転生者の物語 ~SAO編~   作:(^_^)ノ

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第9話 会話

 ……なにしてんだろ、俺。

 あの後、少し押し問答があって、今は夕暮れ。もう第1階層攻略本を読み終えて、宿の自分の部屋で三角座りをしている。

 読み終わった本は横においてある。目の前に壁があり、後ろにベットと風呂につながる扉がある。

 

 

 

シャーーーーー

キュッキュッ

チャポン

 

 

 

 ……結局、アスナに風呂を貸すこととなった。

 最終的には、「別にゲームの身体だし……さっ、触っても構わないわよ」なんて明らかに構っている表情で、具体的には頬を染めて上目づかいでーーハラスメント防止コード切ってないのを見せられた。

 

 この時点で押し出すとか引っ張るとかの選択肢はなくなった。下手に触ったら、オレンジネームで牢屋行きの可能性がある。デスゲーム開始数日で、オレンジネームで牢屋に転移なんて少なくとも俺はごめんだ。

 その脅しに屈して、風呂を明け渡した。

 ……まあ、ひさしぶりだろうし、風呂に入りたい気持ちも分かるけど。

 一体、いつ、誰にあんなこと教えられたんだと少し動揺しつつ、攻略本を読んでいたんだが……その「誰」がすぐに分かった。攻略本に「ハラスメント防止コードの利用方法」とか銘打って、ご丁寧にセリフ付きの図解で、ハラスメント防止コードを使った脅し方が書いてあった。

 アスナが言ったものがその脅し方の一つと全く一緒だったよ。

 攻略本になんつーこと書いてんだあの『鼠』は。

 

 

 

キュッ

シャーーーーー

 

 

 

 まあ、その提案で、というか脅しで、俺はアスナの裸を見るのを諦め……じゃなくて! 俺は、最初から見る気ねえ!

 くそっ、後ろの水音で思考が変な方向に進みやがる。

 さっきの水音はシャワーを浴び始めたという意味で、つまりはそこにアスナが……はあ、ホント何考えてるんだ俺は。

 

 問題はこれじゃなくてーーいやアスナも早く部屋を借りて、自分の部屋で風呂に入ってほしいが、これは俺の落ち着きがなくなるという点以外に特に問題はないので、重要度はあまり高くないーーなぜ今のアスナがこうなのかというのと、これからどうするかの二つだろう。

 原作で『狂戦士』とまで言われ、攻略の鬼だったアスナ。その心に余裕のない状態は、ゲーム後半まで続いていた。今日だって精神的に参っていた状態から、怒りだして、その後、間をおかず泣くという情緒不安定っぷりである。その情緒不安定っぷりが、たった30分泣いただけで冗談を言えるぐらい回復する? ……あれってーー触っても構わないってーー冗談だよな?

 ……ま、まあ、それを抜きにしても、同級生とは言え男の子の意思によっては裸を見られるかもしれない状況に自分からする?今そこの扉開けば見れるぞ。

 ……うん。見れるんだよな。

 

 

 ……さて、意外でもなんでもないが、社長令嬢はその立場上、貞操観念がしっかりしている。

 婚約者候補なんて考えがあるくらいだ。そのあたりは家で教えられる。アスナも、御曹司である俺も例外ではない。VRゲームの中だろうと裸を見られることすらもってのほか、考えれない異常である。

 

 しかしながらこの状況、見られても構わないどころか見てもらったほうが都合がいいと言わんばかりである。

 これらの異常を説明するに最も適したものは"、俺”に対する"依存心”。つまりは、"俺に頼って生活する”そのために俺が離れていかないように、今もこんなことをしている。最初、「口頭でも構わない」と、遠慮した頼みごとをしたのは、俺がどこまで協力的であるかを調べるとともに、軽いお願いから始めて徐々に俺の協力を引き出すためだったのだろう。

 

 

 

 

       ーーって、そんなわけあるか。

 もちろん、アスナが精神的に不安定なのは確かだろう。俺の目の前で泣くぐらいだしな。見られたほうが都合がいいという点も正しいだろう。

 

 しかし、アスナが"俺”に対して"依存”しているというのはおかしい。

 もちろん、アスナが自立せずに他人任せの寄生生活を送るような性格をしていないというのもある。が、それ以前にアスナはHPが0になれば死ぬということで情緒不安定になったわけではない。自暴自棄になっていたとは言え、自らが全力で生きた結果なら死んでもいいと思っていたぐらいである。

 そもそも、アスナは学校で、「ゲームなんて人生の無駄。子どもの遊び」と言いきっており、アスナの性格上、MMOはおろかゲーム自体したことがない。

 当然、ゲーム内でどれだけ死にやすいかなども知らないだろう。

 アスナが情緒不安定になったのは、このゲームをクリアーするのに時間がかかり、クリアー出来たとしても、親に失望され、周りに蔑まれるという現在の状況に絶望したからであって、死ぬおそれがあるからではない。

 死んでもいいと思えて、そもそもどれほど死にやすいか知らないけど、死なないために"依存”する。そんなこと起こるわけがない。

 

 故に、アスナが"俺”に"依存”しているということはない。

 じゃあ、アスナの不可解な行動の理由は?

 親に失望されることを怖れる子が親が最も厳しく教えるだろう貞操観念に反する行動をとる理由は?

 

 人は非常事態の時、通常時と同じ行動を取りたがるということがある。避難訓練をするのは、非常時に避難経路で避難できるようにするためであり、今アスナが風呂に入っているのも、いつもと同じ行動を取ろうとした結果であると言える。

 このことを踏まえ、考えると……っと

 

「もう大丈夫か? 振り向いて」

 

「気づいてたの? 全く動かないし、考えごとしているのか、寝ているのか、どちらにせよ気づいていないと思ってたわ。もう大丈夫よ。服も着たし」

 

 気づくさ。さっきから水音がしなくなったからな。

 立ち上がって振り向くと、風呂場につながる戸の隣に備え付けてあるベットにアスナが腰かけていた。

 装備も変わってないし、ゲームだからさっきと何も変わらないはずなんだが……輝いているように見える。本人の気分なのか、それともさっきの俺の想像のせいなのか……。

 

「まっ、確かに考えごとはしていたけど。今じゃなくても良いことだし、これからのことを話し合う方を先にすべきだからな」

 

 今、アスナに指摘したどころで、不安定な心理状態がより悪化するだけだろう。

 

「それで明日からのことだけど、とりあえずアスナがSAOに慣れること目標で良いよな? 余裕があったら他の人も指導するつもりではあるけど……攻略本持っとくか? 不安だろうし」

 

 出したままの第1階層攻略本を一度しまい、アスナに送る。

 

「えっと、ええ、とりあえず借りておくわ。それから……明日からのことは任せるわ。まだゲーム自体分からないことがあるし、……少し不安だけどケイ君がいるし大丈夫よね」

 

 受け取り方は覚えたようで、アスナは、一度しか教えてなくても話しながらもスムーズに受け取った。

 

「どころで……その……一つお願い聞いてくれないかしら。ケイ君」

 

「いいよ、アスナ。……一応言っておくけど、この部屋に泊まるとかはだめだから」

 

 「いいよ」のあたりで「本当! 」と言わんばかりに手を合わせ、ベットから立ち上がったアスナだが、続きを聞いて固まった。

 ……えっと、今テキトーに言っただけだぞ。

風呂貸したから次は部屋かな、みたいな感じで。……マジで部屋一緒にしたいの? 同棲? ……いろいろダメだわ。

 

「……ダメかしら? ……さっきも言ったけどまだ分からないことがあるの。明日から始めるのなら今日のうちに聞いておきたいのだけど」

 

 それだけなら泊まらなくていいんだけどな。

 

「いや、まずこの部屋、ベットが一つしかないだろ。この部屋は俺が借りてるから俺が居なければ使えないし、俺はアスナを床で寝かせる気はない。それに、聞きたいことなら今聞けばいい、だろ? 」

 

「それでも不安だし……一緒の部屋でも……私は、同じベットでも構わないわよ、全然」

 

 こういう時自分だけベットに寝たいとか、私が床で寝るとか言わないあたり、よく教育されているというか、育ちが良いよな。こっちも女性を雑に扱わないよういわれてるから、自分だけベットじゃ寝れないしな。でも、だからと言って同じベットで寝るのはおかしいと思うんだ。

 何より俺が寝れない。

 ……というか今考えてみると、アスナがこの部屋に泊まった時点で俺、寝にくくなるじゃん。

 

「ほら、ハラスメントコードだって切ったし、これなら一緒に寝れるでしょ? ねっ、ねっ? 」

 

「アスナ」

 

 とりあえず、落ち着こうか。

 

「俺は、付き合ってもいない異性と同じベットで寝る気はないよ、アスナだってそうでしょ? 」

 

 これは否定されないだろう。

 

「というかこのベット、一人用だからね。二人で寝るなんて寝にくいなんてものじゃないから」

 

 今日のところは、アスナを正気に戻して帰らせよう。

 

「あ……うん。そうだね……そういえば、一人用だね。……ごめんなさい、変なお願いしちゃって。……えっと、それじゃあまた明日ね」

 

 逃げるように、というか実際正気に戻って逃げているアスナの後をついていく。戸を開けて、挨拶するつもりで振り返っただろうアスナは、俺も一緒に部屋から出ようとしているのに一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに納得の表情に変わった。

 

「送ってくれるのかしら」

 

「もちろん、お嬢様」

 

「あら、それじゃあお願い」

 

 おどけて返すとそれに合わせて返してくる。

 ちょっと恥ずかしさを隠すように笑った顔が可愛らしい。

 ……と送っていかないと。

 俺は前に向き直り、歩いていくアスナの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 宿に戻って来た。

 ベットに横になって考える。

 アスナが住んでいる宿は、大通りに近く、女の子が好きそうな綺麗な宿だった。あれでは、宿代も俺のところには及ばないにせよ、かなりするのではないだろうか。少なくとも初期の所持金では飯代を切り詰めても1ヶ月持たないと思う。

 

「にしても……あれは」

 

 思ってたよりひどかった。

 アスナの状態がである。

 普通、恋人でもない異性と同じベットで寝たいなんて言うか?

 ……あれ、前例あったな。

 まあ、いいか。

 それよりも今はアスナの方だ。あれからさらにひどくなって、よくまあSAOの後半で回復したものだ。

 これから先、しばらくはアスナと行動を共にする必要があるかもしれない。

 まだ打つべき手がいくつかあるが、それはおいおいやっていくとしよう。

 

「さてと」

 

 思考を打ち切り、寝る前にやっておくべきことを始める。ベットに横になって考えていた状態から体を仰向けにする。そして、右手を前にだしメニューを開く。何もせず閉じる。

開く。

閉じる。

開く。

閉じる。

……

 しばらく続けた後、今度は見ずにやってみる。

 将来的には、戦闘の間でも回復や投剣を出来るようになりたいと思っている。これは、そのための見ないでもある程度正確に操作するための練習である。またしばらく続けたら今度は持ち物から投げナイフを取り出し、しまう。

 ちなみに、この投げナイフは昨日買った物である。買った後に投擲スキルを取っていないことや、空きのスキルスロットが無いことに気づいたが、この練習のために使うのだから問題ない。

 問題ないと言ったら問題ない。

 

「よし。今日はこのくらいにして寝ーー」

 

 あれ、何か忘れているような。

 えっと今日は朝から狩りに行って、アルゴに会って、アスナに会って、今アスナを送って来たところで……

……

……

 あ、飯食ってない。

 食べに行こ。

 食事が美味しい宿で昼食抜くこととなりましたとさ。

 


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