ありきたりな正義   作:Monozuki

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『田舎での休暇』

 

 

 

 

 

「……遅いのぉ。何やっとるんじゃアイツ」

 

 "東の海(イーストブルー)"にある小さな村、フーシャ村。

 潮風が吹く港に、太い腕を組みながら不機嫌そうに空を見上げている男が一人立っていた。グレイとの待ち合わせで遅刻されているガープだ。

 赤色のアロハシャツといった派手な格好と大柄な体格でとても目立つ存在ではあるが、村を歩く人々は特に気にした様子もない。

 

「……やっと来たか」

 

 視界に変化が無いにも関わらず、ガープは腕組みを解いた。青い海に向けていた身体を反転し、村の方へ視線を向ける。数秒の時間が経過した後、白銀の閃光がフーシャ村に降り立った。

 

「──遅いわいっ!! グレイ!!」

 

 派手に登場したグレイに対し、真っ先に文句を言うガープ。いきなりの出来事に驚いていた村人達も、ガープの知り合いということで冷静さを取り戻していた。

 

「す、すみません。遅れました」

「……お前、仕事してたんじゃないだろうな?」

 

 思わず肩がビクッとしそうになるのを堪え、グレイは得意の笑顔を持って全力で誤魔化しにいく。途中見かけた海賊船を沈め、船員達を最寄りの"海軍"基地まで連行していたなど知られる訳にはいかない。本部へ帰った時にアインからのお叱りが怖いからだ。

 

「ちょ、ちょっと……空が渋滞してて」

 

 しかし悲しいことに、グレイに言い訳の才能はなかった。優秀な頭脳を回転させて出てきた言い訳がこの程度、グレイは少し凹んだ。

 

「……まあええわい。早く行くぞ」

「は、はい!」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、困ったような顔で歩き出すガープ。どうやらこれ以上のお咎めはないらしく、目的地に向かうことを優先したようだ。

 ラッキーと心で喜びつつ、グレイもその後を追った。

 

「……でも、どうして俺を呼んだんです? ガープさん」

 

 村の人々と挨拶を交わしながら歩き、深い緑に包まれた森へ突入したガープとグレイ。険しい山道ではあるが、それは一般人の場合だ。この二人にとっては平らな道も同然、軽やかなペースで歩みを進めていた。

 

 少し歩くぞというガープの言葉から既に十分が経過。無言で歩くのも辛いため、グレイは自身がここへ呼び出された理由を訊ねていた。

 

「お前が休暇を取らされたとセンゴクに聞いてな。良い機会じゃから、わしの故郷を見せてやろうと思ったんじゃ」

「でも故郷は数分でさよならしましたけど? なんで山の中を歩いてるんですかね?」

「それはな、グレイ。お前をわしの孫達に合わせるためじゃ」

「……えっ、ガープさん孫居たんですか。ガープさんなのに?」

「失礼な顔で失礼なこと言っとるぞ?」

 

 信じられないといった声音で狼狽えるグレイ。真顔でガープにツッコまれるなど、中々にレアな光景だ。ガープが結婚していただけでなく孫まで居るという事実は、グレイにとってそれ程までに衝撃的であった。

 

「でも、どうしてお孫さんに?」

 

 大きな岩を駆け上がりながら再度グレイが訊ねる。いつも腰に帯刀している《暁》がないため動きやすい。当然のように持っていこうとしたグレイを、アインが笑顔で黙らせたのだが。

 

「会えば分かる。……この辺じゃな」

 

 "見聞色の覇気"で居場所を探っていたのか、直接孫達の所へ赴くようだ。グレイも同じく"見聞色"を使うがそれらしい反応は感知出来ない。

 そもそも森という生物が多い場所で目的の存在のみを感知するというのはとても難しい。まだまだ差があるなと己の未熟さを実感しながら、グレイはガープの背中を追った。

 

「──おったぞ」

「あれが……ガープさんのお孫さんですか?」

 

 草をかき分け、広い場所に出る。蒸し暑い空気が肺を熱し、照りつける太陽に肌を焼かれる。そんな真夏の洗礼を受けながらグレイが視界に捉えたのは──体長5メートルはあろうかという大熊だった。

 

「大きいですね。お孫さん」

「あほ。ありゃ熊じゃ」

「いてっ、冗談ですよ」

「……目が本気じゃったぞ」

 

 ゴツンっと頭に拳骨を落とされるグレイ。流石に冗談のつもりではあったが、ほんの少しだけあり得なくはないと考えたのがバレたようだ。やはり磨き抜かれた"見聞色"は恐ろしい。

 

 グレイは殴られた部分を撫でながら、大熊へ視線を向ける。白目を剥いて倒れていることから、気絶しているようだ。鋭利な爪も牙も、全くと言って良い程に動かない。

 

「三人……か。あんなデカい熊倒すのかよ」

 

 ここまで近距離になれば流石に気配を感知出来る。グレイの"見聞色"は正確に働き、大熊の影で見えなかった三人の小さな影を捉えた。状況から察するに大熊を倒したのは彼らなのだろう。予想していた年齢を考えれば恐ろしいまでの戦闘力なのだが、ガープの孫というだけで説得力が出てしまうのだから笑えない。

 

 ガープと顔を合わせ、歩き出そうとした──次の瞬間。

 

 

「──おれは『海賊王』になるんだっ!!!」

 

 

 元気の良い少年から出たと思われる爽快な声が響いた。叫びの内容は海兵として否定せざるを得ないものだったが、グレイは何故か気分自体を害されはしなかった。

 

「ガ、ガープさん……あれ?」

 

 言葉の意味を確かめながら、呆然としていた意識を切り替える。取り敢えずガープに声でもかけようと振り返るが、目当ての人物は姿を消していた。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 一瞬困惑したようにグレイは思考を止めたが、耳に届いた怒声を聞いて納得したように呟く。深いため息を溢しながら、大熊の方へ足を動かした。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「まだそんなこと言っとるんかァァアアアッ!! ルフィィィイイッ!!!」

 

 

 幼子に振るうものとは思えない威力の拳骨が、麦わら帽子を被った少年の頭へ鈍い音と共に襲いかかった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……それで? どうしてこうなるんです?」

 

 水色をした薄めの上着を脱ぎ去り、白のシャツと黒のズボンといったシンプルな格好となるグレイ。センゴクからの贈り物ということもあり、汚したくないという思いの表れだった。

 

 そんなグレイに対峙するかの如く仁王立ちしているのは、言うまでもなくガープだった。こちらはアロハシャツを脱いでこそいないが、バキバキと太い指を鳴らしながら悪い笑みを浮かべている。

 

「ちょうどええ機会じゃ。同時にお前の成長も確かめてやるわい」

「いや、そもそもガープさんと戦う意味が分からないって言ってんですけど?」

 

 少しムカついてきたのか口調が荒くなりだしたグレイ。

 センゴクと似ているという評価自体は嬉しいのだが、ガープに振り回される所まで同じにはなりたくはない。話が見えない急展開に理由を求めるべく、グレイはガープに強い視線を向けた。

 

「だから言ったじゃろう。アイツらに海兵の強さを見せるためだ! 海賊なんぞより海兵の方がカッコよくて強いって所を見せつけてやるんじゃ!」

「……生きてますか?」

 

 ガープが指差した先に居たのは、大きなたんこぶを頭に乗せた三人の子供だった。全員力無く地面に倒れており、ピクピクと痙攣している。

 麦わら帽子を被った少年の発言に、愛のムチと称して拳を振るったガープ。それに噛み付くように他の二人がガープへ挑んだが、敵う筈もなくあっという間に撃沈。現在の光景が出来上がったという訳だ。

 

「あったりまえじゃ。アイツらはそんな柔じゃない。──ほれ! 起きんかお前ら!!」

「「「ぎゃあぁぁぁあああ!!!」」」

(……また殴ってるし。本当にあの人『英雄』なのか?)

 

 起こそうとしているとは思えない行動に、頭が痛くなるグレイ。見た感じ最低限の手加減はしているようだが、聞こえてくる悲鳴の前では気休めにすらならないレベルだろう。

 

「誰が寝て良いと言った!! 海賊になりたいなどと抜かすお前らの腐った根性を叩き直してやる! お前らは海兵になるんじゃ!」

「うるせぇ! じじい!」

「ボコボコ殴るんじゃねぇよ!」

「じいちゃんのゲンコツめちゃ痛えぇぇぇ!!」

 

 繰り広げられる祖父と孫の大喧嘩。もう帰りたいと、グレイは切実に願った。何のために長期休暇を取ったのだろうか、これならば仕事していた方が気持ち的にも楽だった。グレイがそんな風にここへ来たことを後悔していると、ガープが話を纏めたのか再び彼の前に立った。

 

「いいか! これが"海軍"でも上位の海兵、海軍将校の実力じゃ! よー見とれ!!」

「「「…………」」」

 

 たんこぶを一つ追加され大人しくなった三人。頭をかち割られるより、素直に言うことを聞く道を選んだようだ。不貞腐れた顔を隠しもせず、仲良く三人並んでガープとグレイに視線を向けている。

 

「待たせたな! グレイ!」

「……いや、本当ですよ。二回ぐらい本気で帰ろうかと思いました」

「ぶわっはっは!! そう言うな! お前とやり合うのも久々じゃろ。どのくらい強くなったのか見せてみろ!」

 

 ある程度の距離を取り、拳を交える状況は整った。空間の広さも十分、お互い全力を出せる舞台だ。

 

「おい、サボ! 開始の合図をしてくれ!」

「えっ……はぁ、分かったよ」

 

 黒色のシルクハットを被ったサボと呼ばれた少年が渋々といった様子で立ち上がる。ガープとグレイの中間辺りまで来ると、腕を高く上げて口を開いた。

 

「……準備は?」

「ええぞ」

「いつでも」

 

 短く返答するガープとグレイ。互いに構えも取らず、リラックスしているようにすら見える。やる気無いのかとサボがため息混じりに開始の宣言をした瞬間──広場全体を揺るがすとてつもない衝撃が発生した。

 

「「「うわぁぁぁぁあっ!!!」」」

 

 身体を衝撃波に飛ばされ、立っていたサボを含めた三人が近くにあった大岩に背中を叩きつけられた。後頭部にもたんこぶを作ることになったが、三人はそれどころではないと慌てて顔を上げる。

 

 そんな彼らの視界に入ったのは、グレイが放った拳を受け止めていたガープだった。

 

 自分達をぶっ飛ばした原因が()()()()()()()()()()()。その事実は三人の頭を混乱させると同時に、目の前で開始された戦闘へ完全に視線を釘付けにした。

 

 10メートル程の距離を一瞬で詰めて攻撃したグレイ。能力は使っておらず、身体能力のみで放ったものだ。ガープは一度の攻防でグレイの成長を感じ取ったのか、ニヤリと歯を見せて笑った。

 

「ふっ!」

「ぬぅっ!!」

 

 受け止められた拳を外し、連撃に繋げるグレイ。拳と脚技を混ぜた高速ラッシュを繰り出した。覇気も纏っており、並の相手なら捌ききれずにノックアウトされることだろう。

 しかし相手は格上のガープ。以前のように完璧に捌かれてはいないが、決定的な当たりもない。グレイは隙を作るため、わざと自身の体勢を崩した。

 

「──ッ! ふんっ!!」

 

 それに反応し、即座に拳を放つガープ。黒く変色した拳はたとえ鋼であろうとクッキーのように容易く打ち砕く。

 

「……右」

 

 まともに喰らえば体力のほとんどを持っていかれる一撃。防ぐことはせず、グレイはギリギリでの回避を試みた。瞬間的に"見聞色"を発動し、ガープの動きを予測。狙い通りに拳はグレイを掠めて、地面に激しく突き刺さった。

 

「オラァッ!!」

「ぐっ……ふっ」

 

 危険を冒して作り出したチャンス。それを逃すまいと、グレイが攻めに出る。わざと崩した体勢のまま攻撃を繰り出すべく、両手を地面につきカポエイラの要領でガープの右頬に強力な蹴りをお見舞いした。

 

 勢いよくぶっ飛ばされるガープ。右頬を"武装色"で固めてダメージを軽減したとはいえ、昔のように受け止めることは出来なくなっていた。

 

「……やっと教えられましたね。──"()()()()"」

「……ふっふ、やりおる。そうでなきゃ面白くないわい」

 

 憎たらしい顔で挑発するグレイに、ガープは笑みを深める。最早、拳骨を落とせば沈んでいた少年は存在しない。そのことを身を持って教えられたようで、ガープは内心喜んでいた。

 

「ついて来られんようなら、能力使ってもええぞ」

「冗談は児童虐待だけにしてくださいよ。……今日こそ、俺が勝ちます」

 

 ヒリつくような空気に震え出す見学者達。森を見れば鳥や動物達も逃げ始めている。同じように逃げ出したいが、足が全く動かなかった。そんな少年達の絶望など知らず、二人の海兵は全力の覇気をぶつけ合った。

 

「調子に乗るなよ……小僧ッ!!」

「こっちの台詞だ……ジジイッ!!」

 

 大人気ない負けず嫌いと熱くなった口の悪さ、そんな情けない姿を──子供達に見守られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海兵の強さを見せるという目的で行われた手合わせは、ガープの勝利で幕を閉じた。グレイの左頬は少し腫れており、何が勝負を決めたのか物語っている。

 使用していた広場には大穴が幾つも出来ており、ほぼ壊滅状態となっていた。頭が冷えたグレイはやり過ぎたと反省したが、ガープはいつも通りに大笑いするだけであった。

 

 そして現在、親交を深めるための自己紹介──となる筈だった。

 

「お、おれは……エースだ。も、文句あるか」

「サ、サボ」

 

 黒髪の少年エース、開始の合図を担当したサボと、グレイに対して名乗ったのだが状況はこれ以上ない程に悪い。明らかに警戒している顔と態度、自業自得なのでグレイは何も言えないのだが。

 

「どうじゃ! グレイは強いじゃろう!」

 

 そしてそんな空気を読まない、ではなく読めないガープ。バシバシと笑顔でグレイの背中を叩きながら、とても自慢気だ。身体全体に痛みが走っている最中なので、グレイとしても叩かれるのは避けたかった。

 

「ちょ、痛いですよ。ガープさん」

「ぶわっはっは! すまん!」

(……思ってなさそうだな)

 

 流石は『仏』をストレスで追い詰め続けてきた男だと、グレイは冷や汗を流す。本当の意味でガープを打ち負かすことは一生出来なさそうだと、深く考えることをやめた。

 

 そして血筋だからか、この場に於いてもう一人空気が読めない男が居た。麦わら帽子を被った活発な少年だ。

 

「どうじゃ! ルフィ! グレイは強いじゃろ!」

「おおっ! つえぇ! じいちゃんがぶっとばされるとこなんて初めて見たぞ!」

「そうじゃろそうじゃろ! お前達も海兵になればグレイのように強くなれるぞ!」

「ほんとうか!!」

 

 無邪気に笑うルフィと呼ばれた麦わら帽子がよく似合う少年。第一印象はとにかく人懐っこいの一言に尽きる。エースやサボと違い、ぐいぐいとグレイに近寄って来ているのだから。

 

「おまえグレイっていうのか! つえぇんだな! すっげーすっげー!!」

「お、おう……。ありがとう」

「おれルフィ! よろしくな!」

(……血の繋がりを感じる)

 

 この距離の詰め方には覚えがあると、グレイは昔の記憶を呼び起こす。どれだけ冷たくあしらっても構わず関わってきた──鬱陶しくて図々しくて、強引で適当で、強くて優しいおっさんのことを。

 

「…………確かに孫だな」

「んぁ? なんか言ったか? グレイ」

「いえ、何でもないです。……ルフィ、飴食べるか?」

「うおー! ありがとうっ!!」

 

 無駄に鋭い勘を躱し、ルフィと戯れるグレイ。

 餌付けするつもりはなかったのだが、予想以上の食いつきを見せられ逆に戸惑うグレイ。食い意地が張っている所も似ているようだ。

 

「おいルフィ! そいつは海兵だぞ!」

「そ、そうだ! ガープのじじいをぶっ飛ばすような危ねぇやつだ!」

「何でだ? うめーぞ!」

 

 どうやらエースとサボのグレイに対する警戒は薄れていないようだ。いつも自分達をボコボコにしてくるガープと渡り合っていた所を見せられれば、無理もない反応かもしれないが。

 

(……ふっ。初めて会った時のアインに……少し似てるな)

 

 あれに比べれば可愛いものだと、少女との思い出に浸る。

 その後グレイは二人とも距離を縮めるため、新たな作戦を実行に移すのだった。

 

 

 

 




 『FILM RED』観ました!今までにない感じのONE PIECE映画って感じがして楽しかったです!賛否両論あるようですが、個人的にはとても満足出来た映画でした!
 今回の映画でまたヒグマさんと近海の主の評価が上がるんでしょうね(笑)。

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