理解できないこと、届かないことは許されない   作:S・DOMAN

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至高天、極星

 

 

 

 鞘に納めた刺剣(スティレット)を抜き、突く。

 たったそれだけの行為。人を殺すために研ぎ澄まされた、これまで何千何万も繰り返した行動だ。

 

 だからこそ、変化があれば不都合も出る。

 

 

 

(チッ…これじゃあやり過ぎ(・・・・)じゃんか…)

 

 

 

 ローレンス(ぷれいやー)の魔法によって、私は遂に英雄の領域を突破した。あの流れ星は間違いなくあの時の私にとって吉星であった。

 

 だが現在の私であれば、あれを凶星と言うだろう。

 

 私の戦闘スタイルは一対一での同格、もしくは格上相手の戦闘を考慮して編み出したものだ。

 武技〈能力向上〉〈能力超向上〉を重ね掛けして機動力を底上げ、弱い攻撃と殺す一撃を織り交ぜ相手を混乱させて、完全に私を見失った所で確実に殺す。

 

 こうして纏めてみれば何も問題は無いように思える。現に私は、実際に力を手に入れてからでないと気付くことができなかったのだから。

 

 

 一番の問題は力加減ができないことだ。

 人間を殺すのに必要なダメージを一とすれば、現在の私は一〇〇以上のダメージで殺している。これではあまりに過剰だ。

 

 最早この世界には圧倒的な格下しか存在しないというのに、一人殺すのに毎回一〇〇の力を使っていたらスタミナがいくらあっても足りない。

 

 

 一度息を吐き思考を落ち着かせる。一旦休憩にしよう。

 ……と言っても、あの星を受け入れてから疲労なんて感覚は無くなってしまったけれど。

 

 大木の陰で涼み、抜き身のスティレットを遊ばせる。

 

 木漏れ日の光を反射して“黒晶鉄鉱(ダーククリスタルメタル)”の刃身がキラリと輝いた。

 

 

 

「綺麗………でもやーっぱ違うなぁ…」

 

 

 

 重さが違う(・・・・・)。これが第二の問題だ。第一の問題にも繋がるが、この刺剣はあまりに軽い。軽すぎるのだ。それこそ眠っているジジイ(フールーダ)の頭の上に乗せても気付かれないくらいに。

 

 私の戦闘スタイルは、元々使っていたスティレットの上に成り立っている。あれも一級品(これと比べればゴミ以下だが)ではあるものの軽量化の呪文なんて込められていなかった。その分のリソースはすべて攻撃に振っていたのだから、当然と言えば当然なんだけれども…

 

 

 使う武器の勝手が違い、それを振るう私の肉体も異なる。これでは戦闘中に違和感が出るのも当たり前だ。

 

 

 だからといって今更己の難度を下げるわけにもいかない。早くこの二つに慣れるしかないのだ。

 

 

 

(やってやるさ。何てったって、私は“英雄”…クレマンティーヌ様なんだから)

 

 

 

 そしていつか、あの高み(塔の頂)へ。

 

 

 

 

 

 

 慈悲の短剣を掲げ空を仰ぎ見る至高天の熾天使(セラフ・ジ・エンピリアン)。その胸には黄金の星が輝いていた。

 

 

 


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