山吹の散る頃に   作:へきすい

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 ──一方、イタクと鯉乙。

 

 ただ長い廊下を重い足音と、ヒタヒタと肌の張り付く軽い音が響いていた。

 サーッと雨が降り注ぐ村雨。ちらりと斜め後ろを歩く童を盗み見る。腰にさした刀に手をかけたまま、黙然と歩く距離は刀の届く範囲内だ。イタクがもし何かを仕掛けるようであれば、童は確実にイタクを切れる状況にある。

 これはとんでもない者が来たな、と目を逸らす。

 どのような事情があり妖怪退治を請け負っていたのかは知らないが、この状況から見るに何かあったのだろう。見るにまだ成人して間もない。きっと、それまでにそうしなければならないような経験をしてきたのだ。

 

「あそこが厠、廊下曲がってすぐにあんのが風呂、ここが寝間な。一部屋三人だ。後で同室の奴らを紹介する。…何か質問はあるか」

「ひとつ」

「なんだ」

「なんとお呼びすれば?」

「…イタクでいい」

「では、イタク殿と。私のことは気軽に鯉乙とお呼びください」

 

 ニコリと微笑む。広角が15度に上がり、黒い目が細められた。美しい笑顔だった。違和感の感じさせない、完璧な笑顔。人を不快にさせない表情の作り方であった。

 

 イタクはそれをジッと見つめた後、瞬きをしてからその場を去った。そも、イタクはあまり他人を気しない性格だった。一時は参ったな、子守なんてしたことないんだけれど、と思いはしたけれど、その必要もないようだ。彼がどのような目的がありここに入ろうが、戦力になり一家を裏切らなければ気に留める必要もない。

 

 鯉乙はイタクの姿が廊下の隅へ消えたのを見て、薄く色づいた障子を開いた。二十畳ほどの広さで、隅に1メートルほどの高さの棚が置いてあった。押し入れは右隅に1つ、目の前に1つ。奥にある押し入れは着替えを詰めるスペースだった。目の前の押し入れは布団と手ぬぐい類。ちゃぶ台の上には酒瓶が置いてあって、その横の火鉢からは少し煙が立っている。先ほどまでここにいた印か、少し暖かい。

 

 ピタリと障子を閉める。

 腰にかけた刀を左手に、すり足で何もない壁に寄りかかった。壁の向こう側は確か池だったはずだ。今は寒くて河童も浸かれないが、夏頃になるとよく遊んでいるのを見た。あまり薄くないから、襲われる心配はないけれど、念のためと刀を抱いて目を閉じた。

 

 母が死んでからの行動に移行してから、鯉乙は普通に眠れない。布団に入っても、逆に目が冴えるだけだった。夜は寝込みを襲われるし、昼は躊躇なく妖怪が襲ってくる。安心して眠れる日が少なくなってしまって、ついに違和感を感じるようになった。普通の暮らしがままならなくなるというのは、存外楽でもあった。しかし野宿した際は便利ではあるものの、安心して眠れないというのはストレスがかかる。おかげであの日以降夢を見られていない。

 

 静かに目を閉じたまま、外に耳を傾けていた。ヒソヒソと自分を噂する声と、遠くで刀が重なる音、廊下を進む音が聞こえる。

 

 うまくいっている。順調だ。

 

 たぶん、この一年をうまく過ごせれば、正式に一家入門の任務を与えられる。

 自分と同じ経歴の修行者と協力し、自分より少し格が上の妖怪退治に向かわされ、見事無事に完遂すると報酬が与えられるようになる。それまではタダ働き。朝早くに起きて朝飯の準備と昼の下拵えをし、昼飯の前に洗濯を終わらせる。昼の後はイタクなどの世話役に夕飯まで修行をつけられ、寝る前までに朝飯の下拵えを済ます。

 そのルーティンを三ヶ月続けて、四ヶ月後にやっと任務への同行が可能となる。見込みがあれば、半年を少し過ぎたあたりで各地方に散らばった仲間へ送り出され、長ければ二年ほど他組織の中で経験を積まされる。

 そうして帰ってきた頃にやっと下っ端の戦闘員として認められるのだ。

 

 前はコミュニケーションが足りなくて反対派に暗殺された。

 その前はキャラと関わり過ぎて物語に深く関わってしまったことにより原作で死ぬはずのない人が死んだ。

 仲間に庇われて死なれたことで、私は意図せず自殺をすることになった。自分の情報を開示し過ぎたことにより勘付かれたせいで、鯉伴に自分の存在を知られ、任務中に暗殺された。

 

 関わり過ぎても関わらなさ過ぎても結局私は目的を果たせずに死んでいる。ある程度のコミュニケーションは必要だし、距離が必要。その微妙な距離感を掴むのにどれほど時間を使ったのか分からない。

 今回は、遠野を通過できればいいが。

 

「ン?新人ちゃん?」

「こんにちは」

 

 右奥、玄関口のある廊下から入ってきたのは線の細いの男だった。名前は確か……アズ丸。狐の妖怪だ。情報収集を主に生業としている妖怪だった。

 

「本日引き入れてもらったのです。鯉乙と申します」

「リオ、リオちゃんね。へぇ。君がね」

「何か?」

「いいや。マァ、チョットね。俺、アズ丸。気軽にアズって呼んでよ」

「アズ丸殿」

「堅苦しいねえ」

 

 ニコニコ笑いながらアズ丸は部屋に入ってきた。金色の長い髪が揺れるのを見ながら、鯉乙はもたれかかっていた体を起き上がらせる。アズ丸はちゃぶ台に片手をついてよっこいせと腰を下ろす。胸元から煙管を出して火をつけた。フッと煙が舞い上がる。

 

「オブラギ女を一太刀でやったんだって?すげえじゃん」

「いえ、そんなことは」

「謙遜するなよ〜。俺なんて妖怪1匹殺さないんだから」

「そうなのですか?」

「うん。俺は戦闘要員じゃないから」

 

 情報担当だと聞くのは、もう少し後だったか。鯉乙は目を伏せて立てていた足を折りたたむ。

 あとの1人は大柄の男だった。しばらく遠征に行っている炎を操る鬼の妖怪。3年後に契約を終えて戻ってくる。それまではアズ丸と2人きりで過ごすのだ。

 

「明後日から仕事教えるから」

 

 ふとしたようにそう言ったアズ丸の顔を見上げて、鯉乙は不思議そうな顔をした。

 

「明日ではないのですか」

「明日は街中に降りようね」

「なぜ?」

「ほら、その着服じゃ不便でしょ」

 

 アズ丸は表情を変えないまま、火のついたキセルで鯉乙の服を指差す。

 たしかに鯉乙の格好はおよそあの遠野一家の妖怪だとは思えない。アズ丸は気のいい顔をしながら、「代金は俺が出すよ」と言った。

 

「いいんですか?」

「うん。出世払いだね」

「出世払い…」

「君は、稼ぎの良い妖怪になりそうだから」

 


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