさんは間違いなく近づくじゃないですか。それに、全てが動くわけじゃないみたいですし」

「いや、私がそんなことするわけないだろ〜。……待てよ。カフェ!君、まだ情報を隠しているね!?」

「……」

「あ!待ちたまえ!」

タキオンの言葉を無視して、マンハッタンカフェは歩き始める。

タキオンは彼女を追いかけるよう、先へと進んでいった。

 

***

 

「像の展示が終わって……また新聞記事か」

見知ったフォーマットの紙の展示に、タキオンは落胆の色を隠せない。

「タキオンさん、ここからは発言にも気を付けてください」

しかし、対するカフェの表情は真剣だった。

「何…?」

 

「この記事は、『過去』の記事です」

 

そう言われたタキオンは、不思議そうな顔で歩みを進める。

展示スペースには、様々な記事が展示されていた。

 

[700万人が参加したダービー、『風神』アイネス15年ぶり逃げ切りV]

[2冠、エアシャカール、筋書き通りの完勝劇]

[奇跡日本一、『帝王』、有馬復活]

 

そこには様々なウマ娘に関する記事が展示されていた。

 

「……有名な出来事ばかりじゃないか」

「そうです。ここはかつてあった出来事が置かれてある場所……」

「なんだよ〜、カフェ〜。そこまで言うことなかっただろ〜」

またしても騙されたと思い、タキオンは拗ねてしまう。

「……なら、あの記事を見ても何も言わないよう、お願いしますね」

「あの記事?」

マンハッタンカフェが指差した記事を、タキオンは見つめる。

 

そこには─

 

[天皇賞V目前、骨折、サイレンススズカ『戦死』]

 

「なっ……!」

 

「バカな!彼女はむぐっ……!」

叫び出すタキオンの口をカフェが手で覆う。

「だから何も言わないで、って言っているでしょう。本当に……」

 

「むぐむぐ……」塞がれててなお、タキオンは口を動かす。

「落ち着いてくださいタキオンさん。記事の日付をよく見るんです」

「……?」そう言われ、タキオンは記事の日付を確認する。

 

そこには1998年11月2日と書いてあった。

 

「いいですか、彼女が秋天で不幸な事故に遭ったのはこの日付の前日です。……そしてサイレンススズカさんが秋天を勝ったのは最近の出来事……そうですよね?」

カフェはタキオンの目を見て話しかける。

「分かりましたね?」

再度の確認に、タキオンはそのままうなずく。

 

「ふぅ、分かったよカフェ」

その目はさっきと違い落ち着きを取り戻していた。

 

「つまりサイレンススズカがこのレースを勝った最近の日、というのは─」

 

「─『最近』ということだね?」

 

「……理解が早くて助かります」

マンハッタンカフェはタキオンの答えを聞き安堵の表情を見せる。

 

「なるほど。分かってしまえばどうというということはない。現在、私たちがいるこの世界は、違う可能性の話なのだから……私としたことが、少し取り乱してしまったな」

タキオンは慌てた自分を反省する。

 

「ええ、ですから、ここからは『過去』の出来事が並んでいます。従って今の私たちには関係ありません……いえ、関係が『あってはならない』と言った方が正しいでしょうか」

「ふむ……これでは研究に使えそうにもないね……」

 

その時、タキオンはふと思った。

もし、あの時自分が思いのままを口にしていたなら。

 

自分はどうなっていたのだろうか。

 

彼女がそう考えながら違う方の列を見てみると、とある記事が彼女の目に飛び込んでくる。

 

[故障『タキオン』、三冠夢散、屈腱炎全治6ヶ月]

 

「……なるほど。こういう記事もあるわけだ」

「……私のもありますよ」

[凱旋門賞で悪夢、マンハッタン故障引退、左脚屈腱炎か]

 

「……これを見ると、もっと研究を頑張らなくては、と気を引き締められるよ」

タキオンはすっかり真剣な面持ちで、記事を眺める。

「では、まず実験を行わない。という所から改善してみることをお薦めします」

「できない相談だねぇ」

 

2人はそう言い合いながら更に奥へと進んだ。

 

***

「……ここが最後の展示です、帰る時は入ってきたエレベーターを使うんですよ」

「分かっているとも」

「……本当に分かっているんですか?」

 

2人がいる場所の展示には、西欧的なシンボルや旗などが置かれていた。

「これは、なんだい?」

「分かりません」

「おいおい、さっきから『分からない』ばかりじゃないか!」

「……ですが、私の推測では、『過去』の世界中のウマ娘はそれぞれの『一族』に入っていて……これはその歴史なのだと思います」

 

「一族?なんだいそれは」

タキオンはその言葉に眉をひそめる。

「まぁ簡単に言えば、自分が所属する団体みたいなものですかね……」

「自分の所属する団体……中央とかそういうのではなく?」

「『メジロ家』みたいなものでしょう。ここの展示はやたらと血縁関係を強調していますから」

「なるほど……それで、ここに展示されているものに、何か意味はあるのかい?」

タキオンはカフェに質問する。

「さっき言った通り、これは『過去』の資料です。意味はないでしょう。

「ふーん……」

 

「……ただ、ここには恐らく私もいたはずです、その一族の一員として。」

その言葉を聞いて、タキオンは目を再度輝かせる。

「つまり私で言ったらデジタル君と仲間だったというわけか!同じアグネスだからね!」

 

「……そしてあなたとも歪み合っていたかもしれません」

 

「……」

その言葉にタキオンは固まる。

さっき噛み付かれたカフェの像。彼女の脳裏にはその姿が浮かんでいた。

 

「でも、今のウマ娘たちはこうした大きな対立に巻き込まれるわけでもなく、あなたと私もこうして話をしています」

カフェは資料を眺めながら話す。

「時々思うんです。ここにいる『資料』と今の私たち、どっちが現実だったらよかったのだろうと。今の私たちは本当に、彼女たちに恥ずかしくない走りが出来ているのかと」

「……」

その言葉に、タキオンは手首を抑えた。

 

「すみません、変なことを言いましたね。帰りましょうか」

「ああ、そうだね……」

そう言って、タキオンは奥にあるエレベーターに向かう。

 

 

 

 

 

「どこに行くんですか。」

 

カフェの突然の言葉に、タキオンはぎょっとする。

「それは出口じゃありませんよ」

 

ボタンを押しそうになったエレベーターの先からは、低音で蠢く何かの声が聞こえる。

 

「た、助かったよ……カフェ……」

「別に。私も命が惜しいので」

「ああ、戻ろうか……ところで、この先には何がいるんだい?」

声を震わせながらも、タキオンは聞いた。

「……分かりません。ただひとつ言えるのは─」

 

「─私たちの理解の範疇を越えた『ナニカ』です」

 

***

「いやー、地下保管庫!実に楽しませて貰ったよ!」

 

エレベーターで上昇しながら、タキオンはご機嫌な様子で言う。

「そうですか……白衣、結局穴が空いちゃいましたけどね」

帰り道、カフェに像から取って貰った白衣には、噛まれた跡が残っていた。

「いやそんなことどうでもいい!良かった!そうだ、今度お礼に紅茶をご馳走してあげるよ!」

「……要りません」

「えーっ!?せっかく私が淹れてあげるのに!」

「だから、私はコーヒーだって何度も言っているじゃないですか。わざとですよね?」

毎回言われる嫌がらせに、カフェはうんざりして聞き返す。

「悪かったよ、今度並走に付き合ってあげるから」

「……感謝の心が全然感じられません」

「えーっ!?」

長い長いエレベーターの中で、2人はいつも通りの会話を繰り広げる。

 

「……それにしても、あの展示に『彼女』はいなさそうだったね」

「そうですね」

「あれが『過去』の世界だとすると、あの世界の彼女はどんな子だったんだろうか……」

「あの子は常に私の近くにいますから……別に知らなくてもいいんじゃないですか?」

「それもそうか!アッハッハッハッハ!」

あまりに無関心なカフェの答えに、タキオンはまた高笑いをする。

 

「……タキオンさん、本当に秘密ですからね」

「分かっているとも、こういう秘密は守る。研究に直接使えないのは残念だが……間接的には閃きのタネになるかもしれないからね!」

「……やれやれ」

その逞しい研究精神に、またカフェはため息を吐いた。

 

「それにしても色々な可能性を見せて貰ったよ、獰猛な君に、研究費を強請るための不祥事それに─」

「?」

「それに……」

タキオンは、途端に言葉に詰まる。

「……」

「タキオンさん」

「ん?」

 

その時、カフェはタキオンを軽く抱きしめた。

 

「え……?」

「まったく、こんなに震えて……どうしていつも無い意地ばっかり張るんでしょう」

「カ、カフェ……?」

「たまには素直になってください。私も毎回手を焼きたくはありませんから」

「あ……ありがとう……」

カフェの体温の暖かみを感じると、タキオンの身体の震えは徐々に収まっていった。

 

「……もういいですか?」

「ああ、うん……」

震えの収まったタキオンはカフェを離す。

 

「怖かったよ。走れなくなるかもしれないと思っていた、あの頃を思い出して」

 

「……最初から、そう言えばよかったでしょうに……ふふ」

ようやく出て来たタキオンの素直な言葉に、カフェは笑みを見せる。

「ありがとう……カフェ」

「お礼はコーヒーでいいですからね」

「それは嫌だ!紅茶を飲むべきだねぇ!」

 

それから地上へ戻る時間の間、2人は再びいつも通りの会話をしていた。

 

***

ドアが開いた時、外はもうすっかり夜だった。

「もうこんな時間ですか……」

2人は置いていた鞄を取るため、タキオンの実験室に戻る。

 

「なんだか疲れたよ。今日は研究をやめて、明日から集中することにしよう」

地下にいたのは数時間の間だったが、タキオンは精神的に疲弊していた。

「……もう2度あなたとは来たくありません」

それなのに、カフェの追い討ちのような言葉を掛けられて彼女はムッとする。

「私だってもう2度と来たくはないねぇ!1回見ただけでも私には十分だ!」

「……珍しく意見が一致しましたね。では、今日はこれで」

カフェが実験室を去ろうとする。

 

「待ちたまえ、カフェ!」

「……なんですか?」

「……最後にこれを」

 

タキオンの手には箱に入れられた、ビーカーのようなデザインのコップがあった。

 

「たまたまネットで見かけて、ついでに購入したんだが……これで好きにコーヒーでも何でも飲みたまえ」

そうタキオンは横を見ながらカフェに言う。

 

「そうですね……」

 

「……このコップでコーヒーは飲みたくありません。紅茶を薦めるあなたの顔が目に浮かびますから」

「えーっ!?」

「でも」

 

「部屋に飾るぐらいだったら、いいかもしれませんね」

 

青鹿毛の少女は静かに笑っていた。


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