FGO世界に転生した一般オリ主くんが生き残るためにリアルガチチャートを組んでRTAを走るお話   作:ペットボトル羊

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 シリアス+少しギャグ。


 キャストリア動かすのたのしい。


何も言われないのが一番胃にくるんです

 アルトリア・キャスター。

 

 妖精國(異聞帯)出身のサーヴァント。

 彼女は、その特異な出自からか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………くそ」

 

 就寝から目覚め、俺の肉体(からだ)を覆っている白い布団を退ける。一日経った今でも、胸中に渦巻く混沌は消えない。

 

──昨日は、既に、()()()()遅い時間帯だったので、その場にいた全員と軽く交流して、キャスターの部屋を貸し与えて解散した。

 その間、キャスターは俺たち一人一人に律儀に自己紹介し、握手を交わしたわけだが──

 

 “初めまして、アルトリア・キャスターです”

 

 彼女は、まるで、どこにでもいるふつうの女の子のような素朴な笑みを浮かべ、手を差し出してくる。

 

 “あ、ああ……今は、タナカタロウと名乗っている。よろしく”

 “なるほど。では、タナカくんと呼びますね!”

 

 彼女は、特に目立った反応も示さず俺と手を握り合い、そして、他の人のところへ向かった。

 

──妖精眼、という魔眼がある。

 正確にはヒトが持つ魔眼ではなく、妖精が生まれつき持つ『世界を切り替える』視界なのだが──省略。

 この魔眼の最大の特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これのせいで、作中のアルトリアにとってヒトの世界は『悪意の嵐』であり、そんな嘘や本音を見通す彼女からしたら、俺は──

 

「うる、さいな……!」

 

 感情(しんぞう)が、安息の地を求めて暴れ狂っている。

 身体中を感情(けつえき)が巡りに巡っている。

 巡り回る感情(けつえき)に、あらゆる細胞が驚きの声をあげていて、腹の底からわらいが漏れそうだ。

 

「落ち着け……」

 

 眉間を押さえ、荒ぶるモノを内から外へ吐き出す。もう、随分と慣れた工程だったが、幾らか、マシにはなった。

 己が感情を鎮めている間に、キャスターが()()()()()()()()()()()纏めた思考(のう)が、三つの選択肢を表示する。

 

 一、正史? (原作)出身。

 

 二、正史、俺がいる世界、何方でもない世界出身。

 

 三、俺がいる世界出身。

 

 『星を脅かす脅威に対抗するもの』の助けになる人理補助装置であるキャスターが、召喚されたことに違和感は感じない。英霊の座に時間の概念は存在しないかつ、魔神王が成就させようとしていることは“星を脅かす”行為と言えるからだ。

 縁も、未来で藤丸と結ぶのだから、エミヤが遠坂凛に招かれたことと似た原理なんだろう。

 問題は──彼女からしたら、俺は、彼女が厭うヒトそのものである、という最悪の一点。

 

 だが、ここで三の世界出身はあり得るのか、という疑問が発生する。

 彼女は、藤丸と握手をする瞬間、僅かにだが驚いていた。恐らく、これは過去の藤丸(ゆうじん)に出逢うという数奇な運命に驚いたのだろう。

 しかし、俺には、至って普通の反応だった。……いや、彼女は藤丸が俺たちを紹介する前から俺を見つめていたし、彼女が本音と建前を上手く使い分けることができるのは識っている。加えて、元村娘であるが、現超越存在(サーヴァント)だ。俺の眼を誤魔化す方法は幾らでもあるだろう。

……どうする。断言には些か早いが、彼女は一、二世界出身と想定しておくか…?

 

「いや、まだ早い、か」

 

 そもそも、英霊の座が、並行世界の数に応じて存在するのか、一つしかないのか明言されていたかどうか記憶が定かではない。結論を出すのは後でいいだろう。

 それに、どの世界出身だろうと彼女は、間違いなく俺が気に入らないはずである。守護者になったことで精神的な成長を遂げていたから、公私混同による騒動には発展しないだろうが、あまり深く関わらない方が賢明だ。

 

──方針は決まった。

 人理焼却が起きる前のダ・ヴィンチ女史とのような、仲が悪い訳ではないが交流が少ない関係を目指そう。もし、キャスターと出会したならば、隠し事は不可能故に、基本的にいつも通りに振る舞う。

 

「……顔洗うか」

 

 俺は嘆息して、先行きの見えない展望に対する一抹の不安を訴える脚を誤魔化しながらベッドから降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で朝食を終えた俺は、講堂へ向かっていた。今日の藤丸の座学担当が俺だからである。昨日は、偶々ダ・ヴィンチ女史が暇だったからカレが教授していたが、基本的にカレは、非常に多忙だ。サーヴァントであるから肉体的な疲労は感じないし、その才覚で、カルデアを支えてもらわなければならないからである。

 

「はぁ……どうしようか」

 

 俺の口から、陰鬱なため息が漏れる。別に、藤丸に知識を授けることが嫌な訳ではない。彼女は、理論ではなく感覚派だろうが、講義にはしっかり出席して真面目に取り組んでいる。教師()からしたら、歓迎こそすれ、厭う道理はない。

 故に、藤丸に問題があるのではなく──

 

「──あっ、おはようございます。タナカくん」

 

──藤丸が講義を受けるということは、キャスター(かのじょ)も付いてくるということに問題があった。

 

「ああ、おはよう。キャスター」

 

 俺は、()()()()()()()()()()()彼女に挨拶を返す。

 そして、彼女に気づかれないように目を細め、彼女の表情や仕草、声音を見逃さないように逐一観察した。

 さあ、どうだ? キャスターは俺にどのような感情を抱いている。正か負か。凡人なりに暴いてやる……!

 

「あ、あの……非常に申し上げにくいのですが……」

 

 キャスターが、頬を羞恥に染めながらかき、目を逸らして何か言おうとしている。

 何故、羞恥? まさか本当に観られることが恥ずかしいとでも宣うのか。

 俺は、更に目を細め彼女の“底”を看破しようと──

 

「着任早々、講堂への道に迷ってしまって……」

 

──キャスターの林檎のように赤く染まった頬と、水を得た魚のように泳ぎ回る瞳を見て、愚行に気づき、止まった。

 

 ()()()()()()

 軽率だった。方針まで決めていたのに、態々必要のない危険(リスク)をおかしていた。

 それに気づいて漸く、俺は肉体(からだ)が緊張で身構えていたことを自覚する。本当に、何をやっている。これでは、キャスターを信用していないと宣言しているようなものではないか。

 

 他ならぬ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は、はっきりと認識した焦りや不安、憎悪を生み出す心臓(むね)に、まるで、それを握り潰すように右手で掴み大きく息を吸って吐いた。

 

「や、やっぱり、呆れますよね! ごめんなさ──」

「すまない、キャスター。不快な想いをさせたことを謝罪させてくれ」

 

 キャスターの言葉を遮り頭を下げて謝罪する。

 この場において、間違いなく俺は子供(ガキ)で、彼女は公私を弁えた大人だった。

 

 俺の謝罪にキャスターは驚いたような声を漏らし、

 

「──いいんですよ。頭を上げてください」

 

 そして、それは慈愛のこもった声に変わり、俺を許した。

 

「寛大な貴女の御◼️に、感謝を」

 

 俺は、頭を上げて──子を慈しむ母のような微笑みを浮かべる彼女が目に入る。

 

……妙な沈黙が、この場を満たした。

 何故、キャスターは俺に負の感情を抱いていないのだろう。隠している可能性はあるが、今は俺たちしか辺りにいない。別に隠す意味もない筈だが……。

──まさか、境遇が似ていることによる憐憫か? 確かに、俺と彼女は似てはいる、と言えなくもないが──全て裏切った俺と、何者も裏切れず最後まで貫き通した彼女とでは、天と地の差がある。似ているだけであって同一ではないんだ。

 

……何を考えている。まさか──俺は、彼女と自身を比べているのか?

 

(はっ……)

 

 乾いた嗤いが胸中に零れる。

 我ながら面の皮が厚すぎて、何もかも厭になりそうだ。何度も挫折(しっぱい)を経験したことを忘れたのか。自らと他人を比較することに意味なんてない。適材適所という偉大な言葉を知らんのか。

 

 キャスターは、数多の悪意に晒されながらも──その尊い、気高い想いを貫き、ただ一つの何でもない約束の為に()()()()へと至り、為すべきことを為した。

 対して、俺はどうだ? 数多の善意を踏み躙り、挙句の果てにそれに耐えられず、全て無かったことにしようとしていた。なおかつ、未だ道の中途であり、何も為していない。

 

 なんだこれは。

 比較することさえ烏滸がましい。

 

 俺が、矮小で愚かで浅ましい人間だということが再確認できただけだった。

 

「立ち話も何だし、俺も講堂に用があるから同行しないか?」

 

 俺の感情と場の空気を変えるために手を叩き、提案する。俺は、今微笑しているが、看破られているとはいえ、流石にこの感情を面に出す訳にはいかないので、内◼️で謝罪した。

 

「お気遣いありがとうございます。それでは、案内をお願いしますね、タナカくん」

 

 キャスターは、花が咲いたような笑みを浮かべる。彼女の了承も貰ったので、俺は、僅かに先行するように彼女の前に出た。背後にある気配から、キャスターが雛鳥のようについてきている事を察し、止まらず講堂へ歩みを進める。

 

「あの、タナカくん」

 

 暫く歩いただろうか。

 キャスターが、会話がないことを気にでもしたのかおずおずと俺の偽名()を呼んだ。

 

「どうした?」

 

 彼女に振り向かず、前を向いて歩きながら淡々と口を開く。

 それと同時に、背後の足音が速まり──気になって僅かに顔を反らしたら、横に不満そうな表情(かお)をしたキャスターがいた。

 

「わたしたちは、同じ志を持つ仲間なんですから、もっと会話をしましょう!」

 

 “チームなら、一丸となって目標に向かう”

 

 ()()、同じ志を持つ仲間、か。

 

「……ああ、悪い。貴女の言う通りだ」

 

 表面(はだ)から滲み出そうな憎悪を押し留めながら、キャスターの言葉を申し訳なさそうに肯定する。

 

「だが、どうするんだ? 生憎、貴女が気にいるような話題は持ち合わせていないが……」

 

 事実である。外の話題なんて文字通り焼却されたし、(カルデア)は、絶望的な現状しか伝えられない。それに、無理に明るい話題を持ち出しても、彼女からは滑稽な張りぼて(うそ)にしか見えないだろう。

 

「むむ、……そうだ。タナカくんは、師匠がいるんでしょう?」

 

 「他の職員(スタッフ)さんから聞きました」とキャスターは付け足した。

 

「その通りだが……」

 

 否定や隠したりする理由もないので肯定するが、同時に困惑もした。まさか、師匠と交流でもあるのか。…ないとは言い切れないところが、師匠がどれだけ化物なのか物語っていた。

 

「わたしも師匠がいまして。同門ではないですが、互いに弟子という共通点があるので師匠の文句でも言いましょう」

 

 キャスターは、にこりと笑いながらさらっと毒を吐く。

 

「ささ、あなたからどうぞ」

 

 俺は、「あはは…」と曖昧に笑いながら誤魔化そうとして──全く表情が、眉一つすら変化していないキャスターの顔を見て、微妙に慄いた。……どうする。これ、本当に言わなければならないのか。……機嫌を損ねる訳にはいかない、か。

 

「……そうだな、俺の師匠は、事あるごとに教授の対価を求めてきたよ」

 

 右掌をじっと見詰める。まるでそれは──俺の過去を映しているようで。

 

 “死にたくない? なんだ、そんな肉体(からだ)を持っている割には俗物的な欲求(ねがい)だな”

 

「それなりに言葉も交わしたけど、けっこう乾いた(ドライ)な関係で」

 

 “鮮花、◼️◼️を抑えろっ、今日こそその肉体(からだ)の違和感を明かしてやるっ”

 

「俺は、師匠の魔術の腕にしか興味がなくて、師匠は、俺の肉体(からだ)にしか興味がなかった」

 

 “ほれ、煙草(タバコ)。付き合え。…え、未成年? そういえばそうだった。年齢に反して大人びているから忘れていたよ”

 

──たぶん、いま、◼️の底から穏やかな笑みを浮かべていると思う。

 

「実はさ、俺、姉弟子がいてさ」

 

 “◼️◼️、これ手伝って”

 

「けっこう、ちょっかいかけられたりしてね」

 

 “どう? この術式に粗があったりしないかしら。忌憚のない意見をちょうだい”

 

「師匠と徒党を組んだりしてね、ほとほとに手を焼かされたよ」

 

 “橙子さん、そっちを塞いでください。さあ、一歩でも動いたら燃やすわ、降伏しなさい”

 

 ああ。

 でも、俺──二人も、見捨てたのか。

 

──俺の過去(おれ)を映すということは、

 

 ◼️の最奥で、ぼうと(あかり)が灯る。

 

──“それ”は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 小さな、蝋燭の炎のように吹けばとぶ(あかり)は、酸素を取り込んでいるかのように際限なく膨らんでいき、

 

──鏡とは、正面の虚像を創り出すモノであり、

 

 遂に、◼️の壁に辿り着き、ぷすぷすと壁を黒色(こくしょく)に変容させ、

 

──虚像(オレ)が、呆れたように肩をすくめて薄く笑い、

 

  (あかり)が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──タナカくん?」

 

 心配そうに眉を下げているキャスターの表情(かお)が視界に入る。俺は、急に現れた彼女に素直に驚きの声を上げた。

 

「……すまない、感傷に浸っていた。今度は、貴女の師匠の話を聞かせてくれ」

 

 俺は、困ったように笑い少し距離をとる。

 キャスターは一瞬、むっ、と不満そうに目を細めたが、諦めたように小さくため息を吐いて言った。

 

「……分かりました。わたしの師匠はマーリンという名の魔術師でして」

 

 花の魔術師マーリン。

 現在の全てを見通す千里眼を所有している夢魔の混血児であり、最高峰(冠位)の魔術師。……そういえば、彼の千里眼は俺を映している筈だから、かなり不審に視えるのだろうか、と些細な疑問が生まれる。だが、干渉がない時点で気にするだけ時間の無駄だと判断して、直ぐに忘却した。

 

「へえ、マーリンってあの?」

 

 俺は、興味深そうに眉を上げ、キャスターに問う。キャスターの言うマーリンは二人存在するのだが、いったいどちらのことを言っているのだろうか。

 彼女は、俺の確認を聞いた瞬間、ずんずん大股で歩みを進めて俺の前に出て、振り返った。その表情(かお)は、たぶん、怒りと呆れと、不満? と様々な感情が混ざっていて上手く読み取れない。取り敢えず、彼女が、進行方向である十字路の通路の真ん中近くで止まったので、俺も停止する。

 

「聞いてください、わたしの師匠であるマーリンはですね、凄い女誑しなんですよっ」

「……まあ、うん。伝承通りだな」

 

 適当にうんうんと頷く。キャスターから読み取れた感情から察するに、最初は自称マーリン(オベロン)のことを指しているのかと考えたが、本物のことを言っていたらしい。

 キャスターが、目を吊り上げて続ける。

 

「なのに、修羅場が起こるどころか、相容れない女性同士の仲を取り持ったりして、みんな仲が良いんですっ」

 

 マーリンって、修羅場を起こして幽閉されたイメージが強いのだが、どうやら、キャスターを指導したマーリンは汎人類史のマーリンより上手らしい。

……俺は、指摘すべきか迷いながらも彼女の愚痴の聞き手に徹する。

 

「弟子であるわたしの苦労も考えて欲しいんですよっ、もうずっとチヤホヤされていて、見ているだけでうんざりです……」

 

 キャスターは、怒りが持続しなかったのか、明らかに辟易した表情(かお)に変化していって、終いには、大きく肩を落としため息を吐いた。俺は、そんな彼女の様子を見て、なんだかおかしくてくつくつと喉の奥を鳴らす。

 彼女は、そんな俺を見て目を尖らせて、しかし怪訝そうに言った。

 

「……なにか、おかしいことでもありました?」

「いや、ね。貴女は、口ではマーリンを嫌っているようだが──声、楽しそうだ」

 

 キャスターは、目を見開いて、反射的に口を両手で隠した。遅れて耳まで羞恥で染まっていく。それを見て、親近感が湧き、俺は微笑ましく思いながら言った。

 

「師匠のこと、慕っているんだな」

「…………、…見ないでぇ……」

 

 「なにやってるんだろう、わたし…」と、キャスターはぼやきながら顔を両手で覆う。確か、アルトリア・キャスターは、次マーリンに会ったら斬首するって言っていた筈だが──根は真面目な彼女のことだ。何だかんだ言って、感謝していて、慕っているのだろう。俺も、そうだった。恐らく、好きか嫌いで分けるなら、間違いなく、師匠も姉弟子も好きだと思う。……何を考えているのだろうか。少し、感傷的になりすぎだ。

 俺は、自らの気持ちも切り替えるために強引にキャスターに話を振った。

 

「この話は互いにダメージを受けるから、別の話題にしないか?」

「そ、そうですね」

 

 キャスターも、俺と同意見なようで、勢いよく頷いている。俺は、苦笑しながらそんな彼女を眺めていた。……今までの会話から察するに、彼女は、別に俺を嫌っている訳ではないらしい。特に、悪意や敵意も感じなかった。幾ら超越存在(サーヴァント)とはいえ、こう何度も言葉を交わして、全く負の感情を悟られないようにすることはできない、筈。だから、大丈夫だと思いたい。

 俺は、意外と彼女と友好的な関係を築けるかもしれない、という希望的観測を抱いたが、同時に疑問も湧いた。キャスターは、具体的に、どんな感情を俺に抱いているのだろう。仮に、好意的な“それ”を抱いているとして、それは何故? 

 熟考を重ねている俺の脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。キャスターが、もし、三の世界出身なら。

 

──未来の俺に出逢ったことがある?

 

 あり得ない、訳ではないが──正直、()()()()()()()()()()

 俺は、今の己の状態を正確に把握している、と自負しているつもりだが──そんな、俺が、第六異聞帯に駒を進めているとして、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺が、本当に、俺の想定(チャート)通りに事を為したとしたならば────耐えられるのか、◼️底疑問だった。

……いや、耐えなければならない。止まることも諦めることも赦さない、そう、誓ったんだ。

 

「その……タナカくん」

 

 キャスターの緊張した声で、現実に引き戻される。

 

「あ、ああ……なんだ、キャスター?」

「実はですね……今までの会話はジャブみたいなもので」

 

 彼女は、微妙にモジモジしながら言う。じ、ジャブ? 本題ではないということか。

 

「あの、タナカくんも魔術師でしょう?」

「……そうだな」

 

 キャスターの意図が掴めないが、取り敢えず肯定する。彼女は、俺の返事に満足でもしたのか表情(かお)を輝かせ、告げた。

 

「な、ならっ、わたし、魔術師の英霊(キャスター)ですし、わたしの──」

「──あっ、おはよう。アルトリア、タナカくん」

 

 十字路の右手から、ひょっこりと藤丸とキリエライトが現れた。同時に、キャスターがピシリと石化したように硬直する。

 

「……あれ、もしかしてお邪──」

 

 と状況を察し、頬をかいて苦笑いをしている藤丸が言い切る前に──復活したキャスターが彼女に突っかかった。

 

「立香っ、あなたという人は本当に間が悪いんですよ……!」

 

 キャスターが、キリエライトも巻き込んで騒ぎ出す。女三人寄れば姦しい、というが、正にその通りだった。……キャスターが言わんとしたことを察しながらも、まあ、恐らく、断るだろうな、と考えた俺は嘆息し、本当に、◼️の底から嫌だったが、時間は限られているので、三人の姦しい輪に割り込んだ。なんとか、騒ぎ立てる三人を宥めたら、導くように講堂へ先行する。

 

──そんな俺の背を、キャスターがじっと見詰めていたことに────終ぞ気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 

 

 

 

「これにて、本日の座学は終了」

 

 タナカくんが、ぱたりと教本を閉じ──それと同時に、私は机の上に突っ伏した。地獄の時間の終了である。

 

「先輩……大丈夫ですか?」

 

 マシュの心配するような声が、心にくる。どうかこんな情けない先輩を許してほしい。私、感覚派なんだ。

 

「立香、君の気持ちも分からない訳ではないけど……」

 

 タナカくんの申し訳なさそうな声が、心を抉る。目標にしている友達に、気を遣われている……。

 

「立香、まだまだですね」

 

 アルトリアの勝ち誇ったような声が、心を──ん? ばっ、と顔を上げて右隣のアルトリアを見ると、

 

「……(どやぁ…)」

 

 何というか、先程の仕返しとでも言いたいのか、アルトリアはドヤ顔を晒していた。

──私の細胞一つ一つが、彼女のドヤ顔を詳細に記憶し────私は、衝動のままアルトリアに飛びかかる。

 しかし、ひょい、と彼女は私の渾身の攻撃を躱し、器用に長机を飛び越えて、教壇の上に立っているタナカくんの背後に回った。

 

「わー。タナカくん、立香がいじめます〜」

 

 物凄く人の神経を逆撫でするような棒読みで、アルトリアは顔だけタナカくんの背から出して私を煽った。私の頬がピクピクと引き攣るが──我慢、我慢だ。というか、私、(マスター)なのに全然敬われていない。…いや、こっちの方が友達みたいで断然楽だけど。

……私は、取り敢えず、キッ、と巻き込まれたタナカくんを鋭く睨んだ。さあ、背後にいる女狐を差し出したまえ。

 彼は、かなり、物凄く、非常に、何か言いたそうにしていたが──既のところで飲み込み、頭を押さえてアルトリアに苦言を呈した。

 

「……もういいだろう、キャスター」

「そうですね。ごめんなさい、立香」

 

 アルトリアは、あっさりと自分の非を認め、私に近寄って頭を下げる。あまりにも潔いその姿に、逆に私が悪いことをしたような気分になり、慌てて彼女の頭を上げさせる。

 

「いや、いいよ! なんか、友達みたいで楽しかったし」

「──。うん、ありがとう。立香」

 

 一瞬、驚いたかのように間が空き、そして、心底嬉しそうにアルトリアは微笑んだ。

 

「さて」

 

 ぱちん、と注目を集めるようにタナカくんが手を叩き、言う。

 

「立香、感覚とは、突き詰めれば理論から派生したモノだと俺は思っていてね。君が、苦手に思うのは無理もないが、諦めずに頑張ってくれ」

 

 「無意識に何度も反復した理論をなぞったモノが感覚、と思えばしっくりこないか?」と彼は付け足し、言い聞かせるように優しく笑った。

……言われてみれば、そう思える。未だに苦手意識は拭えないが、私は訓練を頑張ると宣言したのだから、他も疎かにするわけにはいかない。

 私は、僅かに不服に思いながらも──みんな、私のためにやってくれていることが分かっているので、面には出さず頷いた。

 

 それはそれとして。

 

「タナカくん」

「ん? どうした、立香」

「なんか、こう……ないかな?」

 

 私は、この、なんというか、言語化できない訴えを、身振り手振りで彼に伝えようとする。彼は、思案するように顎を指で挟んだ。その間に私は、キャスターとマシュにも伝えようと彼女たちへ振り向く。

 

「「……?」」

 

 どっちも不思議そうに小首を傾げて私を見ていた。なんとか、伝われ──唸れ私の想い!

 

「…成程、俺の経験則でも聞きたいんだな?」

 

 呆れたようにため息を吐いたタナカくんの言葉に、私のもどかしい気分が解消される。流石タナカくん、グリフ⚪︎ンドールに100点。

 「ああ、なるほど…」と、ぽんと手を叩くマシュを尻目に、私は、一縷の望みを懸けて彼に縋るように視線を向けた。彼は、そんな私の悲願がこもった目線を受けて、一度瞼を閉じ──ゆっくりと目を見開き残酷な答えを告げた。

 

「反復あるのみ」

「…………そんな、ばかな」

「ばかなのは立香ですね……」

 

 アルトリアの呆れた声に崩れ落ちる。本当にその通りだった。……いや、まだだ、まだ終わらんよ!

 私は、再び体を起こし──タナカくんにもっと何かないか訴える。

 

「タナえもん、もっと、格言とか教訓とか、こう、家訓的なものないかな?」

「強情だねぇ、立香くんは」

 

 彼は、渋々腕を組んで思考に没頭した。

 

「ふむ……家訓なら、『常に余裕を持って優雅たれ』とか……いや、アゾられそうだ」

 

 アゾられるってなんだ。意味は分からないけど、絶対碌なものではない。

 

「『この戦い、我々の勝利だ……』、いや、これただの死亡フラグだし、もっと違う作品(もの)にしよう」

 

 よかった。私もなんか嫌だ。

 

「『退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ、叫べ、我が名は』、いや、斬月ないし……」

 

 それは確かに。

 

 タナカくんは、一通り教訓というか名言的なものを呟いたが、どれも納得いかなかったのか頭を振って、私を戒めた。

 

「ま、そんな都合のいい言葉なんてないってことさ」

 

 ぐ、ぐぬぬ。だけど、ここで引き下がったら武士の名折れ。

 私は、何か搾り出せないのかしつこくタナカくんに問いかけた。

 

「先輩……そんなに楽をしたいのですね」

 

 マシュ、悲しそうにしないで!

 アルトリアもため息吐いているし。

 

「た、タナカくんの教訓でもいいからっ」

 

 ここまで来たらなりふり構っていられない。私は、必死に先生に縋り付くように言った。そんな情けない姿の私を見て、それはそれは大きなため息を吐いて、(せんせい)は言った。けっこう心にくる。

 

「立香には合わないと思うけどね、」

 

 彼は、そう前置きして。

 

「いいか。“魔術師足る者────足りないものは、他所から持ってこい”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片手で数えられる程度の月日が流れた。

 この間に、やれることは文字通り全部やったと思う。だけど、正直、身に染みているのか、と問われると、全く身に染みていない、と情けない返事しかできない。

 

──でも、

 

「作戦を復唱する」

 

 ドクターが、厳格な顔で告げた。

 

 中央管制室。

 私たちが、特異点にレイシフトするための装置であるコフィンと、それを補助する様々な機器が存在する文字通りカルデアの心臓部。そこに、私は頼もしい仲間たちと共にいる。

 

「カルデアは、第一特異点の調査及び修正を第一目標にレイシフトする。第二目標として、特異点形成の原因と思われる聖杯の回収、若しくは破壊」

 

 彼は、緊迫した面持ちで矢継ぎ早に作戦目標の復唱した。そして、タナカくんに顔を向け、問いかける。

 

「改めて聞こう。第一特異点には“はぐれサーヴァント”なる存在が現界していると予測されているが、それは何故だ?」

 

 タナカくんは、無表情のまま淡々とドクターの問いに答えた。

 

「黒幕が送り込んだ聖杯は、冬木のソレの模倣です。それによって、聖杯戦争という本来必要のないシステムを再現してしまっています。故に、聖杯は、聖杯戦争の最後の勝者が手に入れるものと聖杯自身が認識しており、しかし、勝敗が決まる前に既に所有者がいる。この矛盾を正すために、聖杯が勝手にマスターがいないサーヴァントを召喚しているんです。逆説的に、はぐれサーヴァントが存在するということは、その特異点に聖杯が深く関わっている可能性が非常に高いです」

 

 彼は、淀みなく答える。彼の返事を聞いたドクターは、満足したように頷き言った。

 

「僕から言えることはあと一つ。

 ──僕、ロマニ・アーキマン所長代行が最終的な決定権を有している。僕の決定に、あらゆる不満、異議を唱えることは許されない、いいね」

 

 ドクターは、一度自身の緊張を落ち着けるように瞼を閉じて──ゆっくりと目を開いて、言った。その瞳には、先程まであった焦りはなく、理知的な色を宿している。

 

 決定権。

 現地に赴く私たち二人のマスターが、状況を直接この眼で確認し、詳細な情報や意見をドクターに伝え、彼が下す。たぶん、それは、途方もない責任(プレッシャー)なんだろう。

 

 だから、

 

「任せてよ、ドクター」

 

 私は、視線と声に精一杯の決意を込めて、ドクターに伝える。たった数日しかカルデアの人々と私は関わっていないけど、それでも──分かる。

 みんな、全力を尽くしていて、私は──彼らの力になりたい。

 

 安心しろとは言わない。

 大丈夫とは言わない。

 心配するなとは言わない。

 

──ただ、任せてほしい。

 

 ドクターが、驚いたかのように目を丸め──微笑む。それにより、僅かに彼が纏っていた厳格な雰囲気も消え去り、いつもの緩い彼になった。

 

「たった数日だけども、いい顔になったね。──タナカ君、事前に話し合った通り未確認サーヴァントを肉眼で確認したら、説明を頼むよ」

 

 ドクターが、私からタナカくんに顔を向けて言う。

 タナカくんは、頷いて──拳を握り、軽く腕を差し出すように伸ばした。彼の意図が分からず、私たちに困惑が伝播する。それを見て、彼は笑いながら言った。

 

「セイバー、キャスター、マシュ、ドクター──立香、手を握って出してくれ」

 

 ああ、なるほど──みんな、彼の意図を察して拳を突き出して、

 

「ちょっと、私も混ぜたまえ!」

 

 急にダ・ヴィンチちゃんが割り込んできた。けっこういい雰囲気だったのに……。見れば、みんな呆れている。微妙に歓迎されていないことを察したのか彼女は、こほんと咳き込み、強引に拳を突き出した。そんな強情な彼女の姿に私は苦笑し、倣う。

 

「レオナルド、君ね……」

 

 ドクターも呆れながらも私に倣う。

 

「ふふ、誓いの儀式ね」

 

 両儀式さんが、心底楽しそうに微笑んでドクターに倣う。

 

「懐かしいですね」

 

 アルトリアが、何かを懐かしむように両儀式さんに倣う。

 

「マシュ・キリエライト、初めての試みに胸が弾んでいます。先輩」

 

 マシュが、歓喜に眼を輝かせながらアルトリアに倣う。

 

──そして、

 

「本当は、今も調整をしている職員(スタッフ)たちにも来てほしかったけど、仕方ない」

 

 タナカくんは、残念そうに苦笑しながらも──拳を出した。

 こつん、と全員の手が集う。それを確認した彼は、その決意を声に乗せて言った。

 

「──いいか。

 俺たち全員が共に同じ戦場で戦う訳ではないけれど──目標は、意思は、想いは、一つだ」

 

「──故に、俺たちは独りではなく。

 ──故に、俺たちは支え合い。

 ──故に、俺たちに不可能はない。」

 

「そう思うだろう? ──未来を取り戻すぞっ、みんな!」

 

『おーっ!』

 

──でも、

 

 私たちに、後退するという選択肢はない。

 

 前を見るんだ。

 

 これが、私の──私たちの“道”なのだから。

 

 

 邪竜百年戦争 オルレアン 『救国の聖処女』 開幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 基本的に、特異点では、ぐだ視点七、八割、オリ主視点二、三割で、カルデアではこれが逆転するイメージで行きます。

 ちなみに、敵が効率よくファヴニールを操ったならば、今の戦力ではジークフリートがいようがいまいが人類滅亡します。ファヴニール強すぎぃ……。

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