ありきたりな正義   作:Monozuki

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『銀と青の将校』

 

 

 

 

 

 ──青い空に青い海。

 見渡す限り青一色の光景だが、そうでない部分が一箇所だけあった。

 

 そこでは途切れることなく激しい騒音が起こり、所々から黒煙が舞い上がっている。大砲を発射する音と同時に爆発音が響き、金属がぶつかるような音も聞こえている。

 

「"海軍"の奴らを仕留めろォォッ!」

「海賊どもを捕らえろッ!!」

 

 この叫びから分かる通り、現在海賊と"海軍"が交戦中。

 海賊船と軍艦が激しい衝突を繰り返しながら、多くの海賊と海兵が戦っている。

 

 そんな命懸けの戦場を、一人の少女が駆ける。

 青い髪を揺らしながら華麗に戦う姿は、この荒々しい戦場に相応しくない美しさを放っていた。

 

 手には二刀の短剣が握られ、速く鋭い剣技はまるで演舞でも見ているかのようだ。刃の部分には特別に調合された即効性の麻痺毒が塗られており、この短時間で多くの海賊達を無力化していた。

 

「おっ、良い女じゃねぇ──がはっ!」

「捕らえて売り飛ば──ぐはっ!」

「楽しいことしよ──ごはっ!」

 

 それを見た海賊達が下衆な考えと共に、その少女への接近を試みる。しかし、そんな行動を起こそうとした瞬間に、少女に蹴り飛ばされ戦闘不能。的確に顎を狙った一撃は、海賊達の意識を容易く刈り取った。

 

「……終わりね」

 

 えげつない攻撃を繰り出した少女──アイン。

 彼女はとある戦闘の終わりを確認すると、凛々しく声を張り上げ、海賊達へ降伏を促した。

 

「お前達の船長は負けた! 大人しく投降しなさい!」

 

 よく通る声は海賊船中に響き渡り、戦っていた船員達の戦意を失わせた。自分達のトップが敗北したという事実に、もう勝てないということを悟ったのだろう。

 

「今よ! 全員捕えなさいっ!」

「「「「「──はっ!!!!!」」」」」

 

 向かってきた最後の一人を蹴り倒し、アインが指示を飛ばす。海兵達はそれに従い、次々と海賊達を拘束していった。

 

「……はぁ」

 

 緊張状態を少しだけ解き、短剣を鞘へ戻したアイン。最近は経験する場数も増えてきたが、未だに死と隣り合わせの戦場は慣れない。

 髪を右手で払いながら、肩にある"正義"の二文字が記されたコートを羽織り直す。このコートこそ、アインが成長したという形ある証だ。

 

 そんな彼女の横に、一人の男が近寄って来る。銀色の髪を潮風に靡かせながら穏やかに笑う男──スティージア・グレイである。

 

 アインと同じくコートを羽織っているが、そのコートにはアインと違い様々な勲章のようなものが付けられていた。

 

「お疲れ、大丈夫……みたいだな」

「ええ、平気よ。貴方もお疲れ様、問題なかったようね」

「まあな。能力者って訳でもなかったし、楽なもんだよ」

 

 一応億を超える懸賞金が掛けられた海賊だったのだが、この男の相手をするには力不足だったようだ。

 戦場終わりとは思えない朗らかな雰囲気。それは駆け足で報告に来た部下によって、切り替えられることとなる。

 

「グレイ少将(・・)! 海賊共を全員拘束! 軍艦へ連行致しました!」

「ご苦労様。船の方は俺が片付けるから、全員軍艦に戻れ」

「はっ! 了解しました!」

 

 階級的には准尉である部下に労いと指示を任せ、グレイは肩の力を抜いた。どこか笑っているような表情を見て、アインが訊ねる。

 

「……? どうしたの?」

「いや……なんというか、上の立場になったんだなと思ってさ」

「それはそうね。貴方は少将なんだから」

「それもあるけど、部下が出来たことが大きいだろうな。前まではずっと一人で戦ってたから」

「ああ……なるほど」

 

 二年近く前、初めて正式に部下を持ったグレイ。その第一号であるアインには、彼の言葉の意味がよく理解出来た。入隊希望者の面接などを共に行いもしたのだから。

 

「それに、アインも随分出世したな。──中佐殿(・・・)?」

 

 ニヤついた顔で揶揄うようなグレイ。二年にも満たない期間で海軍将校など、自分を除けば例はない。そんな意図で言われた言葉を、アインは複雑そうに否定した。

 

「別に……私の実力じゃないわ」

 

 特殊な"悪魔の実"である──"モドモドの実"。

 世界政府からも重要視されている能力を持つアイン。グレイの部下という立場になったのも、『中佐』という立場になったのも、自分の実力ではない。だからこそアインは素直に喜べないでいた。

 

「確かに上の方から階級を上げろとは言われてたみたいだけど、こんなに早く将校になれたのはアインの実力だよ。それは間違いない」

「……あ、ありがとう」

「おつるさんにも修行してもらってるんだ。もっと自信持てよな」

「……ええ、そうね」

 

 話していてとても気持ちが軽くなる。十六歳という比較的大人に近い年齢になっても、グレイという男の本質は変わってはいなかった。

 

「まあ、"悪魔の実"があったからってのは変わらないんだけどな」

「…………」

「いだっ、痛い痛い!」

 

 ぐいーっとグレイの頬をつねるアイン。"武装色の覇気"を習得したため、グレイの実体を捉えられるようになっていた。まあそれ以前に、グレイはアインの攻撃を避けたことなど無いのだが。

 

「デリカシーだけは……成長してないわね」

「ははっ、面目ない」

「……謝るなら、それ相応の顔をしなさい」

 

 最大の地雷を話に出しても笑い合える。グレイとアインはこの二年という時間によって確かな絆を結んでいた。

 

「さて、そろそろ片付けるか。軍艦に戻って、指揮を頼む」

「了解。頃合いを見て合図して」

 

 アインの言葉に頷き、浮遊するグレイ。そのまま上昇し、海賊船の真上に立った。

 

 軍艦が十分に離れた場所まで移動したことを確認すると、グレイは合図として身体に白いプラズマを纏った。

 これから行うのは、残された海賊船の処理だ。持ち帰ることも出来ず、かと言って放置するのもよろしくない。だからこそ、ここで完全に破壊するのだ。

 

 静かに船を一瞥し、グレイは能力を解放。右手に溜められた一撃が、勢い良く海賊船へ放たれた。

 

 

「──"荷電砲弾(プラズマ・ブラスト)"

 

 

 球体に凝縮された高濃度エネルギー弾が海賊船に着弾すると同時に、弾けた雷の力で全てを焼き尽くした。巨大な爆発を起こすと共に、海賊船の一生を終わらせたのだ。

 

「……長旅、ご苦労さん」

 

 木片と化した船を一言労い、グレイは軍艦へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、見えるか?」

「ちょっと待て」

「早くしろって、誰かに見られたら叱られるぞ」

 

 物陰からこそこそと顔を出している三人。全員が階級的には下から数えた方が早い二等兵であり、廊下掃除の役割を任されている者達であった。

 しかしモップを手に持ってはいるものの、掃除をする気配は微塵もない。それもその筈、この三人の目的は床を磨くことではなく、ある二人組の状況を目に収めることなのだから。

 

「み、見えたぞ!」

「「声がでかい」」

「ぐぅ、わ、悪い」

 

 反射的に手が出た二人によって殴られた男。お目当ての光景が視界に入ったことで、思わず声を上げてしまったようだ。

 

「ちょっとだぞ。気付かれたら終わりだからな」

「分かってるって」

「そーっとな。そーっと」

 

 三人仲良く物陰から顔を少しだけ出す。すると、軍艦の端の方で談笑する二人の男女が確認出来た。

 

 それはこの軍艦の最高責任者であるグレイと、その補佐役であるアインだった。

 

 グレイは樽に腰を落としながら頬杖をつき、アインはそんなグレイの横に立ちながら腕を組んでいる。

 共に"海軍"でもトップクラスの美男美女。軍艦の上で潮風に当たっているだけにも関わらず、とても絵になる光景だ。

 

「「「はぁ〜〜〜!!!」」」

 

 緩んだ顔で緩んだ声を上げる三人。掃除そっちのけで見る価値が間違いなくあると、三人は猛烈に実感していた。

 

「なんだよアレ、顔が良過ぎる……」

「グレイ少将……笑ってるぜ」

「さっきも相手の船長瞬殺してたもんな。しかも俺達を守りながら……」

「「「かっけぇ……!!!」」」

 

 約二年で准将から少将へと、またも階級を上げたグレイ。

 頻度こそ落ちたものの、相変わらず世界中の海を飛び回っていることは変わらない。

 

 ──『海軍の閃光』と言えば、市民の救世主としてあまりにも有名だ。

 

 自分の軍艦を与えられ、大勢の部下も預かった。海兵となって約十年、グレイはセンゴクも自慢が止まらない程の立派な海軍将校となっていた。

 

 "絶対に死ぬな"。

 グレイの部下になる者は、入隊時に必ずこの言葉を言われる。そしてこの言葉は同時に、絶対に遵守しなければならない命令となるのだ。

 

 

『市民のためには命を懸けろ。それ以外でなら、たとえ仲間を見殺しにしても自分の命を優先しろ。──見殺しにした仲間は……俺が助ける』

 

 

 この言葉に感銘を受けた者達は多く、グレイが率いる部隊への志願が殺到した。そして言葉通り、これまでの戦いで戦死者は一人として出していない。有言実行の男である。

 

 そしてグレイの側で微笑むもう一人の上官、アイン。彼女を見て三人は、情けない表情を更に情けないものへと変えた。

 

「「「ああぁ〜〜〜!!!」」」

 

 艶のある青髪に、透き通るような白い肌と宝石のような赤い瞳。蹴りの威力を上げるために将校服をミニスカートにしており、黒タイツを着用している。視線を釘付けにするあの美脚が鉄すら凹ませる事実を、初見では誰も見抜けないだろう。

 

「なんだよアレ……顔が良過ぎるぅっ!」

「アイン中佐が……笑ってる」

「俺さ、蹴られてる海賊が羨ましかったよ」

 

 普段厳しく部下達をまとめているアイン。そういった振る舞いが苦手なグレイに変わり、下の者達の指揮を取ることも少なくない。とても真面目で規律に厳しく、部下にも厳しい。

 

 しかしグレイ以上に誰かが傷つくことを恐れており、怪我をした部下には慈愛の精神で労ってくれる。そのためアインの支持率は異常なまでに高く、なんなら"海軍"全体で見ても上位であった。

 

「グレイ少将の部隊に入れて、アイン中佐に命令してもらえるなんて……俺達ラッキーだよなぁ」

「志願者めっちゃ多かったって聞いたしな。まあ、分かるけど」

「俺……アイン中佐がたまに作ってくれる少し焦げた玉子焼きだけで──四皇に挑めるわ」

 

 しみじみと自分達の幸運を噛み締める三馬鹿。最早モップは手を離れ、床に転がっている。見つかれば罰は免れないだろう。

 

「「「んん〜〜〜!!!」」」

 

 叫びそうになるのを気合で堪え、三馬鹿は慌てて自身の口を手で塞いだ。衝撃的過ぎる光景が視界へ飛び込んできたのが原因だ。そのあまりの威力に、三馬鹿は意識を手放しそうにすらなった。

 

 

(((……イ、イチャイチャしてるぅぅぅ)))

 

 

 樽に座っていたグレイが立ち上がると、アインへ同じく座るように促す。これを断ったアインだったが、グレイは悪戯(いたずら)っ子のような笑みを浮かべて行動を起こした。

 

 アインの腰を両手で掴んだ後、優しく持ち上げて樽へ乗せたのだ。

 

 少し足をバタつかせながらも、抵抗虚しく樽に座らされたアイン。

 恥ずかしいのか、顔や耳は遠目でも分かる程に赤く染まっている。普段、部下達には見せることのない──上官としてではない顔であった。

 

 良いようにされた結果が不満だったのか、脚を綺麗に揃えながらパシパシと手でグレイを叩くアイン。まるで小さな子供のようであり、圧倒的なギャップ萌えで三馬鹿は呼吸が止まった。

 

「……もう死んでもいい」

「……右に同じ」

「……左に同じ」

 

 川の字で倒れ込む三馬鹿。しかし突如として意識は覚醒、滑らかな動きで立ち上がった。

 

「あの二人が歩く廊下をこんな汚いままにしとけねぇ!」

「ワックス持って来い! ピカピカのピカじゃ!!」

「鏡みたいな床にしてやらぁっ!!!」

 

 激しくやる気スイッチが入ったようで、三人はメラメラと燃え上がりながら掃除に取り組み始めた。そこでちょうど見回りの者が通りかかったのも含めて、本当に幸運な者達である。

 

 ちなみにこの後──ワックスで磨き抜かれた床に足を滑らせたアイン。それをグレイが見事に受け止めるという光景を目の当たりにし、三馬鹿はついに気絶した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……とにかく、それに関してはこちらで片付ける」

 

 "海軍本部"・元帥室。その部屋の責任者であるセンゴクは、真剣な表情で通信手段の『電伝虫』と向き合っていた。

 通常種だけでなく、盗聴を防ぐ念波を放つ希少種である『白電伝虫』も側に置かれている。余程重要な報告ということだろう。

 

「……そうだ、お前は近付くな。これは命令だぞ」

 

 元帥としてだけでなく、グレイに向けるような顔にも変わるセンゴク。通話先の相手は、彼にとってそういう存在であることが分かる。

 長い時間話していられる立場でもないのか、相手側からすぐに通話は切られた。普段通りの短い報告だ。

 

 一つ深呼吸をしてから、椅子に深くもたれ掛かったセンゴク。表情には疲労が見て取れる。先程の報告はセンゴクにとって予想外のものであり、驚きのあまり茶を吹いてしまった程だ。

 

 センゴクは強張った顔のまま窓から空を見上げると──忌々しそうにある言葉を呟いた。

 

 

「動くか──……天夜叉(・・・)

 

 

 

 




 前話から二年近くの時間が経過です。
 グレイが十六歳、アインが十五歳となりました。
 二人の現時点でのプロフィールを載せておきます。

『スティージア・グレイ』
【年齢】十六歳
【性別】男
【身長】178cm
【肩書き】"海軍本部"『少将』
【異名】『閃光』
【家族】センゴク
【師匠】ガープ・ゼファー・ミホーク
【武器】"刀"──《暁》
【能力】"ズマズマの実"
【覇気】"武装色"・"見聞色"
【趣味】読書・旅行
【好きな料理】ビーフシチュー
【嫌いな食べ物】なし
【得意料理】カルボナーラ

『アイン』
【年齢】十五歳
【性別】女
【身長】164cm
【肩書き】"海軍本部"『中佐』
【家族】ゼファー
【師匠】つる
【武器】"二刀の短剣"
【能力】"モドモドの実"
【覇気】"武装色"・"見聞色"
【趣味】読書・勉強
【好きな料理】カルボナーラ
【嫌いな食べ物】キウイ
【得意料理】玉子焼き

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