掌編。夏の寓話。心が死んだあと人はどうやって生きるのか。解釈様々な某曲から出来たお話。

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掌編。朝チュンすら出てこないファンタジーから、えげつないほどエロいのまで振れ幅がすごいと云われるのですが、現代ものを書くのも好きです。


裏の光

 

 会社を出るとぎらついた光が眼をやいた。制服の化繊のスカートがそのうち燃え上がるのではないかと心配になるほど暑かった。全面硝子張りの高層ビルを建てた人間は何を考えているのだろう。先月出張に出た時も新幹線から見える景色のあちこちに黒々とした太陽光パネルが広がっているのに愕いたが、国土形成計画を行っている者たちは本当にこんな街づくりでいいと想っているのだろうか。足元の影がいっそう暗くみえた。

「お昼なににします」

 後輩の女の子が駆け足で追いついてきた。女子社員は鞄の中に必要最小限のものを入れた別の鞄を入れ子のように入れていて外に出る時には持ち出すものだが、その子は財布ひとつだった。

「ママに買ってもらったんです」と品のいいロエベの財布を見せてくれながら、後輩は「なべ焼きうどんにしませんか」と誘ってきた。この暑いのに。

 それはわたしの顔に出たようで後輩は「暑いからこそ暑いものを食べるんですよ。涼しくなりますよ」真顔で云って私をうどん屋に引っ張って行った。

「独身なんですか」と訊かれるたびに「うん」と応えてきた。

「結婚しないんですか」と訊かれる時には「してた」と応えた。

「離婚したんだ」

「そんな感じかな」

 わざと暗い顔をして応えると、それ以上は誰も追及してこない。そのうち彼女たちも知ることになるだろう。

 

 うどん屋のテレビでは痛ましい事故の裁判の様子が映っていた。

「あたしこいつだけは許せないです。こいつが死ねばよかったのに」後輩がテレビに映っている老人を睨みつけていた。

 昔から、みんなが何かで怒り狂っている時にもわたしだけは怒りの感情が沸いてこないことがよくあったが、この事件についても何故かわたしは世間と足並みが揃わない。みんなが何にそんなに怒っているのか分からず仕舞いだった。

「それが財布とか」ロエベが笑い出した。

「便利なんだよ」

 会社用に使っているわたしの財布は百均で買ったファスナー付きの透明の袋だ。

 熱いうどんを口に入れた。冷房が強になっているせいでさほど汗はかかなかった。

 殺意がなくても人は殺せるのだ。わたしの目の前でそれが起こったように。

 

「暑すぎないか」外回りに出ていた同僚の男が死にそうな顔をしてわたしの机にペットボトルをおいた。彼は院卒でわたしは高卒だ。わたしの入社が遅かったのでこれでも同期なのだ。

「なにこれ」

「頂きもの。あげる」

 ネクタイの上手な結び方はわたしが彼に教えた。

「飲んだら」

「三本もらいましたので」

「そうですか」

 ありがたく頂戴することにして、ペットボトルのキャップにマジックで名前を書いてフロア共有の冷蔵庫に入れた。冷蔵庫の中にはロエベの名前の書かれた同じ飲料が入っていた。付き合ってるんだなと想った。ロエベみたいな子はわたしも好きだ。一言でいうなら地に足がついて安定している。表側の世界しか知らない。私にはついに持ちえなかった幸せの要素をふんだんに持っている。「苦しいのは自分だけじゃない」「一人で悩まないで」と疑いもなくまっすぐな気持ちで云えてしまうような子だ。ロエベは虹の向こうの世界なぞ夢みないのだ。

 思考は実現します。今朝の社内の朝礼で課長が云っていた。目標を定めてそれに向かって努力することが自己啓発うんぬん。

 思考が実現化するというのなら、わたしの身に起こったことはなんなのだ。あらゆる事件や事故の遺族とてそんなことを願ったことは一度もないだろうに。

 つり革を握って朝の電車に揺られている。昇る太陽に照らされた街並みのあちこちでギラギラと何かが反射している。家々の屋根に乗っている黒い太陽光発電パネル。スカイツリーが建設されはじめた頃はまた空が狭くなるような気がして嫌だったが、すっかり見慣れた風景になってしまった。

 

「何を聴いておられますか」

「なんですかその言葉遣いは」

 電車の中でワイヤレスイヤホンを耳にさしていた。それで同僚のペットボトルが隣りに立ったことに気が付くのが遅れた。

「アメリカの古い音楽です」

「70年代のロックとか」

「ジャンルは何になるのかな。映画音楽。南部の民謡みたいな? 分からないけど」

 ジャンルは分からなくとも誰もが聴いたことがある曲だろう。

  一マイルより広い河、夢をくれたり 心を傷つけたり……

「知ってる、知ってる」イヤホンを貸してやったら彼は頷いた。

「ムーン・リバーだ。ティファニーで朝食を」

「よく知ってるね」

「死んだひいおばあちゃんが好きだった曲」

「ロエベと付き合ってるんだ」

「誰がそんなことを」

 愕いた顔で彼は私にイヤホンを返した。それ以上は社会で揉まれた男にありがちな鉄仮面になり追求できなくなった。

 私には手に入らなかった幸せが虹の向こうにあるのなら、彼らは最初からそちらに居るのだ。

 

 わたしは一面の瓦礫と灰の中を歩いている。涙を流しながら、家族を探している。教室では入学したばかりの子どもたちが祭りの水槽の中のめだかのように駆け回っている。担任の先生は何処に行ってしまったのだろう。きっと不謹慎で死者に申し訳のないことをわたしは考えているのだと想う。でもわたしの心情はそれに一番近いのだ。七つの川を渡り廃墟と化した町の焼け焦げた学校に戻ってくるところまでわたしは克明に想像できる。三階に辿り着いた。ここまでは重傷者が上がってこれない。

 何も覚えていない。

 一晩中、呻いている人たちの中にいたはずだ。焼け焦げた教室の窓からは残り火が見えていたはずだ。

 

 遺族自助会からは何度も電話やメールが届いていた。どうやって調べるのかは知らないが引っ越し先までやってくる。宗教の勧誘かと想うほどにしつこい。わたしと連絡をとろうと何年も彼らは試みていた。気持ちを吐き出すだけでよいのだと云う。多分そうなのだろう。自助会では男も女も慟哭し、思うさまそこでは恨みを述べ、愛惜し、のたうち回れるのだろう。

 一度も行ったことがない。

 無視していたら向こうから来たことがある。妻と中学生のひとり娘を殺されたという男性だった。

「多分、誰にも分かってもらえないだろうけれど。ぼくは戦争を通り抜けた気がしている」

 珈琲店で俯いていたわたしは初めて顔をあげた。

 だったらわたしの今の気持ちも分かるはずだ。人の心は死ぬことがあるのだ。

「分かるから来たんです」と男性は云った。

「先輩、お昼行きましょう」

 ロエベがロエベの財布を持って立っていた。その顔を見て、ロエベも知ったのだとしった。こういう時のパキッと空気が凍る感じにはまだ慣れない。みんな何ごともなかったかのように通常どおりを心掛けてわたしに接してくれる。そうしているうちに何事もなかったかのように日常が戻るのだ。当たり前だ。親を亡くす者、死産する者、病気になる者、他人の人生の不幸でいちいち大げさに立ち止まってはいられない。

「何か、わたし失礼なことを口走ってなかったかと想って。先輩を傷つけていませんでしたか」

 ロエベはハンカチで目を抑え泣き崩れた。社会人としての心得が足りないぞロエベ。そしてこんな女の子に産まれてきたかったなと心から想った。

 

 ゲリラ豪雨にあってしまい、イートインのあるコンビニで時間をつぶしていた。まずいドリップコーヒーに後悔しながら雨に煙る街を見ていた。

 雨が降っていますねえと云って、後輩の男が隣に座った。座ってからわざとらしく「あ、先輩だ」と愕いてみせた。

「暑気払いの飲み会どうですか」

「うん、いいよ。いつ」

 夏に若手の社員で飲み会をするのは恒例行事だった。

「そうじゃなくて」

 後輩くんはアイスコーヒーのストローを氷に刺して音を立てていた。

「心配してましたよ先輩が」

 先輩というのはわたしの同僚のペットボトルのことだ。

「あれはやばいし、いけない、そう云ってましたよ」

 どういう意味だろう。

 やばくていけなくても、ほっといて欲しい。

 一年生の子供たちが半壊した教室の中をぐるぐる回っている。何が起きたのか分からないのだ。そのうち誰かが「お家に帰る」と云って飛び出した。それを合図にみんな四方八方に逃げ出していった。その日は代理で別の学年を受け持っていた。受け持ちの学年にまず行かなくてはと教室を通り過ぎてしまった。なぜ止めなかったのだろう。熱い灰の降る街に出て行った子供たちは誰一人として学校に戻ってくることはなかった。

 わたしは階段をあがっている。重傷者があちこちに倒れている。朝からわたしは小脇に出席簿を抱えたままだった。「東組の生徒さんが市役所前で倒れておられましたよ」誰かがわたしにそう教える。わたしは行かなくてはならない。足が動かない。

 鬼火のたっている焼け野原に人が動いている。妻と娘を殺された男が歩いている。珈琲店の会計は無理やり自分の分を支払った。

 二度と這い上がれない谷底に落ちてしまい、どうしたらいいか分からない。あれから一切のニュースを見ないようにしていた。気を抜いていると何かの事件や事故の報道が胸をえぐってくる。

「うわ」

「ごめん!」

 受け止めたわたしの方も悲鳴をあげた。同僚のペットボトルが転んだ。片腕で彼を掴んで止めたわたしも階段を踏み外して、二人で階段を数段落ちた。

「すみません」

「いえいえ」

 散らかった書類を束ねて渡してやると、ペットボトルはやけに改まった態度で礼を云い、打ち付けた腰をさすりながら忙しそうに階段を降りていった。

 そういえば古いドレスしか持ってない。夏のセールが始まったら新しいドレスを買おう。ペットボトルとロエベの結婚式で着るのだ。ロエベは寿退社をするがボトルは会社に残る。わたしたちは良き同僚としてこれからも付き合うだろう。

 

 その朝、わたしは同僚の教諭とともに校長室で直談判していた。低学年を畠に出すのは反対ですと私たちは校長に云っていた。校長は昨日から何かに悩んでいるようだった。慢性的な栄養不足が原因にはみえなかった。実はこういう極秘情報があるのだと思い詰めた顔をして校長はわたしたちに何か深刻なことを打ち明けかけた。雷のように外が光った。鏡の反射かなと想った。そのあとは轟音がして真っ暗になった。

 崩れ落ちた校舎の残骸がわたしの上に乗っていた。きなこをまぶしたように顔の上が何かの粉や塵で覆われていた。わたしの隣りに若い女がいるのが分かった。わたしは口の中まで大量の埃で汚しながらその若い女に「大丈夫?」となんとか声をかけた。さっきまで隣りにいたはずの同僚ではない。知らない女だった。

 若い女は「大丈夫」とこたえた。それから目を閉じたまま、「東組の子供たちの処にいかないと……」と呻いた。

 わたしは泣いた。どうして貴女なの。どうして夫や子供たちではないの。会えるのなら彼らに会いたいのだ。あの夏の日に、永久に失われてしまったわたしの家族に。

「お母さん、花火」

 娘がわたしの手を引いていた。息子は夫が抱いていた。高校を出てすぐ結婚した。夫と子供たちが先に歩いていた。彼らは曲がり角をまがった。白く光ったものは花火ではなかった。

「工場の爆発かしら」若い女が云った。

「近くの金属工場が爆発したの」わたしが応えた。

「校長は知っていた気がします」女が無念そうに云った。

「そんなことがあるのかな」わたしは埃でざらざらした顔を若い女の方に向けた。

「校長のお友達は敵国語がわかりますから」

 若い女はがれきから足を抜こうともがいていた。わたしは手伝ってやった。校舎から這い出すとあたりは真っ暗だった。火のついた木切れや布切れが雨のように降っていた。若い女の肩が燃えていた。あわてて火の粉を払い落してやった。

 爆風の向きのせいなのか倒壊を免れて半分焼け残っている校舎が向こうにあった。若い女は「子供たちがいるかも」と叫んで、そちらに走って行った。

 

 

 この歌には、いろんなものが入っている。

 「ひいおばあちゃん、何をきいてるの」

 ひ孫がねだるので聴かせてやった。優しくも厳しくも明るくも聴こえるでしょう。郷愁にはいつも胸をつぶすような寂しさがある。

「字が汚いね」

「ひいおばあちゃんは昔、尋常小学校の先生だったからね」

「戦時中の繰り上げ卒業で早くに先生になったのよ」

 宿題なのだといって孫が戦争体験を聞きたがる。ひ孫はその隣りで何かのゲームをしてる。忘れたと云ってやる。誰に云っても何も伝わる気がしない。決して分からないだろう。あの頃のわたしたちがどれほどの使命感をもって日々を生きていたか。男はみんな戦争に行っていた。二十歳を過ぎたばかりの若い女が教壇に立ち児童の命の責任を負っていた。何十万人も暮らしていた街が一瞬で完全に消し飛んだのだ。

 若い女が歩いている。泣いている。夫と子供がいないと彷徨っている。そんな人間が何十万人もあの時あの町にはいた。

わたしと彼女はともに焼野原を歩いていた。二人でひとりのような気もしたし、そうでないような気もした。気が付くと一緒にいたのだ。

 何もかもが焼けつくされていた。町の上空の夜空の星が恐ろしいほど白く輝いてみえた。焼け焦げた匂いのする夜風が吹いており、人なのか馬なのか分からぬ黒い塊が一面に落ちていた。わたしはもう死んでいるのかもしれないと想った。そう想いながら隣りの女を見ると、彼女もそう想っているようだった。空には星の河が流れていた。

「もう一度学校に戻ったらもう誰もいなかった」

「焼け跡を探すことすらできなかった。わたしも怪我をしていた。立ち入り禁止のテープが張られていて、その先に行くことが出来なかった」

 探して探して、探しつくた。二度と取り戻せない日々を探した。

 もう一度、あの若い女の人に逢えたら、わたしは云ってあげたい。

「一マイルってどのくらいなの」

 子供はすぐに歌を覚えてしまう。ひ孫が孫にきいている。

 

 

 休みの日は隅田川沿いを歩く。まっすぐ歩くこともあれば、橋を渡ってじぐざぐに歩くこともある。わたしのお気に入りは両国橋だ。そこからみる空がいちばんひらけている気がする。見せてあげたい。誰かは分からぬ誰かに。

 ポストの中に達筆の手紙が入っていた。わたしが生まれる前に起きた大事故で家族を全員失った女性からの手紙だ。何度か返事を書こうとしたが出来なかった。誰かと手を取り合って泣くことはどうも好きじゃないようだ。わたしを癒すものがあるとすれば、「ロエベが本屋でPTSDの本を熱心に読んでいた」と聞かされて慌ててロエベのいる机に駆け付けたり、つまらないミスのことで上司に謝りに云った時に、「よく耐えられたね」と最近奥様を亡くされた上司から涙目で云われたりすることらしい。わたしを除く人たちがいつものようにそこにいてくれること。

 行き交う人々の四分の一はわたしと同じような想いを抱えているのだと最近は考えるようになった。

 

 方向音痴すぎると呆れられた。

「スマホを回転させながらナビ見てる人?」

 悩んだ末に手紙をくれた女性への返事として時候の挨拶を書いてから家を出た。こちらが勝手に考えているよりも老人は老人でないことは分かっているが、失礼のないように鳩居堂のはがきにしておいた。時間に遅れた待ち合わせ場所には後輩くんが一人で立って待っていた。

「ロエベに男をとられた」と後輩くんがわたしを指してそう云った。そうなのか。何となくわたしがふったような気がしていたけれど。

 小雨が降り出していたがわたしには傘がなかった。後輩くんが傘に入れてくれた。男物の傘は大きいのがうらやましい。

「そういうわけで、今夜の夏の飲み会は二人きりです」

「なぜ」わたしは後輩くんを見た。

「あなたしか誘ってないから。でね、その後、俺の部屋に来ます?」

「行きません」

「来てほしいな」

「いつかは行くかもしれませんが、行きません」

「その曖昧な云い方が、いろんな男を翻弄しているわけですよ」

「いつ翻弄しました」

「翻弄されている男がここにいるわけです」

 傘の端を手で押して後輩のほうに少し戻した。

「知らない人の傘にいるのかな」

「後輩、後輩。あなたのかわいい後輩」

 傘に雨があたる音がしている。

 雨があがったら、この世のどこかに虹が出ている。暗闇の中に白っぽく。河の流れのように見える。一マイルは超えられるような気もするし、無理なような気もする。誰かと一緒なら渡れる気もする。あの歌の歌詞はおかしい。河をかっこよく渡ってどうしようというのかも分からない。

「世界中で事故や事件や戦争があるわけです」

 後輩が何を云おうとしてるのかその続きが分かっていた。いつもなら陳腐すぎる慰めだと止めるが、聴いていた。わたしの側に多めにかぶせている彼の傘。雨が水たまりをつくり、そこに街の灯かりが映っている。

 外に出ない日はYOUTUBEから一曲選んで一日中聴いている。同じ曲を延々リピートする。五千回くらいは一人で回してるんじゃないかと想う曲も増えてきた。

 一つ分かったことがある。同じ谷底に落ちた人々は誰かを慰めようとして動いているのではなかった。自分の心を慰めたくて誰かに声をかけているのだ。

 みんなはどうやって乗り越えていくのだろう。今もわたしには分からない。まわりの人はみんな優しい。なのにわたしの心は壊れたままだ。誰かに、あれからどうやって生きていったのか訊いてみたい。きっとみんな今のわたしと同じように口を噤んだままだろう。骨すら見つからなかったのだ。

「奥多摩か鎌倉に行きませんか」

「行きません」

「山の方はあじさいがまだ咲いているらしいよ」

「それは見たい」

「ほら。翻弄してる」

 夫とよく似たシャツを着た男性を見るたびに胸がぐしゃぐしゃになってきた。子供たちと同じ年ごろの子供をみると道端にしゃがみこんで泣いてきた。今もそうなりそうだった。

「駄目だよ。一緒に枝豆を食べるんだから」前を向いたまま後輩が云った。

 季節が早くないかと少し想った。冷凍だから関係ないのか。

 商店街の七夕の短冊が揺れている。あの若い女の人もどこかでこの月を見てる気がした。雨上がりの白い月。

 もう一度あなたに逢えたらわたしはあなたに伝えたい。

 他の人たちのような虹の彼方は望めない。それでも、あの月の虹の向こうにならわたしたちも行けるのかも知れない。焼け野原に輝いていたあの河がいつもわたしたちのそばに流れていて、あなたに繋がっている気がした。一度がらんどうになったあなたがあの後もこの世に生きたのなら、夜の虹を追うことくらいわたしにもできそう。あなたがわたしにそれを伝えるために、あの時わたしのところにいた気がするからだ。

「二人きりだから個室の予約はやめたんだ、紳士でしょ」

「本当に紳士ならそんな気をまわす必要ないのでは」

 お通しに出てきた冷凍の枝豆をつまみながら、夜の風の音をきいていた。

 

 

 

[了]

 


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