ディストピアゲーの運営側に転生したので、住人全員『幸せ』を義務にする   作:はさん

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住人番号G14376の憂鬱

 第7支部支部長直々の招集。

 それが自らのデバイスに表示された時、彼は血の気が引いていくのを感じた。

 彼には妻と一人の娘がいる。

 若くて美しい妻と、まだ生まれてから4年しか経っていない娘。

 二人の事を彼はとても愛していたし、そして愛されていると信じていた。

 彼女達と共に過ごし、永遠とまではいかないけれどもずっと一緒にいられると、そう思っていた。

 

 しかし、だというのに。

 

「貴方……」

 

 荷物を纏め、家を去ろうとする彼を呼び止める妻。

 その瞳は暗く沈んでいた。

 彼が何故招集されたのかは守秘目的で語られなかったが、どちらにせよこれが彼等にとって今生の別れとなる事を想像するのはたやすかった。

 だからその招集のメッセージが届いた時、二人は一緒に抱き合い、そして娘がいないところで泣いた。

 どうして、こんな。

 自分達が一体何をしたというのだろう。

 精一杯、頑張ってた筈だ。

 幸せで満ち溢れているとは決して言わない、慎ましく生きてきた。

 誰にも責められない生き方の筈だった。

 なのに、どうして神様はこんなに自分達を苦しめるのだろう。

 

「……逃げましょう、貴方」

「それは――駄目だ」

 

 妻の言葉に首を振る男。

 

「この世界に逃げ場なんてない。それに、これは僕が犠牲になればなんとかなる問題なんだ」

「犠牲になるなんて、そんな言葉を言わないで……!」

「大丈夫、君達は絶対不幸にはさせない。このような目に遭うのは僕だけで十分、そう、約束して貰うつもりだ」

 

 もう、十分抱き合った。

 充分話し合った。

 だけど、足りない。

 この時間が永遠に続けば良いのに。

 そうどうしても思ってしまう男は、その思いを振り切るように立ち上がる。

 

「……行ってくる」

 

 そして、妻の答えを待たずに家を出る。

 

「――いや、いやぁ……!」

 

 悲痛な叫びを聞こえないふりして。

 彼は、一人で死地へと赴いた。

 

 

  ■

 

 

 彼が向かったのはカントーエリア第7支部運営局がある場所から少し離れたところにある運動施設だった。

 運動施設と言っても今では文字通りに使われる事はない。

 今では荷物の置き場として使われていた筈のそこは、今ではそれらがすべて取り除かれ昔通りのグラウンドが広がっていた。

 そこに足を踏み入れた彼は、自らと同じく招集を受けたらしい者達を見る。

 全員不安そうにきょろきょろと見渡し、何が起こるのかと警戒している。

 恐らく、自分もそのようにしているのだろう。

 そう思いつつ、彼は時が来るのを待つ。

 ――それにしても気のせいだろうか?

 ここに集められた者達、なんだか全員心なしか体躯が良いような気がする。

 もしかして、反乱する危険性がある者が集められた?

 それなら完全にとばっちりだ。

 自分はただ、平穏に暮らせていればそれで幸せだったのに――

 

「良くお集まりくださいました」

 

 果たして。

 

 彼女は複数人の護衛ロボットを引き連れ姿を現した。

 電磁バリアの向こう側で微笑む彼女の事をこの場にいる誰もが知っていた。

 

 マリア・セブン。

 

 ティーンエイジャーのような外見、桜色の長髪に桜色の瞳。

 純白の制服に身を包んで姿を現す事が多い彼女だったが、しかし今は不思議な格好をしていた。

 紺色で白いラインが走る、伸縮性に優れていそうな上下。

 ……彼等は知らないが、その服はジャージと呼ばれるものだった。

 

「さて、早速ですが貴方達にはこれより……テストを行って貰います」

 

 「ぱちん」と彼女が指を鳴らすと、現れるのはいくつもの正体不明な器具達。

 それからロボット達が集められた者達に特製のディスプレイを配り始める。

 

「一つずつ、順番に記載された通りに計測してください。使い方はそのデバイスで確認できます」

 

 ……良く分からない。

 とはいえ、すぐに処分される事はなさそうだ。

 その事にひとまず安心し、それから彼は言われた通りに行動を開始する。

 

 と、言ったものの正直意味が分からなかった。

 丸い球を投げたり、その場で縦にジャンプしてみたり、あるいは前に向かって助走を付けずに飛んでみたり。

 これに一体どんな意味が?

 そうして一通り計測(?)し終えたのを確認したマリア・セブンは自らもまたデバイスを操り数値を確認し、「ふむ」と頷いて見せる。

 

「流石、と言うべきですね。私の予想通り、なかなかの数値を出しています」

 

 ですが、と付け加える。

 

「私の欲しい数値よりも下回っているのも、事実です」

 

 ひやり、と背筋に冷たい悪寒が走る。

 彼女の期待に応えられなかった。

 ならば、これから自らの身を襲う出来事は一つしかない。

 逃げる?

 そのように行動をしようとする者がいたが、しかしここは所々にロボットがいてそれが出来ないようになっている。

 

「――よし」

 

 と、最後にデバイスを「とん」と指で叩いた彼女はデバイスの電源を落とし、それから集められた者達に向けて言う。

 

「では、今日はこれで解散です」

 

 ……は?

 

「え?」

 

「今後の連絡は再びデバイスで行いますので、確認は怠らないでください。1週間以内に返事がなかった場合、再びメッセージを送ります。では」

 

 そしてにこっと笑顔を向けた後、その場から本当に立ち去ってしまう彼女。

 残された者達はしばらく呆然とし立ち尽くす。

 

「助かった、のか……?」

 

 それが一体誰が呟いたのかは分からないが、それは間違いなくその場にいた者達の総意だった。

 

 

 

 ――その後。

 

「あ、貴方――!」

 

 帰ってきた彼の姿を見、慌てて走り寄って来る妻。

 

「た、ただいま……」

「もう、もう! 心配してたのよっ!」

 

 玄関で、娘が見ているというのに力一杯抱きしめ合い、そしてキスをする。

 

 ……その後、娘が見ていない場所で愛を確かめたのは仕方がない事だった。

 

 

「あ、はっ♥ 貴方、今日は一杯一杯、私を愛してくださいね♥♥」


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