遠く海越え外国からやってきた、
戦場帰りの大男。


筋肉隆々の見た目なんだが、
とても臆病者である。


事務所で働く大男は、地震を理由に
職場を抜け出す妙な癖がある。


しかしそんな大男のことは、
だれも気にしない。


これはそういう時代のお話。


――――――――――――――――――――

他サイトでも重複掲載。
https://shimonomori.art.blog/2022/04/23/kowaii/

文字数:約2,000字(目安3~5分)

※読了目安は気にせず、まったりお読みください。

※本作は横書き基準です。
 1行23文字程度で改行しています。


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大男のコワイもの。

地震(ジシン)イヤだー。』

 

 

と、叫んで事務所を飛び出した外国人の大男。

 

 

「いまのは震度3くらい?」

 

 

「2・(きょう)だって。」

 

 

ほかの同僚は地震の揺れなど気にもせず、

仕事をしながら震度の予想と答え合わせ。

 

 

いなくなった大男を無視して、

久々の地震に会話がはずんだ。

 

 

免震(めんしん)技術のおかげか、日頃の訓練の賜物(たまもの)か、

これはここでの日常風景である。

 

 

大男は戦場帰りの屈強(くっきょう)な肉体を自慢(じまん)する

いかつい見た目だが、それに(はん)

温厚(おんこう)な性格で人当たりがいい。

 

 

それからひどく臆病者で、

ことあるごとに早退するので

経営者としては困ったものだが、愛嬌(あいきょう)があり、

憎めず、とにかく人気者でもあった。

 

 

『ウワーッ!』

 

 

天候(てんこう)が不安定になると、

雨に(まぎ)れてカミナリが頻発(ひんぱつ)する。

 

 

いわゆるゲリラ豪雨(ごうう)だが、

これも大男には()(がた)かったらしく、

霹靂(へきれき)(ごと)く最寄りの地下鉄で帰ってしまった。

 

 

「仕事ならここでできるのに。」

 

 

無停電電源装置(UPS)あるからねえ。」

 

 

「地下鉄が停電するのは考えてないのか。」

 

 

どんなに大雨であっても、

たとえ大雪で閉じ込められても、

3ヶ月分の非常食は用意されているので

ここでの仕事に支障はない。籠城戦(ろうじょうせん)が可能だ。

 

 

大男はなにかにつけて(おび)えて(さわ)ぎ、

なにかあればすぐ帰るのである。

 

 

ある日、電子音の空襲警報(くうしゅうけいほう)が鳴り響く。

 

 

隣国(りんごく)弾道(だんどう)ミサイルを発射したので、

着弾の危険性を個別の携帯端末(けいたいたんまつ)に知らせる。

 

 

『もうオ陀仏(ダブツ)だー!』

 

 

大声で叫び、ミサイルのように飛び出す大男。

 

 

隣国からのミサイル騒動(そうどう)も、

かれこれ10年以上続いている。

今月で2度目のミサイル早退。

 

 

戦争時に空襲を何度か受けた悲惨(ひさん)な経験は、

いまでも義務教育(ぎむきょういく)の中で一応伝えられている。

 

 

しかし隣国からのミサイルはといえば

現代の恒例行事として麻痺(まひ)しつつあって、

実感はどうにも()かないものである。

 

 

大男のリアクションは、

むしろ見習うべきかもしれない。

 

 

とはいえ、あまりに大げさ過ぎて、

混乱を(まね)く場合もある。

 

 

火事(カジ)だヨ!

 みんな、消防車(ショーボーシャ)どこ?』

 

 

と、火災に『消火器(しょうかき)』を求めて騒ぐので、

なにかと思い集まれば、喫煙所の灰皿で

消し忘れたタバコが煙を上げていただけだった。

 

 

コップ1杯の水で収まる程度の小火(ぼや)だ。

 

 

鈍感(ドンカン)、よくないよ。』

 

 

大男は自宅からそうメッセージを送った。

 

 

自宅からオンラインで仕事ができたなら、

そもそも事務所に出勤する必要もない。

 

 

しかし勤怠(きんたい)進捗(しんちょく)状況の把握(はあく)という建前で、

ここでは自由を(うば)い、拘束(こうそく)する。

いわば奴隷(どれい)足枷(あしかせ)である。

 

 

()をもって(たっと)しではあるが、

 考えることを辞め、従順(じゅうじゅん)になるのが、

 なんとも日本人らしい仕草(しぐさ)ではありませんか。』

 

 

と、大男はどこかの受け売り(コピペ)を、

メールで流暢(りゅうちょう)な日本語にて語る。

 

 

しかし自宅に比べれ、事務所ならば仕事に対する

集中力が高まるなどの事例報告もある。

 

 

外国人である大男の指摘(してき)も、

あながちではない。

 

 

単に自宅で仕事をしたいという欲望(よくぼう)と、

大男の臆病(おくびょう)な性格が一致(いっち)したに過ぎない。

 

 

そんな大男にも例外があった。

 

 

『これはコワイーデスね。』

 

 

事務所にあまり寄り付かない大男が、

猫なで声でネコをなでている。

 

 

(こわ)いーじゃなくて、可愛い、な。」

 

 

拾ったネコを事務所で飼い始めたのだが、

大男が世話係を買って出るほどだった。

 

 

『オフィス、ひとりぼっち、カワイーね。』

 

 

と、事務所に寝袋を持ち込み、()まり込み始めた。

 

 

動物ひとつで人間は、

ずいぶんと変わるものである。

 

 

ネコは全身の黒い毛が赤土色混じりだったので、

クマのぬいぐるみに因んでテディと名付けられた。

ネコの割にはずんぐりとしている。

 

 

テディは大男と並ぶほどの人気者になった。

大男もテディを気に入り、寝食(しんしょく)をともにした。

もちろん事務所で。

 

 

こんな大男に鈍感(どんかん)と言われた日本人でも、

過敏(かびん)になることは、ひとつやふたつある。

 

 

まず食の安全や産地の偽装(ぎそう)逆鱗(げきりん)()れる。

生活が(おびや)かされたも同然(どうぜん)だからである。

 

 

特に恐ろしいのがクマだ。

 

 

「みゃぉ。」

と、鳴いたテディのことではない。

 

 

クマは本州から北海道にかけて広く生息する

やや臆病(おくびょう)な大型獣ではあるが、

子を守るために攻撃的になったときの

破壊力(はかいりょく)(すさ)まじい。

 

 

2m近い巨体で車よりも早く走り、

獲物(えもの)を追いかけ、木にも登る。

 

 

人間が走って逃げても到底(とうてい)(かな)わない。

話しかけたり、死んだふりをしても意味はない。

遭遇(そうぐう)したらまず、刺激(しげき)しないことだ。

 

 

テディのように愛らしいぬいぐるみの

モデルにもなったクマだが、

毎年どこかで事故の報告があり、

獰猛(どうもう)な隣人には変わりない。

 

 

冬を前にクマは冬ごもりの準備をする。

しかし木の実などのエサが足りずに、

エサを求め市街地に降りてくることも多い。

 

 

帰宅時に車で遭遇(そうぐう)したという人もいて、

恐怖はほかの人にも伝播(でんぱ)した。

 

 

いつもであれば、脱兎(だっと)(ごと)く逃げ出す大男。

しかし大男はクマと聞いても(おび)えない。

 

 

普段どおりに仕事とおまけに買い出しを行い、

テディの世話をする大男に、ひとりがたずねた。

 

 

「クマは怖くはないのか?」

 

 

日本(ニッポン)(サムライ)腹切り(ハラキリ)忍者(ニンジャ)いる。』

 

 

「いねえよ。腹切りってなんだよ。

 情報アップデートしろ。」

 

 

『OK。忍者(ニンジャ)いない。知ってる。

 でも(ジツ)はいるネー。

 テディ、これ内緒(ナイショ)よ。』

 

 

話しかけられたネコのテディであるが、

大男の腕の中でうつらうつらと(ふね)()ぐ。

 

 

地震(ジシン)、カミナリ、ミサイル、危ないよ。

 みんなアッて言う(ちゅう)間に死んじゃう。』

 

 

大男の言う通り、これらの事象(じしょう)遭遇(そうぐう)すれば、

個人ではどうあっても(ふせ)ぎようはない。

最悪の場合は即、オ陀仏(ダブツ)

 

 

テディを抱く大男は、

おぞましい笑顔を向ける。

 

 

『でもクマは、ヤクザと同じ。

 撃つとみんなコワイーする。平気。』

 

 

「こいつやべーな…。」

 

 

今日も事務所の構成員たちに親しまれる、

戦場帰りの大男であった。

 

 

 

 

(了)

 



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