ストライクウィッチーズ 龍殺しの系譜 作:ケーニヒスチーハー
さて、無事上陸を果たした篠原率いる陸軍航空隊飛行実験部実験隊欧州派遣隊だったが欧州派遣隊司令部からは当面の間は訓練に励むように言い渡された。戦意が高まりやる気に満ち満ちていた実験隊は肩透かしを食らう形となった。一応ちゃんとした理由があり、以前に現地入りした第68戦隊がいきなり作戦任務に従事したところ遭難し全機不時着した大惨事が起きており、それを防ぐために陸軍遣欧航空隊では戦況がどうであれ慣熟訓練の期間を設ける事になっていたからである。
篠原たちは滋野に村の地名に至るまで教え込まれてはいたが、かといって訓練の重要性は身に染みて分かっている。一行はシェルブールから南へ内陸に進んだ位置にある村ブリックス(Brix)にあるガリア空軍の飛行場に移動した。
ブリックスの村は中世にブリタニアに移住しブリタニア北部、そしてスコットランド南部に定住した王家ブルース家の起源とされ村の近郊には彼らの居城シャトー・ド・ブリックスが遺跡として残されていた。
ブリックス飛行場はこのシャトーの敷地内を一部利用する形で設営されており此処にはウィッチ4名で構成されたガリア空軍第4ソルシエール(魔女)飛行隊とポテ633軽爆撃機12機で編成された第6爆撃飛行隊第1中隊が配置されていた。
そこに間借りする形で篠原たち実験隊は展開する事になった。
「と云う訳で、どうぞよろしくお願いします」
篠原は隊長として挨拶の為、シャトー・ド・ブリックスの一室を訪れていた。
元は城とだけあってシャトーの中は小さいながら洗練された豪華な調度品で溢れ軍事基地というより一流ホテルといった印象を篠原に抱かせる。
(遠坂中尉あたりが下手に触れて面倒を起こしてなければ良いのだけれど)
頭の片隅でそんな失礼なことを考えながら流麗な動作で陸軍式の敬礼をする。
「うむ、こちらこそ東洋のリヒトホーフェンと称された扶桑の女神をお目にかかれて身に余る光栄というもの。宜しく頼みますぞ」
この飛行場を預かっている基地司令クロード・ド・デュポン大佐はビア樽の様な恰幅の良い駆体を笑い声に揺らし豪華な椅子に苦しそうに収めながら篠原に着席を促す。
「しかし遠路はるばるよくぞ来て下さった、これでガリアの空も安泰ですな」
「そんな、それ程でもありません」
「これはお世辞ではないのだマドモワゼル」
クロードは先程まで浮かんでいた笑みを引っ込め幾分真剣な顔つきになった。
吊られて篠原も表情を引き締め身を乗り出す。
「そんなに戦況は芳しくないのですか?」
「うむ、、、」
クロードは苦しげに唸る。
「これから貴女方は嫌というほど目にするじゃろうが扶桑風に言って芳しくない。いや大いに苦戦といったところかの」
篠原は目を剥いた。新聞や上層部から下りてくる情報では確かにカールスラントは落ちたが未だマジノ線は堅牢に持ち堪え一部では反攻し人類は奮戦していると声高に報じられていたためだ。
「確かにマジノ線はその効果を遺憾無く発揮しておる。反攻作戦もしておる。じゃがその度に多くの犠牲を払っているのが実情じゃ、、、」
「では人類は?」
「負けるのぉ、少なくともこのままでは」
巣を叩かない限り無尽蔵に湧いて出てくるネウロイに対してこちらの人的資源は有限、ウィッチは尚更。このままではいずれガス欠を起こして防衛線の維持すらままならなくなる。クロードはそう言外に語った。
「そんな、、、」
篠原は部屋が暗くなった錯覚を覚えた。両肩が重くなる。そして隊長として彼らを導く事の困難さを再確認する。仲間を失うことはもうたくさんだ。ノモンハンや扶桑海で失った部下の顔が瞼の裏に浮かぶ。
クロードは言葉を続ける。
「じゃからこそ、君たちが希望なのだ、君たち新世界からの翼が我々にとっての最後に残された、、、な」
「私たちが、希望、、、」
篠原はそのフレーズを反芻するとおもむろに席を立ち先程より更に綺麗に敬礼した。
「お任せください。必ずやご期待に応えて見せましょう」
その様子にクロードは満足げにそしてほんの少し悲しみを覗かせながら答礼した。
「うむ。それでこそサムライだ。背中は預けたぞ戦友よ」
「はっ!」
どんな判断が正しいのか篠原はまだわからない、だがこの老大佐の期待に応えなくてはならないと胸に刻んだ。
その時外からは遠坂と川嶋の声で大きな扶桑語が聞こえてきた。次いでクロードには耳慣れないエンジン音。
「回せぇぇー!」
「お願いします!」
窓の外に視線を向ければキ-45改を履いた2人がギャラリーを前にエンジンを吹かしていた。
その様子をクロードが訊ねる。
「あれは?」
「はあ、堪え性がないんだから」
篠原はしばらくの間、慣熟訓練を言い渡された事を話し事後報告になったことを詫びた。
「構わんよ。それにしても力強い音だ。M.S.406やポテ633に比べても格段にパワフルじゃな」
「!よくお分かりですね」
「今でこそこんな身体じゃが、第一次大戦の頃は毎日のように飛び回ったもんじゃ。エンジン音を聴き比べるくらい造作もないわい」
そう言って太鼓腹を叩くクロード。
そして体が疼くのかソワソワと忙しなく窓の外と部屋の中に視線を向ける。
「見たいのぉ、、、」
チラチラと伺う司令官と若い隊長の間に短い沈黙が走ったのち篠原が切り出した。
「でしたらこれから飛行訓練を行うのでご一緒に見学なさいますか?」
「良いのか?」
今にも踊り出しそうな状に篠原は吹き出す事を必死に堪えると退室した。今日は周辺の地理情報の収集を兼ねたパトロールの予定だったが視察となると内容を変えなくてはならないからだ。
シャトーの中を下品にならない程度に急いで駆ける。早くしなくては彼女たちが飛び立ってしまう。地平線の彼方に消えてから無線で呼び戻すのは面倒だ。
際どいタイミングで滑走路の2人を呼び止めた。今日のところはパトロールを取りやめ明日に回してこれから見栄えの良い模擬戦をやってもらう。
その命令は2人に歓迎をもって承諾された。姿が変わってもやっぱり派手な事が好きな男の子なのである。
遠坂と川嶋の2人は早速、実戦同様の装備に身を包み誘導路に整列した。
両者ともそれぞれ陸軍航空ウィッチの戦闘服である白衣と緋袴に身を包み手甲と脚甲を四肢に巻き銀色に輝き赤ペンキで稲妻を描いたキ45改を履いていた。ただ手甲に覆われた手に持つ獲物は異なっていた。
遠坂は『丙装備』と名付けられたホ三20mm機関砲を持ち背中に50発入りの予備弾倉2個を備える、対大型ネウロイ迎撃用の装備形式。本来なら予備弾倉は無いのだが怪力の固有魔法を持つ彼女は継戦能力を底上げしていた。軽快さが売りの篠原には到底真似できない芸当である。
川嶋に目を移すと両手にカールスラント製MG15のコピーである九八式機関銃甲を両手に一丁ずつ構えている。腰からは75発入りのサドルマガジンを2つぶら下げ計300発の弾薬を携行していた。対戦闘機型の『甲装備』という形式だった。こちらは本来どおりの装備内容だった。
今回彼女たちが行う訓練は飛行場上空での模擬空中戦。いわゆるドッグファイトの訓練である。
ルールはいたって簡単、離陸してから高度2000mで互いにヘッドオンの状態で交差してから空戦を開始し銃に装填されたペイント弾を相手の何処かに命中させれば勝ちである。
「良い事?もう何度もした訓練だけれど実戦と同様絶対に油断しないように。怪我だけには気をつけて良いわね?」
「「了解!」」
良い返事と共にタキシングを開始した遠坂と川嶋。
「川嶋、聞こえるか」
無線機のチェックの為に遠坂が川嶋に呼びかける。
「はい中尉、聞こえます」
川嶋が鈴が鳴るような声で答える。
遠坂は放胆な笑みを浮かべると宣言を電波に乗せた。
「次も俺が勝つ!」
今までの対戦成績は10戦8勝で遠坂の勝ち、その内いままでの5戦は連勝だった。
「次は僕が勝ちます!」
川嶋は困難から逃げる少年では無かった。こちらも力強く宣言する。スピーカーの周りでやり取りを聞いていた野次馬のボルテージは上りに上がった。
やがて離陸位置についた2人はどちらともなくスロットルを開き夏空へと翼を広げた。