IS あの宇宙へ   作:ねこボール

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やっと原作2巻目に突入したので初投稿です。
この章からオリキャラが出ます。また、スポーツ感が増すかと思います。オリジナル要素もいっぱいです。


第三章前半 vsラウラ・ボーデヴィッヒ編
18話 夢の旅人


 クラス代表対抗戦からまる一週間が過ぎようとしていた。

 未確認機による敵襲と騒動はもう過去の話として扱われていた。生徒に危機感がない、のではない。情報が少なすぎたために会話の内容がいつも同じになって、やがて話すことがなくなったのである。

 また、唯一の負傷者だった一夏も怪我の治療を終え、無事復帰に成功したのであった。

 

 今日は土曜日。

 いつもなら鍛錬に励むところだが、一夏は休養を取ることにした。

 っと言うのも、周囲(特にセシリアと簪)から『たまにはうんと羽休めしろ。操縦者にも機体にも休養が必要だ』と言われたのである。

 セシリアとの決闘に始まりクラス代表対抗戦、未確認機との戦闘。おまけに放課後はいつも、剣道全国大会優勝者や代表候補生と共に特訓。考えてみれば一ヶ月間、心身も機体も働きっぱなしだった。

 

 故障やオーバーワーク故のパフォーマンス低下で泣く戦士(ファイター)は少なくない。セシリア達はそれをよく知っていたからこそ、助言したのである。

 操縦者として先輩である彼女らの言葉に、一夏は素直に従うことにした。

 加えて一夏自身が最近、夢を追うばかりで周りを見ないのはダメだと反省していたこともあり。

 

「おいテメェやめろ! やめろって! あっあっ」

『カズキニシマァ、WIN』

「一夏、お前もうスカブラ降りろ」

「畜生ぉおおおおおおおおおおおおお!!! もっぺんやるぞ馬鹿!」

「しゃーなし、次は即死コンなしでやってやるよ」

 

 一夏は今、中学時代の旧友である五反田(ごたんだ)弾の家にいた。弾の家の一階は食堂を営んでいることもあり、二人とも二階で過ごしている。

 もちろん家の周囲には一夏の護衛が万全の体制で張り付いている。が、二人ともそんなことお構い無しで盛り上がっていた。

 

「おい? おい? んんん即死コンはなしでは〜?」

「嘘ピョーン、はいお前の負ーけ」

「クソがぁあああ! テメェはメテオでぶちのめ」

『カズキニシマァ、WIN』

「ぉおおおおぉぉおおおおおんん!!!」

「雑魚乙」

 

 二人は対戦型のビデオゲームで遊んでいた。

 一夏はボコボコにされているようだ。勝利するどころかまともにダメージも与えられていない様子。

 

「っで、IS学園はどうなのよ?」

「どうって? あっおい馬鹿やめろそれ」

「女の子しかいないんだろ? ハーレム天国じゃねーか」

「ハーレムでもねぇし天国でもねぇしお前は即死コンやめろ」

 

 平然と特定の操作(コマンド)入力によるコンボだけを行う弾に、一夏はブチギレ一歩手前くらいの声で答えた。彼の名誉を守るために補足すると、一夏が弱いのではなく、弾がプロ並みに強すぎるのである。

 

「お前顔良いし性格も悪くないんだからモテそうだけどな」

「恋愛は興味ねぇんだよなぁ普通に」

「それ15で女に囲まれてる男が吐くセリフじゃねーんだわ」

「いやお前もこっち来てみろよ、んまぁ〜地獄だぞ」

「っと言うと?」

 

 興味津々な弾に、彼は眉を下げて、

 

「最近は意識して頑張ってるけど、中々会話出来ねぇし出来ても続かねぇんだぞ? いざああ言う環境になると異性とどう接して良いかがマジでわからん」

「てめぇお得意のギャグかましてやれば良いじゃねーか」

「……千冬姉にクソつまらんって言われてから女子の前では言えなくてさ。歳近かったらいけるかな?」

「……お前、本気で悩んでるんだな」

 

 弾は思わず同情した。

 本来の織斑一夏は、結構ノリの良いやつである。しょうもないギャグを飛ばしたりツッコミ役になったり、色々と柔軟な男なのだ。

 ただ、それは男どうしだったり箒や鈴のようにかなり仲の良い異性が相手の時に限る。IS学園に入学してからの彼は、一ヶ月間ずっと女子だけの環境に馴染めず、どうしても言葉遣いや発言が浮いてしまいがちだった。

 ────それもあって、夢だけを見て周囲を気にしないようにしていた、とも言えなくないが。

 しかし、出来ればみんなと仲良くなりたいとも思っていた彼にとっては、意外と深刻な問題だったりする。

 

「できたらガチアドバイス頼むわ」

「吹っ切れていつも通りのお前でやりゃ良いんじゃねーの? 知らんけど」

「知らんけど、ってそれ使えばなんでも言えるじゃねぇか」

「でも割とマジで言ったつもりだぞ? これから三年間は環境変わんねーのに、いちいち悩んでもいられねーだろ」

「んまぁ百理あるけど……」

「そんなんでよく一ヶ月やってこれたなお前」

 

 一夏は自分のキャラが無惨に処理される光景を眺めつつ、

 

「この一ヶ月は夢中になってたからな」

「何にだよ?」

「……、ISに」

「ほぉ?」

 

 弾はIS、と言うより一夏が不自然な間を置いたことに食い付いた。長い間一緒に過ごしてきて分かったことなのだが、一夏が変に間を置く時は、ほとんどの場合何かを隠しているのである。

 良い意味でも悪い意味でも分かりやすい。

 

「いや、ほら。みんなに遅れを取らないようにさ。俺だけ何もできませんじゃカッコつかねぇだろ?」

「おん、そうだな」

「それに俺も上手く操縦できるようになりたいしさ」

「はいはいそうやって隠さなくて良いから素直に言えよ。何に夢中になってたんだ、おん?」

「……」

 

 ばつが悪いように黙り込んだ一夏。

 この時点で確信する。一夏は何か隠してる。

 

「こっそりエロ本読むのに夢中になってたのか?」

「ち、ちげぇよ馬鹿!」

「じゃぁなんだよ〜?」

 

 こうなると弾は止まらない。何がなんでも引き出そうとして来るのである。

 相変わらずテレビ画面は一方的な虐殺を映していた。

 一夏はしばしの思考の末、大きいため息を一つ吐く。

 

「あんまし他の人に言うなよ?」

「おう! 言わねー言わねー」

 

 ニッコニコスマイルの友人に彼は、

 

「……俺さ、夢があるんだ」

「夢?」

「うん」

 

 カチャカチャとコントローラーの操作音が鳴る中で。

 真剣な顔で、本気の声で、はっきりと言った。

 

「世界最強になって、宇宙(そら)を飛びたいんだ」

「ん?」

 

 全く予想だにしていなかった回答に弾は一瞬、コントローラーの手を止めてしまった。

 視線をテレビから彼の横顔に移す。

 

「どゆこと?」

「そのまんまだよ」

「世界最強って、IS操縦者の? 宇宙(そら)って、宇宙(うちゅう)ってこと?」

「……おう」

 

 あまりにもスケールのでかい話だった。

 弾は驚愕を隠せず、目を丸くしていた。何を言われても笑い飛ばそうと思っていただけに、まともなリアクションも取れない。

 

「お前そんなキャラだったか? 老後のこと気にしてた奴とは全然違うじゃねーかよ」

「キャラとかじゃねぇよ。普通に、今の夢なんだよ」

「一応理由聞いて良いか?」

「……ISに乗れるって分かった時に、昔の夢思い出してさ。ほら、やっぱ子どもの頃はみんなロボットで戦うとか空中バトルとか最強だとかに憧れるじゃん?

 俺ならそれができる……って思ったら、諦めきれなくなってよ」

 

 そのキャラの変わりようにも弾はびっくりしていた。今までこんな夢物語を、澄んだ瞳で語るような男ではなかったのに。

 言い終えた一夏はちょっと照れてから、唖然とする弾に聞き返す。

 

「弾は夢とかねぇの?」

「えっ……いや……まぁ……ない、かな」

「そっか」

 

 会話が途切れる。ゲーム音と操作音だけが部屋を満たす。

 変に居心地が悪くなった一夏は、空気を変えようと新たな話題になるものを探した。

 辺りを見渡す。男の子特有の部屋とも言うべきか、机にはカードが置かれていたり、タンスには漫画やフィギュアが収められていたりと、沢山の趣味で充実していた。

 その中でも一際存在感を放っていたのは、立てかけられた、やや縦に長めの黒いケース。

 しめたと言わんばかりに、一夏が訊ねた。

 

「なぁ、あれってギターか?」

「ん、あぁ。正確に言やベースだけどな」

「部活で買ったのか?」

「いや……趣味でよ」

「へぇ。ちょっと聴いてみてぇな」

 

 ただなんとなく会話を繋げようと言ったつもりだった。

 少しぎこちなかった弾はゲームを一時停止して、

 

「……聴くか?」

「え、マジ? 良いの?」

「下手だけどな」

 

 言うと弾は立ち上がり、ケースを開けた。

 現れたのは白色のベース。ケースの中に乾燥剤があることや弦が緩めて保管されていたことから、相当丁寧に扱われていることが窺えた。

 準備をしてストラップに肩を通した弾。その一連の姿は、中々サマになっていた。

 

「おぉ……」

 

 一夏から感嘆が漏れる。

 

「んじゃやるぞ? っつってもオリジナルだけどな」

「おっけー」

 

 一夏はリラックスしてその音楽を聴き入った。

 

(……すっげぇ)

 

 率直な感想になるが、カッコよかった。

 耳に残るような芯のある低音。思わず首で刻みたくなるリズム感。テンションが徐々に上がる曲調。何より生き生きとベースを鳴らす弾。

 途中、本当に趣味かとも疑った。音楽に疎い一夏がそう感じてしまうほどに、彼の技術力や人を惹き込む力は半端じゃなかった。

 

「……どうだった?」

「やばすぎ。あんま詳しくないから具体的なこと言えねぇけど、めっちゃカッコよかった」

「そ、そうか? そりゃ良かった、へへっ」

 

 照れくさそうに、弾が鼻を擦る。

 

「……マジですげぇよほんと」

 

 それは音だけではない。楽しそうにベースを弾いていた弾の姿もだ。

 弾の新たな一面を垣間見れた気がして、一夏は少し嬉しさも覚えていた。

 

「……あ、あのよ」

「ん?」

「あ、いややっぱなんでも────」

 

 弾の声は、突然の訪問者によって遮られる。

 

「ちょっとお兄! 下まで響いてるからお客さんにめいわ────、一夏さん!?」

「おっすー、お邪魔してます」

 

 訪問者の正体は五反田蘭、弾の妹だ。

 肩まで伸びた赤い髪をクリップで挟む中学三年生の彼女は、家の手伝いをしているのかエプロンを着用している。

 一夏と目があった瞬間、蘭は頬を薄紅色に染めた。

 

「き、来てたんですか!? IS学園は全寮制って聞いてましたけど」

「そろそろ男友達と遊ばねぇと頭おかしくなりそうでよ」

「あ、あぁ〜。そ、そうでしたか」

 

 普段は男勝りな蘭だが、一夏の前では途端に辿々しくなる。

 理由を分かっていない一夏に、弾はお前マジかと頭をよく抱えているとかいないとか。

 

「裏口から入ったんですか?」

「おう。流石に真正面から入ったら色々面倒に巻き込むかと思ってさ」

「それもそうですよね……確かに」

 

 返事をしつつ、彼女は兄貴を睨みつけた。

 アイコンタクトで、何故一夏が来ることを知らせてくれなかったんだ、と怒りのメッセージ。弾はヘコヘコ頭を下げる他なかった。

 

「あ、あの、良ければうちで夕食食べませんか? もちろんタダです!」

「良いのか? ご馳走してもらって」

「折角うちに寄ってもらったんですから、振る舞いますよ!」

「じゃ、お言葉に甘えて」

「ありがとうございます、張り切って作りますから! あとお兄、そろそろお客さん増えてくるから手伝ってね」

「お、おう」

 

 弾はどこか煮え切らない表情で、一夏らに続く形で階段を降りるのであった。

 

 ◇

 

 一夏はご馳走をして貰えると言うことで、五反田家のリビングにいた。今は座って、蘭の料理を待っている。

 

(んにしてもここで飯食うの久々だよなぁ)

 

 リビングから、フライパンや鍋を使う蘭の背中を眺める。

 どうやら店主である祖父の許可を貰って、この時間だけ食堂の手伝いから抜けているようだ。代わりに弾が大忙しらしいが。

 一夏は何故彼女がそこまでして自分に構ってくれるのか分からない。だが、折角の善意を遠慮するのも野暮な話だと思い、受け取ることにした。

 

「お待たせしました〜! 出来ましたよ!」

 

 しばらくすると蘭はそう言って、湯気の立つ皿を幾つか運んできた。

 

「うおっ、すげ。こりゃまた美味そうだ」

「えへへ。お口に合えば嬉しいです!」

 

 流石定食屋の看板娘だ。

 大きなエビフライ、サラダと豚の生姜焼き、味噌汁に山盛りの白米。彩り良し香り良し。活発な男子高校生が喜んでがっつきそうなメニューをしっかりとチョイスしている。

 一夏は大きな唾を飲み込んで両手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

 早速、料理を口に運ぶ。

 出来立てのそれらは堪らないほどの絶品だった。エビフライは噛むとサクッと音を立てて、生姜焼きは白米との相性抜群で一度食べ出したらもう箸が止まらない。

 

「やべぇ! バチクソうめぇ!」

「ありがとうございます……正直、美味しいと思ってもらえるか不安でした」

「不安になる必要ねぇってこの美味さは。マジで最高」

 

 ガツガツと食べる一夏と対面する形で座った蘭は、タイミングを見計らって、

 

「あの……IS学園、楽しいですか?」

「勿論。めっちゃ楽しいよ。女子ばっかで居づらいって思うこともあるけどな」

「か、彼女とかって出来ました?」

「出来ねって。そもそも恋愛に興味ねぇし」

 

 後半の台詞は忘れることにして、とりあえずまだ彼女がいないことに安心して蘭は一息吐く。

 一番聞きたいことはもう聞けたため、ここから先は純粋に親睦を深める時間だ。彼女はあたりざわりのない質問をしていくことにする。

 

「学園って、やっぱり試合とかありますよね?」

「まぁな」

「攻撃されたら痛いんですか? 私、まだ適性検査で動かしたことしかないから分かんないんです」

 

 IS適性検査。文字通り、ISに対してどれだけ適性があるかを、簡単にだが検査することだ。

 一夏はぱくぱくと料理を口に入れながら、

 

「すっげぇ痛ぇ。ダメージとか危険を分かりやすくするように痛覚伝達信号ってのがあるんだけど、それ俺らじゃカットできねぇしさ」

「えぇ! それって『絶対防御』とかとはまた違うんですか?」

「うん。しかも絶対防御も完璧じゃねぇから、場合によっちゃ普通にアザも出来るし最悪怪我もするよ」

 

 全く知らなかった事実に驚愕する蘭。

 それもそのはずで、ISはテレビやネットで特集を組まれることが多々あるが、今みたいにネガティブな印象を残すようなリアルな話は中々載っていないのだ。

 蘭は貴重な体験を出来ていること(しかも相手は一夏)に感謝しつつ、会話を続ける。

 

「なんだか今の話だけ聞くと、ISに乗るのって辛そうですね」

「……俺だけかもしれねぇけど、痛いのも辛いのも楽しいんだよな」

「どうしてですか?」

 

 一日一日を鮮明に思い出せるほど濃密な一ヶ月を振り返って、一夏は微笑した。

 

「『自分は成長してるんだ』って実感出来た時さ、努力はもちろん、痛みとか辛いこととか全部報われたような気がして……あの瞬間って、本当にたまんねぇんだよなぁ」

「へぇ……」

「だから絶対報われる……いや違うな、()()()()()()()って思えるんだ。そう思うと、自然と特訓も試合も楽しいって思えるようになったよ」

 

 その瞳は、もはや生粋の戦士(ファイター)そのものだった。

 一夏は右腕で眠る白い相棒に目をやって、

 

「もし『勝ち』ってやつも実感できたら……もっとやばいんだろうなぁ」

 

 蘭の前で独りごちた。

 戦績だけ見れば、一夏は一度勝利を、日本三位の簪を相手に収めている。しかし彼はまだ、あの勝利を『勝ち』とは考えていなかった。

 理由は簡単で、試合のほとんどが機体、特に青色の刃に助けられる形だったからだ。

 自分自身の実力や技術で勝った、とは言えない内容に、未だ彼は満足できていなかった。

 

 勝利の実感をイメージした時、一夏の顔は恍惚を浮かべた。ただの想像ですらこんなに嬉しいのだ、もし本当に実感する瞬間が来たら……。

 闘志が燻った。全身がウズウズした。

 今まで見たことないような表情の一夏に、蘭はただただ驚くばかり。

 

「一夏さん、なんだか凄く変わりましたね」

「そうか?」

「はい。その……いい意味で変わったと思います」

「自分じゃ分かんねぇけど、褒め言葉として受け取っとくよ。ありがとな」

 

 流石に男前になった、とは恥ずかしくて言えなかった。

 蘭は二人っきりの時間を一秒でも無駄にしないように、捲し立てるように話をした。

 

「あ! そう言えば兄がですね、最近ベースにハマってるんですよ」

「らしいな、さっき聴かせてもらったわ」

「いつもうるさいんですよ〜、お客さんいなくなるとすぐ弾き出すんです」

「はは、まぁ良いじゃねぇか。弾も色々溜まってるんだろうし」

 

 そこからは二人で談笑に耽った。蘭の進学のことや学校での出来事、弾が彼女が欲しいといつも嘆いていることなど。

 一夏が料理を食べ終えて帰宅する時間になるまで、声が止むことはなかった。

 

 ◇

 

「蘭、まだ告ってねーのか」

 

 弾はドア越しでちょくちょく会話を聞いていた。

 細かい内容までは聞こえないが、声のテンションは伝わる。多分普通に雑談してるくらいだろう。

 

(っと言うよりアイツ鈍感すぎるだろ……女の子が手料理振る舞ってくれてる時点で察しろよ)

 

 妹の(熱い)想いに気付かない彼に、弾は少し困っていた。

 察してくれてるのなら色々楽なのだが、マジで一切気付いていないのである。コントのようにすれ違う二人の気持ちに、もうツッコむ気すら起こらなくなった。

 一夏に察しろと言う方が無理な話かもしれないが。

 

(鈴の前でもずっとあの状態だったら……ちょっと同情しちまうわ。まーハッキリ言葉にしない鈴も鈴でダメだけどな)

 

 いやそれを言うなら蘭もか、なんてことを考えていると、

 

「弾、さっさと戻って来い」

 

 厨房から祖父・五反田(げん)が呼んできた。構造上食堂とキッチンまでの廊下が壁一つでしか隔てられていないため、祖父の声がはっきりと届くようになっている。

 

「あいよー! 今行くよ!」

 

 雰囲気的に、恐らく今日蘭が想いを吐露することはないだろう、と安心して厨房に戻る。

 今は十八時を過ぎた頃。一般的な退勤時間を少し過ぎたあたりのためか、客も徐々に増え始めていた。

 弾の仕事は食材を切ったり、客に料理を運んだりすることだ。

 祖父の計らいで時給をちゃんと貰えるようになっているため、お金のかかる高校生の弾にとって手伝いに呼ばれることは有り難かったりする。

 

(んにしても、夢、か……)

 

 長ネギを手慣れた包丁さばきで切りながら、一夏の言葉を思い出す。

 

(正直かっこよかったな……夢を人前で言えるなんて。俺なんて恥ずかしくて絶対言えねーって。っつか言えなかったての)

 

 本当に変わった、と改めて感じる。

 中三の頃は老後はこうしたいだの、健康第一だのと年寄り臭いことばかり言っていた彼が。今では若い瞳を輝かせて、夢を語っているのだから。

 

(俺もあーやって言えるくらい自信持てたら……良いんだけどな)

 

 切った長ネギを容器に置くと、側には出来立ての料理が乗ったお盆があった。持って行け、と言う祖父からの無言の合図である。

 手を洗い、お客さんへ届け、戻ってまた食材の準備をする。

 

(夢なんて言ってもよ、本当に叶うかなんて分かんねー訳じゃねーか。才能も必要だし環境も良くねーとダメだし時間もいっぱい無いとダメだし。叶わない可能性の方がずっと高いのに、なんでアイツはあんなにマジになれるんだ?)

 

 弾はよく『バカ』と言われるが、決して思考能力がない訳じゃない。

 彼だって、分かる。夢を叶えられる人間なんてごく僅かだ。しかも一夏の言う世界最強、なんてレベルになればもっともっと少なくなる。

 だけど、彼のあの目は、声は、意気込みは、本気だった。

 才能だとか環境だとか無理だとかなんて全く考えていない、とことん、とことん真っ直ぐな決意表明だった。

 

 分からない。

 何故、あぁまで本気になれる?

 

(初めてよ、お前のこと羨ましいと思っちまったよ……一夏)

 

 弾は小さく俯いた。

 誰にも分からないほど、小さく。

 

(俺も本気で追いかけてみてーよ……色んなこと忘れてよ。夢を叶えられたら、って思っちまうよ)

 

 サクサクと白菜を切っていると、笑顔で蘭が戻ってきた。

 看板娘の登場に、常連客の表情が一気に明るくなる。

 

「お兄ごめーん! ありがとね!」

「ん? もう一夏とは良いのか?」

「うん。もう時間だからって、今帰ったよ」

「か、帰った!?」

 

 蘭の方に勢いよく振り返る。

 彼女は焦るような兄の姿に困惑して、

 

「何かあったの?」

「あっ……いや……。次いつ来るとか言ってたか?」

「それがさー、分かんないんだって。夏休みも用事いっぱい入りそうだし下手したら冬休みかも、みたいなこと言ってた」

「……!」

 

 弾は一度、まな板に目をやった。

 味噌汁と炒め物用に切られた白菜が置かれている。何の変哲もない、ただの野菜だ。

 それから緩慢と、蘭に目をやった。

 彼女は兄のよく分からない行動に首を傾げている。何も変わらない、いつもの妹の姿だ。

 

 不意に、拳を握った。

 否、無意識に握っていた。

 

(今のままで……終わりたくねー。終われねー!)

 

 爪先を、裏口の方に向けた。

 

「すまねー、すぐ戻る!」

「あっ、お兄! どこ行くの! 今からがピークなのに!」

 

 弾は振り返らず、厨房を飛び出て行った。

 

「もー! おじいちゃんも何か言ってよ!」

「……許してやれ。男があぁやって突っ走る時は、何かに夢中になっちまってる時なんだからよ」

 

 ◇

 

「一夏!」

 

 裏口のドアが弾かれるように開かれた。

 辺りを確かめると、奥の方で、今まさに迎えの車に乗ろうとしている一夏がいた。

 

「まっ、待ってくれ! 一夏!」

「ん……弾! 見送りに来てくれたのか! ごめん、邪魔になると思って声かけれなかった」

「待ってくれ! まだ、まだ聞きてーことがあるんだ!」

 

 焦燥に駆られて、普段とは全く違う様子を見せる弾。一夏は只事じゃないことを察知して、握っていたドアノブから手を離す。

 

「どうしたんだ!? なんかあったのか!?」

「はぁ、はぁ……あっ、あのよ」

 

 膝に手をつき肩を上下させる弾は、途切れ途切れの声で、

 

「お前、さっき夢のこと、話してたじゃんか? すげー、マジな顔でさ」

「あ、あぁ。話したな」

「ど、どうしてよ……あんな真剣に、マジになれるんだ? 夢なんて叶うか分かんねーじゃねーか」

 

 ちょうど帰路の真っ只中の車が、混み始めている道路を走る。

 向かいの歩道には、休日を過ごす学生たちが喋りながら歩いている。

 

「才能とか環境とか、そう言う自分じゃどうしようも無いこともいっぱいあるじゃねーか、なのになんで」

「分かんねぇから、さ」

「……え?」

 

 あの、夢を語った時と同じような表情で。

 一夏は、己に()るものをその目に宿す。

 託された夢を、貰った言葉を、自分に在る夢を。

 

「やってみなきゃ何も分かんねぇじゃん。出来るか出来ないか、叶うか叶わねぇかなんてさ」

「でも」

「だからこそ俺は信じてる。自分なら絶対に叶えられるって」

「……お、お前」

 

 建物から顔を出した夕陽が、二人を明るく照らした。

 

「才能、環境、時間。自分じゃ変えられないこといっぱいかもしれねぇけど、知ったこっちゃねぇさ! だったら俺は今自分に出来ることを全力でやる! 自分を信じて頑張り続ける!」

 

 一夏は空を見上げた。きっとこの茜色の空の上には、まだ見ぬ世界が広がっている。

 青天井の、無限の世界が!

 

「限界超え続けてよ、絶対叶えてみせるぜ、俺は!」

 

 月に語りかけるように。宇宙(ゆめ)のずっと先を捉えるように。

 一夏はそらを真っ直ぐに見上げて誓った。

 呆気に取られていた弾は、ほんの少し、口角を上げる。

 

「何だよ、それ」

「……わ、悪ぃ。自分語りになっちまったな」

「結構、かっけーじゃねーか。一夏のくせによ」

「くせに、は余計だろ」

 

 夢が叶うかどうかなんて、一夏も分からない。

 だからこそ、信じる。だからこそ、努力する。夢を叶えてみせるために。

 

(……へっ。そうだわな、疑うより信じてみねーと、何も始まらねーよな。やってみなきゃ、何も分かんねーよな。叶うかも、しれないんだしよ)

 

 純粋で、愚直なまでに真っ直ぐな少年の大胆な言葉は、弾の悩みも迷いもぶち壊した。

 いよいよ吹っ切れた。もう、どう言われようとどうなろうと構うものか。

 目の前の彼のように、自分も夢を追いかけたい。夢を、叶えたい。

 だから夢を、何よりも自分自身を信じてみる!

 

 一人の少年の、夢の旅が始まる。

 

「あ、あのよ、一夏」

「ん?」

「俺にも……夢があるんだ。聞いてくれるか?」

「あたぼうよ」

 

 弾も、青天井のそらを見上げる。

 

「俺はベースで、みんなを虜にしたいんだ。聞いたやつが元気になったり笑顔になったり夢中になるような……そんな音楽がやりてーんだ!」

「……すっげぇかっけぇじゃん。弾のくせに」

「くせに、は余計だろ! っつか今の感動的な場面じゃねぇのかよ!」

 

 折角の決意を台無しにされた気分で弾は咆えた。

 一夏は一頻り笑った。IS学園では絶対に出来ないであろうやり取りを十分に味わうと、

 

「織斑君、そろそろ」

「あっ、はい、すみません」

 

 運転手が出発を告げた。

 一夏はその立場上、常に安全を確保()()()()()()()()()()存在である。故に一分一秒たりとも門限を破ることは許されない。

 

「……行っちまうんだな」

「おう。本当にありがとな、マジで楽しかったぜ」

「こっちの言葉さ。暇になったらまた来いよ、今度は俺が炒飯作ってやるからよ」

「てめぇの炒飯は食い飽きてんだよ!」

 

 元気にツッコミを入れながらも、一夏もまた、しばらくまた会えなくなる寂しさを感じていた。

 だけど、永遠の別れじゃないのだ。また会える日が必ず来る。

 その日まで、寂しさを耐えることにした。

 

「……じゃ、また!」

「おう……鈴にもよろしく言っといてくれ」

「オッケー」

 

 弾は清々しい顔で、

 

「もしプロ選手になって試合することになったら呼んでくれよな。誰よりも応援するからよ!」

「あたぼう! お前も曲かなんか出来たら真っ先に俺に聴かせろよ、長文感想送るからな!」

「言われなくとも!」

 

 バタン、とドアが閉められた。

 ブゥン、とエンジンが鳴ると、IS学園に向けて出発。二十分もすれば街から出て、高速道路を走ることだろう。

 一夏は最後の最後に寂しさを隠しきれず、後ろを振り向いた。

 弾が大きく手を振っている。

 弾に見えるかは分からないが、一夏も全力で手を振った。きっとしばしの間、男どうしで過ごせる時間はやって来ないだろうから。

 

 曲がり角を曲がってから、一夏は体勢を直した。

 

(……弾にも負けてられねぇな)

 

 良い張り合いになったと思う。

 語り合った夢。

 一夏も、実現させたい。弾に、自分が世界最強になって男たちの夢を──きっとその時は弾の夢をも──背負って宇宙(そら)を飛ぶ姿を、見て欲しい。

 

(明日から特訓再開だ! 絶対やってやるぞ……叶えてみせるぞ!)

 

 決意新たに。

 少年の夢の旅が、再び始まる。




夢を追いかけるのは一夏だけじゃない。
彼もまた、夢の旅人。

弾をなんとしても登場させたかったので、このスタートにしました。
この章からは明るい雰囲気も目指そうと思います。

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