ありきたりな正義   作:Monozuki

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『それぞれの思い』

 

 

 

 

 

「……嘘だろ。……生きてる」

 

 窓から差し込む日の光で、ドンキホーテ・ロシナンテはゆっくりと意識を取り戻した。目を開けてみると、ベッドに寝かされていることを知る。あれだけボロボロだったのにも関わらず、自分は命を拾ったらしい。

 

「──ッ! ローッ!!」

「落ち着け」

 

 ぼんやりとしていた頭が覚醒し、ロシナンテが飛び上がる。包帯が巻かれた身体に走る痛みを耐えながら、命より大切な存在の名前を叫んだ。

 しかし、そんな行動は一人の男によって抑えられることになった。鍛えられているたくましい腕一本でロシナンテは止められ、再びベッドに寝かされた。

 

「……セ、センゴクさん」

「意識が戻ってなによりだ、ロシナンテ」

 

 寝かされていたベッドの横で椅子に腰掛けていた人物。それは自身の命の恩人であるセンゴクだった。こうして生きて再会できたことを嬉しく思う反面、裏切ってしまった罪悪感から目を合わせることが出来ない。

 

「センゴクさん……ローは」

「そこで寝ている。命に別状はない」

 

 センゴクは自身の背中側を指差し、ローの眠るベッドをロシナンテに見せた。腕に点滴が打たれ、包帯だらけではあるものの、顔色は良く呼吸も規則的だ。

 

「よ、良かった……」

 

 脱力したようにベッドにもたれ掛かるロシナンテ。そんな彼を見て、センゴクは静かに口を開いた。

 

「あの子が、お前の守りたかったものか?」

「……はい、そうです」

「──……そうか」

 

 言葉が途切れ、その場に静寂が流れた。互いに話したいことは山程ある、しかし言葉が出てこない。ロシナンテは恩人を裏切ってしまった負い目から、センゴクはそんな気持ちを分かるが故に黙っていた。

 

 しばらく無言の時間が続いたが、この状態はロシナンテの一言によって打ち破られることとなる。

 

「──責任を取ります」

「……ロシナンテ」

「"オペオペの実"のことも、ドフラミンゴを取り逃したのも、全ての責任は俺にあります。ローのことも俺の独断です、あいつは関係ありません」

「…………そうか」

 

 とても悲しそうな声を溢すセンゴクだが、そのことにロシナンテは気が付かない。そして最も言ってはならない人物に、最悪の言葉を放ったのだった

 

「──この命で、責任を果たします」

 

 その言葉が出てくると分かっていたのか、センゴクは何も言わなかった。いや、言えなかった。

 

「命を懸けて……刺し違えてでもドンキホーテファミリーのメンバーを仕留めます。また極秘扱いにしてもらえれば、軍にも迷惑は掛かりません」

 

 流石に"海軍"を裏切り、50億ベリーの取り引きを潰したのは見過ごせない。元帥として処罰を与えなければならない上に、本人には固い意志がある。だが素直に認められる訳もない。元帥以前に、ロシナンテはセンゴクにとって息子も同然なのだから。

 

 "元帥"としての立場と"親"としての立場。二つの立場に挟まれ、センゴクは答えを返せないでいた。智将としての頭脳は停止し、全く役に立たない。

 ロシナンテがダメ押しの懇願をしようとした──そんな時だった。

 

 

「ふざけんじゃねぇよッ!!!」

 

 

 バァンッ! と部屋のドアが壊れそうな勢いで開かれたかと思えば、一人の男がロシナンテ目掛けて駆け寄ってきたのだ。先程の叫びから、怒りに満ちていることが分かる。

 そのままの勢いでロシナンテの側まで来ると、両手で思いっきり胸ぐらを掴んだ。

 

「お前今誰に何を言ったか分かってんのかッ!!」

「お、お前は……」

「俺のことなんてどうでも良いんだよッ! それよりお前は今センゴクさんになんて言いやがったッ!!」

 

 センゴクすら呆然としてしまう剣幕で言葉を叩きつけるのは、ロシナンテとローを助けた張本人であるグレイだった。普段の冷静さは失われ、怒りの感情を押さえることなくぶつけていた。

 

「命で責任を果たす? 命を懸けて? 刺し違えてでも? ──ふざけんじゃねぇよッ!!」

「……ッ!!」

 

 グレイはロシナンテの目を真っ直ぐに捉え、そして真っ直ぐに言葉と怒りを投げかけた。

 

「何のために命を拾ったんだ!? お前は何のために生き残ったんだ!? 死ぬためじゃねぇだろ!!」

 

 センゴクはグレイを止めようとするが、椅子から立ち上がろうとしても足に力が入らない。グレイの言葉を黙って聞くことしか出来なかった。

 

「センゴクさんがどんな思いでお前の側に居たと思ってんだ!! お前が目を覚ますまでずっとここで見守ってたんだぞ!! 元帥としての仕事も出来ないような状態で! ずっとお前の側に居たんだッ!」

 

 グレイは叫んだ、センゴクがロシナンテを看病していたことを。容体が急変した時にすぐに対処出来るよう。眠ることもなく、片時も離れず側に居たことを。

 

「俺はセンゴクさんにそんな言葉を(・・・・・・)聞かせるためにお前を助けた訳じゃないッ!! 恩返しのつもりで言ったんなら今ここでぶん殴るッ! 命を助けてもらった恩人に! 命で責任を取るなんて二度と言うんじゃねぇッ! 今度同じようなことを言いやがったら……俺がお前を──」

「そこまでだ。グレイ」

 

 荒ぶるグレイを鎮めたのは、いつの間にかベッドの側に来ていたゼファーだった。筋肉質の腕でグレイの肩に手を置き、落ち着くように促した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 怒りの感情が収まらないグレイはゼファーすら本気のプレッシャーで睨みつけたが、数秒の時を要して冷静さを取り戻す。ゼファーが肩から手をどけるのと同時に、ロシナンテの胸ぐらからゆっくりと手を離した。

 

 

「……すみませんでした

 

 

 俯いたまま小さな声で謝罪をし、グレイは病室を出て行った。その背中を見送ったゼファーに、センゴクが言葉をかけた。

 

「……すまないが、二人にしてもらえるか?」

「分かっているさ、だからグレイも部屋には入っていなかったんだ。……邪魔したな」

 

 長年共に戦ってきた戦友同士、言葉を交わさずとも分かり合える。センゴクとロシナンテへ視線を向けた後、ゼファーも退室していった。

 

 一瞬にして騒がしくなった空間は、またしても静かになった。

 しかし先程と同じ空気を繰り返すわけにもいかない、センゴクは優しい笑みを浮かべながら言葉を発した。

 

「……許してやってくれ。あの子は私のために……そして、お前のために怒ってくれたんだ。本当に優しい子だ」

「……ええ、伝わってきました。俺は今、本気で叱られたんですね。初めて……センゴクさん以外に」

「ふっふ、懐かしいな。思えば、昔からお前とグレイはよく似ている」

「そんなことありませんよ……。俺は泣いてばかりいましたからね。あいつは……凄いやつだ」

 

 自虐しながら肩を落とすロシナンテに、センゴクは首を横に振った。

 

「いや、そういう意味で言ったんじゃない。お前はいつも私の後ろに居ようとするが、グレイはいつでも私の前に出ようとするんだ」

「……前に(・・)、ですか?」

 

 言葉の意味が分からず、ロシナンテはセンゴクへ聞き返した。

 

「ああ……。私の役に立つんだと、無茶ばかりしてな。後ろから私を支えてくれているお前と、前で私を支えてくれるグレイ。私には勿体ない程……優しい子達だ」

「……センゴクさん」

 

 笑っていたかと思えば、いつの間にかセンゴクは泣いていた。肩を震わせながら、顔に当てた手を乗り越えて大粒の涙が流れていたのだ。

 恩人が見せた初めての涙。ロシナンテはそんな姿を見て、自分の軽率な発言を悔やんだ。

 

「よく……生きてて……くれた」

 

 センゴクの言葉に、ロシナンテも涙を流す。生きたままこうして会えた、その喜びがようやく身体に追いついたのだ。

 

「センゴク、さん。俺は……」

「今は、何も言うな。お前が……生きていてくれただけで……。それだけで良いんだ……」

「はい……。はい……」

 

 顔を上げられないロシナンテの肩を優しく叩き、笑顔と涙が止まらないセンゴク。血の繋がりがなくとも──二人は間違いなく"家族"であった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 《マリンフォード》の裏側にある海岸の端。グレイやクザンがたまに釣りをしに来る場所ではあるが、グレイに限ってはここを訪れるのに釣り以外の理由も持ち合わせていた。

 

「…………」

 

 腰掛けるのに適した石へ座り、グレイは波の音に耳を澄ませながら広い海を眺めている。彼が釣り以外でこの場所を訪れる理由は──何かを一人で考えたい時だった。

 

 先程のロシナンテとのやり取りで、嫌な記憶を呼び起こしたグレイ。それと同時に重症の怪我人相手へ激昂し、声を荒らげてしまったことを深く反省していた。心を落ち着ける意味でも、グレイはこの場所を訪れたのだ。

 

 しかし、この場所を知っているのはグレイとクザンだけではない。他でもないグレイ自身から教えてもらった少女が一人居た。

 

 

「──……グレイ?」

 

 

 恐る恐るといった具合にグレイへ近寄って来たのは、少しばかり汗を流すアインだった。先程偶然グレイを見かけた際に深刻そうな表情をしていたため、気になって尾行してきたようだ。

 

 自身とは比べ物にならない程の洗練された"覇気"をグレイは操る。そんなグレイがこうして尾行されていることに気付かない(・・・・・)など、余程のことがあったとしか考えられなかった。

 

 声をかけるべきかやめておくべきか。その二択で迷っていたアインだったが、勇気を出して声をかける選択肢を取ったのだ。

 

「……アインか。どうした?」

 

 覇気のない顔と声、いつもの余裕を絶やさない表情とは全くの別物だった。アインはそんなグレイに内心驚きつつも、ゆっくりと隣へ移動した。

 

「さっき貴方を見かけて……それで、その」

「後をついて来たのか。やるようになったな」

「ご、ごめんなさい……でも」

「冗談だよ。──悪いな、心配かけて」

 

 砂浜に埋まっていた小石を拾い、海へ向かって投げるグレイ。気晴らしにもならなかったようで、表情に変化はない。

 

「昨日の任務で……何かあったの?」

 

 考えられる原因として、アインはそれしか思い浮かばなかった。昨日行われたつるとの共同作戦。これまでの作戦とは危険度が桁違いとされ、グレイを除いた全員が本部で待機となったのだ。

 

「大したことじゃない……と言いたいけど、こんな近くに寄られるまでアインに気付きもしなかったよ。本当に──……情けない」

 

 何かを言わなければと必死に言葉を探していたアインだったが、グレイのそんな発言を聞き、頭で考えるより先に口が動いた。

 

 

そんなことないわっ!!

 

 

 砂浜に響く大声、波の音にも掻き消されない程の音量でアインは叫んだ。向けられたグレイはといえば、アインの方を見て固まっていた。二年近い付き合いになるが、ここまで大声を出す彼女を見たことがなかったからだ。

 

 予想外の衝撃に襲われたグレイ、そんな彼にアインはそのまま言葉を続けた。

 

「貴方は……情けなくなんかない。そんなこと、絶対にない。……ないから」

「ア、アイン?」

 

 両方の拳を強く握り締め、振り絞るようにアインは告げた。まるで必死に想いを届けようとする、小さな子供のように。

 

「私は貴方に何があったのかは知らない。貴方が話したくないことなら無理に訊かない」

「あっ、はい」

「それでも……情けないなんて言葉は使わないで」

 

 後ろを向き、アインは懇願するように呟いた。数十秒程無言の時が流れると、アインは向きを反転。グレイが腰掛ける石へ、自身も腰を落とした。

 

 咄嗟に横へ移動することで一人分のスペースを空けてしまったグレイ。だがそこまで大きな石でもないので、グレイとアインの肩は触れ合っている状態となった。コートを羽織っていない分、互いの体温すら感じられる。

 

「……あ、あの。アイン……さん?」

 

 何故か敬語になってしまったグレイだったが、アインはそんな彼をまたも動揺させる行動を起こした。

 密着している身体を更にグレイの方へ寄せ、肩に頭を置いたのだ。これには思わず声を上げそうになったグレイ。しかし、長年鍛え上げた精神力でどうにか堪え切った。

 

 心臓が飛び出そうなグレイ。女性に好意的な声を掛けられることは日常茶飯事だが、このようにして距離を詰められたのは生まれて初めての経験。対処法が分からずフリーズしかけていた。

 

 しばらくその状態が続いたが、一つ強めの潮風が吹くと共に、アインは静かに口を開いた。

 

「……私にとって、貴方は憧れ。ゼファー先生と同じぐらい、尊敬してるわ」

 

 少女から語られたのは、自身がグレイに対して秘めている想いだった。グレイは必死に耳を傾けようとするが、鼻を直撃する良い匂いに意識を持っていかれそうになっていた。

 

「そ、それは……。光栄だな……」

 

 軽口を叩いて顔をアインとは反対へ逸らす。良い匂いが若干薄まったことで、冷静さが僅かに戻った。

 

「……貴方は今まで、たくさんの人を助けてきた。──私もそう、貴方に助けられた」

「……アイン」

 

 アインの身体から肩に感じたのは、少しの"震え"。

 家族同然のゼファーや、長い時間を共にしてきたグレイは例外であったが、未だにアインは男性恐怖症を克服したとは言えなかった。すぐに離れようとしたグレイだったが、その行動は他ならぬアインによって止められた。

 

 ──腕に抱きつかれる(・・・・・・・・)という方法によって。

 

 密着度はこれ以上ない程に上がり、体温どころか心臓の鼓動すら感じ取れる。バクバクと腕に伝わってくるアインの鼓動、そして耳障りな自身の鼓動。グレイは完全に動きを停止した。

 

「離れないで……。まだ、言いたいことがあるの」

「……分かった。離れない」

 

 命懸けの死闘に臨むような心構えで、グレイは自身の理性を最大にまで引き上げた。グレイがそんな葛藤をしていることなど知る訳もなく、アインは俯いたままで声を発した。

 

「……私はまだ、全然弱い。貴方に守ってもらわなければならない立場。……それでも、今はそうだとしても──必ず強くなるから」

 

 強固な決意表明。少女は自らの弱さを認め、それでも前に進もうとしていた。

 

 心に寄り添い、助けてくれた。

 いつも側に居て、守ってくれた。

 楽しそうな笑顔に、救われていた。

 

 だからこそ、自分もそうしてあげたい。アインはそんな想いと覚悟を言葉にし、抱きついたまま至近距離で真っ直ぐに伝えた。

 

 

「私を……頼って?」

 

 

 保護欲を掻き立てられる仕草、目が離せない潤んだ瞳、耳を襲う甘美な声、理性を打ち砕く甘い匂い。

 

 向けられていたのがスティージア・グレイでなければ、大抵の男は一瞬で虜になっていただろう。それ程までに、アインという少女が放った魅力は恐ろしいものだった。

 

「わ、わ、分かった。頼る……頼るよ」

「……本当に?」

「ああ、本当だ。──ったく、アインのお陰で落ち込むような気分じゃなくなったよ」

「それは……褒められているの?」

「もちろん。……後、そろそろ離れてくれない?」

 

 言いづらそうにそう告げるグレイに、首を傾げながら現在の状況を確認するアイン。言葉の意味を理解すると同時に顔を真っ赤に染め上げ、音を置き去りにする速度で身体を離して立ち上がった。

 

「ち、違うの!」

 

 何が違うのかアインには分からなかったが、咄嗟に出た言葉はこれだった。

 

「あ、ああ。分かってるって」

 

 何が分かっているのかグレイには分からなかったが、咄嗟に返せた言葉はこれだった。

 

「……ありがとな。アイン」

 

 石から立ち上がりながら、アインへ優しく礼を言ったグレイ。アインは顔の火照りをどうにか冷ましながら、再び視線を合わせた。

 

「アインが声をかけてくれなかったら、五時間ぐらいは海眺めてたよ」

 

 そして繰り出されたいつもの軽口。アインは軽く笑いながら、同じくいつものように反応した。

 

「ふふっ、それは言い過ぎよ」

「……だな。──戻るか」

 

 石から立ち上がり、一つ伸びをするグレイ。表情からは影が消え、声を溢しながら身体をほぐしている。

 

「……ええ。仕事が溜まってるわ」

「コートも取りに行かないとな。仕立て屋のおっちゃん、怒ってんだろうなぁ」

「貴方がすぐにコートをダメにするからでしょう? 包帯代わりに羽織ってる訳じゃないのよ?」

「ははっ、おっちゃんにもそう言われた」

 

 ズボンに付いた砂を払いながら、グレイはゆっくりと歩き出した。それを見たアインも、穏やかな表情でついて行く。

 

「そうだ。センゴクさんには連絡しとくからさ、今日一緒に晩飯食わないか?」

「別に構わないけど……貴方が作ってくれるのかしら?」

 

 どこか期待するような顔で訊ねるアイン。そんな彼女の言葉に一瞬ポカンとしつつも、グレイは微笑んだ。

 

「お嬢様は何が食べたいんだ?」

「……カルボナーラ」

「了解。仕事終わらせたら買い物に行くか」

 

 早く仕事を終わらせ、余裕を持った夕食を迎える。そのために二人は、肩を並べて本部を目指した。

 

 

 

 




 ロシナンテ生存です。光速の三分の一程度の速度で飛行する救急車に乗せられたら、まず間に合わないってことはありませんね(笑)。

 そしてアインのヒロイン力が……上がる上がる。

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