「もう夜か……」
雑に別れを済ませたあと、俺はまたあの町中へと戻る。そして境内から外へと踏み出そうとした時…………女の子とすれ違った。
艶やかな銀色(つかほぼ白)の髪を靡かせ、凛とした仕草でゆっくりと歩みを進める彼女は、ぺこりと俺に深くお辞儀をする。
服装的にこの神社の巫女さんなのだろう。桜のように美しい。
「ようこそお参り下さいました」
「あ、いや……こちらこそお疲れ様っす」
ヤバい……霊気が凄い……! ここまで洗礼された霊気を宿すなんて……どれだけの鍛錬を積んだんだろう。1mほど離れているのにこっちの気が弾け飛びそうだ。
きっとこの人も霊感が強いのかも……? だからこそ巫女さんになったのか、それとも巫女さんになったから強くなったのか。どちらにしろ明らかに俺よりも強いな。
完全に練度負けしてる。
一旦深呼吸をして……………………
よし。
「観光客の方ですか?」
「はい、そうなんっすよ。今日は拝めませんでしたが……次回があれば、その時の神楽舞を楽しみにしてます」
「はい、是非またいらして下さい」
何気ない上辺だけの会話。中身の何も無いそんな会話の中、俺の『感覚』がピクっと反応する。
この感じ……怨霊……? やけに嫌な妖気だ。
「…………山の方か」
「……え?」
ボソッと発してしまった俺に一言にキョトンとしている巫女さんは、徐々に焦りを覚え始めて、何やら必死に頭を抑えている。
一体何してんだろう。
「あっ…………、なんでもないです、気にしないで下さい」
感じているこの妖気はなんだか嫌な感じはするが……正直かなり弱い。これなら勝手にこの町の清められた空間に負けて消滅するだろう。
まだ頭を抑えている巫女さんにそう言うと、その場から逃げるように宿へと向かった。
「はぁ〜…………いい湯だった」
旅館の飯を頂き、風呂も済ませて借りた部屋の中で、窓際の椅子に座る。
ホカホカな身体を冷ますように夜風にあたり、今日という一日を振り返る。
明日の夜には元の孤児院に戻る予定だが…………妙にここが心地よくて不思議と帰りたくないと思ってしまう。町ゆく人々は暖かく、それでいて賑やか。俺もこんな街で生まれ育ちたかった。
そんな事を思いながらボケーッと外の風景を見続ける。
「あの妖気は…………あまり感じなくなったな」
やっぱり予想通りに勝手に消滅したのだろう、若干あの巫女さんに変なこと思われたかもしれないが……まぁ向こうは俺の事なんてもう気にしてもいないだろう。観光客だって言ったし。
「何も無かったんなら良かった。さて…………寝るか」
電気を消して、敷いていた布団の中に入り込み、一日の疲れを取るために休養をするが…………しばらくしてから、俺の睡魔を吹き飛ばすほどの強力な妖気を感じ取った。
恐らく経過したのは十分弱。僅かその間に消えかけていたあの妖気は十分に危険と判断できるほどに強大になっていた。
流石にそんな槍で刺されるような感覚を感じたら、寝ている場合じゃない。
「マジかよ……余裕ぶっこいてる暇はなさそうだなっ!」
俺はできるだけ音を立てないように、部屋の窓から飛び出して気配の感じる方向へと走る。
正直、このレベルでの強さの妖気は感じたことがない。だからこそだろう。対抗する手段を持っている俺が何とかしなければならないと思った。
これは昔、幽霊に聞いた話だが…………怨霊として生まれた霊は、あまりにもの強すぎる怨みを抱くと、無差別に人を襲い始めるらしい。本来ならば個人を狙う怨みでも、暴走に近い形で人々に恐怖を与えるのだという。
そんなことをさせる前に何とかして止めないといけない。そう思いながらたどり着いた場所は、暗い山の中だった。
月明かりすらも侵入を許さない暗闇の森。虫たちの鳴き声が不安を唆す。
そしてそんな山の中を無造作に走っていくと…………
「なっ……!?」
ぶくぶくと身体中から泡のような物を何度も何度も出現させ、ドロドロに溶けたスライムのように地べたを這い蹲る化け物。
真っ黒に染まったその身体の頂点からは、赤く光る瞳がこちらをぎょろぎょろと睨みつける。
『ごがぁぁぁぁ………………』
「気持ち悪ぃ…………」
見るからに存在しちゃいけない化け物だ。それでも決して臆していないのは、日々見かける幽霊達のおかげだろう。
いやそのせいなのかもしれない。俺が『逃げる』という選択をしなかったのは。
まさかまさかの初日にこんな化け物と出会っちまうなんてな…………
と、その時、目の前の化け物が溶けた身体から触手を出して、鞭をしならせるように俺に襲いかかる。
「────ッ!?」
咄嗟に身体を後方へとジャンプして移動させ、ギリギリのところでその触手を躱す。
振り返るとあの触手が触れた部分は、クーデターのように抉られており、その『破壊力』の高さを表していた。
「オイオイ……ふざけんなよ……、あんなもんまともに食らったら怪我どころじゃすまねぇぞ……!?」
さすがに俺もこんなものを目の前にしたら心の底から恐怖する。
この状況が死と隣り合わせという事を突きつけられてから、明らかに逃げの本能が働いていた。
でも……仮にここで俺が逃げたとしても、コイツが町に下りてきた瞬間にゲームオーバーだ。どの道俺はこいつと闘わなきゃいけないだろう。
『ギュゥゥゥゥ…………』
「アレがどこまで効くか知らねぇけど…………やるだけやってやる……!」
ちょっとした悪霊程度なら、この力で何度も祓ってきた。決して慢心している訳じゃないが、俺が対抗出来るとしたらこの力しかない。
覚悟を決めると、俺は右足に『蒼い力』を纏わせる。
原理は分からない。けれどこれは、俺が『化け物』と呼ばれることになった第一の原因だろう。
この不思議な力のおかげで俺は一人になったし……人生を狂わされた。
そして再び、あの触手が俺に真っ直ぐ伸びてきて、襲いかかる。
けれど今度は攻撃を躱さずに、右足を盾にして受け止める。
「……ッ!? なんだコレ…………重ッ!?!?」
今まで感じたことの無い強力な衝撃に負け、数メートル後ろへと吹き飛ばされる。
ゴロゴロと身体の所々を地面に打ち付けて、痛みを我慢しながら吹き飛ばされていると、その辺に生えていたデカい木に身体をぶつけて、勢いを殺される。
「痛っ────」
強く身体を打ち付けたせいで反応が遅れ、俺は目の前の化け物の攻撃に気が付かなかった。
そしてそれに気がついた瞬間はもう遅く、こちらへと伸びてくる触手が俺の身体を貫くと思ったその時────
「えいっ!!」
と鈴の音と共に聞こえてきた短剣のような白刃が、その黒い触手を切り落とした。
そしてそれを扱う美しい銀髪の女の子。俺はこの人を見たことがある。この人は…………
「巫女……さん……!?」
「危ないところでしたね、ここは私に任せて下がっていてください」