ありきたりな正義   作:Monozuki

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『本部への道中』

 

 

 

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)を力強く進む一隻の軍艦。

 無事に特別演習を終えたグレイ達が乗る船であり、"海軍本部"へと帰投する最中であった。

 

 そんな軍艦のとある一室。そこでは演習顧問を任された二人の海兵が、お茶を啜りながら一息ついていた。

 

「……ふぅ、終わったな。ご苦労だった、グレイ」

「いえ、不甲斐ない結果になって申し訳ないです」

 

 大仕事を終えて肩の力を抜いているゼファー。そんな彼とは違い、グレイの表情は渋い。

 

「参加した全二十組中、リタイアは二組のみ。死者も重症者も居らん。上出来と言って良いだろう」

「……その二組の内、一組は俺達なんですけどね」

 

 焚き火の前で盛り上がった話し合いは、途切れることなく朝まで続いた。そのため傷だらけだったアインの体力が限界を迎え、不本意ながらリタイアすることになったのだ。

 

「何度も言ったが気にするな。アインとも無事和解出来たんだろう?」

「それはまあ……そうですけど」

「あの子は目的のためなら自分の命すら軽く見ていたからな。原因である俺が言った所で改善はされんと考えた」

 

 強く言ってやらんかった俺にも責任があると、ゼファーは自分も責めた。それも仕方のないことではある。ゼファーにとってアインは、既に娘のような存在になってしまっているのだから。

 

「……あまりアインを叱らないでやってください。アイツはただ、ゼファーさんのために必死だっただけですから」

「分かってるさ、昔のお前を見ているようだったからな」

 

 フォローした側の筈が、逆にピンチの側へ立たされた。

 

「……ゼファーさん、それはもう良いじゃないですか」

「本当に同じだったな、驚いた。──まあ、口の悪さはお前の方が圧倒的に上だったがな」

 

 自分でもそのことに気付いてしまっている分、余計にタチが悪い。

 グレイはゼファーの性格の悪さを再確認した。

 

「あれはその……思い出したくない過去と言いますか……。消し去りたい過去でもありまして……」

「まさか初対面の第一声で、あんなことを言われるとはな。確かお前が七歳の頃だったか」

「ちょっとゼファーさん!? もう良いって言ってますよね!? 誰かが聞いてたらどうするんですか!」

 

 堪えるように肩を震わせるゼファー、思い出したら笑えてきたようだ。当時既に教育者として腕を振るっていた自分にあそこまで堂々と喧嘩を売ってくる新人海兵など、もう二度と現れることはないのだろうから。

 

「はいはい、どうせ似たもの同士ですよ。……まあ、そのお陰でアインの気持ちは分かりましたけどね」

「俺にそういった意図は無かったが、結果として大成功だ。俺もまだまだ見る目があるようだな」

「アインは変わりますよ。──良い方向に」

 

 自信を持って言い切るグレイ。そんな教え子に口端を吊り上げながら、ゼファーはアインの親代わりとして言わなければならない言葉を発した。

 

「ありがとう。グレイ」

 

 膝に手を付き、座りながらグレイへと深く頭を下げるゼファー。

 ゴール出来ずにリタイアしてしまった手前、素直に受け取れないのが残念ではある。

 

「……それにしても、静かですね」

 

 グレイは喜べない賞賛から話を逸らすべく、物音一つ聞こえてこない軍艦の状況を口にした。

 

「全員ぐっすり寝てますか」

「無理もない、緊張状態が丸二日続いたんだからな」

 

 グレイを除いた三十九名の演習参加者。その全員が現在爆睡中であった。そんな状況を許すため、サポート役として来た四人の将校達が海上の見張りをしてくれている。

 

「そりゃ疲れますよね。試験会場があの島じゃ」

「お前は随分と余裕そうだが?」

 

 煎餅を齧りながらの一言に、グレイは苦笑いしながら返答した。

 

「そんな柔じゃありませんよ。鍛えてくれる人達が揃いも揃ってスパルタなんで」

「フッ、ガープやセンゴクは容赦がないからな」

(ゼファーさんも含めてるんだけど……)

 

 本気で自分を対象から外している鬼教官。内心でツッコミを入れつつ、グレイが新たに話題を振ろうとした──次の瞬間。

 

『報告ッ! 三時の方向に海賊船発見!』

 

 各部屋に取り付けられている伝声管から大声で報告が入った。内容は穏やかなものではなく、グレイとゼファーはすぐに椅子から立ち上がった。

 

「……お喋りはここまでですね」

「──表へ出るぞ」

「はい!」

 

 和やかな雰囲気は消え、二人の顔は戦士のものへ切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレイ達が外へ出る途中でドンッ、ドンッという音と振動も伝わってきた。どうやら海賊船から大砲による攻撃を受けているらしい。"海軍"の軍艦相手に勇敢なことだ。

 

「……あれか」

「先生! お待ちしてました!」

「状況は?」

「発見したのは二分前。煙を出す装置を船に付けているようです。そのため発見が遅れ、接近を許しました」

「ふん……。小癪な」

 

 手短にまとめられた報告を聞き、ゼファーは懐から葉巻を取り出した。

 

「グレイ、頼む」

「どうぞ」

 

 ゼファーの口に咥えられた葉巻の先端を狙い、指先から火を飛ばしたグレイ。これまで飽きる程に訓練を繰り返してきたお陰で、能力の出力調整はお手のものだ。

 

「…………美味い」

 

 久しぶりの喫煙に満足そうなゼファー。演習中はもちろんアインの側でも絶対に吸っていなかったため、味も一層美味と感じた。

 そんなゼファーを見たからか、その場に居たもう一人の男もグレイに火を要求してきた。

 

「ちょいとゴメンよグレイちゃん、俺にも火くれ」

「トキカケさん禁煙中でしょ? ダメですよ」

「かぁ〜っ! 先生がそんな美味そうに吸うからだぜ、勘弁してくれよなぁ」

 

 癖のある黒髪に細い両目、左目の上にある大きなイボが特徴的なトキカケと呼ばれたこの男。グレイと同じ階級の"准将"であり、近い将来"中将"へ昇格間違いなしと評価される程の海兵でもある。

 

 禁煙中にも関わらずゼファーの一服に当てられたようだ。トレードマークである茶色の帽子を手で押さえながら、江戸っ子口調で文句を言っている。

 

「よっ! ……てか、トキカケさんも砲弾落としてくださいよ。俺にばっかやらせないでください」

 

 軍艦へ直撃コースの砲弾のみを飛ぶ斬撃で斬り落とすグレイ。ミホークとの修行で最近盗んだ技術だ。剣での攻撃範囲拡大、若き准将はまた一つ成長を遂げていた。

 

「流石だな、グレイ」

「本当本当! いやぁ〜、見事なもんだねぇ! 流石は元帥が見込んだ男!」

「──イボ斬り落としますか?」

「すいやせんでした!!」

 

 ドスの効いた声と抜き身の《暁》、トキカケはすぐに謝罪し砲弾への対処を開始した。

 

「あらよっとッ!」

 

 気の抜ける声で繰り出されたのは──蹴り。

 下駄を履いているとは思えない威力で空気を押し出し、空中で砲弾を破壊した。『空撃』と名付けられたトキカケにしか出来ない芸当だ。

 

「うむ、見事だ。トキカケ」

「へへっ、先生に褒められたら調子に乗っちまうな」

「ゼファーさん、俺が行きますよ」

 

 砲弾が飛んでこなくなったため《暁》を鞘へ戻し、グレイは自分が出る意思を伝えた。全身に白いプラズマを纏い、出撃準備を完了させる。

 軍艦と海賊船は500メートルも離れていない、グレイの速度ならば三秒も掛けずに乗り込むことが可能である。

 

 しかし、ゼファーはそれを止めた。

 

「いや、俺が行こう」

「……えっ? ゼファーさんが?」

「おおっ! 先生が戦うのかよ! こりゃ良い!」

「なんでトキカケさんが喜んでるんですか」

 

 出る必要が無くなったため、グレイは発生させていたプラズマを消滅させる。トキカケの態度を責めてはいるが、グレイもゼファーの戦闘が見られると内心ワクワクしていた。

 

「船は任せる。頃合いを見て寄せてくれ」

「「「「「──了解!」」」」」

 

 主に政府関係者が扱う『六式』と呼ばれる超人技術の一つ、空中を踏み締めるようにして飛び上がる『月歩』を使い海賊船へ向かったゼファー。

 残されたグレイ、トキカケ、三人の将校は船の守りを優先すべく配置についた。

 

「俺が正面を守ります。トキカケさんは皆さんと船を動かしてください」

「あいよ、任せときな。行くぜいお前らぁ!!」

「「「はいっ!!!」」」

 

 三人を引き連れてトキカケが走り出す。軽そうに見えて人望が厚いというのは、どこかクザンに似ている。グレイがそんなことを考えながら海賊船へ視線を戻すと、ちょうど戦闘が開始されたようだった。

 

「ゼファーさん……。ちゃんと手加減してるかな」

 

 仮に相手が覇気すら使えないようであれば、ゼファーの拳を受けて生きていられる可能性は低い。覇気が使えたとしても重症は免れないというのに。

 

「やってるやってる。やっぱ大人しく投降はしないか」

 

 トキカケ達のお陰で動き出した軍艦。距離が更に近くなったことで、海賊船で行われている戦闘が視認出来るようになってきた。

 やはり話し合いで解決する筈もなく、止められることのない黒腕が海賊達を吹き飛ばしていた。

 

(……狙った船が悪かったな)

 

 実力のある海賊達にとって、"海軍"の軍艦は獲物となる。豊富な武器に食糧、アタリとなる船であれば"悪魔の実"を積んでいることすらあるのだから。

 一隻で海を進むこの軍艦はまさに無防備な餌、海賊達がホイホイ釣れることだろう。

 

 そんな『泳ぐ宝箱』である軍艦だが、宝箱には当然それを守護する番人が存在する。そして海賊にとっては不運なことに、この船の番人は──元海軍大将であった。

 

「おーいグレイちゃん! どうよ? 状況は?」

「海賊達がポンポン空に打ち上げられてます。海には落としてませんから、ゼファーさんはちゃんと手加減してるみたいですよ」

 

 規則的に空へ打ち上げられる海賊、まるでポップコーンでも弾けているようだ。

 

「なんだありゃ、5メートルぐらいの大男も飛んでるぞ。人が作れる光景かねぇ?」

「トキカケさんの蹴りなら出来るんじゃないですかね」

「いやいや、アレ見てみなよ……ほっ!」

 

 緩く話していた二人。するとトキカケがグレイの前に立ち、再び振り上げた脚で軍艦へ飛んできた何かを受け止めた。

 

「海賊が海の上跳ねてこっちまで来たぞ。石でやる水切りじゃあるめぇし、こいつぁ俺にも無理だ」

「……生きてるな。良かった」

「相変わらず優しいねぇ、グレイちゃん」

「死んだ方が楽だったかもしれませんけどね。コイツ船長ですよ、懸賞金は億超えてたと思うんで地獄行きです」

「ご愁傷様ってこったな」

 

 気絶している船長を縄で縛り上げ、海賊船へ軍艦を寄せる。既に戦闘が終了したようで、二本足で立っているのはゼファーただ一人であった。

 

「終わったぞ。寝ている者達を起こして海賊の捕縛を手伝わせろ」

「了解です。トキカケさん、起こしてきてください」

「俺かよ〜、ったく! 行ってくるぜい!」

 

 大袈裟に肩を落とした後、トキカケは足速に軍艦内へ入っていった。

 

「流石ゼファーさん。死人0ですね」

「当然だ。生きて罪を償わせんといかんからな」

 

 グレイが生まれる遥か昔から海兵として戦ってきた男の流儀。無闇に命を奪わず、出来る限り生かして捕らえる。グレイはゼファーのそんな部分を心から尊敬していた。

 

「手土産出来ましたね」

「……酒の肴にもならんがな」

 

 予想外の交戦がありながらも、グレイ達一行は無事に"海軍本部"のある《マリンフォード》へと帰還した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「──じゃあ俺はそろそろ帰るよ。ゼファーさんもすぐに帰って来るだろうから」

 

 優しい表情でそう告げるグレイ。場所は《マリンフォード》の住宅街にある一軒家であり、ゼファーが住まいとしている家だった。

 センゴクへの報告を引き受ける代わりに家に居てくれと頼まれたグレイ。ベッドに横たわるアインが目覚めたのを確認し、引き上げようとしていた。

 

「……ええ、ありがとう」

「礼なんていいよ。アインは俺の部下だからな」

 

 噛み締めるように言い放った一言。

 それを聞いたアインは自然に笑みを溢した。

 

「ふふっ、そうね。上官さん」

「なら上官命令だ。ちゃんと休むこと、いいな?」

「分かったわ。……分かりました?」

「ははっ、楽な方で良いさ。一緒に一晩中騒いだ仲だろ」

「そ、それは……恥ずかしいから言わないで」

 

 毛布で顔を隠すという可愛らしい仕草。本当に恥ずかしいらしく、声も少し高くなっていた。

 そんな部下を微笑ましく思いながら、グレイはベッドに立て掛けていた愛刀を腰へ差した。

 

「明日から本格的に組むことになる。これからよろしくな、アイン」

「ええ、よろしく……グ、グレイ」

「お、おう……」

 

 初めて呼び、そして呼ばれた名前。お互いに照れはあるが、部屋が薄暗いため顔を見られても問題はない。二人にとって幸運であった。

 

「じゃあ……おやすみ」

「……おやすみなさい」

 

 挨拶を済ませ、部屋を出るグレイ。

 それを見送ったアインは緊張が解けたように息を吐いた。そして落ち着いてきたのを自覚した後、ある言葉をスムーズに言えるよう練習を始めたのだった。

 

「……グ、グレイ」

 

 ゼファー以外の名前を呼んでこなかったツケが回ってきた。そんな自分に呆れながらも、少し嬉しそうに練習を繰り返すアイン。

 

 暫く続けていると、グレイの言葉通りゼファーが帰宅した。

 すぐ迎えに出ようとしたアインだったが、身体はまだ痛みに襲われている。ベッドから出ようとしていたアインを見て、ゼファーが声を上げて静止した。

 

「無理をするな。まだ痛むだろう?」

「す、すみません。ゼファー先生」

「グレイの奴は……もう帰ったか」

「はい、つい先程」

「しっかり話していたようだな」

 

 教官として、親代わりとして、アインの変化を嬉しく思うゼファー。実際演習に出る前とは比べ物にならない程、穏やかで優しい顔に変わっている。

 

「さあ、もう寝よう。まだ疲れているんだからな」

「……はい。おやすみなさい、ゼファー先生」

「ああ、おやすみ。アイン」

 

 美しい月が見守る静かな夜の終わり。

 この《マリンフォード》の一日が終わるように街中の光が消えた瞬間──大きなサイレンが島中に鳴り響いた。

 

 

 

『──緊急連絡ッ! 緊急連絡ッ! 聖地《マリージョア》に襲撃者ッ!! 繰り返すッ! 聖地《マリージョア》に襲撃者ッ!!』

 

 

 

 これから眠ろうとしていた海兵全員を叩き起こし、夜勤中だった海兵の意識を完全に覚醒させた一報。

 そんな島中をパニックにさせた報告は、襲撃者の名前を伝えることで終わりを迎えた。

 

 

 

『襲撃者は一名ッ!!『冒険家』── フィッシャー・タイガーッ!!!

 

 

 

 




 更新してないのにお気に入りや評価が貰えて嬉しかったので、モチベが上がって書き上げてしまいました(笑)。

 ちなみにグレイがゼファーへ言った初対面での第一声は

 「おい紫ジジイ、俺と勝負しろ」

 と、なっております。尖っております。

 ここからもテンポ良く進めたいと思いますのでよろしくお願いします!

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