熱血テニス部長がデュエルに敗北したという噂が流れ、紅也へ挑む《オベリスクブルー》が減ってきた今日この頃。
ストレスも減り余裕が出てきた紅也はと言えば、デュエル場で行われている3つのデュエルを観客席で見ていた。
コーラを飲みながらリラックスして観戦している紅也。そんな彼に1人の男が声を掛けた。
「紅也。ここに居たのか」
「三沢か。ちょっとデュエル観戦をな」
「見応えのある勝負でもあるのか?」
「まあな。……一応教えた側として、見といてやらないとさ」
「教えた側? ──ああ、そういうことか」
デュエルしている者を確認し、三沢は紅也の言葉の意味を理解した。紅也と共に特訓していた人物が《オベリスクブルー》の生徒と戦っていたからだ。
赤い制服を着た──丸藤翔。
真剣な顔をしているが、焦ってはいない様子。精神的にも随分と成長してきたようだ。
「翔か。ライフは負けているようだが」
「まあ、見てなって。面白くなるのはここからだ」
紅也の言葉を受け、三沢もデュエルの行方を追った。
翔 LP1200
ブルー LP2000
「僕のターン! ドロー!」
「はっ、所詮《オシリスレッド》! このまま勝っちまうぜ!」
煽るように騒ぐのは相手の《オベリスクブルー》。既に勝利を確信しているような態度だ。
そんな相手に気を取られることもなく、翔はカードを動かした。
「魔法カード、『サイクロン』発動! 伏せカードを破壊する!」
「くっ! 『ミラーフォース』が……!」
やはり発動出来ない運命にあるようで、頼みの綱は簡単に破壊された。伏せカードを無視しない慎重さも、確かな成長を感じさせる。
しかし翔のフィールドには攻撃力1000と頼りない『ミサイルロイド』が1体。逆に相手のフィールドには攻撃力2300の『ゴブリン突撃部隊』が攻撃表示で存在している、戦力差は歴然だ。
「モンスターの攻撃力で負けているか、まだ状況は不利だな」
「確かにな。……でも、勝つのは翔だ」
冷静に状況を分析する三沢だったが、紅也は翔が勝つと断言。三沢はどんな展開がされるのかデュエルへ注目した。
「罠発動! 『リビングデッドの呼び声』! 墓地から2体目の『ミサイルロイド』を召喚!」
罠の効果で並べられた2体の『ミサイルロイド』。ブルーの生徒はそんな光景を見て、翔を馬鹿にするように笑う。
「その程度のモンスターを幾ら並べようと意味ねぇよ! 俺の『ゴブリン突撃部隊』は倒せない!」
変わらず勝利を確信しているようだが、新たに翔が召喚したモンスターを見て、その笑顔は消え去ることとなった。
「『ヘリロイド』を召喚! そして効果発動! このカードがフィールドに存在する限り、『ミサイルロイド』は直接攻撃が出来る!」
「な、なんだとぉ!?」
2本のミサイルを装備し、『ヘリロイド』が狙いを定める。削るライフは1発で1000ポイント。防ぐ罠もなし、勝負有りだ。
「2体の『ミサイルロイド』でダイレクトアタック!」
「うわあぁぁぁっ!」
ブルー LP2000→0
モンスターを素通りし、プレイヤーへの直接攻撃。これならばどれだけ攻撃力が劣っていようと問題はない。ライフが0になった方が負けなのだから。
「見違える程の成長だ。やはり、君から学んだことが大きいのかな?」
「元々アイツは優秀だったよ。……そもそも、デュエルアカデミアに編入出来た時点で全員優秀なんだ。ここの倍率忘れられがちなんだよな」
「確かに、それもそうだな」
笑いながら同意する三沢に、紅也が声を上げて指を差した。見ていたのは翔だけではなかったのかと、三沢は差された方へ視線を向けた。
「あっちも決まりそうだぞ」
「あっち? ……あれは小原か?」
翔の2つ隣でデュエルを行っていたのは、自身と同じ《ラーイエロー》に所属する同学年──
「悩んでたみたいだから相談乗ってたんだよ。緊張しがちなだけで、実力あるしな」
「それは知っているが……本当に小原なのか?」
三沢がそう言うのも無理はなかった。ほんの数日前まで、小原洋司という男はあんなに堂々とデュエルする性格ではなかったのだから。
「なんだアレは? ……
「そうそう。アイツ前髪長かっただろ? それが暗くなる原因かなって思ってさ。試しに付けさせたら、驚くぐらい性格変わったんだよな」
サラッと人格変更宣言をした紅也。その言葉通り緊張を感じさせない堂々としたプレイングで、小原は相手を確実に追い詰めていた。
「『地獄の暴走召喚』を発動! 特殊召喚した『強欲ゴブリン』をデッキから更に2体特殊召喚!」
【『地獄の暴走召喚』
相手フィールドに表側表示モンスターが存在し、自分フィールドに攻撃力1500以下のモンスター1体のみが特殊召喚された時に発動出来る。その特殊召喚したモンスターの同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から可能な限り攻撃表示で特殊召喚し、相手は自身のフィールドの表側表示モンスター1体を選び、そのモンスターの同名モンスターを自身の手札・デッキ・墓地から可能な限り特殊召喚する】
『強欲ゴブリン』ATK/1000 DEF/1800
『強欲ゴブリン』ATK/1000 DEF/1800
『強欲ゴブリン』ATK/1000 DEF/1800
フィールドに3体出たゴブリンモンスターだが、攻撃力は貧弱。しかし小原の狙いはそこではない。自信満々な表情で勝負を決めるエースを手に取り、整えた王座へゴブリンの王を召喚した。
「──『キングゴブリン』を召喚!」
【『キングゴブリン』
自分フィールド上にこのカード以外の悪魔族モンスターが存在する場合、相手はこのカードを攻撃する事は出来ない。このカードの攻撃力・守備力は、フィールド上のこのカード以外の悪魔族モンスターの数×1000ポイントになる】
『キングゴブリン』ATK/3000 DEF/3000
鮮やかな戦術で並べられた"悪魔族"モンスター。宿る効果によって『キングゴブリン』の攻撃力は3000と圧巻だ。
「『キングゴブリン』で攻撃だっ!」
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
相手の場にも『地獄の暴走召喚』でモンスターは増えたが、圧倒的な攻撃力差の前に勝負にすらならない。こちらも勝負有りだ。
「す、素晴らしい戦術だ……」
「本当にな、流石は小原」
パチパチと手を叩く紅也と違い、呆然と勝利を称賛する三沢。タクティクスだけで言えば、自分でも敵わないかもしれないと思わされてしまった。
「最後のデュエルも終わるな」
「まだあるのか!?」
またも叫ぶ三沢。この流れでいけば、どうせまた驚かされるのだろう。そんな彼の予想はしっかりと的中することになった。
「今度は……神楽坂か。なるほどな」
「アイツこの間、翔とのデュエルで負けてな。その時、俺に相談してきたんだ」
「神楽坂ということは……デッキの相談か?」
「そうそう、結構悩んだよ」
《ラーイエロー》の
「どんなカードを使えばいいかとか聞かれてな。俺は『レッドアイズ』とか"ドラゴン族"しか使ってこなかったから、色々考えたよ」
「それで? どんなカードを薦めたんだ?」
「ドラゴン繋がりで……アレだよ」
ちょうどそのカードを使うタイミングだったようで、紅也は神楽坂を指差した。
「『サンダー・ドラゴン』の効果発動! 手札にあるこのカードを墓地へ送り、デッキから『サンダー・ドラゴン』を2体まで手札に加える!」
──『サンダー・ドラゴン』。
遊戯王初期に登場したこのカードは、約18年程の時を経て爆裂的に進化した。
・新規カードの登場。
・優秀な魔法・罠。
・強力な融合モンスター。
・相性の良いカードの数々。
長年日の目を見ることのなかったこのカードは、あっという間に環境を荒らし回る程の実力を発揮した。
もちろんこの時代では新規カードはない。しかし、神楽坂という類稀なデュエリストとの適合により、既に多くのデュエルに勝利していた。
「魔法カード、『融合』! 手札の『サンダー・ドラゴン』2体を融合し──現れろ! 『
『双頭の雷龍』ATK/2800 DEF/2100
たった2枚のカードから飛び出してきたエースモンスター。攻撃力も上級と言って差し支えなく、雷を纏いながら相手を威嚇している。
「魔法カード! 『ライトニング・ボルテックス』! 手札を1枚捨て、相手フィールド上の表側表示モンスター全てを破壊する!」
激しい閃光と共に落ちた雷によって、対戦相手のモンスターが全滅。フィールドはガラ空きとなり、直接攻撃を受ける準備だけが整った。
「『双頭の雷龍』でダイレクトアタックッ! 超放電サンダー・フレアッ!!」
「うぎゃあぁぁァァッ!!!」
2つの口から発射された稲妻のブレスが、相手のライフを残さず消し飛ばした。神楽坂のライフは4000のまま、完勝であった。
「……」
「どうした? 三沢」
最早驚きの声すら上げず、黙ってデュエル場を見つめている三沢。翔だけでなく同じ寮の同期達までもが進化とも呼べる成長を遂げていたことに、まだ処理が追いついていないようだ。
そしてそんな三沢を更に追い込むデータが、席を立ち上がった紅也に声を掛けてきた。
「紅也」
「どうも、亮さん」
「カ、カイザーッ!?」
とても親しげな様子で話し掛けてきたのはアカデミアの帝王・丸藤亮。名前呼びしていることから、ただの顔見知りという訳でもないらしい。
「翔は成長したな……。お前のお陰だ。兄として、礼を言う」
「頑張ったのは翔ですよ、俺は少し勉強に付き合っただけですから。褒めてあげてくださいね……翔はきっと喜びます」
「フッ、そうだな。久しぶりに翔と食事でもするとしよう」
「それは良いですね。じゃあ下に降りますか」
「ああ、そうしよう」
まるで友人のように会話している二人を、三沢は呆然と見ていた。入り込む隙などなく、紅也に声を掛けられるまで固まっていたのだった。
「お、お兄さん!?」
「翔……。良いデュエルだったな」
「お兄さんが……僕を褒めて……!」
すぐに涙を滲ませる翔。デュエリストとして成長しても、泣き虫なのは変わらないようだ。
「紅也ぐ〜んっ!! ありがとぉ〜!」
「分かったから泣くな。そして俺から離れろ」
声を上げながら紅也に抱きつく翔。涙で制服を濡らされるだけでなく、周りからの視線も痛い。翔を引き剥がし亮へ押しつけると、今度はカチューシャ男子が口を開いた。
「紅也! 見ててくれたか!? 完璧だったよな!」
「ああ、見てた見てた。凄かったな」
「へへっ、だろ!」
「大原に報告してやれよ。喜ぶぞ」
この学園では珍しく、デュエリストではなくゲームデザイナーを目指している心優しい少年だ。
「分かった! じゃあまたな!」
元気よく走り出した小原を見送ると、3人目の教え子が声を上げた。
「俺の『サンダー・ドラゴン』は今日も強い! 紅也! 今度はお前の『レッドアイズ』が俺達の相手をしてくれ!」
「……き、気が向いたらな。三沢が空いてるってさ」
「そうか! じゃあ三沢! 今度はお前にデュエルを申し込む!」
「あ、ああ。分かった」
「俺は部屋に戻る! すぐにデッキの調整をしなくては! 『サンダー・ドラゴン』をより輝かせるコンボを考えるんだ! じゃあな!」
「「が、頑張れ」」
目を輝かせながら寮へ帰っていった神楽坂。心から楽しそうな勢いに押され、紅也と三沢は怯まされた。
「……楽しそうだな」
「余程『サンダー・ドラゴン』が気に入ったんだろう。あんな神楽坂初めて見たよ」
「……アイツの前髪が雷みたいって思ったから勧めたとは言えんな」
初めて他人の真似ではない、自分だけのデッキ。神楽坂の抑えられない喜びは、紅也と三沢には本当の意味で理解出来ないだろう。
「紅也、俺達は食堂へ行く。お前も来るか?」
「お兄さんが奢ってくれるらしいっス! 行こうよ!」
紅也の腕を引っ張り、とても嬉しそうな翔。褒めてもらえたこと以上に、亮から食事に誘われたことが嬉しいのだろう。
「いや、俺達はいいよ。……なっ? 三沢」
「えっ。あ、ああ。そうだな」
自分も誘われている対象とは思っていなかった三沢。同意を求められたことに驚きながらも、すぐに頷いた。
「兄弟で話したいこともあるでしょう。また今度の機会にお願いします」
「そうか。では、またな」
「紅也くん、三沢くん、またね!」
和やかに談笑しながら去っていく丸藤兄弟。
そんな後ろ姿を満足気に見ている紅也に、三沢は脱力しながら声を掛けた。
「……本当、お前の周りは退屈しないな」
「急にどうした。……俺も寮に戻るけど、三沢は?」
「そうだな……。俺も戻るとしよう」
肩を並べて帰路へ着く2人。欠伸をしている紅也を横目で見ながら、三沢は改めて決意を固めた。
(帰ったら……俺もデッキの調整だな)
学園で1番になるために倒さなければならない相手は多い。
三沢は自分の中に湧き上がった感情に気付くと、笑いながら寮へ帰る速度を上げたのだった。
3人のキャラが大幅強化されました。これがタッグフォースなら難易度上がりましたね。
神楽坂は何気にチートだよなって思ってたので、こうして登場させられて嬉しいです!
ちなみに『サンダー・ドラゴン』にした理由は書いた通りです(笑)。
そして記念すべき10話目です!
遊戯王という作品は頭を使うので、ここまでの頻度で書けている自分に驚きです。それも全て、読者様方からのお気に入り登録や評価による応援のお陰です!
1番面白いのは、頂いてるコメントですけどね(笑)。
これからものんびり書いていくのでよろしくお願いします!