ダンジョンで英雄を騙るのは間違っているだろうか? 作:モンジョワ〜
ダンジョンに向かう白髪の少年を追って六階層にやってきた。
件の少年は今迷宮から生まれたばかりのウォーシャドウと四対一で戦っており、形勢は不利。
さっきまで戦っていたフロックシューター等とは違う上層の脅威の一つ。
頃合いかと思ったが、俺の勘が見届けろと伝えてくる。
駆け出しであろうあの冒険者……本来ならウォーシャドウが出た時点で助けた方がいいが。俺はそれを見て動けずにいた。
「冒険か……」
あの冒険者は今上に上がろうと冒険を始めている。
それを先人たる俺が邪魔できるわけがない。それにどうしてか、彼の姿がとても眩しいのだ。
「厄介なのは『指』、それをどう対処する?」
ウォーシャドウは鋭利な指を持っている。
前世で言う手長という妖怪のように異様に長い腕の先に三本の指があり、それは冒険者の中でナイフによく例えられている。
しかも、このモンスターは上層の中でかなりの敏捷を持っている。
それこそ、序盤に戦うようなゴブリンやコボルトとは比較にならない速度だ。
LV.1――それもまだ駆け出しであろう彼では本来なら勝てるはずがない。
事実、その通りになった。
四体いるウォーシャドウに連携という概念はないが、そのどれもが少年の命を狩ろうとしている。
絶え間なく続く指による攻撃、下手に攻めれば狩られ攻めなくともジリ貧だ。
近づけず、攻撃され放題。
徐々に削られる少年――このままだと見殺しだ。
(でも、どうしてだ?)
何故、彼はまだ死なない。
そして何故俺は助けようとしないんだ?
その答えはすぐに分かった。彼は成長しているのだ。
この死闘の中で加速的に。
ステイタスが更新されたというわけではない。まだ拙いが、技術を手に入れている。
生き残る術を本能で理解し始めたのか動きが良くなっているのだ。
この少年は、あの時ミノタウロスから逃げていたいかにも駆け出しの冒険者。
逃げた時の速度を考えるにそれは間違いない。だけどどうだ? これが駆け出しの姿か?
「……すげぇな」
その光景を見て自然と言葉が漏れた。
なんと一匹のウォーシャドウの隙を突き、完全に命を奪ったのだ。
そして彼は落ちたばかりのドロップアイテムを拾いその刃を構えた。
まだ戦う気だ……あぁ、本当にカッコいいな。
◆ ◆ ◆
(真っ白だ)
戦い続てどれぐらい経ったか分からない。
ウォーシャドウを三匹倒した所まで記憶はあるが、その後のことは覚えていない。
――僕は死んだのだろうか?
でも、それならなんで意識があるのだろうか?
覚醒した直後、ふと思ったその疑問。どれほど意識を失ってたか分からないが、ダンジョン内で気絶なんかすれば死は逃れ慣れない。
……じゃあ、生きている理由は?
ふと、温もりを感じた。
それと体を揺らされる感覚。
何かと思って目を開ければ誰かの背中が目に入る。
「ん……あぁ、起きたか少年」
「……何が?」
「あ、ちょっと待ってろ下ろすからさ」
ベンチが近くにあったからかそこに下ろしてもらって僕は背負ってくれていた誰かを見る。
僕より十C程高い身長。
白銀の軽装に、珍しい髪――この姿には見覚えが――いや、聞き覚えがある。
あの日、ヴァレンシュタインさんの事をエイナさんに聞いた時に一緒に伝えられた英雄……その名も。
「聖騎士……シャルルさん?」
「やめろ少年、その二つ名で俺を呼ぶな。マジで恥ずかしいから」
「どうして、ここに……」
この人が所属しているのはロキ・ファミリアだ。つまりは、あの場所にいて逃げた僕を見ている筈。
追ってきた? 態々僕を?
なんで……とネガティブな考えが沸いてくる。
「いやな、ぶらぶら散歩してたらダンジョンに向かう少年を見つけたんだよ。こんな時間にダンジョンに潜るなんて珍しいから気になって後を付けてきたんだ……って、それよりさお前凄いな!」
だけど、そんなこの人の様子を見て、酒場にはいなかったんだろうと思った。
あの場で話されていた特徴に当てはまる僕を見て馬鹿にするような様子なんかなく、それどころか。
「凄い……僕がですか?」
「おう! だって少年は駆け出しだろ? それなのに三匹もウォーシャドウを倒すなんてさ!」
テンションを高めながら僕を褒めてくれるこの人からは何処までも純粋な思いが感じられる。
本心から僕を褒めていて、馬鹿にしている様子なんて一切感じない。
「でさ、一応ポーション飲ませたから大丈夫だろうけど怪我はないか?」
「大丈夫……です」
自分の体を見る限り、負ったであろう傷は一つもない。
だから大丈夫と伝えると目の前の人は自分の事のように安堵して良かったと笑ってくれた。
「あの、助けてくれたんですよね」
「そうだな、気絶した少年をダンジョンの外に運んだ感じだ」
「ありがとうございます」
「いいって、困ったらお互い様だ。それにいいもの見せて貰ったお礼だ」
「いいもの?」
「あぁ、お前が冒険してる姿だ。かっこよかったぞ!」
見られてた? あのウォーシャドウと戦う姿を?
しかもカッコいい? あんな無様に足掻く姿が……。
嫌味だとは感じない。それどころか眩しい笑顔で純粋にそう思っているのか、続けざまに僕を褒めてくるシャルルさん。あまりの好印象に僕はこう聞いてしまう。
「どこが、かっこよかったんですか?」
「ん? そんなの少年の姿だ。諦めずに強敵に挑む、しかもずっと前を向きながら。正直すっごい眩しかった!」
この人、本当にそう思っているんだな。
まだ会って本当に短いけど、この人の事はなんとなく分かる。
陽気で眩しい人だ。
それこそ英雄譚の主人公のような……そんな人なんだろう。
羨ましい……そう思ってしまう。
この人は、アイズ・ヴァレンシュタインさんと並ぶ強者だ。
過去にどれほどの冒険をしたのか分からないけど、それを何度も超えてきたんだろう。頑張って、足掻いて、僕の浅い想像では片付けられないほどの物語があったんだろう。
だから聞きたかった。
「……どうやったら強くなれますか?」
「強くか? ……難しいな、だから俺の持論で良いか?」
「大丈夫です」
「何かを貫き通す事だ! 何でも良い、一つ大事なものを見つけて、それを何が何でも曲げず貫き通せばいい。挫折することもある。だけど、最後までそれを掲げれば貫けば、きっと強くなれるさ」
早朝のオラリオで元気よく僕にそんな答えをくれるシャルルさんはとても眩しくて、英雄みたいだった。勇気をくれるそんな英雄、とても暖かくてあの人とは違う憧れを彼に抱いてしまう。
「えっと、ありがとうございます」
「何か得たなら良かったよ……そうだ。まだ疲れてるだろ? よければホームまで付き添うぞ?」
「いえ、大丈夫です。僕も冒険者ですから一人で帰れます。今日は本当にありがとうございました」
「そうか、じゃあまたな。そうだ最後に名前を教えてくれよ、お前の名前が知りたいんだ」
そうやって手を出しながら僕に名前を聞いてくるシャルルさん。
名前を改めて教えるというのはなんとなく気恥ずかしかったけど、この人には名前を知っていて欲しいなと思った僕は彼の目を見ながらしっかりと告げる。
「ベルです。ベル・クラネル」
「分かったベルだな……よろしくなベル、改めて俺はシャルル。世界一カッコいい英雄になる男だ」