紅眼の黒竜に懐かれた   作:Monozuki

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〜超魔導コスプレ〜

 

 

 

 

 

 デュエルアカデミア高等部に在籍している生徒達は所属する寮によって3つのランクに分けられている。

 

 デュエルアカデミア中等部から進学した者達が所属しているエリート集団──《オベリスクブルー》。

 高等部からの編入生も混ざっている、成績優秀者達の集団──《ラーイエロー》。

 

 この2つの寮のどちらかに所属出来ていれば、落第の心配もなく快適な学園生活を送れることだろう。

 

 しかし、最後に残ったレッドゾーン──《オシリスレッド》だけは話が別だ。

 

 筆記・実技共に成績は最低レベル、常に落第の2文字が付き纏う崖っぷちな生徒達が集められている寮だ。だからといって、寮を建てる場所まで崖っぷちなのは普通にやり過ぎだが。

 

 アカデミアの校舎から最も離れている寮ということもあり、《オシリスレッド》は学園祭の最中でも賑やかさで他に劣っている。そんな状況を打破するため、とある男が立ち上がった。

 

 

「──お願いしますっ!! 明日香さん!!!」

 

 

 お手本のように綺麗な土下座をしながら、丸藤翔は全力で叫びを上げた。聞いた者を狼狽えさせる迫力を秘めた声は、向けられた本人である明日香を確実に動揺させた。

 

「またストレートだな。翔」

 

 丸見えのつむじに視線を落としながら、少し呆れたように紅也が告げる。呼び出されて来てみればこの急展開、そんな反応をするのも無理はない。

 

「紅也くんが明日香さんとデートしてるなんて羨まし……じゃなくて、嬉しい誤算っス。どうか僕ら《オシリスレッド》のために明日香さんのお力を貸して欲しいんです!!」

「デ、デートじゃないわよ! ……それに、力を貸して欲しいって」

「《オシリスレッド》名物のコスプレデュエル! 盛り上げるためには華が必要なんスッ! そして華と言えば明日香さん以外には考えられません! どうか助けてください!!」

 

 "セブンスターズ"との戦いで消耗した体力と精神。翔にとって尊敬するアニキの十代ですら、《オシリスレッド》寮長である大徳寺の失踪によって普段の明るさが薄れてしまっている状況だ。

 翔は鍵の守り人ですらない自分に出来ることを考え、こうして実行に移していたという訳だ。

 

「そ、そんなこと言われても……竜伊くん」

 

 あまりにも覚悟を決めた翔の言葉を聞き、明日香は助けを求めるように紅也へ視線を向ける。しかし、その紅也は逆に助けてもらいたい状況だった。

 

「……あの、近いんですけど」

 

 ガッシリと肩を組まれ、密着されている紅也。身長差があるため、完全に押さえ込まれている。紅也が明日香と共にここに到着し、翔へ声をかけたのと同時に肩を組みに来た男──天上院吹雪はとびきりの笑顔で返答した。

 

「いや〜君の噂は聞いてるよ、竜伊紅也くん。ずっと君に会いたかったんだ」

「そ、それはどうも」

「体調を崩して寝込んでいるという話だったからね。もう大丈夫なのかい?」

「は、はい。大丈夫です」

「そうかい! それはなによりだ!」

 

 白い歯を光らせながら、高らかな笑い声を上げる吹雪。記憶を取り戻したことにより、溢れ出るアイドル性が完全に戻っていた。

 自身とは違い過ぎる人種に戸惑う紅也をフォローすべく、明日香が声を上げた。

 

「兄さん! 竜伊くんが困ってるでしょう!」

「明日香が世話になっただけでなく、僕も助けてもらっているらしいからね〜! 会えて嬉しいんだよ!」

 

 ダークネスに操られていた時の記憶は残っていないらしいが、助けられたという話から紅也に恩を感じているようだ。

 

「どうだい? 僕の妹、明日香は可愛いだろ?」

「……へ?」

「兄としては寂しいが……紅也くん。君になら、明日香を任せられ──」

「兄さんッ!!!」

「ああっ! 明日香! 耳はやめてくれ! 僕はただ未来の弟とのスキンシップを取ろうと」

「必要ありません!」

 

 割とすぐにキレた明日香。素早い動きで吹雪の耳をグイッと摘むと、力任せに紅也から引き剥がした。ペラペラと出てくる吹雪の言葉を一刀両断し、僅かに頬を赤く染めながら紅也へ言葉を放った。

 

「ごめんなさい、竜伊くん。こんな兄で」

「い、いや、平気だ。強烈なお兄さんだな」

「おっと紅也くん? お兄さんだなんて気が早いな」

「兄さん、これ以上変なこと言うならベッドに縛り付けるわよ?」

 

 絶対零度の眼で睨みつけ、吹雪を黙らせる明日香。完全に兄へ向けていい類の視線ではなく、吹雪だけでなく紅也も固まった。

 

「あーっ! もうー!! そういうのは後にして欲しいっスっ!! 今はとにかく明日香さんに力を貸してもらって、コスプレデュエルを盛り上げたいんス! この通りです!!」

 

 凍結しそうになっていた空気を切り裂いたのは、土下座しながら顔だけ上げるという器用な体勢で叫ぶ翔だった。吹雪への睨みを中断し、明日香が再び疑問を投げかける。

 

「私に力を貸して欲しいって言うけど……私はレッドじゃなくてブルーよ?」

 

 そもそも所属する寮が違うという尤もな意見だったが、それに返答したのは翔ではなく吹雪であった。

 

「良いんじゃないか? 明日香のコスプレなら僕も見たいぞ。それに……君も見たいだろう? 紅也くん」

「……そ、そうなの? 竜伊くん」

 

 学園でもトップクラスの顔面偏差値兄妹に視線を集中され、紅也は無防備なダイレクトアタックを受けている気分になった。整い過ぎている2つの顔に見つめられて削れる精神、紅也は正直な意見を述べた。

 

「て、天上院のコスプレなら……俺も見たいな」

 

 記憶にもあまり残っていないコスプレデュエル。学園祭の空気に触発されたのか、紅也は珍しく欲望に従った。

 

「……竜伊くんがそう言うなら」

「おおっ! 流石は我が妹! 翔くん、早速衣装のある部屋へ案内してくれ」

「はいっス! やったやった! 明日香さんの『ブラック・マジシャン・ガール』だぁっ!!」

 

 翔にとって最高のアイドル、『ブラック・マジシャン・ガール』。

 デュエルモンスターズの中でも多くの男性ファンを獲得しているモンスターに明日香のような美少女がコスプレすれば、間違いなく集客の要になる。

 

 明日香の手を引き、教えられた衣装部屋に歩き出す吹雪。本当に楽しそうな笑顔をしており、明日香も満更ではなさそうだ。

 紅也は無事に再会出来た兄妹を見て達成感と微笑ましさを感じながら、喜びのあまり大粒の涙を流している翔の肩に手を置いた。

 

「良かったな。翔」

「うん! 紅也くんが明日香さんを連れて来てくれたお陰っス! ……もう1人の候補に断られた時はどうなることかと思ったっスよ」

「もう1人の候補? 誰か他にも頼んだのか?」

「うん。最近購買部で働くようになったカミューラさんっていう人! 美人でスタイル良いし、絶対似合うと思ったんス。一瞬で断られたスけど」

「それは無理だな。『私は暇じゃないのよ』とか言ってそう」

「えっ? なんで分かったんスか?」

「……言ってたのかよ」

 

 不思議そうに首を傾げた翔へただの偶然だと言い訳しながら、紅也は知り合いの単純さにため息を溢した。学園祭の影響で購買部も忙しいということを考えれば、カミューラの発言も間違ってはいないのだが。

 

「さあさあ! 紅也くんも衣装部屋に行くっスよ! 僕、紅也くんのためにとっておきのコスプレ衣装を用意したっス!」

「分かったよ、そんな慌てるなって。──おっ、十代と三沢」

 

 紅也は犬のようにはしゃぐ翔を落ち着かせながら、レッド寮の2階からこちらに手を振る十代と三沢に手を振り返す。

 

「……2人とも元気そうだな」

 

 紅也が気絶した後、明日香、万丈目と同じく"セブンスターズ"を倒した十代と三沢。闇のデュエルに挑んだことから体調を心配していたが、必要なかったようだと安堵。紅也は翔の背中を追って衣装部屋へと向かった──のだが。

 

 

「これは……酷いな」

 

 

 人が絶望するのに時間は関係ない。

 紅也はそれが事実であることを、床に倒れた翔を見て確信した。

 

「お、おい、翔。元気……は出ないよな」

「あ゛あ゛ァァァァァァ」

 

 ショックが大き過ぎるのか、言葉すら出てこない翔。

 紅也は無理もないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、静かに同情した。

 

「……トメさん、来てたんですね」

 

 とびきりの笑顔で衣装部屋に飛び込んだ翔を出迎えたイレギュラー。それはよく知る顔のトメであり、更にはよく知る衣装をギリギリで身に纏っていた。

 

「うふっ、『ブラック・マジシャン・ガール』は私の十八番だからねぇ。毎年こうして盛り上げに来てるんだよ」

 

 露出は多いがいやらしさは感じさせない、とても完成されたデザイン。衣装自体は素晴らしいのだが、これが『ブラック・マジシャン・ガール』かと聞かれれば断固として首を横に振るしかない。

 

「ほら、似合うだろぉ? ──あれ」

 

 ビシッとポーズを決めたトメだったが、同時に衣装もビシッと裂けた。あの衣装にとってトメの肉体は限界値を超えていたらしい。

 思わず石化する紅也、十代、三沢、明日香、吹雪の5人。衝撃的な光景を見ることもなかったため、翔が床に倒れ伏したままでいたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 

「去年はピッタリだったんだけどねぇ……縮んだ?」

「「「いやいやいやいや」」」

 

 シンクロした動きで手を振る紅也、十代、三沢。後ろから見ていた明日香と吹雪も困ったような顔をしている。

 そんな中でもトメは自身が太ったということを微塵も考えず、残念そうな顔をして購買部に帰っていった。

 

 ──丸藤翔に、深いトラウマを植え付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おお〜っ!」」

 

 狭い部屋に響く2人の男の声。コスプレ衣装に着替えた明日香を見て、紅也と十代が同時に発したものであった。

 先程精神に大ダメージを受けた翔は感動のあまり涙しており、明日香に向かって何度も頭を下げていた。

 

「感激っス……感激っス」

「も、もう、翔くん。恥ずかしいからやめてよ」

「すっげぇっ! すっげぇっ! 紅也! 三沢! 俺達もコスプレしようぜ!」

「悪くないな。俺もするとしよう」

 

 間近でコスプレを見てテンションが上がったのか、十代と三沢が衣装の山に駆け寄っていく。紅也はそんな彼らを微笑ましく思いながら、明日香のコスプレをジッと眺めた。

 

「『ハーピィ・レディ』か。意外だったな」

「女性向けこれしかなくて……ちょっと派手かな?」

 

 金色のアーマーに身を包み、紫色の翼を腕から生やしている。全体的な露出は少なめだが、肩と胸元が出されており女性的な色気が放たれている。髪を縛っていることもあり、うなじが見えているのも魅力を上げていた。

 

「よく出来てるな。……これ付け耳かぁ」

「──ッ! ちょ、ちょっと……竜伊くん」

 

 尖った付け耳に手を伸ばし、優しく触る紅也。完成度の高さに好奇心が止められなかったようだ。明日香が恥ずかしそうに声を上げると距離の近さに気付いたのか、紅也は慌てながら手を離した。

 

「わ、悪い! ……その、よく似合ってる……と思う」

「そ、そう……ありがとう」

 

 とても破壊力のある姿と顔を見せられ、緊張してしまった紅也。照れながらもなんとか褒め言葉を口にすることが出来た。男としての最低限は果たせたようだ。

 素直に褒められた明日香も、紅也と同じく頬を染める。翼で顔を隠す様はとても可愛らしい。

 

「た、竜伊くんはコスプレするの?」

「……そうだな。せっかくだしやってみるよ、翔がとっておきの衣装を用意してくれたって話だしさ」

「期待して欲しいっス! ちょっと取ってくるっスね!」

「そっか。楽しみ」

 

 翔が戻ってくるのを2人が談笑しながら待っていると、翔よりも先に十代と三沢が戻って来た。三沢は分かりやすく『切り込み隊長』だが、十代はゴチャゴチャした格好をしており、異様としか表現しようがない姿だ。

 

「じゃーん! どうだ! 紅也、明日香。似合ってないか?」

「……なんだそのコスプレ。三沢が『切り込み隊長』なのは分かる」

「魔法使いの帽子に戦士の鎧……盾に杖まであるわね」

 

 冷静に十代が身に着けている物を分析する明日香。見れば見る程ぐちゃぐちゃであり、最早新たなモンスターと言った方が正しいとさえ思える。

 

「あははっ、色々迷ってたらこうなっちまった。もう何にコスプレしたのか俺にも分かんねぇ」

「ふっ、十代らしいな。紅也はコスプレしないのか?」

「衣装を翔が持って来て……くれたな」

 

 魔法戦士のような感じで、見る人が見れば好きかもしれない。そんな感想を抱きながら、紅也は大きめの箱を持ちながら帰って来た翔に視線を向けた。

 

「これこれ! 紅也くんのコスプレ衣装っス!」

「おおっ! 良いじゃん! 紅也、早く着替えてくれよ!」

「気になるな」

「分かったよ。何が入ってんのかな」

 

 予想を立てつつ箱の中身を見てみると、やはりというかなんというか、紅也が予想していたモンスターのコスプレ衣装が入っていた。期待を裏切らない翔に感謝しつつ、制服を脱いで衣装を着た。

 

「うおーっ! 最高じゃん!」

「ああ、良いコスプレだ」

「思った通り、似合うっスね!」

「ええ、とってもよく似合ってる。やっぱり竜伊くんと言えば……このモンスターしかないわよね」

 

 4人から賞賛され、紅也は少し気恥ずかしさを感じる。しかしそれ以上に嬉しさが勝っており、衣装の具合を確かめるかのように手を動かしている。

 

「……『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』。こうして自分がなることになるとはなぁ」

 

 前世に存在していた()()()()()()()()()()を思い出しながら、自身の格好に笑う紅也。トゲトゲとした身体に、明日香と同じく背中には2本の翼が生えている。手の爪や尻尾も再現度は高く、紅也は普通にテンションが上がっていた。

 

(……似合うか?)

 

 返事をするように震えるデッキケース。どうやら相棒も満足な様子だ。十代にバレるのを防ぐため精霊化は出来ないが、感覚がリンクしているためレッドアイズにもコスプレ姿を見せることが出来た。

 

「でも頭はないんだな。用意しなかったのか? 翔」

「違うんスよアニキ。レッドアイズの頭って難しくって、時間足りなかったんス」

「ええっ! これって翔くんが作ったの!?」

「……凄いな。翔」

「えへへっ、そうスか?」

 

 まさかの手作りに驚く紅也達。これだけのハイクオリティで仕上げようとしたのなら、頭部が間に合わなかったという話も納得がいく。

 

「──なら、こういうのはどうだ?」

 

 何かを思いついたのか、三沢が動いた。箱に入っていた『ブラック・マジシャン』の帽子を紅也に被せた後、十代が持っていた杖を構えさせた。

 

「よし、悪くない」

「……いや、なにこれ?」

 

 満足気に頷く三沢に、冷や汗を流しながら訊ねる紅也。自身のコスプレしているモンスターが──ヤバいことになっている気がしたからだ。

 

「『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』と言えば城之内克也。その城之内克也の生涯の友と言えば、決闘王(デュエルキング)・武藤遊戯だ」

 

 講義でもするかのように語り出す三沢。驚愕でそれどころではないが、紅也はなんとか耳を傾けていた。

 

「かの有名な『ブラック・デーモンズ・ドラゴン』は城之内克也と武藤遊戯の友情が合わさった伝説のモンスターとされている。ならば、『真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)』と『ブラック・マジシャン』が合わさっても……友情のモンスターと呼べるだろう?」

「おおっ! 確かに!」

「互いのエースモンスターが融合なんて素敵ね!」

「絶対カッコよくて強いっス!!」

 

 三沢の言葉に興奮しながら賛成する十代達。コスプレしている本人とは真逆の顔をしている。

 精霊など宿っていない筈だが、紅也は何故か自室の金庫に入れてあるカードが騒いでいるような気がしてならなかった。

 

「融合モンスターならさ、レッドアイズ専用の融合カードとかあったら良いよなっ!」

(……ある)

「攻撃力は3000ぐらいが妥当かしらね」

(……あってる)

「効果もとんでもなく強い筈っスよね!」

(……その通りだよ)

 

 それぞれの意見に内心で頷く紅也。何故かピンポイントで当てにくる友人達に恐怖しながら、転生者かよというツッコミをなんとか押さえ込んでいた。

 

「種族はドラゴン……いや、決闘王に敬意を表して"魔法使い"族が良いか」

「そ、その辺で良いんじゃない? もうこの話」

「名前をどうするか」

「話聞けよ」

 

 わいわいと盛り上がる面々。新しいモンスターの想像が楽しいのは理解出来るが、紅也にとってはあまり盛り上がってほしくない話題だ。そんなにキラキラした顔で話すようなモンスターではないのだから。

 

「『真紅眼の魔法竜(レッドアイズ・マジシャンドラゴン)』……ではありきたりだな」

「でもレッドアイズは入れたいよな!」

「マジシャン・オブ・レッドアイズとかどうかしら?」

「「いいね!!」」

「魔法使いって魔導士とかとも呼べるっスよね。……魔導士。……ドラゴンだから竜とか付けて魔導竜とかどうスかっ!?」

「「「カッコいいっ!!!」」」

「……ご、強引じゃない?」

 

 もう止まらない4人。声をかけて静止することもせず、紅也はただ突っ立っていた。

 

「エースモンスター同士の融合なんだ! "超"って付けようぜ!」

 

 十代の小学生レベルな発言にも、特に反対の声は上がらない。全員が本当に楽しそうな笑顔で、年相応の無邪気さを見せている。

 言い出しっぺだからか、三沢が普段の冷静さも見せずに結論をまとめる。死んだ眼をした紅也を指差し、新たなモンスターの名前を叫んだ。

 

 

「これで決まりだ! そのモンスターの名前は──『超魔導竜ーマジシャン・オブ・レッドアイズ』だっ!!」

 

 

 ──紅也は全てを受け入れた。

 

 

 

 

 

⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎⬛︎⬜︎

 

 

 

 

 

(……つ、疲れた)

 

 疲弊しながら丸太へ腰掛ける紅也。既に辺りは暗くなっており、生徒達は祭りの空気を楽しみながらキャンプファイヤーを囲んでいる。

 

 原作通りに十代と『ブラック・マジシャン・ガール』が白熱したデュエルを行い、コスプレデュエルは大成功を収めた──までは良かった。

 精神的疲労からデュエルに名乗りを上げなかった紅也だったが、予想もしなかったアクシデントに見舞われたのだ。

 

 ──『ブラック・マジシャン・ガール』襲来。

 

 ぐいぐいと距離を詰められながら言いたいことを言った後、勝手に満足して『お師匠様の匂いがしたと思ったんだけどな〜』という一言を残して去っていった。短い時間だったが、紅也にとっては非常に辛い時間であった。

 十代に目撃されなかったため、精霊が視えることを知られなかったのが不幸中の幸いだった。

 

(……()()()()()()()、ね)

 

 懐のデッキケースに服の上から手を当てながら、なんとも言えない表情になる紅也。昼間のコスプレといい、今日は心臓に悪い日だ。

 

 紅也がキャンプファイヤーを見ながらしばらく放心状態でいると、後ろから声をかけられる。

 

「竜伊くん。ここに居たのね」

「天上院。……コスプレはもう良いのか?」

 

 紅也が振り向いた先に立っていたのは明日香。服装はいつもの制服に戻っているので、『ハーピィ・レディ』のコスプレは終了したようだ。

 先程まで友人のジュンコとももえの3人で『ハーピィ・レディ』3姉妹を披露しており、多くのファン達がカメラを構えて真剣な眼でフラッシュを連発させていた。

 

「え、ええ。……恥ずかしかったわ」

「吹雪さんもめっちゃ撮ってたな」

「わざわざ自前のカメラ持ってくるんだもの。1番楽しんでたわよ」

「ははっ、愛されてるな」

 

 少し見ない間に妹がこんな美人になって嬉しいぞ〜、などといった感想と共に激写。吹雪は自前のカメラを思う存分に活用していた。

 

 恥ずかしいのか顔に手を当てる明日香。隣に座っても良いかという彼女の言葉に頷き、紅也は腰を浮かせて明日香が座れるようにスペースを空けた。

 

「……学園祭も、もう終わりだな」

 

 隣に座る明日香のみに聞こえる声量で紅也が呟く。周りに生徒達も居ないため小声にする必要性はないのだが、祭りの終わりが近付いている空気感がそうさせた。

 

「そうね。……今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう、竜伊くん」

「俺も楽しかったよ。最近寝てばっかりだったからな」

「……」

 

 ここ数日間はベッドの上で過ごしていた紅也。珍しく素直に楽しかったという言葉を使っていることから、本心であると分かる。

 そんな紅也の顔を横から見つつ、明日香は感謝の言葉を放つタイミングが今であると確信。デュエリストとしてタイミングを逃さない能力は磨いてきた。その本能が今であると告げたのだ。

 

「た、竜伊くん」

「……ん?」

 

 キャンプファイヤーに奪われていた視線を明日香へ向ける紅也。疲れたのか、少し眠たそうな眼をしている。

 意志が揺らぎそうな顔を見せられるも、明日香は気を強く持ち口を動かす。この場を逃せばチャンスはない。自身にそう言い聞かせ、紅也に対して頭を下げた。

 

「兄さんを助けてくれて……ありがとう」

 

 頭を下げているため、紅也がどんな顔をしているか明日香には分からない。あまり嬉しそうな顔はしていないだろうと予想しながらも、明日香は言葉を続けた。

 

「ボロボロになって傷付いて……それでも貴方は戦ってくれた。……そして、助けてくれた」

 

 生徒達の騒ぐ声が耳から遠くなっていく。

 今顔を上げれば情けない表情を見せることになると、明日香は頭を下げたままでいた。

 

「……本当にありがとう」

 

 最後まで感謝を込めて、明日香は言い切った。急激に恥ずかしさが込み上げてくるが、不快感などある筈もない。達成感にも似た何かを感じつつ、明日香はゆっくりと顔を上げた。

 

 

 ──そして、息が止まった、

 

 

 夜の闇とキャンプファイヤーによって作られた影、隣同士という近距離でなければ視認することは出来なかっただろう。

 優しく、温かく、それでいて柔らかい。見ただけで胸がざわつくというのも単純な話だ。そう自虐することで、明日香は心の平穏を取り戻そうとした。

 

「はい、どういたしまして」

 

 平穏が戻るどころか、ざわつきは加速した。

 キャンプファイヤーのお陰で顔が赤いことも誤魔化せている。そんな風に思わなければ、明日香は羞恥に耐えられなかった。

 

 明日香の気も知らず、満足そうな笑みを浮かべる紅也。ストレートに感謝されたことが素直に嬉しかったのか、珍しく緩い表情をしていた。

 

「良かったな。天上院」

「……え、ええ」

 

 紅也の顔を直視出来ず、明日香は足元へ視線を逸らした。自身の青色のブーツが視界に入るのと同時に、紅也の靴も見えた。近距離に居るということを視覚情報で伝えられたようで、明日香は更に動揺する。

 

「あ、あのね。竜伊くん」

 

 そして決心する。

 騒ぐ心をそのままに、明日香は紅也へ向き直った。

 

「1つ……お願いがあるの」

 

 途切れそうになる言葉をなんとか繋ぎ、潤んだ瞳で視線を合わせる。その辺の男子生徒であれば速攻で勘違いをし、速攻で告白し、速攻で玉砕していただろう。精神年齢25歳の男でさえ、空気を察して頬を赤く染めているのだから。

 

 思わず見惚れてしまう横顔に魅了されながら、紅也の耳に届いた言葉は──予想外の一言だった。

 

「竜伊くんのこと……()()()()()()()()()?」

「……えっ?」

 

 考えもしなかった展開に思考が止まる紅也。学園祭の終わり、キャンプファイヤー、楽しさと寂しさが混同する独特の雰囲気。そんな青春真っ只中のこの場で、紅也は思いっきり肩の力が抜けていた。

 

「そ、それが……お願い?」

 

 こくりと頷く明日香。耳まで赤くなっていることから、咄嗟に照れ隠しで言ったという訳でもなさそうだ。

 

「あ、ああ〜、そういうことね。うん、なるほど」

「竜伊くんと知り合ってもうすぐ1年は経つし……。そろそろ名前で呼びたいというか──も、もちろん! 無理にとは言わないけど!!」

 

 遠い目をしながら己の愚かさを恥じる紅也に、明日香が慌てて理由付けをする。第三者から見ればイチャついてるようにしか見えないが、当人達にそんなつもりは全くない。

 

「いや、名前は全然呼んでもらって構わないんだけど」

「本当っ!?」

「お、おお。もちろん」

 

 勢いよく距離を詰められ、狼狽える紅也。

 明日香も自身の行動に驚いたのか、すぐに身体を離した。

 

「ご、ごめんなさい。……紅也くん」

「…………」

 

 あまりの衝撃に固まる紅也。

 名前呼び程度で過剰だ、小学生か。などと自身を叱責するが、耳に届いた甘美な声が紅也の思考を鈍くさせる。

 恥ずかしそうに照れながら、あの天上院明日香が名前を呼んでくれたという事実は──想像を絶する破壊力を秘めていた。

 

「……紅也くんも、呼んでくれる? 私の……名前」

 

 学園祭という非日常が作る空気感に背中を押されるように、勇気を出した明日香が訊ねる。不安と期待を宿らせた瞳を紅也へ向け、答えを聞き逃さないように耳を傾けていた。

 

(な、名前!? ……名前か)

 

 そしてこういった状況に耐性がないヘタレは、内心めちゃくちゃ焦っていた。とびきりの美人からこんなことを言われれば、自身に気があるのかと勘違いしても無理はないのだから。

 

「ど、努力します……」

「……ふふっ、ありがと」

 

 そんな情けないヘタレに明日香は優しく微笑みを向ける。感謝を伝えることが出来ただけでなく、関係性も深まったと喜んでいるようだ。

 

 夜空を彩る星々の下、周りの声も消えて2人だけの会話が続く。

 戦いを忘れ──つかの間の平穏を噛み締めるように。

 

 

 

 




 黒竜達『はぁ〜〜〜???(呆れ)』

 書きたいことが多過ぎて書くの時間かかりました……。上手くまとまっているか分かりませんが、楽しんでもらえたら幸いです。

 あと最近MDで憎きデスフェニ相手に黒炎弾を決めて、勝利することが出来ました!
 墓地の復活の福音でレッドアイズを破壊効果から守ってからだったので、めっちゃスカッとしました!やはり黒炎弾は最高です……。

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