【完結】死灰の少女~ashes to ashes, dust to dust~   作:御船アイ

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17. 塵の楼閣

 ――塵の楼閣、最上階。

 そこは黒い床や壁で覆い尽くされた玉座の間であった。

 黒光りする円柱が縦に並び、その奥にある低い階段を上った先にある椅子に、ダストは座っていた。

「……ふむ、無駄な事を」

 彼女の視線の先には空中に映像が映し出されており、その映像には自衛隊がゆっくりと移動する塵の楼閣に向けて必死の抗戦をしている姿が映し出されていた。

 しかし、抵抗する自衛隊の戦車や戦闘機はすべて楼閣に明確なダメージを与えられず、逆に楼閣の伸ばす触手にすべて薙ぎ払われていた。

 

「その程度の力でこの塵の楼閣を破壊しようと思うなど、愚かな」

 

 邪悪な微笑みを浮かべながら言うダスト。

 彼女の見る視界には、破壊された直後に更なる自衛隊の戦闘機が接近してくる姿が見える。

 

「まったく、いくら抵抗しても意味のない事だと言うのに……おや?」

 

 と、そこでダストは気づいた。

 新たにやってきた戦闘機三機の上に、人影が見えることを。

 

「ほう……これはこれは!」

 

 ダストは笑いながら立ち上がる。

 その戦闘機の上に乗っていたのは、七人の装者、そして、アッシュであった。

 翼、クリス、未来が右の戦闘機、マリア、切歌、調が左の戦闘機、そしてアッシュ、響が中央の戦闘機の上に乗っていた。

 彼女らは戦闘機の上に乗って塵の楼閣に接近してきているのだ。

 

「面白い……ならば、これでどうだ!」

 

 アッシュは映し出されている映像に向かって手を差し出す。

 すると、映像に映っている戦闘機に何本もの鋭い触手が向かっていく。

 触手は戦闘機を捉え、爆散させる。

 が、しかし。

 

「……ははっ、面白い!」

 

 アッシュ達は生きていた。

 寸前で戦闘機から脱出するパイロット達を横目に、彼女らはクリスが射出したミサイルに乗って楼閣に接近してきているのである。

 クリスは次々とミサイルを出し、四人はそれを足場にして飛び移り接近してくる。

 彼女らの移動に、触手による迎撃は追いついていなかった。

 

「よかろう……ならば、この塵の楼閣の上で相手をしてやろう。行け、灰より生まれし人形達よ……!」

 

 ダストがそう言うと、柱の影から人影が現れる。

 それは、ダストによって蘇らせられたフィーネ達だった。

 

「ふん、貴様の言うことなど聞きたくないが、体はそうでもないようだ。まったく腹が立つ」

 

 そう言ったのはフィーネだ。

 彼女もまた、自我を宿していた。

 

「あなたの野望は、マリア達が打ち砕きます。決して叶わぬものと知ることですね」

「あいつらはすぐ俺達を倒してやって来るからな、覚悟しとけよ」

「浅はかな貴様の殺戮行為など、それこそ塵に等しいと知れ」

 

 ナスターシャ、キャロル、サンジェルマンがそれぞれ言いながら、彼女らは部屋を後にする。

 一人部屋に残されたダストは、再び玉座に座り、肘掛けに右肘をつきながらにやける。

 

「ふん、人形どもめ。所詮どこまで行っても人形は人形だと言うのに……」

 

 どこか自嘲気味に彼女はそう言うと、静かにまぶたを閉じる。そして、言う。

 

「さあ、来い我が娘よ。お前のすべてを見せてくれ……」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「よし、到着!」

 

 楼閣の上にたどり着いた響が言う。

 彼女を戦闘に、アッシュ、そして他の装者も続々と楼閣の上にたどり着いていく。

 

「まったく、今更だけどバカじゃないの? 最初は戦闘機の上にのって、次はミサイルの上って。よくこんな作戦通ったよね」

「ま、実績があるからな」

 

 若干不満げなかおで言うアッシュにクリスがふっと笑いながら答える。

 

「無駄話をしている暇はない。この楼閣はどうやらユグドラシルの主幹があった穴に向かっているようだ。何をする気かは知らんが、この楼閣をそこに向かわせるわけにはいかん。いくぞ!」

 

 翼が言い、他の面々が頷いて八人は走り出す。

 大小様々な楼閣が並ぶ塵の楼閣の黒光りする床を、コツコツと音を立てながら。

 しかし、そんな彼女達は急に足を止める。

 アルカノイズが彼女達の前に現れたのだ。

 

「どうやら簡単には先に進ませてくれないみたいだね」

 

 未来がアームドギアを構えながら言う。

 襲いかかってくるアルカノイズ達。

 しかし、そのアルカノイズ達は次々に響達によって撃破されていく。

 

「こんなの、時間稼ぎにもならないっ」

「私達を舐めるなデス!」

 

 調と切歌がアルカノイズを駆逐しながら言う。

 八人の前に、アルカノイズは既に敵ではなかった。

 彼女らはアルカノイズの群れをあっという間に倒しながら楼閣を進んでいく。

 やがて彼女らは一番巨大な楼閣の前にたどり着く。長く大きな階段の先に巨大な扉がある、その楼閣に。

 

「ここにダストさんがいるんだね、アッシュちゃん」

 

 響の問いに、アッシュは頷く。

 

「うん、きっとここ。ここから、一番強い力のようなものを感じる。どんな力かと言われると形容しづらいけれど、なんていうか、私を形作っている、その力に似たものを……」

 

 そう言いながら、アッシュ達が階段に向かって走り始めようとした、そのときだった。

 

「っ!? 散開ッ!」

 

 翼が叫び、八人は散り散りになる。

 その次の瞬間、八人が元いた場所に、何かがものすごい勢いで降りてきて大きなクレーターを作った。

 それは、フィーネだった。

 

「今の不意打ちを避けるとは、さすがと言ったところだな」

 

 そんな彼女の後に、ナスターシャ、キャロル、サンジェルマンが続く。

 

「マム……!」

「マリア……」

「今のを食らっていたら、がっかりどころじゃなかったな」

「言うな、キャロル……!」

「我々はただの足止め要因だ。苦戦するんじゃないぞ」

「分かってます、サンジェルマンさん……!」

 

 突如現れた四人に対し、臨戦体勢を取る八人。

 しかし、敵は四人だけではなかった。

 

「まったくどうして僕がこんなことしなくちゃいけないんですかあああああ!? こんなの全然英雄じゃなあああああいッ!」

「ド、ドクター!?」

 

 驚愕の声を上げる調。そこに現れたのは、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称ウェル博士だ。本来ネフィリムを宿していた片手が、今や黒い触手となっている。

 

「不服だよ、傀儡(かいらい)とはね。思い出すよ、嫌な記憶を」

「アダム……ッ!」

 

 クリスが声を上げる。彼女の前に立ったのはアダム・ヴァイスハウプト。かつてパヴァリア光明結社を操り、造物主たるシェム・ハに並び立とうとしたヒトのプロトタイプである。

 

「私は死んでも、怪物として利用されるのね……」

「貴様まで……!」

 

 翼が憐れみを込めて叫んだ相手は、ヴァネッサ・ディオダディ。かつてノーブルレッドとして人への回帰を夢見た、哀れな錬金サイボーグである。

 そんなかつての宿敵達が、ずらりと装者達の前に並んでいた。

 

「ダストは、他にも死者を蘇らせていたデスか!?」

「ったく、ことごとく腹の立つ女だぜ……!」

「お母様……!」

 

 臨戦態勢を取る装者達。その中で、奥歯を噛みしめるアッシュ。

 七人のかつての宿敵は、楼閣の階段を前に立ちふさがっていた。

 ここを通るには、彼女らを倒すしかない。その事実が装者達に重くのしかかる。

 

「……響、お願いがある。ここは、私を先にいかせてほしい」

「えっ?」

 

 そんな中、アッシュからの願いに響が声を上げる。

 アッシュの顔を見ると、とても苦しそうな顔をしていた。

 

「相手は七人、私達は八人。なら、一人が一人を相手にすれば、残った一人はここを切り抜けられる。」

「で、でも……!」

「時間がないの。誰かが行くしかない。だったら、お母様の事をよく知った私が行くべき」

「アッシュ……いいんだな」

 

 そこで、武器を構え相手を見据えながらも翼が言った。

 

「翼さん!?」

「立花……アッシュは自分の母と立ち向かおうと言うのだ。その決意を、無駄にしてやるな」

「翼さん……はい。でもアッシュちゃん、無茶だけはしないでね」

「……ふふ、分かってるよ」

 

 響の心配そうな言葉に、アッシュは一瞬笑う。

 そしてすぐさま表情を引き締めて、言う。

 

「いい、みんな。あれほどの自我を形成させてるってことは私と同じく哲学兵装の力に頼ってる可能性が高い。となると、その中心部はおそらく心臓の位置にある。みんな、心臓を狙って攻撃して。……あとは、任せた」

 

 アッシュの言葉に、全員が頷く。

 そして、七人の装者が新たに武器を握りしめて、敵を見据える。

 

「……いくぞ、みんなッ!」

「……はいっ!」

「おうっ!」

「うん!」

「ええっ!」

「デスッ!」

「わかった!」

 

 翼が叫ぶ。

 その鋭い叫びに六人は応え、駆け出す。

 彼女らに対抗するように、七人の蘇生された人形達も駆ける。

 ぶつかり合う装者と死者達。

 その中を、アッシュは駆け抜けた。

 こうして、かつての宿敵達との再戦の火蓋が切って落とされたのだった。

 

 

「……みんな、ありがとう」

 

 アッシュは一人楼閣の中へと入り、進む。

 楼閣には最上部へと続く螺旋階段があり、アッシュはそれを駆け上がっていた。

 延々と続く螺旋階段。

 それを登っている最中に、アッシュの中で記憶が蘇っていく。

 母と過ごした日々の記憶を。

 ダストは様々な事を教えてくれた。

 それにアッシュが反応を示すたびに、ダストは笑ったり、困ったりした。そんなダストの反応が嬉しくて、アッシュはどんどんと知識を吸収していった。

 暗い地下での記憶だが、アッシュにとっては辛い記憶ではなく、むしろ、幸せな日々であったと言える。

 そんな母を、今から殺しに行く。その事実が、アッシュの胸を締め付けた。

 彼女がそうして思いを巡らせているうちに、ついにアッシュは最上階へとたどり着く。

 最上階にある玉座の間へと続く、大きな扉。

 その扉をアッシュは重々しく開けた。

 

「……よく来たな、アッシュ」

「……お母様」

 

 ダストとアッシュ、二人の母と子は今、再び出会った。

 


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