天秤の恋物語   作:ケツアゴ

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結婚すれば良いんだよ

 人に話しても設定を盛り過ぎて作り話としては落第点だとでも言われそうな事を告げられてから数日、俺は休日だが制服を着て生まれて初めてハイヤーに乗っていた。

 

「凄いな、いや、本当に……」

 

 両親は車にはそれほど興味が無く、それ程金を掛けていなかったしタクシーに乗った回数も多くは無いが、虎児さんが手配してくれた車の乗り心地には驚かされていた。

 この様な車と本来なら生涯乗る事は無かっただろうに、経緯が経緯だけに乗っても嬉しいとは思わないのだが。

 

 今回の件、俺は十一と百夏には話せないでいる。

 あの二人ならば俺の言葉を疑わずに信じて共に憤ってくれるのだろう、何せ祖父母の意地の張り合いで今まで無関係だった俺にお見合いを押しつけるという理不尽っぷりだ。

 だけどまあ、友達だからこそ話せない、向こうで何とか解決してくれるというのを信じるしか無いし、話すにしても見合いの相手と顔を合わせて今後を考えてからだ。

 

 尤も、俺が悩んでいる事は見透かされてはいたのだが。

 

「善ちゃん、何か悩んでるっしょ? まあ、笑い話にしたいか愚痴を吐き出したくなったらお菓子とジュースでも食べながら話してくれても良いんだぜ? モチ、善ちゃんの奢りで」

 

「なーんか悩んでるだろ、テメー。私と違って考え込むタイプなんだ、話したきゃ話せよ? ダチなんだからよ」

 

 友とは何と素晴らしき物か、二人に感謝していると目的地の料亭が見えて来た。

 恐らく一食だけで数万円、簡単に予約が取れないであろう本来なら縁の無かった場所だ。

 

 ああ、百夏の奴が行った事があるって言っていた気がするな。

 彼奴はデッカい家のお嬢様だしな、俺達からすると”(笑)”を後に付けたくなるが、付けたら肯定しながら蹴りでも食らうだろう、そんな事を考えていると車が停まる。

 

 

「……そう言えば先輩も何か悩んでいる様子だったが」

 

 悩んでいる、よりも少し不満な事があって拗ねている様子だった冬愛先輩も俺が何か悩んでいるのには気が付いたが、互いに追求する事なく来週感想を語り合う本を渡して終わりだった。

 

 

 只、数冊渡された本の中にエロ系のが混じっていたのは何かの間違いだろうか?

 間違い……だな、うん。

 

 あの様な本の感想を女性に語れる筈もなく、返す時に何も言わずにおこうと思ったのだが、そもそも先輩があの様な本を持っていたとは……。

 

 複数の許嫁候補と肉体関係を持ち、最後には全員と、一応読んだのだが、急にお見合いを押し付けられた今の状況に重ねそうになり、慌てて頭から追い出す。

 いや、普通に関係を持ったら駄目だろう。

 俺は未だ高校生で、相手は交際している訳でもないのだしな……。

 

 

 

「司馬善示様ですね? 此方でお相手がお待ちです」

 

 

 今日は金石家側の相手との顔合わせだと言われてやって来たのだが、事前に写真を見せられたり電話で話したりはしておらず、名前さえ聞かされていないのだから驚きだ。

 

「”ナンパした相手との軽いデートだと思えば良い”、とは言われたが、ナンパなどした事が無いのだがな……」

 

 更に言えばデートもした事が無い、十一が忙しいので百夏と遊びに行った事があってもデートと呼べる程の物では無いだろう。

 

「きっと驚く相手だと言われたが、まさか芸能人……の筈は無いな。まさか部屋に行ったら顔にパイでもぶつけられはしないだろうな」

 

 一般人をターゲットにしたドッキリだとすれば大掛かり過ぎて有り得ないだろうが、百夏辺りが仕組んだ悪戯ならば無くもない。

 仲居さんに案内されてやって来た桔梗の間の障子の前で躊躇して立ち止まり、ドラマや旅行番組でしか見た事がない日本庭園を暫し眺めた俺は意を決して開けた。

 

 

 

「すぅ……」

 

「失礼、間違えました」

 

 そっと障子を閉めて仲居さんに部屋の名前を確かめて貰う、間違いじゃ無いのか……信じられないな。

 もう一度障子を開ければ畳んだ座布団を枕にしてスヤスヤ眠る冬愛先輩の姿、因みに着物姿で髪も結っていて綺麗だと思う。

 

「まさか先輩が? いや、先輩が部屋を間違えている可能性もあるか」

 

 今回、俺の目標は見合い相手との協力体制の取り付け。

 

 勝手な理由で今まで無関係だった相手に見合いを強引に勧めるなど理不尽でしかなく、会長達の蛮行に反対してくれている人達が説得をするまでの間、賛成派の人間の目を誤魔化したい。

 

 親の言うがままに従うタイプで協力を拒否されればどうなるかと思ったが、本当に先輩が相手ならば話が進めやすい。

 もう片方の相手には失礼だが、付き合いのある彼女の方を選びたいとでも言えばややこしい事態は避けられるだろう。

 後は関係の解消が出来るのを待つだけ……。

 

 

 

「先輩、冬愛先輩、起きて下さい」

 

「……みゅ? あれれ? 善示君がどうして此処に? バイトでもするの……すぅ」

 

 俺が声を掛ければ先輩は目を覚まし、状況確認の途中で再び眠り始める。

 いや、話が進まないので起きて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふへぇ、まさか善示君がね。小説よりも奇なりって奴かぁ。小説だったら設定を盛り過ぎているもんね」

 

「同感です。しかし先輩こそお祖母さんがドラゴンバーガーの設立時のメンバーだったとは初耳ですよ」

 

「うーん、別に言うことでもないのかなーって」

 

 十分後、起きたり眠ったりを繰り返した先輩が目を覚ましたので互いに情報を共有したが、先輩は先輩で俺が相手の事に安堵した様子だ。

 親から言われて来た今回の顔合わせ、名前も聞かされずに進められた事に不安があった事だろう。

 

「じゃあ、今後についてお話ししようか。……あっ、それとお願いがあるんだけれど、着物に浮き出るから下着は付けてないの。だから見られたら恥ずかしいな」

 

「極力見ません、ええ。ですが……意識してしまうので言わなかった方が助かりました」

 

 向かい合っての情報交換、親の言いつけで何が何でも選ばれようとしていない事には二つの意味で安心だ。

 先輩との関係が壊れずに済み、彼女が親の命令で好きでもない相手に迫らずにいられない等が無くてな。

 

 何時もの姿……普段とは違う魅力があるが、そんな姿に安堵しつつ俺は目を逸らした。

 そうか、着物だからな……。

 

 

 ……気まずいにも程がある!

 

 仲良くして貰っている美人の先輩が現在下着無しの状態だと知らされて俺はジロジロ見ない以外で他に何をするべきなんだ、何をすべきじゃないんだ!?

 

 先輩も恥ずかしいから口を滑らして余計に恥ずかしい様子、此処で十一ならば気の利いたジョークで空気を一変させるのだろうが、俺には無理だ、余計に悪化する。

 何か、何か無いのか……。

 

 沈黙を貫いた俺達は互いに顔を赤らめて顔を背けあう。

 そんな空気を打破したのは先輩から鳴り響いた音……何か凄い腹の音だった。

 

 

「きゅ……急に顔合わせをしろ、だの、相手の写真は用意していない、とか言われちゃって、昨日の夜からご飯食べてないし、眠れなくって……」

 

 別の意味で恥ずかしくなった先輩だが、空気はこれで変えられたな。

 しかし肉まみれ弁当を二人前以上食べるこの人が食欲を失ったのか……心労は俺などより遙かに大きいのだろう。

 

 形だけの見合い、時間を稼げばどうにでもなる、会った事もない祖父母のいがみ合いに巻き込まれた俺だが、言ってしまえば面倒な事をするだけで済む。

 ある日突然に見合いの話を親から持ち込まれ、反応からして断れないと感じていたらしい彼女に比べれば……。

 

 

 

「安心したら一気にお腹が減っちゃったし、ご飯早く来ないかな? でも、こんな風な所って多分ガッツリ系は期待できないし、こっそり抜け出して焼き肉でも食べに行かない?」

 

「相手が俺だと分かった途端に自由ですね、冬愛先輩」

 

 この人の心労は俺よりも大きい……のか?

 うん、大きいのだろう、恐らくはな。

 

 緊張感など何処へ行ったのやら、グデーッと寝ころんだ彼女は足をバタバタさせながらしきりに空腹を訴え続ける。

 この姿、先輩を女神だの何だの恥ずかしい呼び方をしている連中が見たら何を思うのだろうか?

 

 

「取り敢えず店の人だって直ぐに来るでしょうし、行儀良くしていないと家の人に伝わるかも知れませんよ?」

 

「……ねぇ、善示君。私、急にお見合いの話をされた時は不安だったんだ。ほら、婚約者が居るのなら他の男との接触は云々とか言われそうでしょ? お父さんなら絶対に言う! だから善示君と仲良くするのを続けられると思ったら本当に安心して……」

 

「まあ、気持ちは分かりますよ。冬愛先輩と過ごす時間は楽しいですが、先輩の都合如何ではその内に終わってしまう物だとは思っていましたから」

 

 急に脚を動かすのを止めた彼女の言葉は正しい、只でさえ交際していると噂を立てられている現状だ。

 他の異性の影など見合い話の障害にしかならぬだろう。

 実際、交際相手が居たとしても別れろと言われるだけだと語っていたし。

 

 だからこそ、俺も少し安堵している。

 俺もゴタゴタが片付くまでは他の女性との接触を控えろと言われるかも知れないのだし、十一が一緒の場合が多い百夏ならば兎も角、交際を噂される先輩との語らいの時間はな……。

 

 

「あっ! でも、もう片方の相手が凄く魅力的な子で、そっちと結婚したいと思ってしまう程の子だったらどうする!? 選ばれなかったって事もあるしトップ同士がいがみ合ってるから、私と関われなくなっちゃうかも!」

 

「ああ、”ウチとの関わりを拒否したな、ならウチの陣営の者とも関わるな”とかですか? 会った事もない孫にこんな事をする人達や先輩のお父さんの話を聞く限りでは……」

 

 否定は出来ない……けれど、先ず有り得ない話だろう。

 

 

「友達を捨ててでも異性に走る程に情熱的では有りませんので大丈夫ですよ。っと、来たみたいですね」

 

「ご飯だー!」

 

 料理が運ばれてきたらしい気配を感じたのかバッと起きあがる先輩だが、何やら思い付いたのか少しだけ考え込み、続いて俺の方に笑顔を向ける。

 凄く綺麗な笑顔だったが、また何か変な事でも思い付いたのだろうか?

 

 

 

「ねぇ、善示君。いっその事、本当に私達、結婚しちゃわない」

 

「……はぁ」

 

 急にプロポーズとか、何を考えているんだこの人は?

 大体、俺達は未だ友人でしかないだろうに。

 

 取り敢えず何時もの事かと思いつつも真意を聞き出す前に料理が運ばれてきたのだが、予想通りに肉よりも魚や野菜の割合が大きい豪華そうだが肉食系の先輩には物足りなさそうな感じだ。

 事実、腹をグーグー鳴らしながらも肩を落としてテンションを下げてしまっているしな。

 

 

「取り敢えず食べながら話の続きをしましょうか」

 

「……うん」

 

「肉料理、俺の分を食べて良いですよ?」

 

「やった! 流石善示君! ありがとう!」

 

 料理を運んできた仲居さん達がいる前で抱き付いて来る辺り、この人は本当にお腹が減っていて、更に凄い肉好きなのだろう……がっ、流石に恥ずかしいので離れて欲しい。

 いや、あのですね、着けていないと知っている分、どうしても意識してしまうので……。

 

 

 

 

 

 

「もぐ…ほら、善示君の問題が…もぐもぐ…解決したとして、私には次の…もぐ……お見合い話が…来るだけ……もぐもぐ」

 

 お見合い等の席では向かい合っての食事が普通なのだろうが俺と彼女は知った中、肩が触れそうな距離で相手の横顔を見ながら食事をしていたのだが、先輩はお腹が減っていたのか食べる、凄く食べる。

 俺の皿のコッテリ系のおかずもあげたのだが前日からの飯抜きが堪えたのだろう。

 

 それはそうとして、重要な話なのは分かるのだが……。

 

「食べるか喋るかどちらかにしましょう、お行儀が悪いですよ」

 

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

 

 食べる方を優先、いや、別に構わないが、冷めたら美味しくなくなるだろうし……。

 

 

「ふぅ~、お腹一杯……には遠いけれど、空腹はどうにかなったかな? ふぁ~あ、今度は眠気がまた来ちゃったよ。善示君、お膝貸して~」

 

「話は……どうぞ」

 

「ありがとう。じゃあ、お休み~」

 

 食事が終わった後は話をすると思ったのだがな、これは余程安心してくれた結果だと思えば別に良いだろう。

 圧に押された俺が正座をすれば先輩は躊躇う事無く頭を乗せて秒で眠る、再び聞こえてくる寝息からして熟睡した様子だ。

 鼻を摘まんだりしたい衝動や呼吸に合わせて上下する胸に向けてしまいそうな視線を理性で抑えつけ、先輩の信頼を裏切る気なのかと叱咤すれば落ち着けたし、先輩の言葉の意味を考えよう。

 

 

 俺の事が好き……友達としてでしかないので結婚とは結び付かないが、そもそも冬愛先輩の結婚観は俺の物と同じなのか?

 見合いを決められる事を諦めなのか受け入れていた事だ、どうせするなら気の合う相手と、そんな所だろう。

 

 

「俺”が”良いのではなく、俺”で”良いのだろう。先輩は軽い気持ちで口にしただけなのかも知れないが……」

 

 適当とまでは言わないが妥協では有るのだろう、それ程にこの人には自由が無いという事なのだろうが。

 それと本当に結婚するかは別の話、幾ら友人でも自己犠牲が過ぎるという奴だ。

 

 だけど、今の関係を続けられない事への寂しさも共感するし、何か力になりたいとも思う。

 

 

「……せめて俺が祖母側に付かなければ先輩とは友人で居られると良いのだが」

 

 そんな事を呟きながら天井を見るもどうなるかは分からない事だ。

 分かっているのは冬愛先輩と結婚するのが確実に……いや、考えるのは止そうか。

 でないと今後の友人関係に余計な思考が入り込みそうだ。

 

 

 

 そうして暫く寝顔を眺めていたが一向に起きる気配も無く、これ以上はお店に迷惑が掛かりそうな頃合いになってしまう。

 さて、どうしたものかと悩んでいると携帯に虎児さんからの着信の知らせ。

 

「迎えを寄越したから、か。タイミングが良いな。先輩が起きないのは困ったが。まあ、仕方が無い。後で苦情は受け付けるとして、よい……こほん」

 

 よいしょ、と掛け声と共に抱き上げようとするが初対面で重いと言ってしまった負い目も有る、途中で止めて持ち上げればすんなりと行った。

 あの様な事は二度と無いだろうが一応、そんなつもりで鍛えていて良かったのだろう。

 

 

「軽いな……」

 

 俺の力が上がったのも有るだろうが、デブ猫の影響も大きかったのだと、腕の中に収まった先輩の予想外の軽さに驚きの声が漏れ出る。

 脂肪が胸以外には行かないと行っていた……煩悩退散!

 

 

 一度意識してしまうと気になってしまう、下着が無いのも含めてだ。

 それでも何とか我慢し、店の人の好奇の視線にも耐えて店を出た俺を出迎えたのはニヤニヤと笑みを浮かべる虎児さんの姿だった。

 

 

「やあ、驚いたかい? それにしても随分と仲が良いんだね」

 

「世界的企業の支社長が暇なのを見たら誰でも驚くかと。それと先輩は不安で眠れなかったらしいのが安心して眠気に襲われただけですよ」

 

「暇とは酷いなあ。甥っ子の為にスケジュールを詰めて来たってのに。じゃあ二人共送らせよう。私は先に会社に戻るけれどね」

 

 様子を見に来ただけなのか虎児さんはさっさと二台の車の片方に乗り込み、ドアを閉めようとした所で動きを止めた。

 

 

「そうそう、実はこの間学校には君を見に行っただけじゃなく、下見で行ったんだ。私の娘、要するに君の従姉妹が転校予定だから宜しく頼むよ」

 

 それだけ言って今度こそ去っていくが……もう一人の相手について話して欲しかったのだがな。

 

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