ありきたりな正義   作:Monozuki

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『奴隷の姉妹』

 

 

 

 

 

 腕を組みながら海へ視線を向けている少女、アイン。海の広さに黄昏ている訳ではなく、いつものように海賊と交戦中だ。

 しかし見て分かるようにアインが戦っている訳ではなく、海上を飛び回って戦闘している二人を目で追っているだけだった。

 

 二隻の軍艦と一隻の海賊船も大砲の撃ち合いをしている訳ではなく、アインと同じくその戦闘をただ傍観していた。

 

(……速い)

 

 鍛え上げた動体視力と"見聞色の覇気"を持ってしても、容易に視認することが出来ない。現在ロシナンテはローと共に本部で待機しているため、アイン以外の海兵達には何が起きているのかすら分からないだろう。

 

(──でも、大丈夫よね? グレイ)

 

 信頼している上官が負ける訳はないと、アインは宙を舞う閃光に言葉をかけた。対峙している海賊船の船長は今までにない大物だが、アインはグレイの勝利を少しも疑っていなかった。

 

 懸賞金5億2000万ベリー。

『神隠し』──"デュオラ・グリーベルト"。

 

 ここ『新世界』でも大物として扱われる5億を超えた賞金首であり、これまでに多くの勝負を勝ち抜いてきた猛者だ。奴隷を扱った金儲けをする巨大な海賊団を率いており、残虐な性格をしている。一般人にも甚大な被害を出していることから、危険度は全体的に見ても非常に高い。

 

 ──"ワプワプの実"

 それがグリーベルトの食べた"悪魔の実"であり、食べた者に瞬間移動を可能とする能力が与えられる。とてつもなく制御が難しい超人(パラミシア)系の能力だが、極めればこれほど便利な能力もそうそう無い。

 

 海上で行われている空中戦闘は、瞬間移動を繰り返すグリーベルトをグレイが圧倒的な速度で追いかける、そういった内容となっていた。

 "点"で動くグリーベルトに対して"線"で動くグレイ。一見グレイが不利に見えるが、戦況は徐々に動き出していた。

 

(何故だッ! 何故俺の転移先が分かるッ!?)

 

 戦闘開始時はグリーベルトにも攻撃の機会があった。しかし今は回避しかさせてもらえない。正確には、転移する場所を先読みでもされているかのように攻撃を受けているのだ。

 先読みの精度は短時間で正確さを増していき、僅かに当たる程度の攻撃だった筈が、ここ二、三手で大きなダメージを与えられてしまっている。

 

(……クソッ!)

「"荷電鉄拳(プラズマ・フィスト)"」

 

 距離を遠ざけた転移が先読みされるならばと、近い距離での転移に切り替えたグリーベルト。撹乱してから勝負を決めにいこうと考えたのだが、まさかの一発目の転移で強烈な拳を喰らわされた。白い電撃が纏わされた拳は、体の自由すら奪い取る。

 

「グハッ!」

 

 能力の熟練度はトップクラスだが、そのせいで『新世界』の海賊達と比べてグリーベルトに耐久力はない。グレイの拳に耐えられたのは、ここまで成り上がってきたグリーベルトの意地であった。

 

「ガキがぁぁぁァァッ!!!」

 

 得物である短剣を構え、グリーベルトは覚悟を決めた。身体への負担が大きいので滅多に使うことのない奥の手。残像すら残るショートワープを繰り返し、全方位からグレイへ襲いかかったのだ。

 

 しかし、それは悪手であった。

 

 特に慌てた様子もなく、グレイは短剣を防ぐために構えていた刀を鞘へ戻した。バチバチと能力の出力を上げると、グリーベルトの攻撃が当たろうかという瞬間──空は閃光に包まれた。

 

 

「──"荷電放電(プラズマ・スパーク)"」

 

 

 全方位から襲いかかってきたグリーベルトに対し、グレイもまた自身を中心とした全方位攻撃を放った。激しい雷撃はグリーベルトを残像ごと吹き飛ばし、口から煙が出る程に焼き焦がした。

 

「……お、おへが……こんな、ガキに」

 

 力無く海へ落下する前に、グレイに足を掴まれる。自身の敗北が受け入れられないようで、グリーベルトは白目を剥きながら呟いた。

 

「──任務完了」

 

 冷たい目でそう告げるグレイ。

 この日、巨大奴隷船は"海軍"によって沈められた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

『そうか、ご苦労だったな。グレイ』

「ありがとうございます。センゴクさん」

 

 軍艦内の部屋にて、任務完了の報告を済ませたグレイ。電伝虫が表すセンゴクの表情も穏やかだ。

 

「捕らえられていた人達は本部へ送ります。そちらでの対応をお願いしても良いですか?」

『ああ、分かった。準備しておこう』

「助かります」

 

 事後処理のことまで話し合えると、センゴクは嬉しそうな声音で話し出した。

 

『"ワプワプの実"。瞬間移動を相手に勝利か、"見聞色の覇気"は更に磨かれたようだな』

「そうですね。未来視とまではいかずとも、相手の行動の先読みぐらいは出来るようになりました。まあ、相手が能力頼りだったってのもありますけど」

 

 相手の"感情"や"気配"を、より強く感じることが出来る。それが"見聞色の覇気"の特性だ。極め抜いた者達の中には、相手の未来すら視ることが出来る強者も存在するらしい。

 

『ぶわっはっは! わしとの特訓のお陰じゃな! グレイ!』

『ガープッ! 貴様また勝手に!』

『おいセンゴク、煎餅出せ』

『ガァァァプッ!!!』

 

 突然電伝虫から聞こえてきた豪快な笑い声。いつものように元帥室へ突撃して来たガープのものだった。相変わらずのバカ騒ぎに戦闘終わりということもあって力が抜けてしまう。

 

「ははっ……。じゃあ、そろそろ切ります。センゴクさん」

『あ、ああ。すまんな、グレイ。後のこともよろしく──おいガープッ!!』

『ぶわっはっは』

 

 仲良しお爺ちゃんズによる騒ぎで、報告は終了。振り回されるセンゴクに同情しながら、グレイは通話機を置いた。

 

「本部から連絡があれば、俺を呼んでくれ」

「はっ! 了解しました!」

 

 電話番を部下の一人に任せてから、部屋を出るグレイ。

 先程まで激しい戦闘が繰り広げられていたとは思えない快晴の下、多くの海兵が慌ただしく動き回っている。そんな海兵達に的確な指示を飛ばしている一人の将校を見て、グレイは相変わらず厳しい顔だと思いながら声をかけた。

 

「モモンガさん。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。……と言っても、ほぼお前が片付けてしまったがな」

「いやいや、モモンガさん達が幹部連中を抑えてくれたから集中出来ました。チームワークの勝利ですよ」

「フッ、お前が言うと嫌味に聞こえてしまうな」

「ははっ、正直な感想ですよ」

 

 よく剣を交える間柄ということもあり、階級が違ってもグレイとモモンガの関係性は良好だ。共に臨んだ作戦が無事に終わったこともあり、雰囲気は柔らかい。

 

「救出した人達はどうですか?」

「全員無事を確認し、応急処置をして俺の船へ乗せた。……衰弱してる者も多い、すぐにでも本部へ戻らねばな」

「じゃあ、モモンガさんに任せますね。海賊の連行は俺達がやっておきます」

「ああ、頼む」

 

 悠長に話している時間も無いため、手短にやり取りを終えるグレイとモモンガ。役割分担が決まったことを教えようと、アインを探す。

 

「居た。おーい、アイ……ン?」

 

 アインはすぐに見つかったのだが、近寄って来た彼女を見てグレイは首を傾げた。少し困り顔の彼女が、二人の少女を引き連れていたからだ。

 

「その子達は……?」

「捕らえられていた子達よ。……酷く怯えてるわ」

「……そうか」

 

 同じ経験をしているからか、アインの表情は悲しそうなものとなっている。しかしそんな態度も少女達には見せず、二人の頭を優しく撫でていた。

 

「安心してくれ、君達の安全は"海軍"が保証する」

「……ほ、本当ですか?」

 

 グレイの言葉に顔を上げたのは黄緑色の髪をした少女。アインの服を力強く掴みながら、もう一人の少女と手を繋いでいる。本来であれば美しい髪なのだろうが、ボサボサで汚れている様子は痛々しい。

 

「わ、私は良いの……。でも、妹だけは」

「君達は姉妹なのか」

「……はい。私はモネ、この子は妹のシュガー」

「……」

 

 シュガーと紹介された水色の髪の少女は小さく頷き、姉であるモネへ抱きついた。恐怖が薄れないのか、二人の肩は震えている。

 

「……モネ、シュガー」

 

 グレイは膝を折ることで二人と目線の高さを合わせ、安心させるような声音で言葉を発した。

 

 

「──よく頑張ったな。もう大丈夫だ(・・・・・・)

 

 

 真剣さが伝わったのか、モネとシュガーは同時に泣き始める。大きな声も上げずに、ただ静かに助かったという事実を噛み締めていた。アインも思う所があるのか、うっすらと涙目だ。

 

「アイン、お前はモモンガさんの船に乗って本部に戻ってろ。この子達と一緒に居てやれ」

「……えっ、でも」

 

 突然の言葉に戸惑うアイン。副官として船を離れて良いものかと、真面目な部分が出ている。そんな彼女に苦笑しながら、グレイはきっかけを作り出した。

 

「モネ、シュガー。このお姉さんも一緒に居てくれるから、頼りにして良いぞ」

「「ほ、本当?」」

「ああ、俺の自慢の部下だから。……頼むぜ? アイン中佐?」

 

 小動物のような瞳を向け、手を握ってくる二人の少女。アインは少女達から離れるという選択肢を即座に捨て、グレイに謝罪した。

 

「……ごめんなさい」

「謝るな。何か悪いことしたのか?」

「そ、それは……」

「ぎこちなさは取れないな、アイン」

「……な、撫でないで」

 

 モネとシュガーに手を握られているため、グレイからの撫でを防げない。アインはされるがまま、多くの海兵達の前で頭を撫でられた。

 

「…………そろそろ船を出したいんだが?」

 

 モモンガは対処法の分からない状況に、肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「アイン中佐ぁぁぁァァ〜〜〜」」」

 

 モップを持ちながら情けない声を出す三馬鹿。

 アインのファンである三人にとって、彼女との別れは大きなダメージとなっていた。

 

 そんな彼らに、もう一人の上司が声をかける。

 

「コラー、サボるなサボるな」

「「「グ、グレイ少将!!!」」」

 

 いつの間にか背後を取られていた三馬鹿は、魂が抜けそうになる程の叫びを上げた。サボっていたのは事実、震えながら頭を下げた。

 

「「「す、すみませんでしたッ!!!」」」

「はいよ、油断はするなよ。海賊を牢屋にぶちこむまで、気を抜いて良い瞬間なんて無いんだからな?」

 

 ブンブンブンと頭を上下に振る三馬鹿。グレイはそんな部下達を見て、少しばかり頬を緩めた。

 

「まあ、アインが居なくて寂しいってのは分かるよ。アイツが居ないとこの船には華が無いもんな」

「「「ですよね〜〜〜!!!」」」

 

 このやり取りをアインが見ていれば、グレイもまとめて叱りつけていたことだろう。グレイのこういった性格も、部下達から慕われやすい部分ではあるのだが。

 

「順調にいけば、会えるのは明日だな。……これから俺達が行くのは"世界政府"三大機関の内の一つ、さっきも言ったが気は抜くなよ?」

「「「はっ!!!」」」

「よし、頼りにしてるぞ」

 

 ポンポンポンと、三馬鹿の肩を去り際に軽く叩いたグレイ。

 それに気を良くしたお調子者達は、普段以上の力で床を磨きまくったのだった。

 

 

 

 




 モネ&シュガー登場です!
 まだ"ホビホビの実"は食べてない頃ですね。ていうかあの悪魔の実ガチのチートですよね(笑)。

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