クソゲー世界に転生してしまったTS魔法少女ちゃんは今日も生き残りたい 作:守次 奏
双六とか人生ゲーム……にあったかどうかは覚えてないが、その手のボドゲには結構な確率で振り出しに戻るとかいうマスがある。
なんのために作ったのか全くもってわからない、純度百パーセントの嫌がらせで構成されているそれだ。
大方大人数でやってる時に一位を独走してたやつが運悪くそのマスを踏んでスタート地点に戻されたら面白いだろうな、とかそんな魂胆なんだろうが、そういう時に限って最下位のやつが振り出しに戻されるんだよな。
本当に人生は理不尽だ。そういう意味じゃ人生ゲームに相応しいのかもしれないな、振り出しに戻るってギミックは。
まあ実際の人生、なにをやっても後戻りできないんだから戻れるだけマシだと考えるとこともできなくはないか。
つまり、なにがいいたいのかというとだな。
「うーん……偽情報流しても今回は引っかかってくれませんねー」
「そりゃそうでしょ……スパイがいるかどうかはともかく、そう連続して銀行強盗が起こるような治安ならこの国終わってるわよ」
例によって「ゴースト」捕縛作戦は継続中なのだが、あの日捕獲に失敗したこともあって、絶賛難航中というか、振り出しに戻されたという話だ。
スパイが大佐経由の情報はフェイクだと吹き込んだ可能性もあるにはあるが、葉月がぼやいた通り、そう連続して銀行強盗やらテロやらが起こってたらこの国の治安は終わっている。
とはいえだ、「暁の空」が最近大人しくしてるものの、今も活動してる以上、こと治安に油断ならないんだがな。
「まゆたちは先回りできませんからねぇ……」
どこで「ゴースト」が犯罪の情報を掴んで、それを警察より早く潰しているのかは全くもってわからない。
やつを支援しているパトロンが「M.A.G.I.A」に潜り込んでいる内通者だと仮定すればそれもできなくはないんだろうが、テロぐらいの規模にならんと魔法少女は動けないと相場が決まっている。
そして、まゆが言う通り、事件が起きて報道されてからその現場に急行することしかできない現状、逃亡と隠密に特化している「ゴースト」を捕まえるのは至難の技だ。
今日も臨時休業という旨を知らせた紙が小窓に貼り付けてある「間木屋」だが、いよいよもって潰れてしまわないかと数少ない客には心配されていることだろう。
しかし、「ゴースト」を捕まえないことには営業再開できないんだよな、これが。
まゆが運んできてくれたホットケーキを口に運びながら、俺は静かにため息をつく。
「フェイクに引っかかってくれないとなると、我々にできることは『M.A.G.I.A』と合同で巡回を行うことぐらいだ、些細な兆候でもいい。やつが……『ゴースト』が潰しそうな犯罪をこちらも先回りして抑えるしかない」
淡々と告げる大佐もまた、頭を抱えていた。
こういう時に「暁の空」が馬鹿をやらかしてくれれば誘蛾灯になるんだろうが、その分犠牲者が出ると考えるとなにもいえない。
確かに「ゴースト」の確保は最優先事項かもしれないが、それで死人や怪我人が出るなんて事態はこっちとしても避けたいからな。
「店長ー、一つ訊きたいんですけどー」
「どうした、北見由希奈?」
「本当に『ゴースト』って悪い人なんです?」
由希奈が唇を尖らせたのは、単に捕獲作戦が煮詰まっているから、というだけではないだろう。
個人で対処可能なあらゆる犯罪を潰して回る謎の魔法少女。それが「ゴースト」についてのパブリックイメージであり、俺たちが知っている全てだ。
この前も剣を交えて思ったことだが、そこになにかの必死さはあれど、「魔導炉心」を悪用しようという意思は感じられなかった。
それに、由希奈にとっても「ゴースト」の活動には共感できるところがあるのだろう。
俺は不服そうに唇を尖らせる由希奈を一瞥して、設定資料集に記載されていた文言を思い返す。
普段はちゃらけてこそいるが、テロや犯罪を誰よりも憎んでいる──そこに、きっと偽りはない。
「確かに『ゴースト』の活動が今のところ『M.A.G.I.A』を害するものではない、というのが上層部の見解ではある」
「ですよねー? だったら……」
「だが、放ってはおけないんだ。『魔導炉心』……その強力さは君たちが誰よりも知っているだろう、いつ、なにがきっかけで『ゴースト』が犯罪を犯す側に回るとも限らん」
正論で殴られた由希奈は渋い顔をして、そりゃそうですけど、と拗ねたように返して沈黙した。
政府の管理を外れた「魔導炉心」が存在しているというのは、本来あっちゃならないことだ。
そこに善悪は関係ない。どれほど「ゴースト」が義憤によって立ち上がった存在だとしても、その行動が「M.A.G.I.A」を直接的に害することはないとしても、出所不明の「魔導炉心」が管理を外れて暴れ回っている時点でアウト、という話だった。
むむむ、と由希奈が明らかに不服そうな唸り声を上げている傍ら、不意にドアベルが鳴る音が聞こえる。
いつもの定時連絡だ。
鏑木さんを始めとした政府関係者四人が、今日は冴えない大学生風の格好ではなく、パリッとしたスーツ姿で来店してきた。
「思わしくないですか、アレを追うのは」
「まあ、ね……そっちの人員を回してもらうことはできないのか?」
「テロが起きたんならともかく、平時の巡回に自衛隊は動員できんでしょう」
鏑木さんは、大佐からの要請を苦笑と共に一蹴するが、むべなるかなというやつだ。
いかに「魔導炉心」が野放しになっていることが危険だとしても、災害救助や国防を目的として存在している自衛隊を動かすことはできない。
国会で特例法を立てるどころか憲法の審議にも関わってくる話だからな、めんどくさいったらありゃしねえ。
「そう怒らないでくださいよ。これでも警察庁と公安はフル稼働してるんです、デジタル庁もアレのパトロンを追いかけるのに必死なんですよ」
「だが、捕まらない……か」
「だから幽霊なんて呼ばれてるんでしょう」
どうやら、政治家や官僚も必死らしい。
そりゃそうだよな、魔法少女の存在はある種公然の秘密であるとはいえ、自分たちの管理を外れたそれが出てくれば引責問題にもなりかねないんだからな。
公の場でその問題が審議されることはないとしても、「魔導炉心」が原因の事件が起きれば内閣総辞職は待ったなしだ。
もしかしたら「ゴースト」はそれを狙ってたりするのかもしれない──などという考えが頭の片隅をふとよぎったが、そんなことをする必要性は、まるで感じられない。
治安維持を勝手に目的としてるのが「ゴースト」なら、政権が崩れるのは、その治安を維持するための機構に綻びができるのは、本末転倒もいいところだろう。
だが、このままやつが活動を続けていれば、そうなる未来は遠くないはずだ。なのに、なぜ。
「先輩、どうしちゃったんですかー?」
「ああいや、少し考えごとをしていてな」
「考えごと、ですかー」
いつものように鏑木さんをおちょくってストレスを発散しようとしていたのか、右手にウノのパッケージを握った由希奈が問いかけてくる。
しかし、「ゴースト」の目的とその行動が最終的に行き着くところが一致していない、というのはなにか引っ掛かりを感じるところがあるな。
それがテロ組織によるものであれば、銀行強盗だろうがなんだろうが「M.A.G.I.A」は動く。
大人しく管理体制に組み込まれていれば、「ゴースト」が果たしたい目的は達成できるはずなのだ。
あいつが一級相当かそれ以上の魔力を持っている都合、現場に直接出向けるかどうかは微妙なところだが、まさかそれを嫌ってるんだろうか。
考えれば考えるほど「ゴースト」のやってることがちぐはぐで、それが余計に頭を混乱させる。
「……ヤツはなんのためにあんなことを繰り返している? 治安を維持するためだけなら、『M.A.G.I.A』に属するだけでも目的は果たせるはずだ」
「んー、だったら直接訊けばいいんじゃないですかー?」
ぐるぐると頭の中をループする不可解を整理するため、溜息と共に吐き出した言葉に、由希奈はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう返す。
「直接……?」
「まー、そのためにはどっかで会う必要がありますけど……どうです? 私たちで探しに行ってみませんかー?」
「単独行動は罰則の対象だぞ」
「許可なら取りますってー、それにどうせ、探しに行かなきゃいけないのは変わらないわけですしー」
悪戯っぽい笑みを口元に浮かべながら由希奈はその提案を持ちかけてきた。
なるほど、会って話してくれるかどうかはともかくとして、わからんことがあれば本人に訊けばいいというのはその通りだ。
この前戦ってみた限りでは、言葉が通じないタイプじゃあなさそうだしな。
「……なるほど、ならば了解した」
「ありがとうございまーす! それじゃあ、おデートと行きましょっか、先輩」
デートというには物騒だがな。
由希奈が大佐に巡回の許可を求めにいったのを横目に見ながら、俺は苦笑しつつ残りのホットケーキを駆け足気味に口元へ運ぶ。
生憎、すっかり冷め切っていたが。
振り出しに戻されたり一回休みだったりそういうマスは踏みたくない時に限って踏む