ありきたりな正義   作:Monozuki

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『上司達への相談』

 

 

 

 

 

 少女アインとの出会いを果たした翌日、グレイは少しでも彼女との距離を縮めるため、身近に居る部下の上に立っている人物を訪ねてアドバイスを貰おうと行動していた。

 

 現在の場所は《マリンフォード》の裏側にある海岸。

 この日は潮風もさほど強くなく、シートでも敷いて寝転がれば昼寝出来そうな日和であった。

 

「……上司として部下とどう距離を詰めるか、ねぇ。お前もそんなこと考える立場になったんだなぁ」

「そうっすね〜、未だかつてないピンチなんすよ。クザンさん先輩でしょ、なんかアドバイスしてくださいよ」

 

 グレイとその横に立つ一人の男。二人はボーっとした表情で釣竿を握りながら、穏やかに揺れる海を見つめている。先程からウキには、ピクリとも反応はない。

 

「部下への接し方習う前に、歳上に対する口の聞き方覚えてきなさいよ」

 

 隣立つこの男──ボサボサの髪にアイマスク、緩んだ表情筋に眠たそうな目と、およそ海兵とは思えない格好と態度ではあるが、これでも若くして"海軍本部"の重要な戦力とされる『中将』の地位を任されている男だ。

 

「【ダラけきった正義】掲げてる人にはこれぐらいが丁度良いでしょ」

「かぁーっ。なんで俺の周りにはこう生意気な奴しか居ないのかねぇ」

「スモーカーよりは可愛気あると思いませんか?」

「アイツよりお前のがムカつく」

 

 愛想の無い同期を引き合いに出してはみたものの、アッサリと一蹴されてしまう。

 

「はは、素直な罵倒」

 

 クザンとグレイ、歳は大きく離れているが二人は比較的仲が良い方で、こうして共に釣りに興じることも少なくない。センゴクの紹介で知り合った時からのそこそこ長い付き合いだ。

 

 いつも通りのやり取りを一通り終わらせると、クザンは釣竿を地面に置きながら怠さを隠そうともせず砂浜へ腰を下ろした。

 

「ふわぁ〜、部下ねぇ。アレだろ? お前が奴隷船から助けた子」

「そうっす。事情も知ってますよね? 一応は中将なんだから」

「おいおい、ちゃんとやってるだろ〜俺」

「なら仕事サボって釣りしないでください。部下の人に居場所聞いたら困り顔で分かりませんって言われましたよ。謝られて申し訳ない気持ちになりましたからね。いきなり相談する人を間違えました」

「ええ、お前だってやってるじゃん」

「俺はちゃんと休暇です」

「……はぁ、氷より冷てぇな」

「クザンさんが言うんすか」

 

 ──"ヒエヒエの実"。

 クザンが食べた"悪魔の実"の名称である。最強種である自然系(ロギア)の中でも格別な強さを有する能力だ。

 

 凄まじい冷気を操ることが出来るようになり、あらゆるものを瞬時に凍結させてしまう。

 能力者に共通する最大の弱点である海水に対しても、凍らせて無力化することが出来るため、汎用性はもちろん能力者の弱点すら克服可能な能力である。

 海の上を凍らせて自転車で移動するような者は、世界広しと言えどこの男だけだろう。

 

「お前は凍らないから、本当に氷より冷たいかもな」

 

 "ズマズマ"の能力によって炎を操ることが出来るグレイはクザンの能力の弱点を突くことが出来るため、模擬戦を行っても程々に善戦している。

 

「アホなこと言ってないでアドバイスくださいよ。マジで困ってるんですからね、俺」

「なんか可愛かったよな、例の子。将来は良い感じにボンキュッボンの美人さんになると見た」

「帰りまーす」

「え、おいおい、もういいのか?」

 

 釣竿をクザンへ渡し、能力を発動させるグレイ。砂浜から飛び立とうとしているのが見て分かる。

 

「これ以上クザンさんの話聞いても意味なさそうなんで」

「マジかよ、ひっでぇな」

「後仕事サボってることと、倍以上歳が離れてる女の子へのセクハラ発言したことセンゴクさんに報告しときます」

「──おいおい、マジかよ」

「更に付け足しておくと、もうすぐここにクザンさんの部下の方達が押し寄せて来ますんで。まだ片付けてない大量の書類を抱えてね」

「…………」

「いや〜、次の給料楽しみっすね」

「お、おい、グレイ。俺達……友達だよな?」

 

 返答は、満面の笑みだった。クザン自身が初めて自分に向けられたんじゃないかと思える程の、とても良い笑顔である。

 グレイの移動速度にクザンが追いつける訳もない。グレイが飛び去った後の砂浜には、一人の男の悲痛な叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 センゴクからの拳骨と減給宣言をクザンへ確定させてきた後、グレイは昨日と同じく第三訓練場へ足を運んでいた。

 しかし昨日とは打って変わり多くの海兵が見受けられ、賑わってすらいた。多くの者が訓練場の端に寄り、中央に大きくスペースを残すような形で立っている。

 

 そのことからも分かるが訓練に精が出ているという訳ではない。海兵全員の視線は大きく空けられた中央のスペースへと固定されていた。

 

 訓練場に響くのは──激しい剣戟。

 

 打ち合っている両者は視認することすら厳しい速度で動き回っており、注目して観戦している海兵で明確に捉えられている者は一人として居なかった。

 

「……速えぇ」

「あっ、見え……ねぇわ」

「えっ? ああ、こっちか。違った、あっちだ」

「ピカピカしたりバチバチしたり、光ってることしか分からんなぁ」

「なんか目が痛くね?」

 

 なんとか動きについていこうと必死になってはいるのだが、それだけで追いつける程優しい速度では無い。

 確かなのは耳に聞こえる激しい剣戟と僅かに捉えられる光の痕跡。白と黄色の火花が散る光景は、夜空であればさぞ見栄えすることだろう。

 

「──ふぅ、危なかった」

「んん〜、また速度を上げたねぇ〜」

 

 鳴り続けていた轟音が収まり、中央に二人の人影が現れる。

 一人は黒く染まった木刀を、もう一人はまるで光そのものが剣になったような得物を構え、牽制し合うように立っている。

 

 木刀を構えているのは額から汗を流しているグレイ。疲労からではなく、相手の圧倒的な速度に対する困惑から出た汗だ。

 

 そんなグレイと対峙する男、灰色の帽子を被り咥えタバコをし、中々の暑さにも関わらずスーツを着用している。圧倒的な速度でグレイと打ち合っていたにも関わらず、話し方はとても間延びしている。

 

「……速過ぎますって、ボルサリーノさん」

「対応しといてよく言うねぇ〜、グレイ大佐〜」

「だからもう准将ですって」

「おぉ〜、すまないねぇ〜」

 

 相変わらずの緩い話し方に力が抜けそうになるグレイ。本気で謝ってはいる筈だが、これでは中々そう思ってもらえないだろう。

 中将ボルサリーノ、クザン程ではないが親交がある方なので、グレイは特に気にした様子もなく木刀下げた。

 

「ここまでにしましょう。ボルサリーノさん」

「そうだねぇ〜。楽しかったよぉ〜」

 

 稽古の終了を承諾したボルサリーノ。手に持っていた光の剣を消滅させ、火が消えている煙草の先端へ指を伸ばすと、光の熱で火を付け直した。

 観戦していた海兵達も終わりを察したのか散り散りに去って行く。首を傾げる者、頭を抱える者、目を労る者など、それぞれの反応を見せながら。

 

 ──"ピカピカの実"。

 先程のクザンと同じく自然系(ロギア)の能力であり、単純な性能だけ見れば最強と言っても良いほどのブッ壊れ能力だ。

 

 食べた者を光人間へと変え、光の力を自在に操ることが出来るようになる。光速での移動、光のレーザー、光の形を弾丸や剣に変えることも可能と、この能力を前にすれば余程の強者でない限り手も足も出ずに敗北すること間違いなしだ。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとねぇ〜」

 

 木陰のベンチに座り休息を取る。ボルサリーノへ冷えたお茶を手渡しながら、グレイ自身も自分用に買っておいたお茶で喉を潤した。

 

「ボルサリーノさんに対しては一発掠らせただけか……。まあ、前よりは成長ですかね」

「わっしは擦りもしなかったよ〜」

「そりゃ太刀筋が単調なんですよ。捌きやすいですね」

「剣術じゃ敵わないねぇ〜」

 

 定期的に行われる二人での稽古。これにも理由があり、お互い本気で能力を使用した際に同等の速度を出せる者が他に居ないからだ。

 能力を全力解放した二人の打ち合いは、海兵達の密かな楽しみでもある。

 

「それで相談だったよねェ〜。部下との距離の詰め方」

「ボルサリーノさんはクザンさんと違って部下の方達からも評判良いので、何かアドバイス頂けたらと思いまして」

「ゼファー先生に聞いたらどうだい〜?」

「いやぁ、任せてもらう手前……聞きづらいと言いますか」

 

 小さなプライドではあるが、任せてもらう責任感故の感情であった。

 ボルサリーノもそれを理解したのか、顎に手を当てながら唸る。

 

「そうだねぇ〜。共通点とかどうかな〜?」

「共通点、ですか」

「何かしら同じ部分があれば会話のきっかけになるんじゃないかねぇ〜」

 

 流石は頼りになる方の中将。だらけきっているダメな方とは大違いである。

 

「話を聞けば"悪魔の実"の能力者なんだろぉ〜? 早速一つ共通点じゃないのぉ〜」

「おおっ! 確かに!」

「会話出来ればなるようになるよぉ〜」

「俺やってみます! ボルサリーノさん! ありがとうございました!」

 

 目を輝かせながら礼を言うグレイ。光明が見えた気がした彼は、すぐに実践するため足早に訓練場を去った。

 

「んん〜、若いねぇ〜」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 本部内のとある一室。そこでは二人の男が机に座り、書類を眺めながら会話を繰り広げていた。

 

「じゃあ人数はそれで決まりですね」

「ああ、これ以上は俺達だけでは見きれんからな」

「場所も決まりましたし、軍艦の使用許可も明日センゴクさんに申請しておきます。今日はこれぐらいで大丈夫ですか?」

「ははっ、中々頼りになるじゃないか。良い上司になれそうだな」

 

 笑いながらそう告げるのはゼファー。書類仕事だからか、使い込まれた古い眼鏡をかけている。

 そして現在、サバイバル演習に関する最初の会議が無事にまとまり、一段落ついた所だ。

 

「良い上司とか嫌味言うのやめてくださいよ……。性格悪いですよ?」

 

 ゼファーへ渋い顔で言葉を返すのはグレイ。何故か左頬には真っ赤な紅葉マークが付いている。

 

「ガッハッハ! 派手にやられたな! グレイ!」

「もう俺には無理かもしれないって思い始めてます……」

 

 この落ち込みようから、紅葉を付けたのがアインであることを完全に理解したゼファー。まさか二日目でここまで亀裂が入るとは思っていなかった。

 

「一体何したんだ? いきなり殴られた訳じゃないだろう?」

「……実は」

 

 言い出しにくそうな口調で事の詳細を話す。上司である者達に相談しに行ったこと、ボルサリーノによるアドバイスで共通点である能力の話題を振ったこと。

 ゼファーはそれを聞くと、申し訳なさそうな表情で口を開く。

 

「あぁ〜、すまん。それは俺の説明不足だった。アインに能力の話はやめておいた方がいい」

「何か事情があるんですよね。能力見せ合わないかって提案した二秒後にブン殴られました」

「……お前なら分かるだろう。アインも元々、望んで能力者になった訳じゃないんだ」

「──ッ! ……地雷、でしたね」

「なんでも飯の代わりに"悪魔の実"を出されたらしい。奴隷船の乗組員に腐った果実とでも思われたんだろうな」

 

 不運、そんな言葉で片付けることがグレイには出来なかった。何故なら自分も同じく、望んで(・・・)能力者になった訳ではないのだから。

 だからこそ、距離を縮めることばかりに意識が向き、少し考えれば分かるような地雷を踏み抜いた自分の愚かさを恥じた。

 

「しかもアインが能力者だとバレてからは、執拗に痛ぶられていたらしい」

 

 怒りの滲む声で呟くゼファー。机に置かれた手には力が込められており、少しでも動かせば机が叩き割れるだろう。

 

 売れば最低1億ベリー。それが"悪魔の実"の市場価格だ。奴隷を売るよりも確実に、そして大量の金になる。

 そんなものを奴隷に食べさせてしまったと分かれば、暴れられないように衰弱させるため、そしてお門違いな八つ当たりのために、理不尽な暴力の的になってしまうのだ。

 

「……そりゃ怒るよな」

「さっきも言ったが俺の説明不足だ。俺からもフォローしておく」

「いえ、俺の配慮が足りませんでした。ゼファーさんのせいじゃありません」

 

 顔に手を当てながらため息を溢すグレイ。自分がやらかしたことの大きさに頭を抱えてしまっている。

 

「ちゃんと謝らないとな。……聞いてくれますかね」

「それは心配要らんさ。真摯に謝罪する者を冷たく突き放すようなこと、あの子は絶対にしない」

 

 絶対に、という言葉から、ゼファーがアインを既に深く信頼していることが分かる。

 

「ゼファーさんは凄いですよね……。それに比べて俺は……」

「そう落ち込むな。お前と俺では人生経験が違う、悲観することはない」

「……正直、ゼファーさんには聞きたくありませんでしたけど、そうも言ってられませんね」

「ん? 俺に相談か?」

「はい。相談させてください」

 

 小さなプライドを捨て去り、ゼファーへの相談を決行。このままでは心を開いてもらうどころか、共に演習に臨むことすら不可能だ。

 

「……そうだな。ボルサリーノの言うことも間違いじゃない。アインには合わなかったというだけでな」

「俺もそう思います」

「結局の所、やれることは一つだ。俺もそうだった──腹を割って話し合うことしか出来ないと思う」

「腹を割って、話し合う」

「傷を癒すことは無理でも、支えてやることなら出来る。信じてもらうために自分のことを話し、相手のことを聞いてやる。腹を割って話すとはそういうことだと、俺は思っている」

 

 ゼファーはグレイの肩にその大きな手を置き、視線を交錯させる。

 

「──お前になら任せられる」

 

 一言。余りにも短い言葉である。

 しかし、グレイに取っては何よりも響く言葉であった。

 

「……俺、ちゃんと謝って、アインと仲良くなります」

「ああ」

「ありがとうございます、ゼファーさん」

「良い表情だ。お前はその自信に満ちた顔が良く似合う」

「はは、褒めてます?」

 

 辛気臭い顔を終え、普段通りの様子を取り戻したグレイ。

 演習実施日まであまり時間はない。アインとの溝は今更足掻こうともすぐに取り返せる程浅くはないため、グレイは演習前、最低でも演習終了までには何としても謝罪し、和解すると心に強く決めた。

 

「やっぱりゼファーさんに相談して良かったです。ボルサリーノさんにも的確なアドバイス貰えましたし。クザンさんに相談したのが間違いでした」

「ふっふ、そう言うな。アイツもあれで慕われている」

「それもそうですね。セクハラ発言とかなかったら相談も打ち切らなかったんですけど」

 

 何事もないように呟いた言葉に、ゼファーが引っかかる。

 

「……ん? どういうことだ?」

「え? クザンさんのセクハラ発言ですよ。日常的に怒られてるでしょう」

「何故それがアインのことを相談して出てくる?」

「それは…………あっ」

 

 グレイはこの瞬間気づく、虎の尾を踏んでしまったことに。

 肩に腕を回し、逃すつもりのないゼファー。

 グレイは心の中でクザンへと合掌し、既に覇気が溢れ出している黒腕に震えながら、被告の発言を忠実に答えた。

 

「──『将来は良い感じにボンキュッボンの美人さんになると見た』ってイッテマシタ」

 

 その言葉を一言一句逃さず聞いたゼファー。

 疲れを残さないように早めに寝ておけと言い残し、修羅の如きプレッシャーを放ちながら部屋を退室。何故かドアノブが曲がっている気がするが、多分気のせいだろう。

 

「……さーて、センゴクさん帰ってるかなぁ」

 

 夕食のメニューを考えることで、ある男の末路を頭の外へ追い出す。

 グレイは空腹を感じると共に、優しい家族と過ごす我が家への帰路についた。

 

 

 

 その夜──再び一人の男の悲痛な叫び声が、本部中に響き渡った。

 

 

 

 




 未来の大将であるクザンとボルサリーノ登場でした。
 オハラの一件が終わっているので、クザンはだらけきっています。
 もう一人の大将候補が出なかったのは……察してください。
 
 そしてたくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
 モチベーションが上がりますので、感想の方も是非お願いします!

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