血しぶきハンター   作:稲月

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第4話 天空探検隊

 

「どわあああああ!! 何だ!? 何が起きた!?」

「臭ェ!? 汚ねェ!!」

 

 遥か上空から飛び降りてきた老人は、見事貴方の投げ付けた魚の骸を盛大に踏み潰した。

 老人が履く高下駄によって爆発四散した死骸は辺りへ勢いよく血と肉片を撒き散らし、周囲にいた者たちを赤い斑点模様へ染め上げている。

 憐れな被害者たちは慮外の事態に状況も分からず阿鼻叫喚である。

 

「…………………………。」

 

 その足で魚を爆散させた老人は下手人の動きが見えていたのか、無言で半開きの物言いたげな目を貴方へと向けている。

 高い下駄と大きな衝撃のおかげか、本人は下駄以外に血はついていないようだ。

 うーむ、見事な着地である。あの忌々しい魚の胴体ど真ん中を貫く、素晴らしい一撃であった。

 

「………ちょっとおおぉぉぉ!!?? テメェッ何つーマネしくさりやがってんだゴラ!! この方が誰だか分かってんのかボケッ殺すぞ!? お!? あ!?」

 

 貴方が自分の成した完璧な投擲に満足していた時、あまりの出来事に呆然としていたメンチが突如貴方へ凄まじい剣幕で掴みかかり怒鳴りつけてきた。

 よく見ると彼女の身体にも赤い飛沫がそこら中に染み付いているし、特徴的な髪の編み込みには小骨らしき物体も突き刺さっている。

 貴方は自分には血が飛ばなかった事を少し残念に思う。魚は嫌いだが血は平等に好きなのだ。

 

 怒り散らし続けるメンチを他所に甚だ勝手な感想を抱いた貴方は、何故血を浴びせてやったのに怒られればならないのかと理不尽な思いをする。

 貴方が試験会場の案内人と共に獣を狩った時も、盛大に獣の血をぶち撒けては案内人にキレられた記憶が蘇った。

 

 メンチの罵声を聞き流す中で分かったが、あの老人は審査委員会のネテロ会長という人物で、ハンター試験の最高責任者であるようだ。

 なんということだ! これで試験失格にされては堪らないと、貴方はネテロへ軽く謝罪した。つい出来心で…。メンチの激憤は更に勢いを増した。

 

「うーむ、出来心とな……。——ウォッホン!! ひとまず、メンチくん。お主が行った試験の審査結果について確認したい。」

 

 コイツ、メチャクチャしおるわい…。そんな本音が溢れそうになりつつもネテロはメンチへ呼びかけた。

 漸く大人しくなったメンチは、寸前までとは別人のような緊張ぶりで受け答えをしている。いかにも真面目な顔をしているが、肉片が塗されているせいでどこか締まらないなと貴方は笑った。

 どうやら貴方は失格にはされずに済むらしい。全く腹立たしい魚め、とんだ傍迷惑だ。

 

「会長、私たちをあの山まで連れていってくれませんか。」

 

 ネテロの審問の結果、メンチの二次試験はもう一度別の内容で仕切り直す事になった。

 次はここから遠くに見えるマフタツ山まで飛行船で移動するらしい。

 

 飛行船! 貴方は大いに期待を膨らませた。

 話に聞いた事はあったが乗るのは初めてだ。何故あのように頓馬な姿形で宙を飛べるのか。

 これは探索が楽しみである。

 

「ちょっとあんた!! 次に妙な真似をしたらマジでブッコロス!」

 

 貴方はメンチに釘を刺されてしまった。試験官には逆らえぬ。口惜しいがここは大人しくするしかあるまい。

 

 

 ◆

 

 

「よっと。この卵でゆで卵をつくるのよ。」

 

 マフタツ山に到着した貴方達は、そこにある山を真っ二つに裂いたかのような深い峡谷から攀じ登ってくるメンチを見届けていた。ちなみにメンチは着替えて綺麗になっている。

 曰く、この谷に糸を張って吊るされているクモワシの卵が獲物らしい。

 飛び降りては糸を掴み、卵を取ったら崖を登って帰ってくる。なるほど単純明快だ。

 高低差を苦手としていた以前の貴方では困難な作業であっただろうが、今では十分余裕にこなせる。

 

「そりゃあーーー!!」

 

 ゴン達が潑剌と飛び降りていくのに続いて、貴方も深い谷の下へ降下する。

 しっかりと糸を掴みぶら下がった貴方は、葡萄のように吊るされる一房の卵、その全てを回収した。

 メンチは1つだけ卵を取れと言っていたが、全て取ってはならぬとも言っていない。

 蒐集癖の塊である貴方は、取った卵を残さずあちこちの懐へ仕舞い込んだ。

 あとは崖を登るだけである。

 

 

 

「う…うまいっっ!! 濃厚でいて舌の上でとろけるよう様な深い味は、市販の卵とははるかに段違いだ!!」

 

 無事課題を達成しゆで卵を作った貴方は、他の受験生がその極上の美味に感動するのを眺めつつ、自分の分を口に含む。

 ………うーむ。確かにこれはなかなか。

 貴方が最も好むのは血の滴る肉であるが、この卵も貴方のお気に入りとなるには十分な味であった。

 今更食事など必要としない上位者の身体であるが、口元の無聊を慰めたい時もある。この卵はそれには丁度良い。

 

 ちなみに貴方が作ったゆで卵はひとつのみである。

 一房丸ごと摂ってきたと知られ面倒な事になるのも避けたいので、残りの卵は未だ身体中の懐にある。

 あとでこっそり茹でて喰おう。

 

 ゴン達も皆無事に試験を突破したらしい。

 2次試験の合格者達と共に、次の試験会場へ向かう飛行船の中へ貴方は再び乗り込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ゴォン ゴォン

 

 エンジン音を響かせ空路を進む飛行船。その中の広間にて、貴方は残った42名の受験者としてネテロの挨拶を聞いていた。

 どうやらこのままネテロも着いてくる事にしたようだ。

 

 受験者の顔ぶれを見た貴方はその中にヒソカがいた事に愕然とする。

 再起不能レベルに損傷させた筈だが、今の彼を見る限り最初に遭遇した時とほぼ変わりない姿である。

 オーラの顕在量こそ大幅に落ちてはいるものの、切り落とした手足は完全に元通りだ。さては不死身なのか? 

 以前狩人の悪夢にて、幾ら屠ろうと何度もしつこく貴方へ襲ってきた教会の刺客ブラドーを思い出した貴方は、辟易とした気分でヒソカを観察した。

 

 その視線に気づいたヒソカは貴方へ意味ありげな視線を送ってきたが、貴方はにべもなく無視する。

 

「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使い下さい。」

 

 豆頭の小男が説明する。しばしの休息が得られるようだ。

 貴方は近くにいたクラピカとレオリオの元へ寄る。ゴンやキルアはどこかへ行ったらしい。代わりに彼等の近くでは、小太りの胡散臭い笑みを浮かべた男が何やら話しかけている。

 

「——大体平均して試験は5つか6つくらいだ。」

「あと3つか4つくらいってわけだ。」

「なおのこと今は休んでおいた方がいいな。」

 

 この後の試験についての話のようだ。気になった貴方は彼等へ挨拶する。

 

「だが気をつけた方がいい。さっき進行係は…——うげっっ! オ、オレはここいらで失礼するよ…。じゃ!」

 

 貴方の顔を見た途端、見知らぬ男は焦りを浮かべて直ぐに立ち去っていった。

 武器を向けて来てもない相手にいきなり襲ったりなど貴方はたまにしかしないが、何故そこまであからさまに恐れられているのか。

 虚をつかれた貴方は、気を取り直してクラピカ達へ話しかける。

 

「ウィロルド、君も試験を突破できたのだな。…いや、実力を考えれば当然か。お互い、このまま順調に進めることを祈るよ。」

「ははっ、トンパの気持ちもわからんでもないぜ。いきなり試験官を血塗れにする様なヤツに好んで関わろうとは思わねーだろうよ。オメーさん一体何考えてたんだ?」

 

 貴方は顔に少し疲れを滲ませる彼等と談笑する。

 

 

 ◆

 

 

「ねェ、今年は何人くらい残るかな?」

 

 飛行船のある1室。関係者専用のそこに集うここまでの試験官達は、豪勢な料理をつつきながら今年の受験生達を話題にしていた。

 

新人(ルーキー)がいいですね今年は」

「あ、やっぱりー!? 私294番がいいと思うのよねー。ハゲだけど。」

「私は断然99番ですな。彼はいい。」

「あいつきっとワガママでナマイキよ。」

 

 サトツのあげた99番、すなわちキルアへ、メンチがきぃきぃと偏見だらけの文句をつける。

 

「ブハラは?」

「そうだねー。やっぱ326番…かな。彼の料理が1番うまかったし。」

「あのイカれ野郎!! マフタツの谷底へ突き落とせたらどんなに良かったか!」

 

 メンチはまたヒートアップしてぎゃあぎゃあとウィロルドへの愚痴を垂れ流す。

 

「しかし、彼の実力は全く底が知れません。実は一次試験の際も、別の受験者から攻撃を受けた時に彼に助けられましてね。」

「え? サトツさんが“助けられる”って、念を使えるヤツに攻撃されたってこと?」

「ええ。非常に巧妙な“隠”で隠されたオーラでした。恥ずかしながら私はそれに気付けなかったのですが、326番が教えてくれたのです。」

「確かにオレも、二次試験が始まるまで中で待機してた時は外からとんでもない戦意と殺気が叩きつけられてて気が気じゃなかったよ。扉が開いて目があった途端、やる気無くしちゃったみたいだけど。」

 

 まるで掴みどころのない特異な実力者。それが3人のウィロルドに対する印象であった。間に「どこか狂った」という修飾が入るが。

 

「一見して理性的なようで急に突拍子もない行動を取る彼は、ある意味誰よりも自由であるように思えます。良いハンターとは良くも悪くも一癖二癖あるものですから、見様によっては彼は誰よりもハンターらしい人物であるかも知れませんね。」

「その突拍子もない行動で酷い被害を受けたこっちの身にもなって欲しいわよ。絶対またなにかやらかすに違いないわ!」

「なーんか、もう既に手遅れなんじゃないかって気がするんだよなぁ。」

 

 

 ◆

 

 

 ふむ、なかなか広いな。探索し甲斐がある。

 休眠を取るというクラピカ達と別れた貴方は、早速飛行船の中を端から端まで彷徨っていた。

 扉や箱といった開けられる物と見れば片っ端から兎に角開け放ち中を確認する。

 もはや使命感すら感じている貴方のこの悪癖は留まる所を知らない。もちろん全て開けっぱなしである。

 生憎、開かない事の方が多い上開けられたとしても大したものは見つからないが、存分に探索できているだけ貴方は楽しんでいた。

 

 貴方が次に入ったのは何やら物置らしき薄暗い部屋である。とはいえ施錠されていないような部屋だけあって大したものはない。

 そこで貴方はそこに大きめの水瓶(みずがめ)も置かれているのを見つけた。蓋を取っ払い確認すると、中は水で満たされている。

 

 丁度いい、幾らか消耗品を補充するか。貴方はその水瓶に軽くオーラを込めた。

 すると忽ち、水の表面から子供の骸骨のような外見の白く小さい存在が次々と現れた。数は合わせて11人。黒い箱やナイフなど、様々な物品を抱えている。

 

 彼等は『水盆の使者』。

 悪夢に住まい狩人を慕う、小さな亡者達である。積み重なる狩人の遺志を媒介することができる。

 貴方がヤーナムの地で悪夢に囚われてから、ずっと貴方を助け支えて来てくれた頼れる可愛い存在である。

 貴方の持つ念能力のひとつによって呼び出すことができる。

 

 

使者の凱旋(ポルターガイスト)》(具現化系)

 狩人の夢に住まう小さな亡者「水盆の使者」を召喚する。使者とは血の遺志や啓蒙を用いて取引をする事が出来る。

 現実世界では適切な大きさの水盆に水を張ってオーラを込めることで使用可能。

 正確に言えばこの能力は使者が出現できる神秘的空間を創り出すだけであり、使者の存在そのものは“発”ではない。

 

 

 貴方は血の意志を対価に払い、スローイングナイフや青い秘薬などのアイテムを受け取った。

 これで暫くは安泰である。

 

 使者に別れを告げ部屋を立ち去った貴方は、直ぐ近くから強い血の匂いを感じ取った。新鮮な血だ、それも大量の。

 匂いの元を辿れば、その発生源は直ぐに見つかった。

 

「あ、見つかっちゃった?」

 

 通路の上、T字路のそこにあったのは、顔や身体がバラバラに切断された受験者と思しき2人の死体。そしてそこからやって来た上半身裸のキルアの姿であった。

 どうやら彼が2人を殺したらしい。喧嘩でもしたのだろうか。

 

「いやぁ、ちょっとイライラしててさ。絡まれたからついやっちった。ゴン達には内緒にしてよ。」

 

 死体は綺麗な断面をしている。見事な手際だ。

 貴方は彼へ素手でこれをやったのかと問う。

 

「え? ああそうだよ。こう、チョット肉体を操作してね。」

 

 彼の手は血管を浮き出しながらビキビキと音をたて、その爪を長く鋭く変形させた。

 なんと!素晴らしい。肉体そのものを鋭利な刃物へ変えるとは。

 武器がなければ大した攻撃力を発揮できない貴方は、彼の特技をそれは褒めちぎった。身軽で証拠も残らず手入れも不要、さぞ使い勝手が良さそうだ。

 

「…あんたもやっぱ相当変わってるね。フツー、こんなの見たら引いたり怒ったりするもんだと思うけど。」

 

 何故貴方が怒らねばならないのか。別に獲物を取られたわけでもあるまいに。

 疑問に思いつつも、貴方はキルアが汗だくなのを見て一体何をしていたのかと問うた。

 

 曰く、ネテロ会長とゴン、キルアの3人でボールを奪うゲームをしていたらしい。ネテロとの実力差が大き過ぎて、キルアは先に諦めてきたようだ。

 熟練の年寄りは何者よりも油断ならない強者である。貴方が固く信じるそれは経験談に基づく確信だ。僅かでも隙を見せれば首を獲られる。

 少なくとも念を扱えぬ内は逆立ちしたって遊ばれて終わりだろう。

 貴方は残ったゴン達がいつまでゲームを続けていそうか尋ねた。

 

「んー、たぶん朝までずっとやってると思うよ。でもやめといたほうがいいぜ。あのジジイ、マジのバケモンだし。」

 

 貴方は彼等に混じるつもりはないと返した。このような空の上で本気で相手すれば船が墜ちかねない。かといって武器が無ければ、自身の制約によりネテロには手も足も出ないであろう。

 キルアを労った貴方は、善は急げとばかりに目的の場所を探しに歩き始めた。

 

 

 

 ここだ! おそらく間違いない。オーラの残滓を感じる。

 貴方が見つけたのは、ネテロ会長の私室と思しき部屋である。ハンター協会の会長だ。飛行船とはいえ何か特別な品を隠し置いているに違いない。

 施錠をどうしたものかと思っていたが、いざドアノブを回してみれば最初から鍵はかかっておらず直ぐに開けられた。どうやら会長はズボラらしい。

 貴方が部屋の中へ足を踏み込めば、そこは小さな和室であった。小ぢんまりしたテーブルと戸棚1つだけの簡素な部屋であり、期待したほどの宝はなさそうである。貴方は知る由もないが、元々船に乗る予定のなかったネテロには特に自室もなく、この部屋にはここまで来る際臨時で荷物を置いたのみであった。

 

 貴方は部屋を漁る。戸棚からは如何にも高級で年季の入っていそうな古酒が見つかったが、それ以外は特筆すべき収穫もない。

 貴方は酒に酔えない。むしろ血に酔うのである。この酒は無入用だが、せっかく手に入れたしとりあえず狩人の夢へ送っておこう。

 まさか成果がたったこれしか無いとは。肩透かしを食らった貴方はその時、部屋の端の畳の1つが不自然にずれていることに気付いた。

 貴方が畳を捲ると、その下からは幾らかの雑誌や写真が現れる。

 

 ふむふむ……。どれもこれも際どい格好をした女性の姿が写されている……。胸部の大きなものばかりだ。

 人を超え上位者となった貴方は、この手のものに何ら情動を動かす事はない。

 だがしかし、これでも一応ネテロの私物。持っていれば何かいいことがあるかも知れない。とりあえず全て貰っておこう。

 

 まだ到着まで時間はある。一通り部屋を漁って満足した貴方は、そこを後にして探索を続けることにした。

 なお貴方にとって“窃盗”などという概念はない。これはあくまで探索の一環であり、正当な戦利品である。

 ゴンからボールを守っていたネテロは、知らぬ間に本当に守るべき秘密を失ってしまったのだ……。

 

 

 ◆

 

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります。」

 

 目的地に到着し飛行船を降りた貴方達は、見慣れた豆男から試験の説明を受けていた。

 72時間以内に生きて下まで降りてくること。これが課題のようだ。

 とてつもなく巨大な塔だ。ただ階段で降りるだけでも相当の時間を要するだろうが、まさかそんなに単純なものでもあるまい。

 受験者は40人。いよいよ試験が開始された。

 

 

 

 貴方はまず周りを見渡す。床はただ真っ直ぐ平らに広がるのみであり、入口などは見当たらない。

 外壁を伝っていこうにも怪鳥に狙い撃ちを喰らうようだ。遥か下の地面へ落とされる受験者が見本となってくれた。

 やろうと思えば銃で怪鳥を撃ち落としながら降りれば何とかなりそうだが、わざわざそこまで苦労する必要もないし、何より塔内部を探索したい。

 どこかに仕掛けが隠されているのだろうと貴方は暫く床を調べ歩くと、予想通り床のタイルが開く部分を見つけた。隠された仕掛けを解き明かすのは貴方の得意分野なのだ。

 

 早速貴方が下へ降りると、部屋には「大迷宮の道」と書かれた看板が壁に付いているのを目にする。

 “君はこの先、トラップと刺客が蔓延る長い迷宮を乗り越えゴールしなければならない”

 成程、目の前にある入り口からは聖杯ダンジョンの地下遺跡のような構造が続いているらしい。なかなかに厄介そうである。

 道に迷えば徒に時間を浪費してしまうだろうが、生憎貴方は方向感覚に自信がない。聖杯に潜る時も、似たような景色が続く中で自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなってしまうことがしばしばであった。

 

 単純な戦闘ならさしたる苦労もしなかったであろうが、この迷宮はもしかすると貴方にとって天敵であるかもしれない。

 かつて地下遺跡においても、一体何度、壁を破壊して突破できたらいいかと願った事だろう。

 

 ……いや、待てよ? もしかして今なら行けるのではないだろうか。

 

 貴方は気付いた。気付いてしまったのだ…。

 今の貴方の力なら壁ごと吹っ飛ばして強引に進めるのではないか。

 そんな最悪な攻略法に。

 

 

 ◆

 

 

 ゴォォォン…。

 

「なんだろうねこの音。さっきから何度も聞こえてきてるけど。」

「さぁな。デカい獣でも暴れてるんじゃねーか?」

「少しずつ近づいて来ているようだな。」

 

 トリックタワー屋上から降りてすぐの広い部屋、そこにはそれぞれ腕にタイマーをつけたゴン達4人が待ちぼうけを食らっていた。

 彼らが入ったのは「多数決の道」であり、5人揃って初めて開始できる道であったのだ。

 全員でこの部屋へ入ってからかなりの時間が経過しているが、最後の1人は未だ訪れていない。

 

「ゔ〜〜〜。あれから2時間か。もしかしてもう全員別のルートで行っちまったんじゃねえのか。いまごろ上に残ってるのはよっぽどのマヌケだぜ。」

 

 レオリオが苛立ちを隠せずにそう発した時、再びドゴォォンと大きな音が聞こえてくる。

 

「かなり近いぞ! 一体何が来てるってんだよ!」

「レオリオ! そこから離れて!!」

 

 ゴンが音の聞こえてくる方の壁からレオリオを引き離した時、耳鳴りで鼓膜が裂ける程の轟音を立てて壁が爆発し、粉々に崩壊した。

 

「なっ何だ!? 敵か!?」

 

 全員の警戒する視線が向けられる。

 舞い上がる砂埃をかき分け、砕けた瓦礫を踏みしめて入って来たのは、果たして巨大な大砲を左手に抱える貴方であった。

 

「ウィロルド!!??」

 

 驚愕の声でもって迎えられた貴方は、自分が間違えて大迷宮の外まで壁を壊して出て来てしまったことに気付く。

 どこもかしこも似た様な壁にするやつが悪い。開き直った貴方は4人へ挨拶した。

 

「お、お前っ。壁をぶっ壊して進んでやがったのか! つーか何だその大砲、そんなモン持ってたか!?」

 

 レオリオが貴方のあまりの凶行にドン引きして叫んだその時、部屋のスピーカーから非常に取り乱した声が響いた。

 

 〈ストップ!! ストップだ326番!! 聞こえるか!? 壁の破壊を今直ぐ止めるんだ!!〉

 

 聞こえる声はもはや半狂乱だ。もしや壁を破壊するのは拙かっただろうか。貴方は言われた通り動きを止めた。

 そう言えば大迷宮の道にはあの様なスピーカーは無かったな。

 

 〈よし、よし! それでいい。悪いが326番、君が持つその大砲は今後使用禁止だ。塔が崩れかねん。〉

 

 残念だ。目障りな障壁を粉々に吹き飛ばしていくのは大変爽快であったのだが。

 貴方は至極悲しそうに大砲を下ろして背負った。

 

 〈幸いその部屋は5人用で、ちょうど君で揃った所だ。そのままそちらの道を進んでくれて構わない。…よし、それでは諸君の健闘を…〉

 

 ガコン…。ドサ。

 

 アナウンスが安堵の声を漏らした時、部屋の天井が開いて小太りの男が落ち入って来た。確かトンパと言ったか。

 

 〈………。ちょっと待て、今考える。〉

 

 おそらく試験官であろうアナウンスの声は、僅かな疲労と怒気を滲ませつつ黙り込む。

 うーむ、6人になってしまった。

 





念能力は既に全部決まってます。
頑張ってルビも考えたけど「やっぱダサいな」ってなったら無くすかも。



『大砲』
設置型の大砲をそのまま手持ち銃としたような代物。
バカげた重さ,反動,水銀弾消費量を誇り、威力は絶大。

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