中学で変わろう、人と話せるようになろうと決心していた僕は、しかし中学に上がってからも男子の輪にすら入ることができずにいた。そのころの奏詩さんは瑠維さんの方につきっきりだったので、僕はいよいよ連れ添う人がクラスに居らず、ひどく孤独感を感じていた。
誰か一人隣にいてくれないというだけで、なぜかひどく心が不安定になる。
一人でいるときは、その寂しさを打ち消すためか、寄り集まっている人を内心で小ばかにするようなことを思っていた。トイレに行くにも誰かを誘うのとか、帰るにしても必ず誰かを待つところとか。
すさんでひねくれてしまっていた僕は、本当はだれか友達が欲しいのに、他の子からは距離が離れたままであった。今のままではだめだと、話しかけようとしても、おどおどして結局機会を逃すことが続いていた。
そこに来て、体育の時間だ。
二人一組になって、バドミントンをすることになった。
これまで友達を作る努力を怠ってきた僕は、当然のようにあぶれてしまった。
見かねた先生が動こうとしたとき、瑠維さんが一緒に組まないかと手を差し伸べてきてくれたのだ。
彼もバドミントンは初心者だろうに、とても上手で。
授業だからと手を抜くことはせず、彼は全力で闘った。
僕が足を引っ張ることが多くて、結果として負けたらすごく悔しそうな顔をしたのだけれど、そのあとすぐにどんまいって笑ってくれた。
邪魔になるから打たないようにしようとすれば、遠慮しないでいいよと言ってくれた。
体育が終われば瑠維さんとは別れてしまったけれど、あのひとときでも僕は彼の人柄の良さに充てられてしまった。
ほかにもいろいろあった気がするが、その時から瑠維さんは僕の憧れの人である。
「いっちにーさん、しー」
中庭の木に隠れて、準備運動をする瑠維さんをそっとうかがう。
悪いことしてると思いながらも、なぜだかやめられない。
遠目でもいいから、そっとあの人を見ていたい。
瑠維さんは、髪は茶髪で短くまとめている。整った眉。切れ長で鋭さを思わせる目。血色のよい唇。透き通った柔らかな肌。その整った顔立ちには、同性でもハッとする。
程よい低さの声は揺り篭を揺らすような、安心感のあるいい声だ。
奏詩さんと比べたら寡黙な方で、美人な顔立ちも相まって雰囲気は深窓の令息といった感じだが、彼はその実、そこまで他人を拒むわけではない。自然体で気取らない性格は、とても素敵だし、時折見せる快活な笑顔はぱぁと花が咲くようで、また見たいと思わせる。
あ。
――「どうしたの」――
――「なんでもない」――
危ない。バレそうだった。
彼が準備運動に戻ったのを見計らって、また覗く。
おもったより身が入ってしまっていたからだろうか、その人が近づいてくるのに気がつかなかった。
「君も瑠維ちゃんにお熱なのかい?」
「わっ!」
耳元で甘く囁く声がした。
完全に不意を突かれた形で、驚き慌てて声のした方を見る。
「か、会長!?」
外套を羽織り、先輩が鷹揚に挨拶をする。
「初めまして。お名前は?」
「れ、錬登です」
「うん。いい名前だ。それにしても私を知ってくれていたのかい?うれしいね」
「ま、まぁ。先輩はなにかと有名人ですから」
奏詩さんが、瑠維さんに悪い虫がたかってるとぼやいていた。
奏詩さんが悪く言うくらいの人だから、どんな浮気性な人かと聞いてみれば、それが生徒会長だというのだから驚きだ。
立場のある人なのだから、そんな浮かれポンチみたいなことはやめてほしい。
「そ、そんなことより、先輩は生徒会、大丈夫なんですか。生徒会は忙しいって聞きますけど」
「まったく、どれだけ信用がないのかね、私は。当然、やることは済ませてきたさ」
「そ、そうですか」
「それより、聞かせてくれよ。君は瑠維ちゃんに懸想しているのかい?」
「そ、そんなんじゃないです」
「ふむ。当たらずとも遠からずといった感じだね。なら……憧憬かな」
「……」
「あはは、黙らないでくれよ。なにも取って食おうってんじゃない。いいところを紹介しようと思ってね」
「いいところ?」
なんだかうさんくさい。
「ああ。どういう形であれ彼を思っているのであれば、良い場所がある。それこそ、この私が特別顧問を務める、『門岡瑠維に踏まれ隊』だ!」
「え……?」
唖然として固まる。
「ははは。名前がチャーミングだから驚いてしまったかい?まぁ、創設者が勢い余ってそんな名前を付けてしまっただけで、会員が増えて組織が膨らんだ今は、そういう危ない色は薄められているよ」
「は、はあ」
全然チャーミングでも何でもないと思うのだけれど。
「まぁ、創設者は未だに彼の美脚にお熱らしいがね」
やっぱそういう感じじゃん。
「推しは同志と共に推してこそだろう?」
推し……。僕のこれは、推しというやつになるのだろうか。
……すこし、違う気がする。
「……」
「ん?気に入らなかったかい?さっきも言ったとおり、会の体質としてはほかの子の後援会と大差変わらなくなっているから、変なことはしないと思うよ。なかにはすごいところに目をつける女子もいるってだけで」
「いえ……。ただ、僕のこれは推し……とは違う気がして」
「違う?」
「はい。今は遠目から見ることしかできませんが、ただ見守るだけとは少し違う気がするんです」
「……あぁ、君は瑠維ちゃんを慕ってるんだったね。うん」
先輩は顎に手を当て、しばし考えた後、こう切り出してきた。
「うん。君は、瑠維ちゃんに頼られる……そこまでいかなくても、認められるような人になりたいのかい?」
「え。……は、はい。そんな感じです」
「なるほど……。なら、君は後援会ではなく、生徒会に入るべきだね」
「せ、生徒会ですか?」
「うむ。厳密には生徒会でなくてもいいのだが、何某か立場のある委員会に入るといい」
「そ、それで何かあるんですか?」
「ああ。慕う人を目標にして、近づこうというのなら、何か自分なりの努力をする場を作るべきだ。人間的な成長は瑠維ちゃんの目を君に向けるだろうし、その途中であっても彼に相談するという体で話すことだってできる」
先輩はそれに、と言葉を続ける。
「自分もかくありたいというのなら、ただ突っ立ってないで、自分を鍛えないと」
「そう……ですか。僕、できるでしょうか」
「大丈夫。誰だって最初はうまくいかないものさ」
「……わかりました」
「まぁ、生徒会の立候補だって来年からだし、とりあえずは学級委員とかで下積みしてみたらどうだい?」
「はい。やってみます」
「うん。いい気概だ」
うんうんと先輩が深く頷いていると、後ろからずんずんと近づいてくる女子の影が見えた。
「あれ?誰か来てますよ?」
「ん?誰かって、だ――あ!痛い!髪引っ張らないで!」
文字通り後ろ髪を引っ張られ、先輩はのけぞる体勢になった。
「かいちょ~。こんなところにいたんですか~?雨音書記に仕事丸投げしてどこほっつき歩いているかと思えば、またナンパですか~?」
「ち、ちがう!これは迷える子羊を導こうと、」
「そんなこと聞いちゃいません。会長が言うべき言葉は、『はいそうです、すぐに仕事に戻らせていただきます』ですよ」
あれ、仕事は終わらせてきたって言ってなかったかな。
「い、いや、あの業務量は絶対におかしい!なんであんなに会議があって、しかもいちいち資料をつくらないといけないんだ!そんな手間省いていいって私は言った!」
会長がさぼったことにご立腹な彼女はなおも髪を引く手をやめない。
ぐいぐいと引き抜かんばかりに力を籠める。
「いたい!虐待!暴力!髪抜ける!メガ痛い!ギガ痛い!テラ ペタ エクサ ゼタ!」
「会長の独断で業務を減らせるわけないでしょう。生徒総会に通すか先生に相談してください。そんなことより、先輩が言うべき言葉がまだ聞こえてきませんねぇ」
彼女は耳に手を添え、白々しく聞こえないというそぶりをする。
「ヨタ!」
「は?」
「は、はいそうです!すぐに仕事に戻らせていただきます!」
その言葉を聞いた彼女はにこっと微笑む。
「いい返事です。では仕事に戻りましょう。あ、そちらの方もお元気で。ご迷惑をおかけしました」
彼女がぺこりと挨拶をする。僕もそれに返す。
「あ、いえ」
「あ!痛い!髪引っ張るのやめてって!」
そして先輩は、引きずられるようにして校舎へと戻っていった。
先輩の会長としての威厳が、カリスマが、打ち砕かれてしまった瞬間である。
上には上がいるものであるなぁという感慨と、なんというか会長は想像とは違う人だったという意外とが、心の中で混ざる。
「愉快な人もいるもんだなぁ」
ひとり、中庭に佇む僕は、誰に言うわけでもなく、ぼそっと呟いた。
ここで区切りとさせていただきます。
「普通に良い」レベルを目指したのですが、どうだったでしょうか。
悪くはないと思っていただけるぐらいだったらいいのですが。
もし、好評であれば続きを書くかもしれません。
予定は未定です。
ではまた、いずれどこかで。