ナリタブライアン、ヤンデレ説   作:それも私だ

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ウマの国☆遅筋レース。




 先の日、私の宝物が増えた。

 

 ひとつは、センパイとお揃いの耳飾り──ヒトである彼は手首に巻いた。

 

 共に競い合える強敵(とも)は未だ見つけられていないが……。

 いまなら走ることも少しは楽しめそうな気がする。

 

 人間(ヒト)はウマ娘に願いを夢みる。……だが、願いも夢も人間(ヒト)だけの特権ではない。

 

 ウマ娘にも、私にも理想(ゆめ)がある。

 

 互いに思いを乗せ合えば。思いを背にターフを駆けたら。

 そこに不満は残っても苛立ちは無くなるだろう。

 

 たとえそこで孤独であろうとも、私は彼と共に在る。──あの日、それを確信した。

 

 この思いも体も最早(もはや)私ひとりだけのものではない。

 センパイが私に尽くしてくれたように、私もセンパイに尽くしたい。

 

 ああ、私は……私を信じてくれている人へ勝利を届けたい。

 そして、レースの余熱を共に分かち合えれば、これ以上の喜びはきっとない。

 

 なるほど、初対面の時にセンパイが言っていたのはこういう事か。

 いずれ来るメイクデビューの時が、私も待ち遠しく思う。

 

「──フッ」

「え……ぶ、ブライアンさんが笑ってる……!?」

「≪高揚≫に類似した不明なステータスを視認──データ収集のため観察モードへ移行」

「あっ、メカ娘が呼応した」

 

 

 ふたつ目は、センパイのコート──もう着ないと言うのでこれも貰った。

 

 男性用なので袖に手が隠れてしまっているが、そこは追々調節……機会があれば仕立て直したい。

 コートと言っても夏用だ。生地は薄い。故に年中着ていられる。

 

 ──もちろん、今も着ている。

 

 トレセン学園の制服は紫を基調とした実にシンプルなものだ。名門故か改造は許されていない。

 遠目に見たら誰が誰だか、すぐには判別は付かないだろう。だから着た。

 

 校則では帽子やアクセサリーの類いの着用は禁止されていない。

 ルールに則ってさえいれば何を着ても許されるということだ。

 これでセンパイも、私だと識別しやすくなる。見間違えは許されない。

 

 この黒いコートはセンパイがくれた色だ。そして私の髪もまた黒い色をしている。

 朱に交われば赤くなると云うが、黒は何者にも染められない私達だけの色だ。

 センパイの色が、私の存在を色濃くする。

 

 しかし、その心は白いとセンパイは云った。どんな未来(もの)も描いていけるとも。

 だったら私はセンパイの色で──アナタ色に塗りつぶされたい。

 

 あの人の居ない日々はもう考えられない。考えたくもない。

 当初から抱いていたこの思いは日増しに強くなっていく。

 

 彼の匂いが染み込んだこの黒いコートが、私の白い肌を覆い隠す。

 ずり落ちないように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で繋ぎ留めた。

 私は私の意志で、この色()囚われる(とらえる)と決めた。

 

 ──センパイの匂いを取り込もうと、自然と(くち)が開く。

 

 どこか倒錯的にも感じるこの行為に、無性に心が、胸の奥底からゾクゾクと震える。

 ()()()()教室(なか)で、なにかイケナイコトをしている気さえしてくる。

 

「──はぁ」

「……?」

「というか、なんで袖ダボ裾ボロの服を着てるの……?」

「さあ? なんか妙な匂いは漂ってきてるけど……って、ブルボンさんのあの顔反則……ッ!」

 

 

 みっつ目は──見所(ホネ)のあるウマ娘が見つかったことだろうか。

 

 ちらりと視線だけを向けると、焦点の合っていない目で(くち)を半開きにしている。

 何を考えているのか、自分はサイボーグだという態度で居るウマ娘。

 

 ──ミホノブルボン。

 

 少し前から坂路トレーニングで見かけるようになった。

 

 ……入学後のウマ娘の動きは、大まかに3つに別けられる。

 

 1.≪教官≫と呼ばれる学園職員の下で、簡単な指導を受ける者。

 2.チームに体験入部するか、トレーナーと契約を結ぶ者。

 3.チームかトレーナーを得て早期デビューする者。

 

 ミホノブルボンはこの1~3のどれにも当てはまらない。

 誰かが坂路トレーニングを行っていると姿を見せては許可を得て併走を始める。

 

 教官の下では重いトレーニングは出来ないから避けるのは分かる。

 チームともトレーナーとも関係を持たないのは無用な(くち)出しをされたくないからだろう。

 しかし設備は利用したい。なので一時的な監督を誰かに頼む。……なるほど、合理的ではある。

 

 そこまでして何が奴を坂路に縛り付けるのか。

 

「オマエは、どうして坂路にこだわる?」

「最終目標の達成に必要な工程だからです」

 

 ()けば、はるか遠くに気を飛ばしていたミホノブルボンは我に返った。

 ……が、返事の方はまともに返ってこない。

 

「最終目標とは、なんだ?」

「クラシック三冠の達成です」

 

 ()き方が悪かったのかと思い変えてみると、そのとおりだと返してくる。

 

 この調子で繰り返し問いていけば()()まで応えてくれそうなものだが……。

 逆を言えばそうまでしないと(はな)しはしないということだろう。

 そこまでして聞きたいとは思わない。興味もない。

 

 期待とは、すればするほど失望も大きくなる。……ウマ娘は不確定要素の塊だ。

 期待したところでデビュー時期が重ならなければ無意味だ。狩りは成立しない。

 

 現にミホノブルボンは、私との共同トレーニングにもついて来れていない。

 元々のスタミナが少ないのだろう。根性は見せるが、すぐにへばり落ちる。

 

 クラシック三冠の最終戦、菊花賞では3000mを走り切るスタミナも要求される。

 どんなウマ娘でも最後まで走れはするものの、切れる札を残せるかは……。

 だが、諦めないで取り組む努力(しせい)は私も認めるところだ。

 

 ……ウマ娘とは、つくづく因果なものだ。認めはしても期待はできない。

 

 人間はウマ娘に期待を乗せられるが、ウマ娘同士では何も乗せられない。

 分かってはいたが、ウマ娘とはなんて孤独なものなのだろうか。

 

「質問があります」

 

 そんな事を思っていると、ミホノブルボンに問いを返された。

 

「ブライアンさんは、どのようにして()()()を成功させたのでしょうか」

「は? パパ活? ……なんだ、それは?」

 

 聞き耳を立てていたのか、この発言に騒がしかった教室中がシンと静まり返る。

 周囲を見回せば、クラスメイトの顔は不安、興味、驚きなどで彩られている。

 

 顔を見れば分かることもある。()()()の意味こそ理解(わか)らないが、理解(りかい)に苦しむことを言い放ったのは分かった。

 

「トレーナーとの専属契約です」

「ああ……それでどこから()()という単語が出てくる?」

 

 教室中の視線がミホノブルボンに集中する。

 

「呼称名を≪パパ≫と変更したのは実父との区別のためです。トレーナー職に就いていた父は入学直前まで鍛えてくれました。──よって、トレーナーとは父である存在と云えます」

「女性トレーナー相手ならママ活か?」

「…………そうなります」

 

 父のような立派なトレーナーを探す活動……略して、パパ活。

 

 この釈明にある者は安堵し、またある者はつまらなそうに視線をそらした。

 ──ミホノブルボン()()()そらすことなく。

 

 誰もがこの世の終わりかと思った話は、まだ続く。

 

「どうやって契約を取り結んだかだったな。直感と執念──……それだけだ」

「インプット失敗。情報の不足を指摘。具体的な詳細を要請します」

「ハァ……ねだるな、勝ち取れ。与えられて当然の権利だと思うな」

 

 難しいことを言うつもりはない。1着もトレーナーも早い者勝ち。出遅れは致命的だ。

 やると思ったならやれ。何事も為さねば成らない。ただそれだけの事。

 

 考えるまでもない事に、ミホノブルボンは思案顔のままだ。

 

「まだ分からないか? ……そうだな、三冠の事なら生徒会長殿にでも相談してみるといい。私に助言を求めるよりは、すでにある成功例を参考にした方が合理的だ」

 

 コイツがライバル成り得るかは不明だが、この程度の助言は塩にもならん。

 むしろ……、面倒事(しお)会長殿(けむ)(まか)せてもらった。

 

 私の心を散々乱してくれた礼だ。ありがたく受け取れ。

 話しかけられる理由を作ってやったぞ。喜べよ、ルドルフ。

 

 マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるように、面倒な者同士、()い方向に進め。

 せいぜい、トレーニングに使える程度に仕立て上げてくれ。果報は寝て待つ。

 

「ミッションを更新。次目標、生徒会長との接触。──ありがとうございました」

 

 さて、もう放課後だ。休息の時間は(しま)いとし、鍛錬に励むとしよう。

 このあとは待ちに待ったセンパイとの甘美な時間だ。胸が熱くなるな。

 

 

─────── ⏰ ───────

 

 

「失礼します。──私、ミホノブルボンはクラシック三冠の達成は可能でしょうか?」

「おお……、いきなりだな」

 

 入室して早々に、コイツはセンパイへと同じ質問を投げかけていた。

 

 ──本当に礼を失する奴があるかっ!

 

 そう、声を大にして言いたいところだが……センパイの手前、(こら)える。

 入れ込みが過ぎると判断されては、トレーニングの予定を中止されかねない。

 

『ついてく……ついてく……ブライアンさんについてく──』

『──()()。失せろ』

『やあ、ブライアッ……、──ッ?! ……!?』

 

 道中、ルドルフと出くわしたが、なぜかショボくれた顔をして遠ざかっていった。

 その結果、ミホノブルボンは私達(ふたり)だけの空間にまで着いてきた。

 

 どうしてこうなった? 私はどこで失敗をした?

 

 ……いや、コイツの考えは理解(わか)る。ルドルフの事は分からないが。

 

 なにも相談相手は三冠ウマ娘だけに留まらない。トレーナーもその中に含まれる。

 三冠の機会を与えられるのは、どのウマ娘も一生に一度だけだが……トレーナーはその例外だ。

 トレーナーは≪ウマ娘≫という()()()()()を通して何度でも出走(はし)れる立場にある。

 

 立場が違えば視点も違う。彼らは学生(わたし)よりも多く生きた時間(ぶん)だけ、それだけ多くのレースを目で追ってきたはずだ。

 繰り返し鍛えられた鑑定眼に間違えはないだろう。

 

 そして、父親が元トレーナーならば、その役割の重要性を把握していると見て間違いない。

 

 愚者は経験(じぶん)()学び、賢者は歴史(ヒト)に学ぶ。

 自分で調べるより他人に聞いた(まかせた)方が早く済む。そのための教師(ヒト)だ。

 

 なるほど合理的だな、──ふざけろ。

 

「断言はしないが、とても難しいだろうな」

「それはなぜでしょうか?」

「……今日は座学だな。ふたりとも席につけ。適正距離について教える」

 

 センパイに(うな)がされるまま仕方なく、部屋の中央にあるパイプ椅子と長机に並んで着席する。

 机の上には筆記用具が据えられていて、向こう正面には説明用のホワイトボードが置いてある。

 

 まさに至れり尽くせりだ。センパイの抜け目の無さが裏目に出たな……。

 ここまでお膳立てされていては『カエレ!』とは言えなくなる。

 

 ──ボードの前にセンパイが立って講義が始まった。

 

 今日は彼とふたりで過ごしたかったのに、な。


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