美しい漆黒の身体に纏う蒼炎が、洞窟内を妖しく照らす。
名前の通り真紅の眼をしており、対峙するカミューラへ穏やかな視線を向けている。
まさしく──"不死の竜"。
"アンデット"と化した真紅眼は主の呼びかけに応え、戦いを終わらせるべく降臨したのだった。
「……久しぶりだな」
『……ゴォ』
嬉しそうな顔で語りかける紅也と、それに応える『アンデット』。彼らの出会いは遥か昔、付き合いだけで言えば『レッドアイズ』に最も近い程だ。
公式が発売する構築済みデッキ、所謂ストラクチャーデッキと呼ばれる物に投入されていたのが『真紅眼の不死竜』だった。『真紅眼の黒竜』の影響で遊戯王を始めた身として、紅也は"真紅眼"という単語にとても敏感であった。その月の小遣いを使い果たし、デッキを購入して手に入れたのだ。
しかし残念なことに、『真紅眼の不死竜』は"アンデット"族であって"ドラゴン"族ではなかった。"アンデット"族がメインとして発売されていたストラクチャーデッキに入っているのだから当然と言えば当然なのだが、幼い紅也にとってはそれなりにショックな事実であった。
紅也が"レッドアイズ"と合わせていたのが"ドラゴン"族だったため、『アンデット』に対しては機能しないサポートカードが多く存在した。その上『真紅眼の不死竜』自体の効果も独特なものであり、コレクションの1つとしての扱いとなってしまっていた。だからこそ、こうして召喚出来たことを紅也は嬉しく思った。
『真紅眼の不死竜』ATK/2400 DEF/2000
「……綺麗」
新たなモンスターを召喚されたカミューラだが、抱いた感情は危機感ではなかった。まさに不死の名が付けられるのに相応しい姿に、戦いの最中であることも忘れて見惚れてしまっていた。
「このモンスターが、戦いを終わらせてくれる」
「……早くやればいいわ。私に防ぐ手段は残されていない」
投げやりな態度で言葉を発するカミューラ。伏せカードもない状況、防ぐ手段がないというのは本当のことだろう。
「……貴方のような坊やに負けるなんてね。どの道、私の野望は叶わなかった訳だ」
「……」
「早くトドメを刺しなさい。どうせあるんでしょう? 私の『ヴァンパイアジェネシス』を倒す方法が」
人間を認めるような発言をしたことに、カミューラ自身が驚いた。敗北を受け入れてしまったからだろうか、何故か少しだけ気持ちが軽い。眠りから目覚めて戦いへの覚悟を決めた時から、常に張り続けていた緊張感が消えていた。
「……装備魔法『巨大化』を『ヴァンパイアジェネシス』に装備。俺のライフが相手より多いため、装備モンスターの攻撃力は元々の攻撃力の半分になる」
「……ごめんね」
『ヴァンパイアジェネシス』ATK/3200→ATK/1700
無抵抗に弱体化されたエースモンスターへ謝罪し、カミューラは無力な自分を責めた。『ヴァンパイア・バッツ』の効果で攻撃力が200ポイント上昇しているとはいえ、戦いに勝つにはお粗末な攻撃力にしてしまったのだから。
これで自身の敗北は決まったも同然。相手からの攻撃を防ぐ手立てもなく、ライフポイントが大量に残っている訳でもない。
(ここまでね)
目を閉じ、居なくなった同族へ思いを馳せる。結局、何も成すことは出来なかった。人間への復讐も、一族の再興も、生きる原動力であったもの全て、叶えることは出来なかった。
「『真紅眼の黒竜』で『ヴァンパイアジェネシス』を攻撃。……黒炎弾」
低下させられた攻撃力で耐えることは出来ず、エースモンスターは灰となった。
カミューラ LP3100→LP2400
「……『真紅眼の不死竜』で『ヴァンパイア・バッツ』を攻撃。──アンデット・フレア」
更に追撃として、紅也は容赦なく攻撃宣言をした。大博打に臨むような顔をして。
破壊を無効にするための同名カードはもうデッキに存在しない。放たれた蒼炎の火球から逃れる術もなく、『ヴァンパイア・バッツ』は焼き尽くされた。
カミューラ LP2400→LP1000
「……そしてダイレクトアタックで終わりってことね。見事よ」
紅也のフィールドに存在する攻撃権を残した『サファイアドラゴン』を見て、拍手しながら微笑むカミューラ。どこか吹っ切れたような表情は、全てを諦めてしまったようにすら見える。
「確かにダイレクトアタックで終わりだよ……けど、攻撃するのは『サファイアドラゴン』じゃない」
「……なんですって?」
他に攻撃権が残っているモンスターは居ないのは事実、カミューラは首を傾げた。もう1度『黒炎弾』を使うのかとも考えたが、『真紅眼の黒竜』が攻撃している以上それはない。そもそも使えるのならばとっくに使っている筈だ。
思考を巡らせるカミューラだったが、次の瞬間──激しい怒りに包まれることとなる。
「──……は?」
間抜けな声と顔で、カミューラは紅也のフィールドを凝視した。何も存在していなかった空間に『真紅眼の不死竜』が放った蒼炎が集まり出し、1体のモンスターが姿を現したからだ。
見間違いようもない、これまで2度の破壊を免れて支えてくれた──『ヴァンパイア・バッツ』だったのだから。
『ヴァンパイア・バッツ』ATK/800→ATK/1000
『真紅眼の不死竜』ATK/2400→ATK/2600
理解不能な展開に、カミューラの思考は停止。いつも頼もしい背中を見せていたモンスターが自身に牙を剥いた事実を受け入れられなかった。
「……『真紅眼の不死竜』の効果。このカードが戦闘で"アンデット"族モンスターを破壊し、墓地へ送った時──
呆然とするカミューラに状況の説明を終えた紅也。バトルフェイズ中に特殊召喚されたモンスターには攻撃権が与えられる。つまり、『ヴァンパイア・バッツ』で攻撃が可能ということだ。
カミューラは再び、激昂した。
「──アアァァァァアッッ!!!!」
美しい髪を掻きむしり、そのまま頭を抱えるカミューラ。呼吸は荒く、身体全体が熱を持った。
「人間ッ! また私から奪うのかッ!? また私の大切なものを奪うのか!? 私の同族を皆殺しにした時のように!!」
「……」
紅也を激しく睨みつけながら、カミューラが吠える。敗北を受け入れていた所へこの仕打ち、1度吐き出した怒りは止まることがなかった。
「お前達はいつもそうだ! 私達が何をした!? お前達に危害を加えたかッ!? お前達の生活を脅かしたかッ!? 私達はただ穏やかに暮らしていただけだ!!」
全盛を誇ったヴァンパイア一族は、誇り高く孤高に生きていた。しかし、そんなヴァンパイア達を滅ぼそうとした種族が居た──人間である。
外見や特性の違いから"モンスター"と蔑み、幼子であろうと容赦なく剣を振るった。そしてカミューラ以外のヴァンパイアは全て、この世から去ってしまったのだ。
「……私の、私の同胞を……『ヴァンパイア・バッツ』を……返せ」
震えながら声を発するカミューラ。気付けば大粒の涙が流れ、悲しみが溢れ出していた。人間相手に弱みを見せたくないと手で眼を擦るが、涙は止まることなく次々と流れていく。
そこに居たのはとても弱々しく、ただ悲しさに押し潰されそうになっているだけの普通の女性だった。悔しそうに、ただただ小声で返せと呟いている。
「──やっぱり、貴女は優しい人だよ」
「……? 何を、言ってる……?」
突然言われた意味が理解出来ない発言に、カミューラは涙を止めて固まる。きょとんとした顔は、ある意味これまでで1番可愛らしい顔であった。
「自分のモンスターのために怒れて……そうやって涙を流せるんだ。貴女は優しい人だよ」
「……人間にそう言われても、嬉しくないわよ。私のモンスターで私にトドメを刺そうとする外道のくせに」
鼻を啜りながら、拗ねるように言葉を発するカミューラ。ようやく涙も収まってきたようで、小さな子供のような仕草を取っている。
「そ、それは……何も言い返せない」
『グルゥ』
『ゴォ』
肩を落とす紅也と、カミューラの発言に同意する『レッドアイズ』と『アンデット』。味方である筈の彼らにすら、紅也の行動は擁護されなかった。
「……けど、これしかないと思ったんだ。貴女を止めるためには、こうするしか」
「……さっきもそんなことを言っていたわね。私を止めるだの、私のためにだの……訳が分からないわ。貴方は私の敵、私は貴方の敵。それ以上でもそれ以下でもない筈よ」
至極当然のことを言い放つカミューラ。これまでに面識もなく、ただ戦う相手という関係でしかない。だからこそ、紅也の行動理由がカミューラには理解出来なかった。
「……どうして俺達がこの場所に来られたと思う?」
「えっ……」
優しそうな表情に変わり、紅也がカミューラへ質問を投げる。空気が緩んだことを察したのか、2体の黒竜も戦闘体勢を解いた。
「……分からないわ。私は証拠を残したりしていない」
カミューラは間違いなく断言出来た。魂すら懸けて戦いに臨んでいたのだ、そんな初歩的なミスなど犯す筈がない。大人しく答えを聞こうと、紅也へ静かに視線を向けた。
「──
「……案内役? ……まさか!」
紅也の言葉の意味を理解し、カミューラは洞窟の上を向いた。視界に入ってきたのは無数の赤い光、逆さまになって待機している愛すべきコウモリ達であった。
「お、お前達……私を裏切ったの?」
「それは違う」
「……えっ?」
カミューラの言葉を強く否定した紅也。同時に腕を前に出し、一匹のコウモリを腕に止まらせた。
「コイツらは、貴女を心配していたんだ。復讐のために戦うことを決意した……貴女を」
「心配、していた?」
「人間に命令されて従う、勝利のためにプライドを捨てる、苦しそうに戦おうとしていた貴女を……コイツらは見ていられなかったんだよ」
「……そんな」
口に手を当て、信じられないような顔をするカミューラ。肩を震わせ、事実を受け入れられない様子だ。
「俺は人間だ。……復讐をやめろとも、恨みを忘れろとも言えない。貴女が人間にされたことは、とても許せるようなことじゃない」
でも、と続け。紅也は言葉を放つ。
「貴女を心配している存在が居る。辛そうな貴女を見ていられない奴らが居るってことを……知って欲しかった」
「……お前達」
「それに、見てたのは背中で……顔は見えないもんな」
「何を言って……ッ!!」
カミューラの視線を奪ったのは、1体のモンスター。従順な僕として支えてくれていた、『ヴァンパイア・バッツ』だった。紅也の腕に乗っている個体と同じく大粒の涙を流している。ソリッドビジョンである筈のモンスターが、主を思って涙を流したのだ。
「……『ヴァンパイア・バッツ』」
「コイツらだけじゃない。『不死のワーウルフ』も『ヴァンパイア・ロード』も『ヴァンパイアジェネシス』も、みんな同じように貴女を心配してた」
精霊を視ることが出来る紅也。現れたモンスター全てに精霊が宿っており、消えてしまう時までずっと苦しそうな顔をしていた。
「……そう。あの子達も」
赤く腫らした目元を押さえながら、カミューラが口を緩める。人間に頼んでまで自身を止めてもらおうとしていた、それは同胞を失った彼女にとって何よりも嬉しいことであった。
「──認めるわ、人間。……いえ、竜伊……紅也だったわね」
「覚えてくれてたのか、カミューラさん」
「出来る女は記憶力が良いのよ」
「そうなのか、覚えておくよ」
先程までの重々しい空気感は消えており、軽口すら叩けるようになっていた。クスクスと上品に笑う様は、まさしく麗しのヴァンパイアだ。
「……じゃあ、そろそろ終わらせようか」
「ええ、お願い」
憑き物が落ちたような穏やかな表情で頷くカミューラ。そんな彼女の意思に応えるべく、紅也は勝負を終わらせるために攻撃宣言をした。自身の効果で攻撃力は1000、勝負を終わらせるのにちょうどいい数値である。
「ほら、行ってこい……『ヴァンパイア・バッツ』」
『ガァァァ』
紅也の言葉を聞き、『ヴァンパイア・バッツ』はゆっくりと翼を広げてカミューラへ向かって飛んでいく。目標とされるカミューラは腕を大きく広げ、迎え入れる準備を完了。
主と配下は、優しく抱擁を交わしたのだった。
カミューラ LP1000→LP0
「……返します。すみませんでした」
脱力したように腰を落としているカミューラへ、紅也が『ヴァンパイア・バッツ』のカードを手渡す。受け取ったカミューラは大事そうに胸へ押し当て、静かに笑みを浮かべた。
「立てますか?」
「……ええ」
立ち上がるための補助として手を差し伸べる紅也。カミューラも素直に手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「……まさか、こんな形で負けるとはね。考えてもなかったわ」
言葉とは裏腹に、清々しい顔のカミューラ。荒々しさは完全に消え去り、上品な女性にしか見えない。
「"セブンスターズ"は……やめますか?」
「ええ。もう続ける意味はないわ」
「そうですか……。なら良かった」
ホッと息を吐く紅也。張り詰めていた緊張を解き、力が抜けたようだ。
「少し動かないでくださいね。……レッドアイズ、頼む」
『グルゥオ』
「えっ? な、何よ……!!!」
紅也の言葉に頷き、実体化したレッドアイズ。カミューラの側へ寄ると、腕を張り上げて鋭い爪を一閃。首に付いていたチョーカーを切り裂いた。これこそ"セブンスターズ"に与えられた闇のアイテムであり、カミューラにはもう必要のない物であった。
「これでよし」
「ちょ、ちょっとぉっ!! いきなり何すんのよ!?」
「いや、"セブンスターズ"やめるって言ったから」
「心の準備があるわよ! いきなり首への攻撃を指示するな!」
「ああ……ごめん」
「誠意が伝わらないっ!!」
物凄い剣幕で紅也に詰め寄るカミューラ。急所である首をいきなり襲われれば当然かもしれないが。
ひとしきり文句を言い終わった後、カミューラは紅也と視線を合わせ、静かに疑問を口にした。
「ねぇ、どうしてそこまで……? 貴方と私は何の関係もない筈よね?」
「……まあ、そうですね」
原作知識があるから、そう言えないのは毎度のことだ。言ったところで信じてもらえるとも思えないが。
「貴女を助けて欲しいと必死に頼んできたコウモリ達を見て、貴女は悪い人じゃないと思ったので……理由としてはそんな所ですかね」
「貴方……お人好しね」
「……そうかもね」
呆れたようなカミューラと、それに同意する紅也。命懸けで戦っていた者達とは思えない程の緩い空気だ。
「……これからどうするか。また眠りにでもつこうかしら」
「いやいや、勿体ないでしょ。せっかく起きたのに」
「けど……私は……」
行く場所などない。その言葉を飲み込みながら、カミューラは俯く。復讐から解放されても、天涯孤独の身であることは変わらないのだから。
そんなカミューラを見て、紅也がパンッと軽く手を叩く。そして彼女へ予想外過ぎる提案をしたのだった。
「じゃあ……バイトしません?」
「……はぁー?」
心から何を言っているのか分からない顔でカミューラが声を上げる。美人がやれば、意外に絵になるものだ。
「実はこのアカデミアの購買部でバイト探してるらしいんですよ」
「……だから?」
「カミューラさん、働きません?」
「……頭が痛いわ」
しっかりと説明を受けても、やはり理解出来ない。頭に手を当てつつ、カミューラが質問した。
「やめるとは言え、私は"セブンスターズ"だったのよ?」
「操られていたとか言い訳すれば良いんですよ。1人目もそうだったし、いけるいける」
疲れから知能指数が低下している紅也。普段なら言わないような無茶な発言をしまくっている。
「……大体、私に何の得があるのよ? 人間が憎いのは変わってないんだけど?」
「そうですね……。人間観察、とか?」
「……貴方、バカだって言われない?」
可哀想なものを見る眼で、カミューラが呟いた。デュエルでの疲労がなければ頭を撫でていたかもしれない。
「頭が回んないんですよ。そして身体に力が全く入らない。──あっ、ヤバい、倒れそう」
「冗談やめなさいよ。こんな所で倒れられたってどうしようも……えっ、嘘! 冗談よね!? ちょ、しっかりしなさいよ!!」
紅也の言葉を信じなかったカミューラだが、バタンと倒れた紅也を見て血の気が引いた。本来の優しい性格が完全に戻っている。
「……あー、なんとなく分かった気がする。意識が遠くなる感覚に慣れるのも……なんか嫌だなぁ」
「アンタ何なのよ! 急に乗り込んできて人の野望を打ち砕いて! 用が済んだら倒れるなんて! どういう神経してるのよ!!」
「……せ、正論過ぎる」
「ちょっと、顔色悪いわよ。ほ、本当に大丈夫なの? しっかりしなさいよぉ」
「こ、これを……」
「えっ? 何よこれ……紙?」
苦しそうな表情でカミューラの腕に抱えられたまま、紅也はズボンのポケットから取り出した1枚の紙を手渡した。
「それを……購買部の、トメさんって人に渡せば……大丈夫だから……もうダメ」
「ちょっ、ちょっと! 分からない! 私分からないって! 誰!? トメさんって誰!! もおぉぉぉぉぉおっ!!」
叫ぶカミューラにグッと親指を立てた後、紅也は無責任に意識を手放した。
これにてカミューラ編終了です。
アンデットドラゴン使うならここしかねぇって思ったので、こうなりました(笑)。