ありきたりな正義   作:Monozuki

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『地獄の大砦』

 

 

 

 

 

「……確認しました。以上を持ちまして、手続き終了となります。お疲れ様でした」

「はい、よろしくお願いします」

 

 丁寧な口調でグレイと会話しているのは、サングラスをかけた金髪の女性。キッチリと着こなしている制服から彼女の性格が見て取れる。

 

「『神隠し』デュオラ・グリーベルト。また大物ですね、グレイさん」

「モモンガさんと協力してなんとかってとこです。しっかり頼みますよ、ドミノさん」

「はい、もちろんです」

 

 ドミノと呼ばれた女性は背筋を伸ばして敬礼。やはり絵に描いたような真面目っぷりである。だからこそ、この場所でも看守という役割を任されているのだろう。

 

 

 ──《インペルダウン》

 

 

 世界中の犯罪者を収監する目的で、世界政府により建設された大監獄である。無風の海域『凪の海(カームベルト)』の海中に存在しており、周りの海には巨大な海王類が数多く生息している。更に海中だけでなく、海上には無数の軍艦が配置されており隙は見当たらない。

 

 内部には拷問室や死刑台、牢屋が至る所に存在している。"悪魔の実"の能力者には海楼石で作られた手錠と足枷が付けられ、能力の使用と自由が封じられる。

 監視用の映像電伝虫があらゆる場所に設置されており、監視体制も万全。

 

 まさに、地獄の大砦だ。

 

「……ところで、マゼランさんは?」

 

 キョロキョロと辺りを伺いながらグレイが質問する。それを聞いたドミノはといえば、少し申し訳なさそうな顔で返答した。

 

「署長は……いつも通り、戦っておられまして(・・・・・・・・・)

「ああ、なるほど」

「……申し訳ありません。そろそろ戻って──来ましたね」

 

 ハァとため息を溢しながら、ドミノが手を向ける。その先にはこちらへ近寄って来る大男が見え、グレイは表情を和らげた。

 

「お久しぶりです。マゼランさん」

「おおっ、グレイ。よく来たな、歓迎しよう」

「地獄に歓迎されても嬉しくないですよ」

「ふははっ、それもそうだな」

 

 グレイと親しげに会話するマゼランと呼ばれた男。彼こそ《インペルダウン》の監獄署長であり、全ての権限を任されたトップである。五メートル近くになろうかという身長のため、グレイが大きく見上げている形だ。

 

「待たせてすまんな。今回も激闘だった」

「毒食べるのやめれば良いのに、毎日大変ですね」

「慣れたものだ。"閉ざされた場所"とも長い付き合いなんでな」

「そんな慣れは必要ありませんよ、署長」

 

 ドミノから呆れるような視線を向けられつつも、マゼランは豪快に笑い声を上げた。彼が顔を出すのに遅れた理由は、グレイが語ったように彼の異常な食生活にあった。

 

 ──"ドクドクの実"。

 マゼランが食べた"悪魔の実"であり、食べた者を毒人間に変える代物だ。全身からあらゆる毒を分泌することが出来るようになり、ため息や唾液といったものすら即死級の武器にしてしまう。まさに地獄の監獄署長に相応しい能力である。

 

 しかし毒人間というだけあって、まさかの好物は毒。喜んで食してはその度に腹を壊しているのだ。"閉ざされた場所"などと格好の良い言葉を使っても、現実はトイレに篭る情けない大人であった。

 

「デュオラ・グリーベルト、間違いなく収監を確認した。ご苦労だったな」

「ありがとうございます。……LEVELは事前に申請した通りですね?」

「無論だ。奴はLEVEL6へ入れた」

 

 マゼランの言葉に頷くグレイ。《インペルダウン》のメインフロアは全部で六段階の階層に分かれている。

 

 LEVEL1──『紅蓮地獄』

 LEVEL2──『猛獣地獄』

 LEVEL3──『飢餓地獄』

 LEVEL4──『焦熱地獄』

 LEVEL5──『極寒地獄』

 

 収監される犯罪者の危険度によって、送られる階層は決定される。どのフロアも地獄の呼び名に相応しい過酷さであり、犯罪者達の精神と命を容赦なく削り取ってくる。

 

 そんな地獄の中でも、特に危険な犯罪者を収監しておく階層が存在する。あまりにも残虐な事件を起こした者、"世界政府"にとって不都合であり存在そのものを抹消された者などが幽閉されている。《インペルダウン》内でも最大のトップシークレット。

 

 LEVEL6──『無限地獄(・・・・)

 

 伝説的な海賊や犯罪者達が収監されているフロアである。他の地獄とは違い、直接的に裁きが下される訳ではない。痛みを与えることが目的ではなく、命を奪わないことが目的だからだ。唯一の罰とも呼べるのは、永遠にも思える"無限の退屈"のみ。

 

 数多くの人間の人生を狂わせた『神隠し』デュオラ・グリーベルト。元帥センゴクからの要請もあり、LEVEL6への投獄が決定されたのだ。

 

「……そんな顔をするな。お前は正しいことをしたんだ」

 

 不意にマゼランがグレイへ言葉を放つ。ハッとしたようにグレイが肩を震わせると、普段通りの笑みを浮かべて言葉を返した。

 

「分かってますよ。俺は大丈夫です」

「……そうか。……なら良い」

 

 ──優し過ぎる。相変わらずだなと、マゼランは心を痛めた。何よりも"命"を重く見ているグレイにとって、《インペルダウン》は居るだけで辛いものの筈だ。

 

 冷酷無慈悲に犯罪者を捕らえ、地獄送り。仕事に忠実で油断もなく、既に数多くの海賊達を収監させている。しかし、まだ十六の子供だ。マゼランは思わず出そうになった言葉を、監獄署長のプライドで抑え込んだ。

 

「……そういえば、アイツは居ないんですか?」

 

 マゼランの心境を察したのだろう、グレイは明るい声音で訊ねた。そんな厚意を無駄にする訳にもいかず、マゼランも笑顔で答えた。

 

「フッ、先程連絡しておいた。お前が来ていることを知り、慌てて仕事を片付けていることだろう。……噂をすればだな」

 

 どこか楽しそうな笑みを浮かべて、マゼランがグレイの後ろへ視線を向ける。そこにはユニークなファッションをした半裸の男が、こちらへ向かって大量の汗を流しながら全力疾走していた。

 

「少し時間もらっても良いですか? どれだけ成長してるか見ておきたくて」

「ああ、たっぷりと鍛えてやってくれ。お前相手だと、アイツもやる気を出すんでな」

 

 正確には出さざるを得ないという感じなのだが、マゼランは遠慮の必要はないという意味でグレイへそう告げた。上司からの許可も得たところで、グレイは腰に携えている《暁》に手をかける。そしてこちらへ走って来た男へ向かって声を上げたのだった。

 

「サボってないだろうな? ──ハンニャバル」

 

 頭から二本のツノを生やし、だらしない腹を揺らす男ハンニャバル。プルプルと震える足を必死に動かしながら、彼はグレイの言葉に全力で返答した。

 

 

「──もちろんですぅぅぅぅゥゥウッ!!! グレイ先輩ィィィィイイイッ!!!」

 

 

 年下の少年に向かって、成人男性はしっかりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底監獄《インペルダウン》、監獄副署長補佐・ハンニャバル。

 彼にとってスティージア・グレイは尊敬する師匠であり、同時に恐怖する対象でもあった。

 

 二人の出会いは二年前。毎日の地道な積み重ねにより、ハンニャバルが監獄副署長補佐という役職に就くことが出来た頃だ。浮かれに浮かれまくっており、それはもう調子に乗っていた。自身より年下で"海軍本部"の准将へ昇格したという少年に──喧嘩を売ってしまう程には。

 

 鍛えてきた"つもり"の体力、身に付けてきた"つもり"の冷静さ、磨いてきた"つもり"の技術。全てに於いてハンニャバルは劣っており、言い訳の一つも出来ない程の敗北を喫した。

 

 更には追撃の如く、マゼランから語られる過去の失態。

 だらしない勤務態度に上司への無礼な発言。女性海賊のハニートラップにまんまと騙され、脱獄すらされそうになった。

 

 それを聞いた若き准将ブチギレ。

 

 温厚な性格と認知されている少年を怒らせたハンニャバル。立ち上がれなくなるまで続いた地獄で行われた地獄の鍛錬により、天狗となっていた鼻っ柱はへし折られた。そしてハンニャバルは、グレイの弟子兼後輩的ポジションとなったのだった。

 

「ど、どうでひょう……か?」

「薙刀を振った時に出来る隙がまだデカい。そこを突かれてペースを崩されたことを忘れるな」

「ふぁ、ふぁい」

 

 広いスペースがある拷問部屋。その隅で行われたグレイによるハンニャバルへの指導が終わり、アドバイス時間となっていた。マゼランも毒チップスを食べながら見ていたようで、ハンニャバルの様子に声を上げて笑っている。

 指導を受けたハンニャバルの顔は腫れ上がり、流血こそしていないものの痛々しい顔となっていた。足もガクガクと震え、薙刀を杖代わりにようやく立っている程だ。

 

「あ、ありがとうござい」

「──ハンニャバル」

「は、はい!」

 

 これぐらいの傷なら一晩寝れば治る程に再生力が高いハンニャバルだが、痛いものは痛い。痺れるような痛みを我慢しながらグレイに視線を向けた。

 

「前より良くなった。成長したな」

「……えっ」

 

 何を言われるのかとビクビクしていた所に言われた褒め言葉。我慢していた痛みも忘れ、ハンニャバルは表情を緩めた。年下からの言葉で舞い上がっているが、それを見たマゼランは彼を情けないなどとは思わない。ただ黙って毒チップスを噛み締めるだけだ。

 

「武装色付きの全力素振り5000本。ちゃんとやってるみたいだな」

「あ、あれ終わった後に、腕が変な音を立てて動かなくなるんですが……」

「筋繊維の回復だよ」

「回復というか……死滅しているような」

 

 自身が師匠にされたことを無意識にさせているグレイ。ハンニャバルと同じような感想を言っていたことすら、グレイは覚えていない。

 

「なんだもう終わりか? もっとボコボコ……痛めつけてやってくれ」

「署長っ! 包めてない! オブラート忘れてます!」

「ザマァみろ、バカな部下め」

「毒吐きやがったっ!!」

 

 思わず吹き出しそうになるグレイ。これが海底監獄で上の立場を任されている者達のやり取りとは思えなかったからだ。

 署長になりたいという欲を隠しもしないハンニャバルだが、マゼランを尊敬していない訳ではない。そしてマゼランもハンニャバルには陰ながら期待している。毒突き合う二人だが、確かな信頼関係は築けているのだ。

 

「今日は終わりにします。ハンニャバルの成長も確かめられましたし」

「おお! これは署長になる日も近……がふっ!」

「「調子に乗るな」」

「痛い! すっごい署長になりたい! 間違えたすっごい痛い!」

 

 グレイとマゼランに同時に拳骨を喰らっても、ハンニャバルの野心は少しも薄れない。この点だけは既にグレイも敵わないレベルだろう。

 

「ったく。次来る時までに、さっき言った反省点は直しておけよ。マゼランさんの後釜狙うなら、お前はまだまだ弱いんだからな」

「分かってますよ〜。全身全霊で鍛錬に励む所存ですっ!」

 

 ニコッという効果音が付きそうな笑顔で敬礼するハンニャバル。お調子者の弟子を見て苦笑いしながら、グレイはマゼランに別れを告げた。

 

「長居しました。俺はこれで」

「そうか。出来ればお前はここに来ない方が良いんだがな」

「ははっ、そうですね。……危なっかしい弟子も居ますし、マゼランさんにも会いに来ますよ」

「……武運を祈っている」

「はい。それじゃ、また」

 

 軍艦に乗り込み、《インペルダウン》を出港するグレイ。マゼランやハンニャバル、多くの職員達に見送られており、グレイの部下達も敬礼で応えている。

 

「本部に帰るぞ。……お前達の大好きなアインも待ってるからな」

「「「「「了解ッ!!!!!」」」」」

 

 船員のやる気は十分。動きに無駄もなく、テキパキと働いている。副官はこの場に居なくとも士気を高めてくれるらしい。

 

「やるべきことは……まだまだあるな」

 

 グレイは本部に戻ってからやるべきことを思い浮かべながら、離れていく軍艦へまたも調子に乗った発言をしたハンニャバルに──雷を落とすのだった。

 

 

 

 




 ハンニャバル良いキャラですよね。ルフィに向かって言った台詞はマジでカッコいいっす……。
 普段ネタキャラがここぞって時にカッコ良くなるの好き過ぎます(笑)。

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