チンチンスレイヤー   作:パイの実農家

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十九話

 §

 

 

「依頼?」

「ええ、皆様にです」

 

 三人娘は並んで顔を見合わせ、そして言った。

 

「白磁等級に?」

「将来性のある冒険者に」

 

 受付嬢は意にも介さず答えた。

 

「そして、件の書類を確保した向こう見ずな知恵者たちに、です」

 

 組合(ギルド)の奥、面談室に呼び出され、女魔術師たちは受付嬢と向かい合っていた。

 

「皆様の実力を正確に測る必要がある、というのがギルドの決定になります。これは件の情報の確度を少しでも上げるためということでもあります」

「……ああ、そういうこと」

 

 女魔術師は納得したように言った。

 部屋の隅でさり気なく起動された防音用の魔道具。

 黙して語らぬ至高神殿からの監督官。

 扉の外に気配を感じる、という淫魔術師の手信号。

 

「確かに、私たちが混沌の手先だと面倒くさいことになるわね」

 

 疑われるとは思いもしなかった、とばかりに女魔術師は言った。

 

「そっか、そうよね。別に身元証明書を提出したわけじゃあないしね」

「ええ、そういうことです」

「そしてそういうことなら、そういうことよね?」

「管轄外ですが、そういうことでは?」

 

 そうだろうな、と女魔術師は頷いた。

 情報を提出して、それが国に届き、方策が打ち出され、今実行されようとしている。しかし今更になって裏を取ろうなんて、全く遅い。

 

「まったく、心配性もいいとこね」

 

 深いため息。

 けれど受付嬢は構えていた曖昧な笑みを盾にして、続きを待った。

 

「……いいわ。疑われるのは本意ではないし。状況がそれを許さないというなら、仕方ないわ。昇級審査の依頼、受けましょう」

「話が早くて助かります」

 

 これに驚いたのは狐耳の剣士だった。

 

「ええ!? 今の話のどっからそこに繋がるの!?」

「白磁のぺーぺーの功績じゃあ信憑性が足りないのよ」

「いやでも、もう遅くない?」

「書類の上で順序が多少前後するだけなら、手違いで済ませられるじゃない」

 

 女魔術師は呆れたように肩をすくめた。

 

「要するに、上のお方々は今人攫いどもの元締めに対する電撃作戦を準備中なの」

 

 二転三転する話に驚く狐人剣侠をよそに、女魔術師はもたらされた情報の裏を口にする。

 

「今回、時間は敵になると踏んだ。だからいらない裏は取りたくないし、障害は全部押し通りたい。私たちの持ってきた情報について、出処をいちいち疑われていちゃ話にならないわけ」

 

 能力ある、信頼の置ける冒険者であることを、第三者にも示せる必要がある。

 組合に赴いて書類に適当を書けば誰でもなれる白磁ではなく、国がその能力を認めた黒曜以上の等級である必要があるのだ。

 

「そして肩書きは一番優れた証明書だもの」

 

 受付嬢は分をわきまえている。だから口を開かない。

 女魔術師と受付嬢の間にあったのは、貴族としての教養だった。

 そしてそれを、黙ってただ聞いている淫魔術師もまた。

 

「で、こんな能書きほど無意味なものもないわ。冒険者のお仕事に戻りましょう」

「では、今回の依頼についてご説明させていただきますね」

 

 けれど、裏がどうであれ起きることは変わらない。

 必要なのは冒険者。求められるのは依頼の遂行だ。

 微笑みとともにそれを見守る淫魔をちらりと見て、女魔術師は差し出された書類に手を伸ばした。

 

 

 

 §

 

 

 

 世を儚んで修道女となる者は多い。

 それが年若い修道女となれば、何があったかは誰でも分かる。

 辺境の人々は見慣れない顔の被害者を憐れみの目で見、気にもとめずに日常へと戻っていく。

 

 修道女は道の隅を謙虚にしかし粛々と歩き、修道院へと入っていく。

 

 出迎えた同僚の修道女に頭を下げ、導かれるままに奥へ。

 そして頭巾(ウィンプル)を脱ぎ捨て、その長い銀髪を振り乱した。

 

「月央七、光栄です」

「ありがとう」

 

 蛇と呼ばれる密偵は、そのようにして辺境の修道院に辿り着いた。

 

「奴隷売買の証拠を捕まえたと聞きましたが?」

「ええ、ですがそちらは隠れ蓑(ダミー)です。巧妙なね」

 

 修道院は丸々一つが王室秘密情報部の施設だった。

 修道服を着た女密偵の長が、机に資料を広げながら言う。

 

「狩人は偽の獲物は猟犬に任せろとのこと」

「そして本当の獲物へ矢を放ったと」

「然り。蛇の如く獲物を追う魔法の矢を、土壌を食い荒らす土竜へと」

 

 蛇の顔がにわかに鋭くなる。

 

「奴隷売買における手配師(フィクサー)を名乗る者、恐らく上位の官僚です。連邦と緊密な関係がなければ難しい手口でしょう。となればここ数年の変心ではない」

土竜(スリーパー・セル)ですか」

 

 忠誠心溢れた人材だ。王国の官僚としてそれなりの地位につけるまで潜伏するのは並大抵のことではない。

 そして、それほどの人材を単なる奴隷売買のために使い捨てるわけもない。

 彼女は長い白髪を払った。

 

「直近だと辺境の行楽地(リゾート)で官僚の慰労会があります」

(カヴァー)は?」

「息の掛かった商会の使用人の一人として」

「かないませんね」

 

 女は肩をすくめた。

 

「それと、別件ですが一つ」

 

 また別の書類を広げて、修道女は言う。

 

「件の書類を確保した冒険者たちです」

 

 さっと書類を眺め、蛇は一つの書類を手に取った。

 普通ならば月央に回すような仕事ではないだろう。しかし修道長も女密偵も何も言わない。

 

「女性。赤毛。魔術師。先の年に賢者の学院を卒業……と」

「白磁等級、登録して二日の術師の二人組。片方は夢魔だそうです」

「それはいい。美人が()()とは、仕事に熱も入るというもの」

 

 代わりに軽口を叩きながら書類を机に放り、女はやおら踵を返した。

 

「冒険者組合に働きかけて指名の護衛依頼を入れてあります。慰労会へはそれで」

 

 後ろに続く修道長の言葉に頷いて、女は仕事道具を手に取る。

 

「実際の所どの程度?」

「大神殿からは裏が取れています。逆に言えばそれだけです」

 

 また別の着替えを手に取ったところで、蛇の手が止まった。

 どこか呆れたような顔で、彼女は遥か西……王都の方を見た。

 

「……まったく」

 

 肩をすくめて、いつもとは少し違う笑みを浮かべた。

 

「神経質な家長を持つと、かないませんね」

 

 

 





(へんしゅうチームのワクチン接種研修のため本日の投稿はとても短く、通常の半額だ。また明日は休みだ。重度研修反動が予想されるため明後日も休む可能性がある。皆さんも暖かくしてよく寝ましょう。以上です)

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