理解できないこと、届かないことは許されない 作:S・DOMAN
この都市最高の宿屋の、最上級の部屋に泊まり、王侯貴族が食べるようなものを食べる。なるほど、これらは確かに最上の快楽を与えてくれるのだろう。
だが、それらは“この世界においては”という但し書きが付くが。
我が内側には真の悦楽、至高の快楽すらもある。
何せゲーム内の一ワールドをそっくりそのまま内側にしているのだから。世界が内側にあるというのに、欠けているものがあってよいというのか?いいや、あってよいはずがないだろうよ。
「うーむ、これはなかなかの絶景…」
そんな考えの下創られた俺のギルド拠点は、実のところそんなに豪華な装飾が施されているわけではない。
と、いうのも。黄金や宝石でギンギラギンに装飾した家というのは、なんとも目に悪いのだ。照明を灯せば目に入ってくる乱反射した光、所狭しと置かれた芸術品なんかは、下僕を何人も雇わないといけなくなるので非常にめんどくさかった。
そんな現実での苦い経験を教訓として創られた俺の拠点は、その日の俺の気分一つでその中身を変更できるようになっているのだ。
今は、三~四百年前には地を覆い尽くさんばかりに建っていたという“オシロ”にしている。
内装が主に木でできているので非常に気が楽なのだ。
そんなオシロのてっぺん、“テンシュカク”から俺は、何をするでもなく城下をぼーっと眺めている。
人間が得ることのできるあらゆる悦楽は前の世界で経験しちまったからなー…だからといって手放そうという気にはならない。当たり前だけどね。
正直ぼーっとしているのが一番楽しい。霧の隙間から、自分の下でいろんなMOBたちが動いているのを見ると、なんだか気持ちがよくなってくる。
おっと、あんまりこうしているのも良くないよな。あいつらをずっと待たせておくのは嫌だし、さっさと用事を済ませようか。
〈
“物置”だなどと何でもないように言っているが、その実ここは大袈裟に華美である。
あまりに超大な空間は、まるでここが一つの世界であるかのようだ。ズラリと並んだ展示台、宝物や“価値あるモノ”が所狭しと置かれた棚が目に入ったかと思えば、どうしようもない“失敗作たち”が無造作に放り投げられた広場もある。
俺のユグドラシルが、ここにあった。
この光景を何度見てもこう思う。明らかに過剰だよな、と。
ここを完璧に利用できれば、それこそ世界を一〇〇回滅ぼしてもお釣りがくる程の力を得ることになる。
常人が扱う分には明らかに手に余るものだ。棚の間を縫うようにして歩きながら、そんなことを考える。
この空間は歩くたびにその姿を変える。先ほどのオシロの場合は本当であったが、こちらの場合は残念ながら比喩である。
変形機構なんて複雑なものいちいちつけられないのであ~る。
………というのも、転移する際に場所をざっくりとしか指定できないため、目的地に開かれるポータルがその都度少しズレるのだ。
だが、目的地はいつだって一か所だ。“それならそこに直接行けばいいだろう”となるが、そんなに簡単な話ではない。
そもそもの話、俺の最も秘匿したい場所にホイホイと侵入されてしまったらたまったもんじゃないから。
皆はこう思うだろう。“なんでギルドメンバーの証たるあの指輪を使わないのか?”と。
はーいアウトー、もうお前らの命ねーからー。
この物置のある座標は少々特殊なのだ。というのも、俺が指定した以外の方法で入ると資格ナシとみなされて、(この場所に存在した時点で)『別のワールド』に飛ばされるようになっている。
もうユグドラシルが無いのに、別のワールド。どこに飛ばされるんだろうねー?
………いったいここは何処なのかって?…ここは、隠しイベントを達成する上で必ず来なければならない場所だ。
その隠しイベントの開始条件。それは、ワールドアイテム〈アルカデイアの幻紋章〉を使用すること、だ。
『幻想都市アルカデイア』。俺がなぜヘルヘイムやムスペルヘイムなどの異業種に有利なワールドでなく、アルフヘイムなんていうワケの分からんワールドを内側にしたか。その理由はこの幻影都市にある。
〈アルカデイアの幻紋章〉はワールドアイテムではあるが、この紋章自体は特別な効果を持たない、いわばパスポートだ。これを
だから、どちらかと言えばこちらの幻想都市の方が本体だ。
……いや、これも語弊があるか。正しくは幻想都市の秘宝こそが本体なんだが…まあいい。ソイツは俺の持つワールドアイテムの中では中の上ぐらいのヤツだし。
俺はその幻想都市の、だだっ広いフィールドをギルド拠点として有効活用させてもらっているというわけだ。まあこの都市の主俺だしネー!
だから俺のギルドは公式サイトを見ても『所在地:不明』となっていたのである。運営としても隠しクエストの存在を自ら暴くわけにはいかないからな。
と、そうこうしているうちに目的地に着いた。〈アルカデイアの幻紋章〉と同じ形の巨大な紋章が宙に浮かび、青白く発光している。
この内側に入るには、アルカデイアの幻紋章を刻んだプレイヤーを十三人用意しなければならないのだが、俺は一人でその条件を達成しているので大丈夫だ。
これで入れなかったらどうしよう……と思いながら、紋章に触れる。
俺の身体は発光し、視界が白く染まった。
着いた。宝物殿だ。
俺が先程いた場所を頑なに“物置”を呼び続けたのは、これが理由だ。真の宝物とはこれらの事であるから。
此処においてあるアイテムは最低でもワールドアイテムだ。それに俺の、金、能力、そして数々の奇跡が重なって出来上がった最高傑作たち。
どれ一つとして盗まれてはならない。もしもユグドラシル内で、これらの内の一つでも俺の手を離れてしまったならば。
ユグドラシルのパワーバランスは一気に崩れ去っていたことだろう。そしてそうなっていないという事は、この場所が遂に、サービス終了まで何者にも見つかることが無かったという事を示している。
結局のところ、プレイヤーメイドが一番強い。これがあらゆる経験と情報、金でもってこのゲームを隅々まで調べ上げた俺が至った結論である。
勿論ワールドアイテムも強い、あれらは皆唯一無二の能力を持つ。だから俺はワールドアイテムもこの場所に陳列している。だが、正直ワールドアイテムでなければ置いていないものもいくつかあるのだ。
物置とは打って変わって、等間隔で置かれた特別製の台座の横を、ゆっくりと歩いていく。コツリ、コツリという足音が、静寂で満たされた空間に響き渡る。奥に行けば行くほど宝物の価値は高くなっていく。
〈ユグドラシル・リーフ〉、〈イェリコの
凡百のプレイヤーであれば喉から手が出るほど欲しいアイテムたちを無視して歩いていく。ここに来た目的を果たすために。
それは奥の方に陳列されている。一本の醜い木の塊だ。
………言ってしまえば、
〈
効果は単純、『無限に強くなる』。ただ、それだけ。
だが単純だからこそ、このワールドアイテムは“二十”に数えられるのだ。
こんな子供が考えたみたいな能力、よく運営が通したものだよ。
〈世界意志〉と合わせて飾られているアイテムがある。これも“二十”の一つだ。
運営が〈世界意志〉を最強の鉾として創ったのならば、こちらは最強の盾という事になるだろう。
〈遥かなる極星〉。効果は『攻撃が届かなくなる』。そもそも当たらないのだ、装備者へのあらゆる攻撃は意味を為さない。うん、為さないんだけどなぁ…
これを飾っていた台座にもたれながら、宝物殿の
「………はは、ざまあみろ運営ども……お前ら如きではもう、どうしようもないだろう?」
―――
俺の執着、俺の妄執、俺の果て、頂………
此処より後は、俺が創ったアイテムが置かれている
「……戻るか」
でも、いつか使う日が来るんだろうなぁ。なんとなく分かる。俺はそういうタイプの人間だからな。
ズラリと並んだ至宝の数々。それに見守られながら、俺はあいつらのいる場所へと戻るのであった。