同級生はロリババア 作:栗鼠
不器用で多分絶対シスコンなお兄ちゃんと、アホな妹の二人がごっっっつ好き。
終業式が終わり、清継が清十字探偵団の予定について熱く語っていた放課後。
彼らの部室があるその教室に、花開院ゆらの姿はなかった。
最近ゆらは学校に来ていない。進む授業への懸念もあるが、リクオは彼女の精神状態も心配していた。
最後にゆらと話したのは、玉章の一件以降なし。それも人間を守るように一方的に告げ、別れてしまった。
「ねぇ奴良くん、君は花開院さんのいそうな場所を知らないかい?」
「いそうな場所?」
どうやら夏休みの予定を彼女に伝えるべく、探そう、という流れになったらしい。みな心当たりがないため、探す範囲は浮世絵町内となった。まだ陽は明るいが、数時間も経てば暗くなる。
「確かにゆらちゃん心配だもんねー」
「もしかしたら、秘密の特訓とかしてたりして」
巻や鳥居のあまりゆらと接点が少ない面々も、心配の色を見せる。
「陰陽師の特訓!!? それはぜひ見てみたい!!」
そして、瞳を輝かせた清継が立ち上がる。
それから、手分けしてゆらを探し始めた面々。制服だと動きにくいため、ひとまず着替えてから再度合流となった。
そんな中で、何だかわからぬまま、捜索に参加することになった死屍累忍。
部室でファッション雑誌に目を通していれば、いつの間にかゆらを探す流れになっていた。ちなみに部活に入った童女については、社会科見学ついでに町を散策している。部活の集まりにも参加しておらず、今回は不在だ。
「とりあえず、探せばいいんじゃな」
一同から離れ姿をくらました隙に、彼女は塀の上、屋根、電柱と飛び移って行き、町を見渡せる見晴らしのよい高台へたどり着く。吸血鬼は五感がいい。殊に血の匂いであれば、特定の人物を見つけ出すことも容易である。
「…フム、やたら町の外れにおるな」
匂い、音、視覚。
それらを使い陰陽師の少女を見つけ出すまで、ほんのわずかな時間。
高台から飛び降りた忍は、ゆらの元へと向かった。
⚪︎⚪︎⚪︎
“天才”と“秀才”は似ているが、違う。同じ才能ある者であれど、その才の活かし方は異なる。
天才なら感覚的に己が才を昇華させることができ、秀才なら努力によって己が才能を開花させる。
持たざる者、凡人にとって才能ある者は羨ましいものであり、また、天才しか持ちえない天性の“感覚”を羨む秀才もいるだろう。
だがしかしその天才もまた、悩むのだ。
花開院ゆら────“天才”と謳われる彼女は、考えていた。
それは玉章に刀を向けられ、震えるしかなかった自分に。
そしてさらに妖怪としての疑惑が深まった、「奴良リクオ」という少年の存在に。
浮かんでは消え、浮かんでは消え。モヤモヤとした気持ちは消えず、彼女の天性の感覚さえも阻害し、修行をしても成績不振が続いている。
未熟な今の己ではリクオたちに会わせる顔もなく、ゆらは今日の終業式だけ出たものの、教室には行っていない。思い浮かぶ親しい者たちがいる中で、席に着く。その行為さえ、今の彼女にはジットリと、下着の内側に汗をかかせる。
普段の彼女ならここまで深く考えない。上京や、一人の生活、特訓に勉強、仲間たちとの交友など。思った以上に精神的な負荷がドッと、今になり、目に見えて現れている。かといって、夏だけ実家に帰る──という事もできない。花開院ゆらは修行の身だ。
「みんなと一緒にいるのが辛いなんて、私相当疲れとんのやなぁ…」
ゴロンと、床に転がったゆら。
修行の服はボロボロになり、その下のスカートや体操着までも布切れ同然となっている。袖を自分で引きちぎりワイルドになった…わけではなく、修行の積み重ねにより必然とできあがった、努力の勲章。そろそろ新しい服を新調しろ、というレベルにまできている。
「………おじいちゃん」
炭酸飲料にハッカ飴を勧めてくるような兄とは違い、優しかった祖父。おじいちゃん子の彼女は小さく鼻を啜った。
「何じゃ、ホームシックか?」
唐突に、何の前触れもなく。
一人の──否、一匹の吸血鬼が、仰向けの少女を覗き込む。
「どわぁっ!! で、出たな、吸血鬼!」
「探偵団の連中が、うぬのことを探しておったぞ」
「え……奴良くんたちが?」
「あぁ、教室にもほとんど来ておらんじゃろう。おかげで儂は、うぬの机を都合のいい荷物置き場にしておるわけじゃが」
「………何か、ちょっと傷ついたわ」
一瞬ゆらの中で、小学生の時に見たドラマを思い出す。いじめられている生徒の机が外に捨てられ、お前の席がない状態にされる。
らしくない、実に。関連性がないにも関わらず、このような暗い考えを抱いてしまうとは。
「冗談じゃよ。儂はうぬの机の内側をデコっておるだけじゃ」
「公共物に何しとんねん!!」
「もう夏休みになってしまったゆえ見せられんが、二学期になってから見るとよいぞ。中を覗くたびに儂の最高傑作が見れる」
「そう言われたら、めっちゃ気になっちゃうやろ!」
「カカッ、せいぜい一ヶ月と幾許を待ち望むんじゃな」
あくどく笑う
先までの悩みが吹き飛んだゆらは、ハァー、と息を吐く。毒気が抜かれた。
同時に、過ぎった疑問。
この際、死屍累忍が妖怪であることはひとまず置いておいて、リクオのこと。
奴良リクオは人間なのだろうか、それとも、妖怪なのだろうか。
忍が妖怪である事実を知った時は、驚きこそしたが、どこか納得したのだ。元から彼女から人間離れした雰囲気を感じていたがゆえ。
ただリクオはこれまで接してきた中でも“人間”としか思えない。彼の幼なじみのカナに、彼らが映るアルバムを見せてもらっても、リクオはごく普通の子どもだった。ただ、心霊写真率は高かった。それもリクオが映っている物に。
「なぁ、リクオくんって…」
「何じゃ、恋愛話か?」
「へ? ……………違うわ!! 私が奴良くんを好きっちゅー話ではなく──」
「好きなのか!?」
「〜〜だぁ、違うって! そもそもラブの感情は持っとらんわ!! 私が言いたいのは……」
とことん話が脱線していく。一度息を深く吐いたゆらは、意を決する。
「────奴良くんが妖怪か、アンタは知っとるか?」
そして、言った。
忍はゆっくり瞬きをしながら、ゆらから視線を逸らさない。
「その問いに儂が答えてやることもできるが……人間、うぬ自身が聞かなければ意味がないじゃろう」
「それは、そうやけど…」
「怖いか、「是」と言われるのが。こうして儂に聞いておる時点で、うぬはわかっておるのじゃろう? リクオが何者なのかを。だが簡単に認めることができぬ。なぜならうぬは、魔を退治する人間なのじゃから」
「……ッ」
妖怪は“絶対悪”だ。
花開院ゆらは、口が酸っぱくなるほど、あるいは親の顔よりもその言葉を聞いてきた。いや、親の顔自体ほとんど覚えていないのだが。
“絶対悪”の教えを説いたのは、兄だった。その考えは兄自身のものではなく、陰陽師の主流である。
疑わしきも罰する。徹底的に、絶対悪は滅さなければならない。
だがそれを罷り通してしまえば、ゆらはリクオを傷つけなければならなくなる。
────大切な友人を?
「そんなの、できるわけないやろ…」
未熟な考えだ。だがそれでも、ゆらはリクオを切り捨てることができない。そもそも、もし仮に、本当にリクオが“夜の主”なら、あの男は妖怪でありながら人間を救った。
「“絶対悪”か、実に人間らしい価値観じゃのう」
「人間やからな、私は」
「その絶対悪が目の前にいるんじゃが、滅そうとはせんのじゃのう。まぁ、儂に勝てるわけがないが」
「…もし仮にアンタが悪い妖怪やったら、私が陰陽師ってわかった時点で殺してるやろ。それに理由はわからんけど、アンタ人間生活を謳歌しとる感じやもんな。それにもし悪さしたら、絶対に私が許さへんから」
「カカッ、うぬは単細胞じゃが、力量を弁えぬ愚かな人間よりは能がある」
「だ、誰がタンサイボーや、この金ピカ吸血鬼ィ!!」
からかう三つ編みの少女と、顔を真っ赤にして「滅したる!」と叫ぶ陰陽師娘。
重苦しかった雰囲気が霧散し。
「──────
無数の鋭い歯を生やした黒い異形が、二人のいた場所へ飛びかかる。
その矛先が忍であると瞬時に理解したゆらは、彼女を抱きしめ地面を転がる。
「痛っ……急に何やねん!」
「何だ、とは何だァ、ゆら。
「え………?」
ゆらの視界に入ったのは、和服の上にマントを羽織った黒髪の男と、背が190cmは優にあると思われる青年の姿。ぱっと見で青年の方はわからないが、高下駄の男の方はわかる。高校生にしては老けている顔立ち。三白眼の瞳と吊り目の眉が、威圧的な雰囲気を醸している。
「お兄ちゃん……!」
「何だ、嬉しそうな顔しやがって」
「ぜんぜん嬉しくないわ! それより、何で急に攻撃を……」
「話は後だ。
「わかった」
背の高い青年の名が『魔魅流』。そしてゆらの兄であり、花開院家の直系の高下駄の男こそ、『花開院
「ちょ、ちょっと、無視すんなや!!」
忍を庇うようにして立ったゆら。竜二は小さく舌打ちを溢す。
「その鬼から離れろ、早く」
「鬼って、たしかに彼女は吸血鬼やけど、色々こっちにも事情があるんや!」
「事情? 知らんな。話が通じると思ってるのか?」
「なっ……私と話が通じんのは、一方的にそっちがぶった斬るからやろ!!」
「……ッチ、話が通じないのはお前じゃない、そこの鬼だ」
「は?……言ってる意味がわからん」
「本当にバカな妹だな。さては吸血鬼の知識がねェだろ」
「うっ…」
ぐぅの根も出ない。
ただいくら浅学でも、吸血鬼が人間の血を吸い、あとは吸った人間を仲間にし、にんにくや銀の鉛玉を苦手とすることくらいは知っている。
「端的に言うが、現代において吸血鬼は個体が極端に少ない。それも裏で売買されてる、仮死状態じゃない生きているヤツはな。もし目の前に吸血鬼がいるのだとしたら、ソイツは相当の手練れと思え。
「ッハ、言葉には気をつけよ、人間」
「ゆら、覚えておけ。そういう古い吸血鬼どもが、人間をどう見ているか」
肉。肉。肉。
それが吸血鬼にとっての人間の姿。
ゆらは思わず、後ろへ視線を向ける。瞬間、紅い瞳とかち合った。途端に膝から力が抜ける。
そこに普段の死屍累忍の人物像があったのなら、安堵の息をつけた。
だが彼女を通って、竜二と魔魅流を見る忍の目は、淡々と二人を“人間”としてとらえ、数えていた。一人、二人ではなく、一匹、二匹と。
理解ができない。いや、理解することができない。
「死屍累………さん?」
そう言い、呆然と動けなくなった少女を救うべく、二人の陰陽師が動いた。