マルメロ家だいすき日記2022〜2023   作:大野 紫咲

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弊本丸の和泉守兼定こと兼さんが、クリスマス前に修行に行って帰って来るまでのお話。後編です。

本丸の時間軸で4日後、予定通り戻って来た和泉守を迎える本丸の面々。
主も当然の如く、和泉守の帰還と変化を喜ぶが、何故かその態度が微妙にぎこちない。
不審に思った和泉守は、加州と大和守に言われるがまま、主の部屋を訪れる。
そこで主は、ある物を隠し持っていて……?

(「ある物」については、こちらに纏めて置いてあります。
修行の手紙のネタバレを見たくない方は厳禁ですが、ご興味がありましたらどうぞ←
https://privatter.net/p/10650306


赤く燃ゆる葉蔭に恋して(後編)

*****

 

 それから、瞬く間に四日が過ぎた。

 たかが四日、されど四日、その間に主の紫咲はまた熱が出たり引いたり、体調的にも寝込んだり起きたりを繰り返してはいたものの、連隊戦など日々の業務をこなし、待ち遠しさに指折り数えながら、ついに今年のクリスマスの日はやって来た。

 

 和泉守兼定は、逸る心を抑えながらも早々に本丸への道を急いでいた。

 丁度、帰還の予定時刻ぴったりだ。新調した衣装も髪型も、冬の坂道を黙々と登り続ける体にしっくりと合う。

 新たに高い位置で結い上げた長い髪の下を吹き抜ける冬の風を感じつつ、和泉守は懐かしい本丸の門を潜った。こちらで過ぎる時間としては四日だが、実際の修行で過ごしてくる年月はそれより長い。

 幾ら今まで修行や自身の強化に集中していたとはいえ、想い人でもある今の主の事を毎日思い返さない筈はなく、それなりにどんな反応があるか期待しながら、和泉守は久しぶりの相棒や仲間達と、玄関先の庭で挨拶を交わす。

 その中に、和泉守は主の姿を探しながら、色々と想像した。果たして主は、驚くか喜ぶか。いつものあの笑顔で、歓声を上げながら出迎えてくれるだろうか。あまりの格好良さに、言葉を失くして立ち尽くしてしまうだろうか。必死に感情を表に出すまいとするあまり、慌てたり落ち着きを失ったりしているだろうか。もしくは、感無量で泣き出してしまうかもしれない。想像が膨らめば膨らむほど面白くなってきて、和泉守はくくっと笑いを漏らす。

 が、実際のところは、和泉守が想像したそのどれとも違っていた。てっきり待ち構えているとばかり思っていた主は、玄関先にはいなかったのである。

 

「主でしょ? もーちょい待ってね。すぐ来ると思うから」

 

 本丸の中にまで上がり込んでしまってから、出迎えた加州にそう言われたので、病で伏せっている訳ではなさそうだ。

 身支度に時間でも掛かっているのだろうか、まああいつ普段から寝坊助だしな、と和泉守が深く気に留める事もなく考えていると、間もなく廊下の奥から、ぱたぱたと聞き慣れた懐かしい足音が聞こえて来た。

 

「兼さん、おかえりなさい!」

 

 防寒も兼ねた長いワンピースの裾に足元を取られながらも、一生懸命走ってくる主は、随分と慌てた様子だった。少し紫がかった苺色の冬用ワンピースは和泉守もよく見知った主の普段着だが、頭はきちんとハーフアップにリボンの髪留めで纏めている。

 病弱なあまり長くは走れないであろう体で、必死に和泉守の元までやって来て、ぜえぜえ息を吐きながら主は言った。

 

「お、おかえりなさい……ご、ごめんなさい、遅くなっちゃって。現世の自宅が結構ぐちゃぐちゃでっ、兼さんが来るまでに掃除とか色々しようとしたんだけどっ、間に合わなくってぇ……!」

「おいおい、落ち着け落ち着け。あんたが息を切らしてちゃ、オレが落ち着いて衣装を見せびらかす事さえ出来ねえだろ」

 

 和泉守の為にやるべき事を片付けて来たらしいが、そのせいで疲れていては本末転倒である。泣きそうになりながらふうふうと呼吸を整えている主の肩に手を置いて、その身を支えようとした和泉守は、ふと主の顔を凝視し、おもむろに近付いた。

 恥じらう事なく急接近した顔に、傍で見ていた乱たちの方がきゃーっ等と声を上げたが、和泉守はそれさえ意に介する事もなく、間近でじっと主の顔に視線を注ぐ。それから、何かに気が付いたように目を見開いて、表情を輝かせた。

 

「あんた……」

「?」

「主、ひょっとして今日、化粧してねえか?」

「え」

「やっぱそうだよな! うん。珍しいじゃねーか! 綺麗だぜ」

「ふぁ」

 

 頭を撫でられながら笑顔で言われた言葉に、紫咲の脳内がパンクする。

 実際その通りなのだが、まさか修行から帰還して間もなく、こんなにあっさり褒められてしまうとは。

 まさしくこれが、遅刻の理由でもあった。事実、紫咲が化粧をするのは珍しい。普段は体調を危惧してほとんど本丸から出ない仕事しか振られていないし、現世でも専業主婦な事に加え、昨今ではマスクが標準装備になった事もあって、化粧をする必要性がまったくなかったのだ。むしろ、家の中で化粧をすると、具合が悪くて横になった時に布団に付いてしまうからと、控えておく事が多かった。

 チークを塗った頬を赤らめて、恥じらいながらも喜びを露わにする主の横から、加州が口を挟む。

 

「あーあー、もう気付いちゃった。折角何秒で気付くか、俺らで賭けてたのに」

「お前らなぁ……」

「だって、主が今朝になって急に『兼さんが綺麗になって帰って来るなら、私も化粧しようかな』なんて言うから。そんなん、オレらにとったって嬉しい事でしょ」

 

 加州に横から抱き付かれて、紫咲は照れたように頷く。

 化粧をするというのはつい先程主が決めた事らしいというのに、賭けは余程盛り上がっていたらしく、木箱を持った博多の元へ大勢の刀剣男士が口々に感想を漏らしながら、掛け金に応じてちゃりんちゃりんとメダルを投入しに行く。さすがに本物の金銭でやると色々問題が生じそうなので、これは専用の硬貨を使った本丸限定の遊びみたいなものだ。

 

「すごく久しぶりだったから、化粧道具引っ張り出すのにもバタバタしちゃったけど、何とかね……。それにしても、よく分かったね。アイラインだって塗ってないし、シャドウもブラウン系だから無難な色だし……睫毛もちょこっとマスカラ塗っただけだよ。そんなに普段と変わらないと思ったんだけど」

「全然違えだろ。見たらすぐ分かった」

 

 即答して、和泉守が微笑を浮かべる。感心したように、加州は口笛を鳴らした。

 

「えー、流石。俺が言い出したら暇な奴らで一気に賭けが広まっちゃったんだけど、確かに『気付かない』に入れた奴は一振も居なかったんだよなぁ」

 

 普段の主も、熱がある日には尚更血色が良いものだが、今日はその中にも薔薇のようなピンクに近い色合いが差している。控えめでありながらも目元には金粉が舞っているし、おしろいが塗られているのか肌のきめも普段より整っている。

 さりげないお洒落で身を整えた主を見下ろし、和泉守は思わず聞いた。

 

「オレの為に……?」

「う、うん……まあ、この程度って言えばこの程度の事なんだけど、今日は特別な日なんだから、私もちゃんとしなきゃって」

 

 主にとってもどれ程この日を楽しみにしていたのかが窺い知れて、頬が緩みそうになるのを和泉守は必死で抑えていた。

 何よりも際立っていたのは唇だ。紅を塗った唇が、いつも以上にふっくらとして潤んでいるように見える。思わず小さく唾を飲んで、和泉守が慌てて主から視線を逸らすと、外から追い付いて来た大和守が言った。

 

「主ってば、朝ごはんも食べないで兼さんの事待ってたんだよ」

「はあー? それは優先しろよ。あれだけ飯は欠かさず食えって言ってるだろ!」

「じゅ、準備はしてあるから! 食欲もあるしあとは食べるだけ!」

 

 自分の修行云々よりも、背を押して朝食に促そうとする和泉守に応えて跳ねるように隣を歩きながら、紫咲は嬉しげにその姿を見上げた。

 

「カッコ良くなったね、兼さん。そのポニーテールも、ズボンみたいな袴も素敵」

「おう。当たりめーだろ。強さの方は……まあ、後で試してみりゃあ分かるさ。こっちも申し分ないぜ」

「へえ、それは楽しみ。じゃー早速後で出陣してもらわなきゃね。第二部隊と第三部隊の子達は揃ってる?」

 

 朝食を食べながら部隊の編成会議を行い、連隊戦へと向かう。

 戦果も戦闘での立ち居振る舞いも上々で、驚きと共に迎え入れた仲間達からも、賞賛や自分も負けられないという意気込みを聞きながら、意気揚々と指揮を取ったり本丸内の模様替えにも口を出したりしていた和泉守だが、その全てを微笑ましく見守っていた主に対し、微かな違和感を抱いた。

 別に不審な様子はないが、どことなく壁を作って緊張しているというか、こうして親しくなる前の距離感に戻ってしまったような、そんな感じがするのだ。

 何年も本丸を空けていた和泉守ならまだしも、主にとってはほんの四日だったはずで、たったのそれだけで余所余所しくなってしまうというのもおかしな話だ。

 内心首を傾げる和泉守であったが、それを詳しく問う前に、主は一通りの任務や戦闘をこなした後で、何かを隠すように慌ててすっと後退りながら言った。

 

「じゃあ私、この後部屋でちょっとやる事あるから! また後でそっちに行くけど、みんな積もる話もあるだろうし、後はゆっくりしていってね!」

 

 どこぞの実況動画のような台詞を残しながら、主は笑顔ですすすと二階へ立ち去っていく。違和感を強くした和泉守がますます首を捻る横で、加州と大和守は、互いに肘でつつき合いながら何かを話していた。

 

「あ〜……これは主、また遠慮しいモードに入っちゃってるんじゃない?」

「だろうなあ。折角あんなに頑張って書いてたのにね。これは、さすがに僕らでおせっかいしちゃう?」

 

 ひそひそと話し合っていた二振は、戸惑っていた和泉守を手招きすると、彼にある事を告げたのだった。

 

「兼さん。後で主の部屋に行ってあげなよ」

「主の部屋?」

「兼さんがサンタになろうって頑張ったんだから、主ももしかしたら用意してるかもしれないよ。兼さんに、クリスマスのプレゼント」

 

 大和守がにっこりと微笑む。それ以上の情報は、二振でにやにやするばかりで何一つ教えてはくれなかったが、とりあえずはその助言に従い、和泉守は主の私室へと向かったのだった。

 

*****

 

「主、今いいか?」

「ひゃいっ」

 

 明かりのついた部屋の障子戸を叩くと、いけない事をしているのを見つかって飛び上がったかのような主の悲鳴が聞こえた。おずおずと、障子が開かれる。

 

「か、兼さんか……ごめんね、さっきはあんまり話す時間取れなくって」

「いやあ、それは気にするこたねえよ。他の刀もいっぱい居たし、落ち着いて話すには慌ただしかったろ。どのみち、あんたの所には向かう予定だったからよ」

 

 気にしていた事を思いがけず主の側から謝られて、慌ててそれを否定しながらも、和泉守は主に招かれるまま部屋へ足を踏み入れる。やる事がある、と言った割には特に何かをしていた訳でもないようで、机の上や炬燵の周りは片付いていた。

 炬燵の前に座って、その上にあるポットでノンカフェインのお茶を淹れながら、湯呑みを差し出した紫咲が言う。一歩下がった良妻賢母という性格でもないのだが、とりあえず来客にはそうしておくのが落ち着くらしい。

 

「なんていうか……兼さん、前よりも頼もしくなったね」

「そうか?」

「うん。もちろん前から頼もしかったし、上手く言えないけど、みんなを引っ張っていくパワーみたいなのが漲ってる、みたいな」

「まあ、あんたに振るわれる限りオレは最先端の刀でいられる、って認識を新たにしたからな。気合いも入るってもんだ。それが、あんたや皆にも目に見てわかる形で伝わってんなら、何よりだけどよ」

 

 それに合わせて微笑む主が、どうも他人行儀というか、褒めながらもやはり距離を取っている感じがして、和泉守は胸の内の疑問を引っ張り出す。

 

「……あのさ。もしかしてオレ、何かやらかしちまったか? もしくは、あんたの気に入らない事でも何かあったとか」

「えええ! ちち違うの! そんな事全然ないし! むしろそんな風に感じさせちゃってたならごめんね!? わあ、どうしよう。そうじゃないんだけど……兼さんは全然悪くなくて」

 

 どうやら挙動不審なのは主にも心当たりがあったようで、あからさまに狼狽しているが、それが言葉になって出てくる事はない。

 ああ、とかうう、とか呻きながら、ついには和泉守の視線から逃げるように炬燵を出て右往左往する主に対し、溜息を吐いた和泉守は最終手段に出る事にした。

 

「……主。あんたオレに、何か渡す物があるんじゃないのか?」

「にゃっ!?!?」

「オレから聞くのも反則だろうが、加州と大和守が言ってたんだよ。何やらあんたが甲斐甲斐しく準備してるらしいってな」

「う、うう……あのふたり、喋っちゃったのかぁ」

 

 おろおろしながら、ワンピースに合わせて作られた大きめのポケットに一瞬手をやった隙を、和泉守は見逃さない。あっという間に紫咲を捕まえて腰から抱え上げると、そのポケットの内側を探るという強硬手段に出た。

 

「ひゃああああ!? ちょっと待ってどこ触ってるの!? この抱え方は雅に欠けるっていうか人攫いのそれでは!?」

「うるせー! あんたが大人しく渡さないからだろうが!」

 

 どさくさに紛れてポケットではない部分もいささか触った気がするが、それには構わず和泉守は指先に触れた硬い感触を引っ張り出す。ひゃーひゃー騒ぐ紫咲を床に下ろして、手に触れたくしゃくしゃの紙を広げると、それは便箋と封筒のようだった。

 真っ赤になって立ち尽くす紫咲の前でそれを広げると、中身は和紙で作られたレターセットだが、記されていたのは手書きの文字ではなく活字だ。恐らく部屋のプリンターを使って印刷したのだろう。これでもかと枚数が詰められた便箋の、冒頭のあちこちに記された「兼さんへ」の文字に、和泉守は目を丸くする。

 

「これ……手紙か?」

「はい、そうです……」

 

 観念したように、和泉守の向かいで落ち着いて炬燵に座ってから、紫咲が一口お茶を啜る。

 

「兼さんが修行の先々で手紙を書いてくれたから、私もお返事書こうと思って……それで、居ない間に書き溜めておいたの。帰って来たら渡そうと思ったんだけど、兼さんあんまりしっかりしてるから、私がこんな浮かれポンチの手紙渡す勇気なくなっちゃって」

「ちょっと待て、これ全部あの手紙の返事か!? あんな数行ぽっきりしか書いてない、ただの現状報告だぞ!?」

「そ、そうだけど! 兼さんからお手紙貰うなんて初めてで、物凄く嬉しかったんだもん! それに書けば書くほど、次々言いたい事なんて溢れ出してくるし……」

 

 半分くらい泣きそうな顔になって、紫咲がくすんと鼻を鳴らしながら炬燵布団で顔を隠す。

 あまりに予想だにしなかった贈り物に、和泉守は唖然として、それから主が心血注いで書いたであろう文面を、じっと見つめた。印刷した活字である事を、手抜きだとか心が籠もっていないとは思わない。むしろ、筆を握る度に右手を痛くする障害を抱えている主にとっては、最も最適な手段と言うべきだ。多分、小説を紡ぐ時と同じように、書いては消し、繰り返し読みながら書き進めてくれたのだろう。

 普段は刀を握る力強くも美しい指先で、愛し気に紙をなぞり、微かに揺らいだ瞳を文面から離さないまま、和泉守が柔らかな声で問い掛けた。

 

「今、読んでいいか?」

「ここで!? 私の目の前で読むの!? それはあまりにも公開処刑じゃない!?」

「んな事言って、本当はそうして欲しかったから今まで渡さずにおいたんだろ?」

「そ……うだと言えなくはないけど! 確かに人前でじっくり読まれるよりはいいけどさ! だからって……っていうかもしかして既に読み始めてる!? もしもーし!」

 

 元主が歌詠みの一面を持っていた事もあって、こういう文書や本に没頭する時の和泉守の切り替えは、異様に早い。既に黙々と文字を追い、手紙の世界に没入していってしまった事を無言から悟った紫咲は、説得するのを諦め、邪魔をしないよう静かに見守る事にした。

 暖かな炬燵の中で、芯から体を和らげるお茶を口に運びながら、静かに時が流れていく。

 和泉守は言葉を発する事はなかったが、手紙を読みながら、時折微笑んだり、くすりと笑ったり。真剣な眼差しを文字に注いでは、その瞳を微かに潤ませたり。手紙を綴る紫咲の感情に合わせて、始終表情を変えながらも、常に優しい目で、じっくりとその軌跡を追ってくれていた。

 そして、三通目の終盤に差し掛かったあたりで、お茶を吹きそうになっていた。

 

「……な、なんか変な事書いてあった? いやその、変な事しか書いてないとは思うけど」

「『プロポーズみたいな手紙になっちゃった』って、あんたなぁ……」

「あぅ、それはそのぉ……」

「まあ、これだけ大仰に書かれちゃ、プロポーズに見えなくはないわな」

 

 そう言って笑いながらも、和泉守の表情はどこか嬉しそうだ。

 読み終えた手紙を丁寧に畳んで元の封筒に戻してから懐にしまい、和泉守がまっすぐに主の顔を見た。

 

「全部読んだ。なんつうか……ありがとな。まさか、ここまでの想いを抱えながら待っててくれるとは思わなかった。主はすげーな。オレじゃここまで纏めて書くのは無理だ。頭の中がこんがらがっちまう。あれでも、あの手紙は結構頑張って書いたんだぜ」

「伝わってたよ、ちゃんと。忙しいのに、きっといっぱい考えて書いてくれてたんだなって。兼さん、字も上手だから、筆跡からでも色々伝わってくるものがあったし……やっぱ手紙っていいね。私も、面と向かって言うと恥ずかしい事まで、色々書いちゃった」

 

 和泉守が喜んでくれた事で随分と安心したらしく、主はようやっと、心からほっとしたような笑みを浮かべながら、照れた顔で俯く。

 ぽんぽんと懐を叩きながら、和泉守が喉の渇きを潤すように茶を啜り、呆れたように言った。

 

「にしても、こんな超大作をなんでオレに渡さず黙ってるんだよ。そこは、大手を振って自慢しながら持ってくるところだぜ」

「うぐ……だって、兼さんさっき、模様替えの時だって『美と実用性のバランスを考えるんだぜ』ってキリッとしながら言ってたし、近侍の仕事してた時も『オレに構ってばかりで仕事はいいのかよ』って呆れてたし……なんかこう、仕事に執心する優秀な兼さんになってくれた分、私はやっぱり距離を取った方がいいのかなぁって」

「なんでそうなる!? 一個聞いただけで、相変わらず色々とネガティブな方向に想像が飛躍し過ぎなんだよ主は!」

 

 思わず声を出してツッコんだ和泉守に、紫咲は苦笑した。

 

「なんか恥ずかしかったんだもん、私が兼さんを好きな気持ちばっかりで、本丸の事ちゃんと考えられてないみたいでさ。兼さんは、すごく私の事主として信頼してくれて、これからを一緒に作って任せられるって思ったからこそ、こんな姿で帰って来てくれて……手紙にも書いたけど、そんな風に“私の”実戦刀であり続けようって頑張ってくれる兼さんに、私は応えられるのかなって。私にあるのは好きな気持ちだけで、歴史の事にも刀にも詳しくはないし。“切る事”以外を兼さんに求めちゃう私は、助けになるどころか、邪魔にしかならないんじゃないかって」

「主……」

「ほんとはいっぱい好きだって言いたいけど……本丸運営の邪魔になるぐらいなら、ずっと隠しといた方がいいのかなー、なんて思う事もあってさ。私は審神者だから、そのぐらい消す時は消さなきゃと思ったし、こんな手紙も渡さずにいれば、何も伝わらずにいい距離感で済むんだとも思ってた。……でも、ほんとは今、読んでくれてすごく嬉しい。帰って来てくれて嬉しい。ありがとう、私の刀になってくれて」

 

 笑っていたはずなのに、次第にぼろぼろと泣き出してしまう主の泣き虫は、依然として健在のようだった。だが、その顔を見た時に和泉守の心に湧き上がって来たのは、いつものようなどうしていいか分からないという狼狽ではなく、静かで深い愛しさだった。それは、修行による心身の鍛錬の成果かもしれないし、今主にこれ程沢山の気持ちを手紙でぶつけられたからかもしれない。

 いずれにせよ、今なら落ち着いたまま主を宥められる、と思った和泉守は、胡座をかいて背筋を伸ばしてから、炬燵の向かいにいる泣きべその主に向かって、勢いよく両腕を広げた。

 

「よし、主」

「?」

「ほら、来いよ。泣きたくなる程、オレの事が恋しかったんだろう?」

 

 その台詞はちょっとキザな自信に満ちていたので、主は反対に笑いを誘われながらも、まだ少し迷っているようだった。

 

「で、でも……」

「しょうがねーな。そっちが来ねえなら、こっちから甘やかしに行くぞ」

 

 呆れたように、よっと立ち上がる和泉守を見て、紫咲は反射的にぎこちなく身を引こうとしたものの、次の瞬間にはあっさり捕まって、すっぽりと腕の中に閉じ込められていた。

 ぎゅっと回された両腕の強さから、口で言っているよりもうんと、和泉守が自分を抱き締めたがっていたのだという事を紫咲は知る。坂道で感じていたあの時よりも、じっと何かを深く味わうような、甘えさせると言ったくせに己を委ねたがっているかのような、そんな抱擁だった。

 腰を下ろし、胡座の上に紫咲を導いて抱き締めた和泉守は、小さな頭を守るように抱き寄せ、長い髪を何度も撫でた。耳に軽く口付けた後、微かな溜息のような声が、紫咲の耳朶を打つ。

 

「……寂しかったか?」

「……ちょっとだけ」

「嘘つけ。ちょっとしか寂しくない奴が、あんな手紙の山をオレの不在中に残すもんか」

 

 今度は和泉守の方が笑って、軽く紫咲の目元を拭った。その仕草に、慌てて紫咲が顔を上げる。

 

「わ、大変! 私がここで泣いたら、メイクで折角の衣装汚れちゃう!」

「こんぐらい大した事ねえよ。そんな濃い化粧でもあるまいし」

「それはそうだけど、化粧品って油だから、ついちゃったら落とすの大変なんだよ」

 

 全然関係のない事を心配してくれる紫咲が、部屋にあるメイク落としに慌てて手を伸ばそうとするのを呆れて眺めやっていた和泉守は、ふとその手を掴んだ。

 

「わかった。涙の方を先に止めりゃいいんだな?」

「へ?」

 

 そういう問題か、と紫咲が首を傾げるより先に、ぐいっと引き寄せられて再び距離を詰められる。修行前に、笠の内で額を合わせた時と同じくらい間近にある顔が、真剣な眼光を放っていた。

 

「あのなぁ。大勢の前だから、敢えて言わなかったが」

「うん?」

「さっきから見てりゃあ、随分と美味しそうな唇してるじゃねえか」

「!!!」

 

 思わず前から飛び退り、真っ赤になってざざーっと物入れの壁際まで逃げるように後退してしまった主を見て、和泉守は不敵な笑みを浮かべる。

 

「ちち違うよこれは! 色付きのリップ塗ってるから、そう見えるだけだよ!」

「じゃあ何の為に塗ったのか聞いてもいいか?」

「そ、そりゃあ化粧してたら口紅くらいするでしょ! 私は口紅好きだし、そのぅ……」

「ほほーう。そりゃいい事を聞いたもんだ。主はこの色の口紅が好き、と。オレからすれば、誘ってるように見えるんだがな?」

 

 急な好色さを滲ませる和泉守に、主は大パニックに陥っているようだが、和泉守は容赦なく壁際に追い詰めた主の方へ歩いてくると、顎先を捉えて、じっとその恥じらい顔に視線を注ぐ。

 

「な、なんか……修行から帰って来たら急に積極的にならなかったっ? 兼さん」

「そうかもな。あんたがあんまり綺麗なのがいけない」

「そっ、そんなことっ……!」

「惚れた女が、着飾って自分を待っててくれた事に浮かれちゃおかしいか?」

 

 表情が見えない耳元で囁かれた言葉に、紫咲が固まる。今度は逃れようとせず、乱れた髪でじっと和泉守の方を見上げた。

 

「……浮かれてるの? 兼さんが?」

「あんたの中のオレは、よっぽど鉄面皮に映ってるらしいな?」

「いや、そんな事ないけど……だってその、全然そんな風に見えないし。手紙にだって、真面目な事しか書いてないから」

「バカ。どこで政府の検閲が入るかわからない修行中の電信に、んな浮き足立った事書けるかよ。さっき言ってたあれこれだって、そりゃ仕事中だからに決まってんだろ。オレは公私は分ける。出来る刀だからな。あんたにとって最先端の傑作になるって決めたんなら、尚更だ。でも」

 

 へたりこんだままの紫咲の両肩を、和泉守がそっと引き寄せる。その声は、ほんの微かに甘さと優しさを含んでいるような気がした。

 

「今は、ふたりきりだよな?」

「……はい」

「この状況でもまだ、あんたがその気持ちをしまっとかなきゃならない理由はあるのか?」

「……」

「あんたが『隠しといた方がいい』と言った、そっちの中身の方が、今オレは見たくて仕方ねえんだけどな」

 

 とんとん、と指先が紫咲の胸の上を叩く。緑がかった鮮やかな青の瞳が、期待にちょっときらきらとして、駆け巡る感情で潤んでいる。その複雑さを見て取った紫咲は、おずおずと見上げたままで問い掛けた。

 

「甘えててもいいの?」

「何の為に、息せき切って25日に帰って来たと思ってんだよ。今日はクリスマスだぜ」

「サンタさんにお願いしても怒らない?」

「いいぜ。何でも叶えてやるよ。まあ、でも? この手紙は主からのプレゼント、つまりオレにとってのサンタは主って訳だ。だったらオレも、一つくらいは願いを叶えてもらっても構わないよな?」

 

 そう悪戯っぽく笑う和泉守に、紫咲は目をしぱしぱさせる。涙はもうすっかり止まっていた。

 

「それってすごく難しいこと?」

「いいや。物凄く簡単だ」

 

 そう言って主の前髪を優しく指先の甲で撫でた和泉守は、もう一度主の顔を覗き込む。

 

「あんた、修行に出る前にオレが言った事覚えてるか? 必ず戻って来るから、別れの口付けだの何だのは、今は要らねえって」

「うん。その通りに、本丸に戻って来てくれたよね」

「今、その続きを貰っても?」

 

 既に顔を半分以上近付けた状態でそう聞くのだ。いいえ等と言えるはずもなく、涙で縁が濡れた瞳でこくりと頷く主の唇を、和泉守は掬うように奪い取っていた。

 軽く、けれど熱っぽく触れた唇が離れた瞬間に、紫咲が掠れた声で言う。

 

「ま、まって。兼さん、そこに座って。兼さん背が高いから、立ったまま私にキスしようとすると物凄く大変でしょ?」

「相変わらず、変なところに気が回る主だねぇ……んなん、オレに任せといてくれりゃ問題ねえよ」

「だって、腰とか痛そうなんだもん……」

「はいはい、お優しい主様で……いや待てよ。それ、オレが主から口付けて貰えるって事か!?」

 

 突然の提案に、思いの外嬉しそうに和泉守が声を上げるので、紫咲は慌てたが、喜んで貰えるならそれもやぶさかでなしと、和泉守の膝に乗り掛かかるようにして、すとんと腰を下ろした。座った膝に乗せてもらえれば、たとえ30センチ以上身長差があろうと、体勢はかなり安定する。

 

「……私今思ったけど、戦闘服のままこんな事するの、物凄くいかがわしい事してるような気がする」

「着替えた方がいいか?」

「うーん、カッコいいから、やっぱりこのままでいい! 今日は特別ね!」

 

 むぎゅ、と袖を通した新しい羽織姿に抱き付く紫咲を受け止めながら、和泉守が笑う。涼しくなった首元と、高い位置で結い上げた長い髪に、紫咲は触れた。耳元のピアスもまじまじと観察しながら、それでもやはり一番大きく変わったのは髪型なので、気が済むまで手を触れたり撫でたりするのを、和泉守はこそばゆそうな顔で受け止めている。

 

「あんたに触られると、何かくすぐったい」

「刀の時は、ずっと人間に触られたり持たれたりしてたのに?」

「こんな風に触られた事ねえもん」

「それもそっか。ふふ」

 

 どこか照れ臭そうな表情を浮かべる和泉守の頭を、抱くようにして撫でていた紫咲は、その瞳の色に吸い込まれるようにして、ゆっくりと顔を近付ける。

 

「……いいよ。私からちゅーしてあげる」

 

 ぎこちなくその唇で触れたのは紫咲の方からだったが、求めるように後頭部へ手を伸ばしたのは、和泉守の方が早かった。

 

「……あんたは、忘れてるかもしんねえけど」

「うん?」

「こっちは、もう数年来飢えてるんだ。あんたの体温にも、あんたの声にも」

 

 驚いたように目を見開いた紫咲の唇を、和泉守が塞ぎ返す。

 優しく食むような、音も立てないほど静かで遠慮深げな触れ合いと、微かな呼吸音の隙間に、紫咲が口を開いた。

 

「それって、どういう……?」

「修行で駆け抜けた日々は確かに生きるのに必死で、夢中だった。けど、その間、あんたの事を思い出さなかった夜は一日もない」

「……兼さん」

「……嬉しいんだよ。あんたの所に戻って来られて、あんたに触れる事が出来て、……あんたが、約束通り死なずにオレを待っててくれて。それを、どういう言葉で表したらいいのかわからない」

 

 そんな大袈裟な、と思ったが、さっきから抑えていた気持ちが溢れ出すように、上から止めどない桜の花弁が降ってくる。その花弁が服の上に落ちるのを触るよりも、降りてくる先を見上げるよりも早く、また唇を塞がれる。

 純粋で初心で、触れるより他を知らないようなキスの仕方なのに、それが心地良くて紫咲は思わず目を閉じる。少し戸惑った唇に、色も体温も移すようなつもりで自分のそれを触れ合わせて、軽くぺろりと舌先で舐めると、ぎゅっと紫咲を抱き寄せていた和泉守の腕に力が入り、ほんの少し呼吸が乱れた。長い睫毛が、閉じた目に触れる。

 

「……主」

「うん?」

「……あんまり可愛い事すると、止めてやれねーぞ?」

「兼さんは、私がしまっちゃった心の内側が見たかったんでしょう。だったら兼さんも、少しくらい見せてくれたっていいよ。私に、何をしたかったのか」

「っ……!」

 

 動揺した和泉守が焦ったように引き寄せた反動で、畳の上にあった大きめのクッションへ二人して転がり込む。体勢的には紫咲が押し倒したような格好になり、彼女は慌てたが、その頭を和泉守は熱っぽい瞳で引き寄せた。

 

「紫咲」

「……は、はい」

「オレに、あんたをくれ。いつもより、ほんの少し……あんたと生きて触れ合えてるんだって事が信じられるまで、いつもより少しだけ、長く」

 

 懇願するような言い方で、触れた唇は緊張の為か、微かに震えている。それを安心させるように、紫咲は首の後ろ側へ両腕を回して、求めに応じながらそっと唇を開いた。いつも、口付けを受けているというそればかりに体が強張って、互いにそれ以上の事を触れたり感じたりしている余裕などなかったけれど、今は感覚の全てを研ぎ澄ませながら、もっと奥へと、深く降りていく。初めて舌先が触れ合った途端、痺れるような疼きを感じた。

 

「っ……」

 

 思わず軽く漏れた声に、抱き寄せる和泉守の手の力が強くなった。その体の上に乗っかりながら、紫咲もぎゅっと回した腕の力で応える。長い髪に差し入れた和泉守の指先が、探るように皮膚の薄い場所を触れると、紫咲の甘い声が溢れた。

 

「やっ、今のは……っ」

「……可愛い」

「か、可愛いとか言われたら恥ずかしいよぉ……」

「可愛いなぁ、主は」

 

 口説こうとした訳ではなく、本当に、心からの呟きが思わず漏れてしまったというような言い方だった。言うつもりのなかった愛おしさが人目に顕れてしまったかのような、或いは愛し過ぎて苦しさに耐え切れず、泣き出す直前であるかのような。

 再度触れ合った唇が、羞恥と愛しさで燃え上がっているように感じる。あまりに情熱的で性急な求め方に、体の力が抜けた。

 

(どうしよう。気持ちよくなっちゃう)

 

 色めいた呼吸から、次第に余裕が失われていく。滑らかな舌で舌を捉えられ、吸われ、歯列をなぞられる度、ぞくっとした感覚と共に漏れる声を、抑えている余裕もない。聞かれているのは恥ずかしいと思うのに、引っ込めようとした声と吐息ごと、次の瞬間には飲まれてしまう。

 ちゅっ、ちゅっとぎこちなく溢れる音のぎこちなさにさえ、心臓が熱くなる。それまで、嫌がられたくないから、怖いからと抑えていたリミッターが外された分、触れ合う感覚がいつもよりずっと生々しい。唾液の感触も、艶っぽい唇の柔らかさも。服の内で跳ねている鼓動の表面にそっと指先を這わされて、これ以上を想像してしまった紫咲は、思わずびくっと息を呑んだ。

 

「ま、まっ……!」

「……すげー音。壊れちまいそうだ」

 

 体重を預けてしまった紫咲を、いとも簡単にその体に乗せて、和泉守は胸元に耳を当てながら響く音を聞いている。微笑みながら、和泉守は目を閉じていた。

 

「オレといる時、主の心臓っていつもこんなんなってんのか?」

「いっ、いつもじゃない……って言いたいけど、あながちそれでも間違いない、かも」

「……」

「兼さん?」

「直で聞くと、嬉しいもんだな。主がどれだけオレを想ってるか、音になって聞こえるってのは」

 

 人の体も悪くない、と言いながら、和泉守は抱き締めた紫咲の体を撫でる。色事のそれではなく、愛しむような手つきだった。相変わらずおっかなびっくりではあるけれど、前よりほんの少し、紫咲を触る事に躊躇がなくなった感じがする。

 

「あったけぇなぁ」

「そうだね……私、いつも熱出してるから」

「寒くないか?」

「今は兼さんがいるから大丈夫。ありがとう」

 

 しみじみと言いながら目を細めて紫咲を見ていた和泉守は、もう一度軽く口付けてから、こんな事を言った。

 

「なあ、主。ところでなんだが、あんたが手紙に書いてた『不埒な妄想』ってのは、一体どういう事だ?」

「あのごめんなさい、ほんと謝るのでそれだけは忘れてください」

「あんな事書かれちゃ、気になって夜も眠れねーよなぁ?」

 

 ニヤリと笑って、紫咲の体に両腕を回す。火照った頬で狼狽える紫咲を捕まえながら、和泉守は頬をくっつけた。

 

「で、でも私、兼さんと触れ合ってるだけで幸せだもん! 兼さんはそうじゃないの?」

「オレもあんたと同じだけどよ。けど、本当に今のだけで満足か?」

「……これで違うって答えたら、際限なくなっちゃうから教えてあげない」

 

 ふはっ、と思わず笑い声を上げながら、拗ねて顔を埋める紫咲をあやすように抱きかかえて、和泉守はクッションの上に体を起こした。

 

「じゃあ、ま、それはいつかに回して。今は昼寝でもしようぜ。休みなしで歩いて来たせいで、オレも疲れてんだ」

「え。ご、ごめんね、そんな時に任務に出したりして。着替えてくる?」

「そうだな。流石にこの格好じゃ横になりにくいし、衣装替えするか」

 

 ひらりと身を翻して一旦部屋を出た和泉守は、本当に何事もなかったかのように見慣れた軽装姿で間もなく戻って来て、ほっとしながら紫咲は、その胸の内側に飛び込みながら抱きつく。

 

「おいおい、随分甘えん坊だな」

「……兼さんが、隠してる私を出していいって言ったんでしょ。四日間も私の事放ったらかしたんだから、責任取って」

「おーおー、こんな我儘な主は見たことねえぜ」

 

 おちゃらけてそう言いながら、それでも我儘を表に出してくれた事を嬉しそうに、和泉守は紫咲を抱き上げて、寝室まで運んでいく。

 布団の上に寝かせて、その側に添い寝で入りながら、和泉守は自分と主の上へと、優しく毛布を被せた。

 

「そいじゃ、おやすみ」

「うん。おやすみ。ふわわ……ゆっくり休んでね」

 

 何だかんだ朝から動き回って疲れてもいたようで、主は既にうとうとと目を閉じそうになっている。

 そのうつらうつらとした顔を、細めた目で眺めてから、和泉守は口を開いた。

 

「なあ、主」

「うん……?」

「いや、なんでも」

 

 瞼がくっつきかけた紫咲の頭を撫でつつ、一度は言葉を引っ込めたのだが、寝息を立てる背中を抱きしめながら、やはり今言っておかなければと、気が付けばたった五文字が、和泉守の穏やかな口元をついて出ていた。

 

「愛してる」

 

 今日も何事もなく過ぎていく、そんな平穏さを象徴するような午後の日差しが差し込む室内では、赤と緑のポインセチアが窓際で祝福するように、重ねた葉を広げている。和泉守の声を聞き届けた主が幸せそうに、微笑みを浮かべた気がしたのだった。




ポインセチアがキーワードになっているので、その赤い葉と、重なる葉の下に隠した思いをイメージしてタイトルを付けました。
(厳密には、赤い部分は「葉が変化したもの(苞)」で、葉ではないらしいですが……)
兼さんも審神者も、どっちも隠している想いが重いので、そのせいでぐるぐると遠回りをしてしまうじれったさとか、けれどどうしようもなく相手を好きな心情などが、伝わるといいなと思いながら書きました。
ハッピーメリークリスマス。

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