ダンジョンで英雄を騙るのは間違っているだろうか?   作:モンジョワ〜

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第六話 フィリア祭

 

「アイズたん、主神命令やシャルルとデートしてきぃ!」

 

 神の宴から帰ってきたロキがアイズとリヴェリアの傍を通りかかると酔った様子の彼女がそう言った。

 そんな彼女は足元がおぼついておらず、顔色が果てしなく悪い。そして何より女性にあるまじき酒臭さを纏っている。

 ロキは神の宴から帰ってきたあとずっとこのような調子だった。

 フィンやリヴェリアの声も聞かず、うちを止めるなぁ! という様子で浴びるように自棄酒をし……そして宿酔、いや三日酔いだろうか? なんでも馬鹿にしようとしていた女神に逆にやり込められ、悔しさの余り酒を飲まずにはいられなかったらしい。

 団員がロキの部屋を通る度にドチビがドチビめぇといううわごとが聞こえてきたことから相手は小さいんだろうと言うことだけ分かる。

 

「さっき帰ってくるのが見えたやけど、この時間までダンジョン潜ってたんやろ? たまには息抜きせんと駄目やで」

 

 どう見ても酔った様子の彼女は酒気を漂わせながらそのまま宣言する。

 

「だからここはシャルルと出かけてくるんやで、たまには二人でゆっくりしてき?」

「…………断られるかも」

 

 こないだの服選びで疲れた様子の彼を見るとシャルルは私達と出かけるのは苦手じゃないかと思った。

 だけど、ロキはそれをすぐに否定する。

 

「シャルルがアイズたんの誘いを断る訳ないやろ、だからどんと誘えばええ」

「まあそうだなあいつは断らん、私はああいう雰囲気には馴染めんが二人で楽しんでくるがいい」

 

 本当ならゴブニュのもとに整備が終わってるだろう《デスペレート》を取りに行きたかったけどこの雰囲気は断れない。リヴェリアも息抜きしてこいと目で伝えてきているし、何より彼女たちの心遣いが分かってしまってしまうから。

 

 そして翌朝。

 

「アイズ、シャルルとフィリア祭行くの!」

「うん、ロキに言われて二人で行ってこいって」

 

 部屋に訪ねてきたティオナがフィリア祭に誘ってきたのだけど、予定があるからシャルルと一緒に行くと答えるとあからさまにテンションを上げてきた。

 

「だからごめんティオナ」

「ううん、全然良いよ! でも、それならお洒落しなきゃじゃん。あ、そうだシャルルに買って貰った服とか丁度良いよね」

「うん、着ていくつもり」 

 

 窓の外が祭日和とばかりに晴れ渡り、それに負けないような暖かさでティオナが喋る。

 自分の事のように喜ぶ彼女は、楽しそうに笑い「そうだ待ってて」という一度部屋に戻った。

 少し待って戻ってくるティオナ、その手には赤い花の髪飾りが握られていた。

 

「これ貸してあげる! よければ着けてってよ」

「いいの?」

「いいって、いつも二人にはお世話になってるし楽しんできて欲しいんだー」

「ありがとうティオナ」

 

 そう言って淡くアイズは笑い返し、一緒に食堂に行くことになった。

 依然酔いが抜けていないロキはやはりいなかったが、そこにはフィンと共に朝食を取るシャルルの姿がある。祭には早く行った方が回れるから、誘うのは早めが良いが……こんな公共の場で誘うのは恥ずかしい……と、そんな事を考えているとアイズに気付いたシャルルが手招きしてきた。

 

「なあアイズ、一緒にフィリア祭回らないか?」

 

 そして近付いた彼女に対してそう提案してきたのだ。

 予想外の出来事、一応昨日誘う練習はしたがまさか彼から誘われるとは思ってなかった。

 でも……なんとなく嬉しい。

 

「……行く」

「よかった。よし、じゃあ飯食い終わったら行こうぜ?」

「分かった」

 

 それから朝食を済ませて部屋にアイズは戻り、買ったばかりの服に着替える。

 彼が選んで買ってくれた白い短衣にミニスカート。さりげなく花を象った刺繍が施されていて美しい柄のその服。彼が自分の為に選んでくれたというだけでも嬉しいが、これを着たときに褒めてくれたことも思い出してしまい気恥ずかしさがやってくる。

 顔を振ることでそれを振り払いながらも、護身用の剣を持って準備は完了。

 あとはエントランスホールで待っているシャルルの元に向かって祭に行くだけなんだけど……。

 そこで一度鏡で自分の姿を見る。

 

 ……似合ってるのかな?

 彼の前の言葉を信じていない訳ではないが、自分はお洒落というものに弱い。

 だから自信があまり持てない。

 

「……待たせると悪いし行かないと」

 

 人波に乗って、混雑を極める東のメインストリートを進む。

 花を始めにした飾り付けが施されている大通りは歩くのにも一苦労。

 普段から目にすることのない彩りが添えられていて、いつもとは違った場所に感じられる。

 他にも怪物祭を表す獅子のシルエットや、この祭を主催した【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムも見ることができた。

 

 屋台も沢山あり気になるのは火で豪快に焼かれている鳥肉。

 その肉からは肉汁が滴り、ジューっという油の始める音が道行く人々の食欲を刺激しているだろう。

 そして目指す屋台は決まっている。

 こんなに沢山の屋台があるが、やっぱり最初はこれを食べなきゃ始まらない。

 

「あ、おばちゃんジャガ丸くん二つ。一つは普通ので、えっとアイズは小豆クリーム味でいいんだよな?」

「うん大丈夫」

「じゃあ、もう一つは小豆クリーム味で頼みます」

 

 はいよといって手渡されるのは、芋を衣揚げにした一口大の料理。

 大好物のこれを食べながらそのまま彼と一緒に祭を回る。

 

「あ、アイズそろそろ怪物祭が始まるぞ?」

 

 彼と一緒にゆっくり歩くという珍しい体験に時間を忘れてしまっていたが、もうそんな時間らしい。

 肝心な怪物祭を見ないとなるとあとでロキに何を言われるか分からないから早く向かわないと……そう思って、闘技場に向かっていく。

 そして辿り着いたのだけど……そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 祭の環境整備のために働いていたギルド職員が騒がしく何より慌ただしくて、今も歓声が絶えず響いている闘技場とは真逆に同様と混乱が場を支配していた。

 それに、今本来ならショーをしている【ガネーシャ・ファミリア】の面々が武器を構えて広場に散っているのだ。

 そこからの行動は早かった。

 シャルルがギルド職員にコンタクトを取り、何があったかを尋ね始める。

 

「すまん、この雰囲気何かあったのか?」

「聖騎士シャルル……それにアイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

 彼等は二人の英雄の姿を見て唖然としたあと、飛びつくように近寄ってきて早口で現状を説明始めた。

 聞けば祭のために捕獲していたモンスターの一部が檻の中から脱走したようなのだ。

 外部犯の仕業であろうこの事件、一部のギルド職員や檻を見張っていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員が魂が抜かれたように放心していたそうなのだ。

 

「アイズ、分かってるな?」

「うん」

「ギルドの皆、俺とアイズが加勢する。モンスターが行った逃げた方向は分かるか?」

 

 そうして教えられた場所にアイズとシャルルは向かう事にして、一度ここで別れることになった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 教えられた情報ではシルバーバックがダイダロス通りに向かったらしい。 

 あそこにはかなりの人がいるのは分かっている。

 しかも一般人が多い。

 そんな所であのモンスターが暴れたとなると……急がないとな。

 

 そう考えてシルバーバックを追うためダイダロス通りに入ろうとしたときだった。

 一瞬だが濃すぎる殺気が俺を襲ったのだ。

 何かと思い出所を探る。

 そして視線の先、路地裏の影から現れる男の姿が目に入る。

 猪人の男だ……しかもこの気配は覚えている。

 

「なんでここにいるんだオッタル?」

「貴様か……あの方の言った通りだったな」

「その様子、モンスターを追ってきた訳じゃない……よな」

 

 なんでこいつがここにいる?

 それに、明らかに俺を待っていたその様子。

 俺に何か用があるのか……いや。

 

「俺はモンスターを追いたいんだが、通しては……くれないよな」

「進むなら斬る。引き返すなら何もせん」

「――今回の主犯はフレイヤか、お宅の主神は何する気だ」

「…………」

「だんまりか――はぁ、仕方ない」

 

 人が傷つくのは見逃せない。

 いや見逃してはいけない。だって、誰かを守るのが英雄なのだから。

 

「押し通らせて貰うぞ、猛者」

「そうか……今の貴様に何が出来る?」

「さぁな、その余裕崩させて貰う。いくぞジュワユーズ!」

 

 ――英雄は、試練を越えなければいけない。

 久方ぶりの格上に、そんな言葉が一瞬過った気がした。

 


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