冬の燕は何を想うのか   作:はるまげ丼

12 / 12
冬の燕は何を想うのかAfterlife:次代の生徒会

 

「石上は来期も会長するの?」

 

二人きりで生徒会での仕事中、急に伊井野から問われた。

 

「いや、僕はいいよ。お前も帰って来たことだしな。伊井野がやればいい。」

 

「ふーん、そうなんだ。」

 

そっけなく返事をされる。

 

「あの…ね。」

 

数分の沈黙のあと、伊井野が口を開いた。

 

「私が、もし生徒会長になれたら…さ。そのときは石上は私のこと助けてくれる?」

 

「当たり前だろ。なにを当たり前なことを。」

 

さすがに極度のめんどくさがりの僕でも、このまま生徒会をほっぽり出して伊井野に丸投げをすることはしない。

 

「そっか。…ありがと。」

 

返事は小さく返ってきた。

 

「これからも一緒にいられるね、嬉しいね石上。」

 

「おい、やめろ。僕はお前に気はない。」

 

「言ってみただけ。でも、誰も今見てないから…なにしたってバレないよ。」

 

「伊井野、やめろマジで。」

 

そう言いながら、伊井野は僕に詰め寄ってくる。

 

「これね、思い出なんだ。みて、この傷。石上への好きがたくさん詰まってるんだよ。」

 

スカートをたくし上げ、太ももに刻まれた痛々しい傷あとを見せられる。

かなり上まで上げるものだからショーツまで丸見えの状態だ。

 

「これで最後にするからさ、思い出もう一個ちょうだい。」

 

伊井野の手が僕の頬へ伸びた。

 

「伊井野…。」

 

僕はその手を払う。

 

「それじゃダメだ、僕はお前の思い出にはなれない。それじゃお前は幸せになれない。」

 

「そう…だよね。ごめんね石上。」

 

寂しそうに笑う伊井野。

 

「僕はお前の気持ちには応えてやれない。あの日からずっと僕の気持ちはつばめにある。」

 

「うん…知ってる。でも…少しくらい揺れて欲しかったな。」

 

……………

 

伊井野は退院してからというもの、ボディタッチが多くなってきていた。

僕は困惑しつつも、本人の笑顔が増えたことに対していい傾向だと思って放置していた。

伊井野が自分を傷つける原因となった僕も、さすがに少し引け目があったからだ。

 

それにヘラってないからいいか、そんな軽い気持ちだった。

しかし、事件は起きた。

 

ある日の生徒会室。

 

僕は生徒会に勉強にバイト、つばめのマンションへ通い妻。かなりの疲労がたまり、生徒会室のソファで寝てしまっていた。

 

寝ている間に口元に違和感があった。

唇に当たる肌感覚。

 

「つばめ…?」

 

寝ぼけ眼をこすり起きると、そこには伊井野がいた。

 

「おま、何して!?」

 

ここはつばめの家でなく、学校だということが瞬時によぎった。

 

「えへ、あの日の続き。」

 

そう言って伊井野は妖艶に笑った。

僕に馬乗りになった伊井野は、一つ一つ制服のシャツのボタンをはずしていく。

シャツを肩から外し、控えめな胸があらわになった。

 

僕は瞬時に起き上がり、伊井野の制服を直した。

 

「なんで…なんだ。吹っ切れたって、言ってたじゃないか。」

 

「彼女になれないなら、セフレでもいいかなって。大丈夫、おもちゃで破っちゃったけど、ちゃんと処女だよ私。」

 

「そんなこと聞いてんじゃないんだよ!」

 

「怒鳴らないでよ、石上は横になってるだけでいいの。私の、きついからきっと気持ちいいよ。」

 

「とにかくやめろ、お前とそんなことするつもりはない。」

 

「…そっか。でもその気になったらいつでも言って?石上にならどこでもさせてあげるから。」

 

「一生ねぇよ…そんなこと。」

 

そんな会話のあと、すぐ後輩たちが入ってきて僕たちは何事もなかったかのように振舞った。

 

……………

 

前科はあった、それでも伊井野のことを考えると、無理にきつく当たることはできなかった。

 

「大仏、それに小野寺…、少しいいか。」

 

「私はあんたと話すことはないけど?」

 

「…頼む、お前らじゃなきゃダメなんだ。」

 

どうしようもなくなった僕は、不本意だが大仏と小野寺を頼ることにした。

 

「それで、何。私はまだあんたのこと許したわけじゃない。」

 

「わかってる、それでもお前らにしか頼めないんだ。」

 

正直話すか迷ったが、先日から続いている伊井野の奇行を包み隠さず話した。

 

「…噓でしょ?」

 

「ミコちゃん…さすがにそれは擁護できない…。」

 

二人して困った顔をさせてしまった。

 

「今期はさすがに僕も生徒会は続ける、だけど伊井野のことを考えたら僕はもう生徒会にいないほうがいい。だから、お前たちに任せたい。こんなこと頼めるの、お前らしか思いつかなかった。すまん…。」

 

伊井野を…守ってやってくれ。

あいつに必要なのは僕じゃない。

支えてやれる僕以外の誰かだ。

 

 

……………

 

石上が去ったあと、私たちは二人で屋上まで来ていた。

 

「小野寺さん。もうわかったでしょ。いつまで石上のこと怒ってるの?」

 

「わかってる。あいつが悪くないってこと。伊井野がただあほだったってことも。」

 

「じゃぁ…。」

 

「それでも、頭で理解するのと感情は別問題でしょ。むしろ私には、大仏さんがなんでそこまで割り切れてるのかわからない。」

 

そんなの、決まってるじゃん。

 

「親友、だからだよ。」

 

小野寺さんは何も答えない。

 

「友達が困ってたら助ける、間違った道に進んでたら助ける。普通でしょ。それにミコちゃんはもともと善性の人間。今のこの状況が異常なの。石上に強く執着して依存してるこの状況はよろしくない。そう思わない?」

 

「…私はあんたたちみたいに長い付き合いでもないし、そこまで伊井野のこと知ってるわけでもない…。でもさ、なんか違うじゃん。こう、はっきり何がって言えないけど、私は伊井野に幸せになってほしい。その相手がたとえ石上でも。」

 

「アレみても、まだそんなこと言えるんだね。」

 

「じゃあどうしろってんのよ!」

 

小野寺さんの口調が荒くなる。振り向いた彼女の目からは一筋の涙がこぼれていた。

 

「私だって、伊井野のことは友達だって思ってる!それならあの子の幸せを考えてあげるのはおかしいこと!?」

 

「それが、ゆがんだ形だとしても?」

 

小野寺さんは言葉に詰まった。彼女も頭では理解しているんだ。ミコちゃんの異常性に。

 

「石上はさ、きっと私たちに託したんだよ。ミコちゃんを支えるのは自分じゃないって。今のミコちゃんに必要なのは依存相手じゃない…。支えてくれる他者(ともだち)だよ。」

 

「それは…。」

 

「このままいくと、必ずミコちゃんは破滅する。学校を卒業する前か、それともあとか。私たちや、石上の望む結果にはならない。」

 

依存心の強い人間は他にもたくさんいる。そういった人間は依存相手を失えば、だれかれ構わず自分の自己肯定感や承認欲求を満たしに行く。

 

体を売る子、薬に手を出す子、数えだしたらきりがない。

それではダメだ、だめなんだ。

 

自分が死んでしまう。心が壊れて、価値観もぐちゃぐちゃになってしまう。

ミコちゃんは今、手に入らない石上の心の代わりに、体を手に入れようとしている。

石上にはつばめ先輩がいるから、ミコちゃんはボディタッチ程度で済んでいる。

 

これが、ほかの男に漬け込まれたとき、石上以外でもいいと思い始めた時にはどうだろう。

簡単にミコちゃんはそいつらに支配されてしまう。

 

もともとメンヘラ気質のミコちゃんだ、根本的にちょろいあの子が抵抗なんてできるわけない。

寂しさを埋めるために体を求める、その甘美な誘惑にあの子は勝てない。

 

自分のことを大切にできないから、周りに大切にしてほしい。

その根本が覆らない限り、そうなる未来は確実にどこかに存在する。

 

この学校でもそうして壊れていった子は何人も見てきた。

学校という閉鎖的な社会で、かつこの学校独自の圧力(プレッシャー)に耐え兼ね、財力やコネを使って飲酒に喫煙、薬、売春。裏でやってる子はいくらでもいる。

そのせいで物理的に、社会的に売られた子も。

妊娠や性病で学校での立場がなくなった子も。

 

ミコちゃんをその何人かのうちの一人にはしたくない。

 

親友として、それは許せない。

 

「小野寺さん。」

 

「…なに?」

 

「私たちは、友達としてミコちゃんを助けてあげたい。それは変わらない?」

 

「当たり前じゃん。」

 

「今ここで、最悪を想定してもしょうがない。私たちがあの子を支えてあげなきゃいけない。自分で自分を大切にできるように、あの子の助けになってあげなきゃいけない。そうしなきゃ、ミコちゃんは一人では救われない。」

 

「大仏さんの言ってることはわかるよ。それで退学していった奴や社会的に消されたやつも何人もいるからね。」

 

「この際石上のことは置いといて、協力…してくれる?」

 

「友達だもん、当たり前じゃん。」

 

そう言って小野寺さんは拳をこちらに向けてくる。

 

「…ありがと、小野寺さん。」

 

私も拳を作り、彼女に合わせる。

 

「それと、麗でいい。」

 

「じゃあ、私もこばちでいい。」

 

そう言って、小野寺さん…麗は笑った。

 

「…改めてよろしく。こばち。」

 

「よろしくね、麗。」

 

私たちも親友(ともだち)として、ミコちゃんを守ろう。

そう誓った一日だった。

 

 

 

……………

 

季節は秋、生徒会選挙の時期となった。

 

あれから石上は極力ミコちゃんと二人きりにならないよう、私と麗を生徒会室に呼ぶようになった。

それを私たちは了承し、仕事が終わるまで生徒会の手伝いをした。

 

初めて見た石上の生徒会での働きぶりは目を見張るものがあった。

できる限りすべての書類や案件をデータ化、フォームズ回答式にしたりと仕事をICT化していた。

いままでなんちゃってパソコンできます系だと思っていたのに、かなりガチだったことに驚いた。

 

麗も、生徒会に通うようになって以前の石上との距離感を取り戻しつつあった。

仲違いしたままでは私としても不本意だったので、いい機会だった。

 

「石上、これどこにデータ移すんよ。」

 

「これはこっち、マクロ回すからこのフォルダに突っ込んでくれ。」

 

今ではなんでも雑務をこなせるOLのような立ち位置を獲得していた。

麗の事務処理能力の高さを垣間見た瞬間だった。

私はその横で、ミコちゃんをあやしている。

 

私たちが生徒会に入り浸るようになって、自分の存在価値を見失ったミコちゃんは一時期荒れに荒れた。

その度、私と麗で相手をしているとたまに幼児退行するようになってしまったのだ。

 

…どうしてこうなった。

嘆いても仕方ない。

 

それもまぁ、ある意味私たちのせいだ。

石上と二人きりになれないことと、自分の存在意義を脅かされるストレスに頭が追い付かなかった結果だろう。

 

私たちや石上に依存しないよう立ち回りつつ、生徒会の仕事をし、ミコちゃんの心を守る。

なかなか大変だった。

 

そのかいもあって最近では幼児退行の頻度も減り、前のようなただのキモい夢女子に戻りつつあった。

 

 

……………

 

後期の生徒会選挙、石上は宣言通り出馬しなかっ(降り)た。

 

石上の仕事ぶりを知っている生徒たちからはそのことをかなり詰められたようだが、頑として石上は生徒会には参加しない意思を貫いた。

 

ただ、システム系の仕事は外注という形で手伝ってくれるようだ。

それは素直に感謝すべきなのか、複雑な気持ちだった。

 

「ミコちゃん、生徒会長当選おめでとう。」

 

選挙結果は順当に、ミコちゃんが当選した。

学院側には、入院の経緯は伏せられており、一部の人間しか知らない状況だ。

 

以前白銀会長と弁論を繰り広げたのを目の当たりにした生徒はミコちゃんに票を入れる。

石上がいないこともあって、順当な結果だった。

 

「ミコ、大丈夫。私たちもいるから。雑務は私も覚えたし、何とかするよ。」

 

そう言えば、あの日から麗はミコちゃんを呼び捨てにするようになった。

本人曰く、親友が苗字呼びはなんか気持ち悪い。とのことだ。

 

「うん…。ありがとね、麗ちゃん、こばちゃん。」

 

そういうミコちゃんの表情は暗い。

石上がいないことが起因しているのは明白だ。

 

「そんな、暗い顔すんなってミコ。石上以上にいい男なんて星の数ほどいるんだ。あいつよりいい男見つけて、逆に自慢してやんな。」

 

「そう、だね。うん、そうする!絶対見返してやるんだから!私の方があんな淫乱ピンクより100倍いい女だってこと!」

 

 

 

…ミコちゃん、それはさすがにつばめ先輩に失礼。

 

 

 

秀智院学院 第70期生徒会

 

生徒会長  伊井野ミコ

副会長   大仏こばち

副会長補佐 小野寺麗

 

 

後輩たちも生徒会役員として続投し、こうして新しい生徒会が立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。