村正inダンまち   作:イモ

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石を穿つ

 

 

 

 

 

 

「よう、お疲れさん」

 

 アイズさんの『リル・ラファーガ』、そしてティオナさんの異名通りの『大切断』による『精霊』の撃破に階層中が湧くなか、渦中の人物である村正(ムラマサ)さんが、「あ゛ぁ゛〜っこいしょ」と、くたびれたように肩を回しながらこちらへ歩いてきた。

 

「村正っ、お前そもそもどうしてここに……!」

「この間帰ってきてな。丁度お前らが遠征するってんで、お師さんに手伝ってくれって頼まれたのさ」

 

 昔からの知り合いらしいリヴェリアさんが、その顔を見て真っ先に駆け寄った。

 随分と久しぶりに会ったらしく、積もる話はいくらでもありそうだった。

 

「だからといって一人で来るなど……」

「直前まで大双刃(あれ)を腰据えて鍛っててな。いいだろうが、(オレ)もお前らも無事だったんだから」

「結果論ではないかっ。道中含めて、一歩間違えればお前も危なかったんだぞ!」

「一番危なかったのはお前と坊主(ガレス)だろうが。 お前らが死んでなくて良かったよ——」

「む、ぅ」

「——『お嬢』」

「私の方が年上だっ!」

 

 村正さんを心配するように叱っていたリヴェリアさんは彼の言葉で一転、返答に詰まったと思った瞬間にまた、ニヤリとした彼の言葉で顔を赤くして怒り始めた。

 

 凄い、リヴェリアさんが百面相してる。

 怒っている様子は時々見るけど、ここまで手玉に取られたように表情をころころと変える様子は見たことがない。

 

 リヴェリアさんがこんなに感情的になるなんて、やはり気心の知れた仲ということだろう。

 

「はっはは! やっぱりお嬢を揶揄うのは面白ェや!」

「き、貴様っ!」

 

 村正さんも、戦闘中に見せた燃え盛る炎を思わせる闘気は鳴りを潜め、少年のような顔でからからと笑っていた。

 顔を真っ赤にしながら村正さんを追いかけるリヴェリアさんだったが、二人の間に流れる雰囲気はどこか柔らかだ。

 

(あれが本物の村正さんっすか……!)

 

 そして自分も遅まきながら、戦闘が終わって冷静になった事で現実感が湧いてきた。

【へファイストス・ファミリア】の元団長で、椿さんの師匠。

 

 オラリオにおいては本物の「刀」とは「村正」であり、彼の名が刀身に刻まれた一振りは、それだけで歴史的価値があるという。

 

「村正」は市場に出回る事自体が希少であり、仮に出回ったとしても結局贋作だった、なんて事もザラだ。

 オラリオ内外を問わず、「村正」とは、所持している事それ自体が一種のステータスなのだ。

 

(でも……)

 

 手元を見る。

 前線の援護として詠唱するレフィーヤとリヴェリアさんを守るために芋虫型を斬りまくった刀は、その溶解液によってどろどろに溶け、今はもはや辛うじて原形を留めるのみになってしまっていた。

 これではいくら研磨しようが、元の性能は見る影もないだろう。

 

(うう……っ)

 

 むしろ、ティオナさんの先代大双刃(ウルガ)でさえ芋虫型を一匹斬っただけで溶け落ちる程の溶解液を数十匹分も浴びておきながらよく持ち堪えてくれたものだ。

 

「全く、昔からお前はどうしてそう、やる事なす事めちゃくちゃなんだ! 助力には無論っ! 無論感謝するが、しかしだな……!」

「わーった、わーったから。 今話したいのはお前じゃねえんだ」

 

 リヴェリアさんの説教を面倒くさそうにあしらった村正さんは、ひらひらと手を振って話を切り上げた。

 ちなみにあしらわれたリヴェリアさんは「おいっ!」と怒った様子で声を上げている。

 

 そして、なぜか村正さんはこちらを見た。

 

「おい、若いの」

「じ、自分っすか!?」

 

 村正さんの言葉に驚愕する。

 勘違いじゃないのか? そう思って後ろを振り返っても、深紅の射籠手は間違いなく真っ直ぐ自分を指していた。

 正確には、自分の手に持つ刀を。

 

「そうそう。お前さんが持ってる(それ)(オレ)の鍛ったモンじゃねえのかい」

 

 やはり辛うじて原形を留めている程度であっても、鍛冶師として自らが鍛えた作品を見間違えるハズもないらしい。

 

「あっ、はい! ……そうらしい、っす」

 

 ごまかす事に意味はないと知りつつも、つい言葉尻が窄んでいってしまう。

 村正さんは自分が丹精込めて作った刀がこんな無残な姿になっていると知って、どんな言葉を口にするのだろうか。

 

「どれ……間違いねえな。にしても……あーあー、こりゃあひでえな」

「うぅっ……」

 

 ティオナさんやアイズさんが、遠征や作戦のたびに武器をボロボロにしたり、血肉や脂まみれにして【ゴブニュ・ファミリア】の鍛冶師達からこってりと絞られてきたのを知っている身として、如何なる叱責も受けるつもりだった。

 

 まして相手は人界最高と称される鍛冶師だ。

 

 大双刃(ウルガ)でさえ一匹分で溶け落ちる芋虫型の溶解液を数十匹分耐え切れる(つよ)さがありながら、それでも使い物にならなくしてしまったのは自分の技量不足に他ならない。

 

 例えば、同じ数を斬ったとしてこの刀を握ったのがアイズさんなら、この刀はまだ切れ味を保っているだろう。

 

「す、すいませんでしたっ!」

 

 自分は思わず頭を下げた。

 裁定を待つ罪人のような気分だった。

【へファイストス・ファミリア】、そして千子村正の持つブランド、そして彼の鍛えた刀の価値を思うと、自分が失ったものの大きさは途轍もないもののように思えたからだ。

 

「あぁ?」

 

 しかし村正さんは、怪訝な顔をして自分を見た後、

 

「何謝ってんだ。これは()()()()を鍛った(オレ)の責任さ。お前さんに頭を下げられても居心地が悪いってもんだ」

 

 そう、不機嫌そうに吐き捨てた。

 溶解液を浴びて歪んだ刀身を写す琥珀色の瞳には、確かな熱が灯っている。

 

「だから気にすんな。その代わりと言っちゃなんだが、(オレ)にこいつを鍛ち直させちゃくれねえか?」

「えっ」

「こっちはお願いする立場だ。勿論お代は取らねえよ」

「えっ!?」

 

 村正さんの提案は驚きを禁じ得ないものだった。

 冒険者の自分が刀をダメにしてしまったのに、その刀を鍛えた本人が「謝罪も代金も要らないから刀を作り直させてくれ」だなんて、交換条件にすらなっていない。

 

 自分の反応を見て、村正さんも自分の言いたいことを察したのか、言葉を繋げた。

 

「いや、団長をやってた時……言っちまえば真っ当に()()()()()鍛冶師をやってた時だったら、キチンと金は取らにゃあ信用に関わるってんでこうもいかなかったんだがな」

 

 それは、そうだろう。

 安易な技術の安売りは、逆に自分の価値を貶める事に繋がる。

 それは職人にとって、自らが正当に評価される機会を奪い、そしてそれは主神の評判すら落とす事だってある。

 

「でも今は【へファイストス・ファミリア(ウチ)】の職人がひもじい思いをする事も無くなった。 昔みたいに気を張って、節操なく手あたり次第に売り込んで、下のモンを養う必要もねえ」

 

 良い時代になったもんだ、と年長者らしい台詞を吐きながら、昔を懐かしむように目を細めていた村正さんは、だからよ、と前置きして自分の持つ刀を指差した。

 

「今回のは、半分隠居してる爺ィの趣味の刀造りって事にしといてくれ。 気に入ったヤツを贔屓したって、何も罰当たりってこたぁねえだろ?」

 

 琥珀色の瞳が此方を見る。

 その内に宿る意志の強さは、まるで燃え盛る焔、あるいは赤熱する鉄塊を思わせた。

 

「気に入った、って」

 

 村正さんの言葉を反芻する。

 気に入った? 彼が、自分を? 

 

【鍛人】と讃えられ、『鍛冶師とはその人である』とさえ謳われる彼が、【超凡夫(ハイ・ノービス)】なんて名前を付けられ、なんの取り柄も特徴もない自分を? 

 

 未だ混乱している自分の状況を察してくれたのか、村正さんはゆっくりと説明し始めた。

 

「お前さんの刀は元々、(オレ)が小金稼ぎに売っぱらった物なんだがな」

 

 訥々と零される言葉は、まるで鋳型に流し込まれる鉄のように、自分の頭にするすると入ってくる。

 

「一夜の刀ってんで、そういう物には今まで銘なんざ付けずにいたんだが、今日初めてそういう刀(それ)を使ってるヤツを見た」

 

 村正さんが、自分の目を見た。

 その目は、優しげに細められている。

 

 そして彼は、少し照れくさそうに視線を逸らすと、頬をぽりぽりと掻いた。

 

「まあ、なんだ。 そういう刀でも、大切に使ってくれるヤツがいるってのは、嬉しいもんだって思ったんだよ。 大抵、飾るか競るかされちまうからな」

「————」

 

 それが嫌って訳じゃねえけどな、と村正さんは複雑そうな表情で続けた。

 

 そんな、そんなの。

 貴方みたいな人にそんな事を言われたら、どんな冒険者だって——

 

「手前が師匠の刀だと教えたからじゃないか?」

「ちょっ、椿サン!?!?」

 

 横からとんでもなく余計なコトが吹き込まれた。

 

「ちょ、違いますからね!? 村正さんの作った刀だから特別扱いしてたとかじゃ、いえ、特別じゃないって言いたい訳じゃないっすけど……!」

「わーってるから焦んな。 舌噛むぞ」

「ははっ! 冗談だ!」

 

 途中から自分が何を言ってるかすらわからなくなりながら必死に言い訳を続けたが、幸いにも村正さんは理解ある人だった。椿さんのちょっかいに取り合わず、自分の心配までしてくれる。

 優しい。椿さんは反省してほしい。

 

「腰据えて鍛ち直してえからな、しばらく預かるぜ」

「で、でも、自分が未熟なせいで刀をこんな風にしてしまって……」

 

 溶けた刀をそのまま紐帯に差す村正さんに、思わず弱音が溢れてしまった。

 自分の言葉を聞いた村正さんは、ゆっくりと此方を見る。

 自惚れでないのなら、その目は優しげに細められているように思えた。

 

「相手が相手だ、仕方ねえだろ。 それにお前さん、一人で必死にお嬢達を護ってたじゃねえか」

「えっ……!」

 

 村正さんの言葉は正しかった。

 確かに自分はリヴェリアさんやレフィーヤの詠唱を成功させるため、芋虫型達から彼女達を守る必要があった。

 何度も死ぬかと思ったが、他ならない村正さんの刀が自分に戦う力をくれた。仲間を守る力をくれたのだ。

 

「そこまで、見えて……」

 

 戦慄に声が震えた。

 村正さん達が刀を振るっていた最前線と、自分達後衛が陣取っていた後方とはかなりの距離があったハズだ。

 あの目を閉じれば一秒で死ねる空間で大立ち回りを演じながら、後方の自分達の状況を確認していたなんて。

 

 この人、本当に鍛冶師か? 目の前の男が作ってきた数々の伝説(武器)を知っていて尚、そう思わせる程の『戦う者』としての次元の違いに、ただただ呆然とするしかなかった。

 

「そういう身体でな、()が良いのさ」

 

 村正さんは謙遜するでもなく、過度に威張り散らすでもなく。

 片眼を閉じながら、茶目っ気たっぷりにニヤリとしたワルい笑顔でそう言った。

 

「お前さん、名前は?」

「ラウル・ノールドっす…………」

 

 そんな村正さんを見て、自分は。

 

(かっけー…………)

 

 ただただ、頭の中でそう呟いていた。

 椿さんが慕うのも納得である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ああ──────ッッ!?」」」

 

 50階層。

 遠征の仮拠点として設営されたエリアの中に、少女達の声が響き渡った。

 

「うるせェな。何だってンだ、そんなに大声出して」

 

 その原因(村正)は、重なり合う少女達の大声に、不快そうに顔を顰めた。

 歯に衣着せぬ村正の物言いに、黒髪の猫人(キャット・ピープル)の少女が爆発した。

 

「何だじゃないわよ何だじゃ!? 貴方いきなり一人で50階層(ここ)まで来てしかももっと下(深層)まで「ちょっと野暮用」ですって!? 私たちが止めても全く聞き入れようとしないし挙げ句の果てには「ついて来られても面倒だ」って51階層への入り口を崩落させて封鎖するってどういう神経してたらそんなマネしようって発想になるのよ!! 駆け出しの冒険者だってもうちょっと賢い判断出来るわよ!? いえ50階層(ここ)まで来れてるってことは貴方もそれなりの冒険者なんでしょうけどねえ! そもそもパーティですらなくてソロで来てる時点で頭おかしいわよ本当に!! 命知らずって言葉知ってる!? 私が辞書を買ってあげましょうか!? というかあの後私達がどれだけ心配したかわかってんの!? 崩落した瓦礫の撤去もめちゃくちゃ大変だったんですけど!? それでようやく片付け終わったところでみんなと一緒に戻ってくるとかタイミングが良いのか悪いのかわからないったらありゃしないわ!! それで何!? 結局団長達に助けられて付き添ってもらってここまで戻ってきた訳!? 人様に迷惑かけるのも大概にしなさいよ大概に!! でも無事で良かったわよ畜生一回殴らせなさい!!!!」

 

「あ、アキ、落ち着いて……!」

 

 うがーーっ! と普段の落ち着いた雰囲気を忘れ去ったかのように村正に詰め寄るアナキティを、エルフのアリシアが羽交い締めにしてなんとか制止する。

 村正を視界に収めた当初こそ眉を吊り上げていたアリシアだったが、隣の友人が自分より遥かに怒っていたせいで逆に落ち着いたようだ。

 

「村正、お前何も説明せずに素通りしたのか……」

「仕方ねえだろ、急いでたんだから。 俺があと十秒ここで無駄話してたらお前ら死んでたぞ」

「事実だから何も言えないね……っと、まだ礼を言っていなかったね。 ありがとう、村正」

「気にすんな水臭ェ」

 

 呆れたように呟くリヴェリアに対し、村正は反省した様子もなく答えた。

 彼の態度はともかく、言っている内容は何も間違っていないためフィンも苦笑いを返すのが精一杯だった。

 

 豪快に笑いながら「お礼に秘蔵の火酒を奢ってやるわい!」と肩を組んでくるガレスを鬱陶しそうに「酒は()らねえって言ってんだろうが」と押しのけようとする村正だが、体格差があり過ぎる上にLV7にすら比肩する剛力が相手ではそれも難しい。

 

「無駄話ですってッ! …………村正?」

 

 フシャーーーー! と、売り言葉(村正にそんなつもりはなかったが)に買い言葉でアナキティが尻尾の毛を逆立てて眦を吊り上げるも、幹部二人に呼ばれた男の名を聞いてピタリと固まった。

 

「あ? あー……」

 

 アナキティの反応を見て村正は彼女に向き直った。

 見れば、相変わらず彼女に慣れない羽交い締めをしているアリシアや、剣呑な雰囲気にオロオロしているリーネも「何処かで聞いた名前だぞ」といった様子で村正を見つめていた。

 

「……自己紹介とかした方が良いのか?」

「じゃろうなあ」

「当たり前だ」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 

 五分後。

 

 

「いや、なんか、すみませんでした…………」

 

 集められた遠征組全員の前で、団長たるフィン直々に紹介されて名乗った村正の前で、反省しているような納得いっていないような、複雑な表情をしたアナキティが謝罪していた。

 

「応、気にすんな。 時間がなかったとはいえ説明しなかった(オレ)が悪い」

(自覚はあったんだ……)

 

 村正がひらひらと手を振って笑って返した。

 伝説の鍛冶師の登場に驚いた後、間違っていないと信じているとは言え自分達のした事に冷や汗を流した少女達だったが、村正の竹を割ったような人柄に少しの親しみやすさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叩く。

 

 叩く。

 

 叩く。

 

 頬を汗が伝い、じゅうっと音を立てて土へ染み込んだ。

 

「外」で仕入れてきたしなやかで柔らかい鉄を心鉄として、溶けた無銘の刀身を皮鉄へと徹底的に鍛え叩き直す。

 

 神の恩恵によって遥か高みへと上り詰める鍛冶師の鎚は、一振りごとに赤熱する鉄塊の形を整えていく。

 

 腕を振るうたびに周囲の温度は際限なく上昇し、熱が陽炎を生み出し、鍛冶師の姿を屈折させた。

 

 吹き散る火の粉とゆらめく陽炎の奥でただ一心に己の対峙する()を見据える琥珀の瞳は、灼熱の中にあってなお美しく輝いていた。

 

「…………っ」

 

 ごくり、と唾を飲み込む音を発したのは誰だったか。

 鍛鉄の隙間の僅かな異音すら、不純物としてあの鎚で叩き潰されるのではないかという程の緊張感を鍛冶師を見つめる面々は感じていた。

 

『見られちゃ気が散るなんて三流臭えこたぁ言わねえけどよ、別に鍛冶師以外が見ても面白えモンじゃねえぞ?』

 そう言って苦笑する村正を押し切り、【ロキ・ファミリア】の面々は千子村正の作刀風景に魅入っていた。

 

「…………すごい」

 

 

 ティオナがぽつりと漏らした。

 自身の相棒もああして生まれたのだと、目を輝かせて見つめている。

 

 面白いものじゃない? 何を言うのか。

 

 少なくとも此処に集まった冒険者達は皆、時間を忘れて燃える鉄と鍛冶師を見つめていた。

 LV2であるサポーターのリーネでさえ固唾を飲んで見守る始末だ。他の面々は言うまでもなかった。

 

 ——千子村正の鍛えた刀は()()()()歴史的価値を認められている。

 

 神々が賜与した文明の種を、人の子が大きく飛躍させたと。

 彼の手によって()()()()()()()()()()と、そう世界から認められたのだ。

 

 そういった意味では、今彼らの目に映っている光景は、冒険者どころか多くの文化人が興味を惹かれてやまないものでもあると言える。

 

 彼は自身と自身の作品への評価を実戦的な面では認知していても、そういった方面では気にしていないのかもしれない。

 そう幾人かは考えるほどに、彼の技術への高い誇りと世間の武器としての評価、そして芸術作品としての評価の認識の三つはずれていた。

 

「—————ふっ!」

 

 そんな周囲の思考を吹き飛ばすように、村正が一際大きく鎚を振るう。

 

 常人ならば触れただけで皮膚が溶け落ちる程の高温にまで熱せられた、明るい朱色に煌々と輝く刀身の(なかご)の部分を村正は直接手に持った。

 だというのに、彼の顔には苦痛の色は一欠片もなく、その視線は刀身にのみ注がれている。

 

「……()し」

 

 一言、そう呟き、傍に置いた水を張った桶に刀を一気に突き入れた。

 

 ぼじゅううううっ、と水蒸気を上げて桶に沈み込む刀は、その高熱で一瞬で刀身の周りの水をボコボコと沸騰させる。

 

「…………」

 

 暫くして揺れる水面が平静を取り戻した時、老鍛冶師はゆっくりとその手を持ち上げた。

 

 まだ研磨されていないにも関わらず、その刀身は既に月輪を思わせる煌めきを放っていた。

 

 緩やかな弧を描く刀身はその角度によって表情を変え、魔石灯の光を受けた鋼がなめらかな光沢を放つ。

 

 鎬に沿って真っ直ぐに走る波紋は、造り手の性格がそのまま表れたようでもあった。

 

「うん、いいな」

 

 ようやく周囲の緊張も解けたのか、ちらほら小さく息を吐く音が聞こえる中、老鍛冶師は満足そうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃を砥ぎ、さらに鋭い輝きを宿した刀身の根元に、(たがね)と呼ばれるノミの刃が食い込み、傷をつけていく。

 

 彫り込まれていくその模様は、まるで筆が走ったかのように柔らかな文字を描き出した。

 

「出来たぜ」

 

【へファイストス・ファミリア】の天幕に用意された高品質の刀装具を取り付け、それはついに、一本の刀として完成した。

 

 

「号は雨垂(あまだれ)、銘は村正」

 

 

それがこの刀の()

 

 「軒先から落ちる小さな滴でも、時間をかけりゃあ岩でも穿つってモンさ」

 

 刻まれた二文字に込められた意味と願いを口にしながら、鍛冶師は一度、刀を振った。

 そして、煌めく刀身をコトンと鞘に収めた村正は、柄尻を使い手(ラウル)へと向けて差し出した。

 

 

自分(テメエ)が周りと比べてああだのこうだの、気にしてんじゃねェ」

 

 その時のラウルの激情は如何程だろうか。

 

「一念天に通ず、ってな。 馬鹿にされようが見下されようが、続けた奴が一番偉ェのさ」

 

 都市最高の、人界最高の鍛冶師が自らを認めてくれただけでなく、こうして専用装備(オーダーメイド)すら造ってくれた。目の前で。

 

 

 

「——————期待してるぜ。励めよ、若造」

 

 

 

 平凡で取り柄もなくて、なんとなく()()している自分を。

 初めて心の底から認める事ができた気がして、ラウル・ノールドは人目を憚らず涙を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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