ありきたりな正義   作:Monozuki

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『サバイバル演習の開始』

 

 

 

 

 

 クザンが一日に二度地面へめり込んだ日から一週間。

 本日グレイはゼファーと共に、若手海兵達の育成を目的としたサバイバル演習を無事に終えるという大仕事に取り掛からなければならない。

 

「……ふぅ」

 

 身支度を終え、最後にネクタイをキッチリと締める。

 現在の時刻は軍艦出港の四十分前。そろそろ乗船しておくため玄関へ進み、出かける準備を完全に済ませた。

 

「行くのか? グレイ」

「センゴクさん。はい、もう出ます」

 

 そんなグレイに声を掛けたのはセンゴク。グレイと同じくこれから家を出るのか、既に本部に居る時と格好は変わらない。

 

「気合が入っているようだな」

「当然ですよ、センゴクさん直々の頼みですから。……それに、ゼファーさんから任されたこともありますし」

 

 グレイは結局の所、この一週間でアインへ謝罪することも距離を縮めることも叶わず演習当日を迎えてしまった。不甲斐ない自分に落胆しつつも、今回の演習では必ず謝罪と和解を成し遂げると心に決めている。気合が入っていて当然なのだ。

 

「……ん? それも持っていくのか?」

 

 グレイの腰に携えられている物へ視線を向け、センゴクは少し表情を緩めて訊ねた。

 

「ええ、備えあれば憂いなしですからね」

 

 グレイに手を掛けられカチャッと音を立てるのは、黒色の鞘に納刀された一本の刀だった。

 

 グレイが准将へ昇格した際に祝い品としてセンゴクが渡した物であり、グレイが長らく求めていた自身の全力に耐えられる刀であった。

 質素な雰囲気を纏っているがれっきとした良業物50工の内の一振りであり、位列通りの名刀だ。

 

「良業物──『(あかつき)』。気に入ったようでなによりだ」

「よく手に馴染みます。頑丈なのも魅力ですね」

 

 切れ味自体は並の刀と遜色ないが、『暁』の真骨頂はその丈夫さにある。ミホークの所持している黒刀『夜』と比べれば大きく差は有るが、長さや重さと言った明確な差別点があり、グレイはこの刀を心から気に入っていた。

 

「この『暁』も使いこなして、今回の演習も成功させます」

「やれるさ、お前ならばな」

「……ありがとうございます」

 

 心からの信頼。応えなければならないそれは、グレイのやる気を更に底上げした。

 

「気をつけてな。まあ、お前に言う必要は無いか」

「油断大敵、センゴクさんの教えですよ?」

「がっははは! そうだ、それを忘れておらんなら大丈夫だ」

「ちょ、センゴクさん」

 

 ポンポンとグレイの頭へ手を置くセンゴク。満足気に笑い声を上げ、グレイを見送った。

 

「よし、行ってこい」

「はい! 行ってきます!」

 

 初めて自身の与えられている階級に見合う仕事。任された大役を無事に終えるため再度気合を入れ直し、"正義"の二文字を背負った。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 世界の均衡を保つ三大勢力の一つだけあり、"海軍"が保有している軍事力は相当なものだ。多くの兵器を搭載した巨大軍艦も数え切れない程に存在しており、集団火力だけなら世界最強と言っても過言ではない。

 

(……相変わらずデカイなぁ)

 

 ゼファーとグレイ、補佐役の海兵と演習に参加する海兵達を合わせ、総勢四十五人を乗せた軍艦は順調に目的地である島へ到着した。

 

 目的地である《ナギスカーデ島》。

 面積は300k㎡にも及び、鬱蒼とした森林地帯が広がっている。島の中央に聳える巨大な山、《カーデ山》も特徴的だ。

 今回の演習場所に選ばれた理由もこの広大な面積に生い茂る森林地帯と曇ることのない強烈な晴れの天候、まさしく天然の牢獄とも呼ぶべき過酷さを評価してのことだった。

 

 軍艦を停めて全員が上陸を完了する。

 熱い日差しに当たりながらではあるが、海兵全員が足並み揃えて整列をしている。新人並びに新米海兵達とは言え、心構えはしっかりしているようだ。

 

 その集団の前にゼファーが立ちメガホンを構えると、より一層表情が引き締まった。

 

「──諸君! 今日と明日は諸君らにとって目覚ましい飛躍の時間となる!」

 

 ゼファーの後方に背筋良く立っているグレイ。久しく感じることのなかったゼファーの指導者としての迫力に少々緊張しつつも、これから始まる演習のメニューを思い返していた。

 

「"海軍"は甘くない! この組織で戦うという覚悟をこの演習で各々固めて欲しい!」

 

 重く響くゼファーの声は、この場に居る海兵達の士気を上げる。ゼファーはそんな雰囲気に一つ笑みを浮かべると、本格的に演習内容の説明に入った。

 

「では今回の演習内容を説明するぞ──」

 

 

 

『《ナギスカーデ島》特別サバイバル演習内容』

 

 基本事項

 ・期間は二日。

 ・参加兵は二人一組での行動。

 ・1ℓペットボトルの水が一本支給。

 ・インスタント食品を一食分支給。

 ・使用可能な武器は支給品のみ。

 

 禁止行為

 ・他の参加兵への攻撃。

 ・支給品や食料の奪い合い。

 ・許可の無い森林外への移動。

 

 任務内容

 ・全参加兵が各スタート地点から島中央にある《カーデ山》の山頂を目指し、到着した順に評価を与えるものとする。

 

 緊急措置

 ・危機的状況に陥った際には救難信号を発信し待機。演習からのリタイアが認められる。

 

 

 

「──と、以上が演習についての説明だ! 何か質問のある者は居るか?」

 

 確認するが、該当するような者は見当たらない。

 

「では最後に救難信号についての説明だ! 諸君らの組ごとに一つ渡してあるこの筒が信号発信装置となっている!」

 

 ゼファーが手に持ち指差しながら言及する、小さな黒い筒。

 

「横に付いている紐を引けば中から信号弾が飛び出す仕組みとなっている。有事の際には躊躇いなくこれを使用して欲しい。リタイアしてもマイナス評価は与えない、人命優先で任務に当たってくれ! それでは解散ッ!!」

「「「「「──はいッ!!」」」」」

 

 全ての説明を終え、組ごとに分かれた海兵達が各々のスタート地点へと歩き出す。

 

「グレイ、救難信号への対応と……アインを頼むぞ」

 

 飛行出来るグレイには救難信号が発信された場合に、救助へ駆けつける役割がある。プラズマの速度であればそれも容易だ。

 

「はい、任せてください。ゼファーさんもお気をつけて」

 

 グレイの言葉に頷いてから、ゼファーは森の中へ入って行った。

 

「──さて、頑張りますか。アインは……あれ?」

 

 砂浜を見渡しても青髪の少女は視界に入らず、居るのは既に自分一人。その瞬間、グレイはすぐに己の状況を理解した。

 

「…………えぇ、置いてかれてるじゃん」

 

 決められたスタート地点を目指し、グレイは砂浜を強く踏み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──自分以外は全て敵。

 

 十三歳の子供がそのような考えを持ってしまう程、アインという少女が歩んできた人生は壮絶なものであった。

 

 物心ついた時から親は居らず、八歳までは病死してこの世を去った祖母と二人で暮らしていた。四年間を孤独に過ごし、十二歳になった年──悲劇は起こった。

 

 幼いながらも整った顔立ちに目をつけられ、奴隷商人に誘拐されたのだ。

 

 そこからは地獄の日々。人として扱われず物として扱われる。最低限の食事と服、奴隷であることを理解させられるかのような仕打ち、一年という長い時間で涙すら枯らしてしまった。

 

 不幸中の幸いだったのは、女としての辱めを受けなかったことだ。まだ幼い年齢ということもあったが、反抗的な意思を持ち続けたことも要因の一つであった。

 

 死んでしまえば楽、何度そう思ったか分からない。しかし生きた、耐えた。その結果、彼女は地獄から助け出された。

 奴隷船から救出される際に気絶していたので、彼女が助かったという事実を知ったのは"海軍本部"で目を覚ましてからになる。あまりにも急過ぎる状況の変化に戸惑ったが、ゼファーという男に優しく抱きしめられ、彼女は枯れた筈の涙を再び流した。

 

(……ゼファー先生が、私を助けてくれた)

 

 長い間感じることのなかった愛情を向けられている。短い期間ではあるが、アインのゼファーに対する信頼は既に何者にも超えることの出来ないものとなっていた。

 ゼファーの役に立ちたい、恩返しがしたい。そんな思いがすぐにアインの全てとなり、"海軍"への入隊を希望した。これまで忌まわしいことでしかなかった"悪魔の実"の能力も、ゼファーの役に立つなら惜しむ理由すらない。

 

 奴隷として肉体労働もさせられていたため、体力も根性も並ではない。軍人としての素養は確実に持っている。

 

(……先生のために)

 

 いずれゼファーの部下として勤めるため、アインは今回の演習でトップの成績を狙っている。山頂で待っているゼファーの所へ一番で辿り着き、あわよくば褒めてもらいたい。そんな純粋な意思がアインの足を動かし、この炎天下の森ですらどんどん歩みを進めていく。スタートから速度を落とさずにいたことからも、アインは現在どの組よりも順調に進んでいた

 

 唯一の問題があるとするならば。

 

「なあ、疲れてないか? おっ、そこ日陰があるぞ。水分補給がてら休憩していくか?」

 

 ──先程から執拗に話しかけてくるこの男の存在である。

 

 元々ゼファー以外に心を開くつもりがないこともあるが、自分の上司になる者だと説明されてから、グレイ個人のことを良くは思えずにいた。更にそれを説明してきたゼファーからは強く信頼されている様子、彼女の中に嫉妬の感情が湧き上がるのも仕方ないことであった。

 

 極め付けは触れられたくない地雷である"悪魔の実"について言及されたことであり、ほんの数十日前に面識を持った間柄ではあるが、アインは既にグレイのことを酷く嫌っていた。

 

「あっ、そこ木の根が飛び出てるぞ。石とかにも気をつけろよ、躓くと危ないからな。水飲むか?」

 

 そして親戚の叔父さんばりのマシンガントーク。

 三時間近く歩き続けているにも関わらずこの調子なのだ。口を利きたくないと無視を貫いていたが、思春期を迎える少女としても、グレイの鬱陶しさに我慢の限界がやってきた。

 

「──うるさい」

 

 これ以上ない程に冷えた瞳。茹で上がるような日差しすら打ち消してしまいそうなそれは、グレイを真っ直ぐ貫いた。

 

「わ、悪い。で、でもさ、休憩も必要……だよ?」

 

 思わず優しい口調になってしまうグレイ。言っていることは尤もなのだが、この場合は言う相手が悪い。

 

「……まだ必要ないわ。そんなに休みたいなら貴方一人で休めばいいじゃない」

「いや、俺は余裕だけどさ」

 

 眉をピクッと動かし、アインは更にイラついた。

 まだ必要ないという言葉は強がりではない。奴隷としてこき使われていたことに比べれば楽なものである。しかし、辛くないと言えばそれは真実でない。肺を襲う鈍い熱気に、肌を焼くような日差し。そんな条件下で進行する険しい道の歩け歩け大会、辛くない訳がないのだ。

 

(……涼しい顔ね)

 

 チラリと横目でグレイを観察するアイン。汗こそ浮かべているが、辛そうな様子は欠片も見られない。しかも薄着のこちらと違い、あちらはスーツにコートとガッツリ正装。この炎天下、場違いにも程がある格好だ。見ているだけで汗が吹き出しそうになる。

 

「……あ、あ〜、暑いな〜。休憩が、ひ、必要かも、しれないー」

 

 アインの反応から、自身が言葉の選択ミスをしたと理解したグレイ。大根役者もビックリな超絶演技で休憩を要求する方向へシフトチェンジしたが、そんなものがアインに通じる訳もなく華麗にスルーを決められる。

 普段の有能さなど何処かへ飛んでいってしまったようで、特別演習顧問を引き受けた若き准将は悲しきポンコツへと成り下がっていた。

 

(……バカなの?)

 

 辛辣である。この男が自分の上司になるという事実を益々受け止められなくなってきたアイン。少しずつでも距離を離したいのだが、クソみたいな棒読みを続けながらポンコツはピッタリ後ろをついて来る。

 

「……っ!!」

 

 後ろに意識を向け過ぎたからか、足下が疎かになってしまった。その結果、先程警告されたばかりの障害物である飛び出た木の根へ足を引っ掛け体勢を崩した。咄嗟のことで受け身も取れず、身体は地面に激突──しなかった。

 

「っと。大丈夫か?」

「──ッ! 触らないで(・・・・・)ッ!!」

 

 一瞬にしてアインへと接近したグレイ、腰に手を回して地面への激突を阻止した。しかし即座に突き飛ばされ、再び距離が出来る。

 

「ちょっ、なんだよ。助けただけ……えっ」

 

 助けるために起こした行動に対しての仕打ちに、流石のグレイも口調が強くなる。細めた目で咎めるような視線を向けるが、数秒も経たずにそれは崩れ去った。

 

「…………見ないで」

 

 自分を抱き締めるように腕を組み、肩を振るわせるアイン。この暑さである、寒さで震えている訳はない。顔を伏せ、口からなんとか溢したように発せられた言葉。それはグレイの耳にしっかりと届き、彼に湧き上がっていた少々の怒りを一瞬で鎮火した。

 

「そ、その……ごめん」

 

 何度不用意に傷付ければ学習するのだろうかと、グレイは自分を強く責めた。ゼファーが平気なだけでそれ以外が平気であるという保証など無い。一年もの間奴隷として扱われていた少女に対して、余りにも軽率な行動であった。

 

「……私に……構わないで……!」

「ま、待てよっ!」

 

 肩を震わせたまま駆け出したアイン。追い掛けようとしたグレイだったが、島に響く轟音と激しい光がその足を止めた。

 

「──信号弾かッ!?」

 

 演習参加者の海兵による救難信号。最悪なタイミングではあるが、状況が悪いのは信号弾を打ち上げた者達も同じだ。見過ごす訳にもいかないため、離れていくアインへ声を上げた。

 

「すぐ戻る! 危なくなったらお前も信号弾を打ち上げろッ!」

 

 自身の言葉がアインに聞こえたことを信じ、グレイは飛び立つ。島に並び立つ木々が揺れる程の速度で、救助を求めている者達の場所へ向かった。

 

「……俺の馬鹿野郎ッ!!!」

 

 すぐに片付けてアインの所へ戻る。情けない自分への怒りを爆発させながら、グレイは更に速度を上げた。

 

 

 

 




 ここまでまさかのオリ主の技らしい技なし!
 やべぇとは思ってますので、そろそろ出したい……。

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