ありきたりな正義   作:Monozuki

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『白銀の閃光』

 

 

 

 

 

 少年は幸せだった。

 

『ローは賢いな、流石は俺達の息子だ』

 

 "尊敬出来る父親"。

 

『お兄さま! おまつり行こうよ〜!』

 

 "大切な妹"。

 

『ロー、行こっ! お祭り』

 

 "優しい母親"。

 

『ロー! 遊ぼうぜー!!』

 

 "仲の良い友達"。

 

『ロー君はいい子ですよ。優しい子です』

 

 "信頼出来るシスター"。

 

 ありふれた日常だが、これ以上ない程の幸せでもあった。

 

 しかし少年が十歳の時、そんな幸せは終わりを迎えた。

 居場所であった町が滅ぼされたのだ。

 

 住んでいた町は北の海(ノースブルー)にある白い町《フレバンス》。国民は皆裕福であり、この世のものとは思えない程の美しい国だった。

 

 そんな国を滅ぼしたのが"珀鉛病"と呼ばれる奇病。その名前を聞けば世界中の人々が恐れる病であり、治療法は全くの不明。どんな名医でも匙を投げる程だった。

 

 そしてこうなることを、"世界政府"は知っていた。珀鉛という鉛の一種に存在していた危険性を、"金になる"という目先の利益によって黙認したのだ。

 これによって引き起こされた大規模な戦争。誰もが憧れた白い町《フレバンス》は、世界から完全に消えた。

 

 

 ──"もう何も信じていない"。

 

 

 十歳の子供が世界の全てを恨み、そんな言葉を口にした。

 町を焼かれ、家族を殺され、友達も奪われた。涙など枯らし尽くし、町の外へ運ばれる"死体の山"に隠れて国境を越えた。

 

 世界に絶望した少年は世界への復讐を誓い、海賊となった。

 

 命懸けで戦い、命懸けで学び、命懸けで成長していく日々。自身も"珀鉛病"を患っているため、残された時間は少ない。医者の両親を持ったために、少年には医療の知識があった。自らの死期が近付いていることを悟り、隠していた本名を口にした日から──少年の運命は変わった。

 

 ──トラファルガー・"D"・ワーテル・ロー。

 

 少年は、恩人に連れ出されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドジった。

 

 コラソン、またの名をドンキホーテ・ロシナンテは自らの情けなさに苦笑いしていた。降っている雪で熱を奪われているにも関わらず身体が熱いのは、多くの鉛玉をぶち込まれたからだろう。

 

 現在の状況は最悪。不運に不運が重なり、絶体絶命という他ない。

 上を見上げればまるで鳥籠のような糸が視界に入る。島全体を囲んでおり、誰一人逃さないという意志を感じる。

 

 ローを助けるため、全てを裏切って動いた。海賊と"海軍"の間で行われる予定だった"オペオペの実"の取引きを潰し、横取りするところまでは完璧にこなしたのだ。

 

「ゲフゲホ……。ハァ……ハァ……」

 

 血を吐き、呼吸が乱れる。最早立ち上がる体力すら満足に残されていない。ロシナンテはもたれ掛かっている宝箱へ隠したローを信じ、命を捨てる覚悟を決めた。

 

 目の前で銃を構える、実の兄を欺くために。

 

「ローはどこだ? ──"オペオペの実"はどこだッ!!」

 

 同じくロシナンテへ銃を向けながら激昂する男、名をドンキホーテ・ドフラミンゴ。『天夜叉』の異名を持つ、冷酷無慈悲な海賊だ。

 狙っていた"オペオペの実"、そして手間を掛けて育て上げたロー。その二つを奪われ、ドフラミンゴは怒りの感情に支配されていた。

 

「……"オペオペの実"はローに食わせた。もう檻の外へ出て行ったよ」

「何故俺の邪魔をする! コラソン! 何故俺が実の家族を二度も殺さなきゃならないんだ!!」

 

 実の父親を殺害したドフラミンゴ。多少の動揺はあれど、弟へ向ける銃口は少しもブレていない。

 

 そんな状況で誰よりも焦り、慌て、声を上げている少年が居た。しかし、そんな必死の叫びは誰の耳にも届かない──聞こえない(・・・・・)

 

『約束が違うよ! コラさん!! 殺されねぇって言ったよな!!』

 

 宝箱に隠されたロー。ダンダンと宝箱を叩き、涙ながらに大声を上げるが、外の者には一切聞こえることはない。

 ロシナンテが持つナギナギの実"の力によって、ローの出す音を全て消し去る能力がかけられているからだ。

 

"愛してるぜ"!! 

 

 地獄を見てから初めて暖かさをくれた、心を取り戻させてくれた。そんな恩人が、目の前で殺されそうになっている。宝箱から飛び出ようにも、ローの非力な力ではフタが少しも開かない。

 

『嫌だよッ! コラさん!! 死ぬなよ!!』

 

 もう二度と、大切な人を失いたくない。そんな思いで手から血が出ても叩き続けるが、宝箱は壊れるどころかヒビすら入ってはくれない。

 そんなローからの振動が伝わったのかロシナンテは一つ笑みを浮かべ、最後の力を振り絞って立ち上がった。

 

「もう放っておいてやれっ! あいつは自由になったんだ!!!」

 

 ロシナンテの言葉に、ドフラミンゴが引き金を持って答える。放たれた弾丸に貫かれれば、本当に命は失われるだろう。だがそれで良い、命を懸けてローを助ける覚悟は既に決めてあるのだから。

 

 そのために、ローの気持ちを無視したとしても。

 

『いやだぁぁぁぁァァァッ!!!』

 

 神様助けてくれ。なんでもするから助けてくれ。自分がどうなってもいいから助けてくれ。

 神など居ないと世界へ絶望した少年は、恩人の命を助けて欲しいと神へ祈った。

 

 命を奪い取る凶弾がロシナンテを襲う──0.4秒前。

 

 

 

ドオォォォォォンッッ!!! 

 

 

 

 ──雪を舞い上げる、白銀の閃光が飛来した。

 

 

 風圧が収まり、全員の視界が晴れてきた。空から落ちてきたものへ、その場に居る全ての人間が視線を奪われる。凄まじい衝撃で再び宝箱へ背中をぶつけたロシナンテだったが、身体へ銃弾が届いていないことに驚いた。

 

(銃弾を……斬った(・・・)?)

 

 雪が積もる地面に転がっている四つの弾丸。放たれた二発が真っ二つになった結果であり、あの一瞬で銃弾を斬り裂いたということだ。

 

 ロシナンテが地面から視線を上げる。自身の前に堂々と立っている人物を見て、言葉を失った。

 背中に見えるのは"正義"の二文字。"海軍将校"の証であるコートを靡かせながら、銀髪の男は静かに口を開いた。

 

 

「会いたかったぞ。──『天夜叉』、ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

 

 刀を突きつけながら、男は不敵にそう告げた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

(……なんだ、この状況?)

 

 刀を構えながら、グレイは内心戸惑っていた。センゴクから頼まれたつるとの共同作戦、それは"オペオペの実"という"悪魔の実"を海賊から取り引きで得るというものだった。

 

 しかし話は変わる。それを横取りするため、ドンキホーテファミリーが動いているという出どころ不明の情報がセンゴクより報告されたのだ。その結果、危険度の高いドンキホーテファミリーをこの《スワロー島》で一網打尽にするという作戦に変更された。

 

 硬質化した糸による島全体への包囲、仲間同士と思われる殺し合い。そんな異常を知り飛び回っていた所、ドフラミンゴ達を発見。上空から様子を見ていたが、なにやら只事ではない様子。ドフラミンゴが銃を構えた所で、突撃することを決めたのだった。

 

(仲間じゃ……ないのか?)

 

 自身の背後に倒れる瀕死の男。自分が飛び込まなければ間違いなく殺されていた。海賊だろうが何だろうが、"海兵"として目の前で殺されそうな人間を見捨てる訳にはいかなかった。

 

「……誰だ? お前は?」

 

 銃を地面へ捨て、戦闘態勢の構えを取るドフラミンゴ。サングラス越しで見えないにも関わらず、強い視線を感じる。ビリビリと肌を刺激するような威圧感も放っており、センゴクが注意しろと言っていた意味を理解した。

 

「"海軍本部"少将──スティージア・グレイだ」

「フッフッフ、有名な『海軍の閃光』か。ファミリーの問題に突撃とは……無粋なガキだ」

「大人しく降伏しろ、お前達に逃げ場はない。すぐにおつるさんの軍艦もここへ来る」

「チィッ! またおつるか!」

 

 やはり真正面から相手にしたくないのか、つるの名前に強く反応したドフラミンゴ。これまで追いかけ回されていたことから、逃げの判断をするのは早かった。

 

「そういうことだ、諦めて観念しろ」

「"弾糸(タマイト)"!」

 

 海へ一瞬視線を送り、すぐにグレイへ攻撃したドフラミンゴ。弾丸のように撃ち出された糸は、真っ直ぐにグレイへ襲い掛かった。"武装色の覇気"が纏わされており、並の銃弾よりも貫通力が高い。

 

"荷電火炎(プラズマ・フレア)"

 

 そんなお得意の攻撃すら、グレイという男相手では生温い。左手を前に突き出し、雪が一瞬で消える程の火炎を放出。飛んできた糸を焼き尽くした。

 

「能力の相性は良いみたいだな……って! おい待てッ!」

 

 炎の盾を収めて挑発の一つでも飛ばそうとした途端、ドフラミンゴ達はグレイに背を向けて走り出した。向かう先には船が来ており、逃走しようとしているのは一目瞭然だ。

 

「逃すかッ!」

 

 瞬時にプラズマを展開、この程度の距離ならば一秒で追いつく。つるが来るまでの時間稼ぎならば何も問題はない。グレイは《暁》を鞘へ戻し、再び突撃の体勢をとった。

 

「──ッ!」

 

 いざ動こうとしたグレイだったが、突如後ろから腰の辺りに衝撃が走り、動きを止めた。目線を下げると、そこに居たのは宝箱から脱出したローだった。

 

「!!!!!!」

「……? なんだ? どうした?」

 

 慌ててプラズマを消し、動揺しながらも言葉を掛ける。そんなグレイの腰に抱きつきながら、ローは必死に訴えた。しかしどれだけ叫んでも、グレイには声が聞こえない。

 

「お、落ち着け。大丈夫だ。君は俺が助ける」

「!!!!!!」

 

 ぶんぶんと首を横に振り、ロシナンテを指差すロー。涙でぐちゃぐちゃになった顔でグレイへ頭を下げた。

 

「……ドフラミンゴ。──くそっ!」

 

 まだ背中が見えるので、追いついて戦闘することは十分に可能だ。しかしそれでは後ろの男が死ぬと、グレイは頭を冷やす。

 ドフラミンゴ達のことをつるに任せ、ロシナンテへと駆け寄った。

 

「おい死ぬな! 絶対に生きろ!」

 

 声を掛けながら容体を確認。何発か撃たれているが、"武装色"でガードしたのか見た目より傷は深くない。

 

「大丈夫だ! 急所も外れてる! しっかりしろッ! お前が死んだら悲しむ子供が居るんだぞッ!!」

 

 ビリビリと羽織っていたコートを躊躇いもなく破り、ロシナンテの止血を開始するグレイ。近くで見ているローの肩を優しく叩き、安心させる。

 

「ここは深いな。おい、今からこの傷を焼いて塞ぐ。死ぬ程痛いが死ぬなよ!」

「ぐっ、があぁぁぁァァッ」

 

 先程攻撃を防いだ"荷電火炎(プラズマ・フレア)"の応用で、一番深い傷口を焼き出したグレイ。想像を絶する痛みに襲われ、ロシナンテは大きく叫んだ。

 

「……よし、塞がった」

 

 肉が焼ける嫌な感触を乗り越え、止血が完了。ロシナンテは気絶したようだが、むしろ運びやすくなった。

 

「……つるさんか!」

 

 そして耳に響く爆音と共に、海兵達の声が聞こえてきた。どうやらドフラミンゴ達とつるの戦闘が開始されたらしい。本来ならば加勢に行く所なのだが、今はそれよりもやらなければならないことがある。

 

「──コラさんッ! コラさん! コラさん!」

「うおっ! ビックリした!」

 

 ロシナンテを担ごうと近寄った瞬間、何を言ってるのか分からなかったローの声が復活。ロシナンテが気絶したことで能力が解除されたらしい。

 泣き叫びながら身体を揺らすローに、グレイは焦ったように声を荒げた。

 

「やめろ! 動かすな!」

「でも! でも! コラさんが!」

 

 パァンッと、乾いた音が響く。振り抜かれたグレイの手が、ローの頬に痛みを与えたのだ。

 

「落ち着け」

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 頬が熱を持つような痛みのお陰か、ローは冷静さを取り戻した。

 

「──必ず助ける。俺の前で……誰一人死なせやしない(・・・・・・・・・・)

「……信じて、いいのか?」

 

 最後の希望でも見るような目で、絞るように声を発したロー。そんな言葉に、グレイは笑み浮かべて答えた。

 

 

「ああ。──約束する」

 

 

 正面からローに視線を送り、強く言い切った。その目に嘘はなく、本気で助けるという意志がローへ伝わった。

 

「お、おねがいじまず……しんでほしくねぇんだ」

「分かってる。ほら、お前も俺に掴まれ。一気に飛ぶ」

 

 気絶したロシナンテを背中に担ぎ、ローにも自分の身体へ掴まるよう催促。胸の方へ抱き寄せ、万が一にも落とさないように余ったコートでローを身体に縛り付けた。

 

「行くぞ、しっかり掴まってろ」

 

 プラズマを纏って飛ぶ訳にはいかないので、足裏に能力を集中。普段より飛行難易度は上がるが、やらなければ人が死ぬ。グレイの中でそれだけは絶対避けなければならなかった。

 

 そして同時に足裏以外にも能力を発動。熱エネルギーを利用し、周囲に熱の膜を張った。これで飛行する際に受ける風を防ぐことが出来る。背中には瀕死の重症者、出来る限り移動時の負担は減らしておきたい。

 

(──……覚えてろ。ドフラミンゴ)

 

 目の前で逃してしまったことを悔やみながら、グレイは"海軍本部"へ向けて全速力で飛び去った。

 

 

 

 




 ローとコラさん登場です!
 この二人の回想良いですよねぇ、"ナギナギ"の能力を見せびらかしてる場面がめっちゃ好きです(笑)。

 そしてお気に入り登録が4000を突破しました!多くの人に見てもらっているようなので、これからも自分なりに頑張ります!よろしくお願いします!

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