「 …はぁ。それでは、やっと落ち着いたから始めよう」
魔王の疲れを滲ませたため息に勇者とリースは肩を小さくする。どちらも、やり過ぎたという自覚はあるらしい。ちなみにリュアは特に気にしている様子はない。
「まずは一つ目。そこのメルを学園に通わせようと思う」
「…どうやって入学するんだ?確かに肌色以外は人と変わらないとしても、顔を隠すのは無理だろ」
魔王はどこからかペンダントの様な物を取り出し、メルにつけさせるとメルの肌がぱっと肌色になった。
「なっ…」
「こういう魔道具を使えばどうとでもなる」
長年の戦争でこういった変装道具は魔族も人類も作りつづけている。肌の色以外で区別出来ないため、見た目を変えられればそれでいいのだ。
「そして、メルが学園に通うにあたって、頼みたい事がある」
「ん?なんだ?」
「メルは生粋の魔族至上主義の奴らに育てられている。だから人と関わるサポートをしてやってくれ」
「…?…分かった、けど」
「よ、よろしくお願いします!」
メルが前に出てきて、勇者にぺこりとお辞儀する。
「なあ魔王。やっぱりこいつほんとに魔族至上主義なのか?めちゃくちゃ礼儀正しいぞ?」
さっきから敬語は使うしこうやって容赦なく頭を下げられる。どうしても、見たことのある差別主義者の態度とは思えないメルに勇者は疑問を覚える。
「それは、魔族の教育界隈では単体で国の軍隊とやり合える魔王と勇者を同じ枠組みに入れるのはあきらかにおかしいという考えが最近広まっていてな。人と魔族と勇者と魔王で分けるべきだ!と思われているのだ。メルもそう教えられているからな、人と勇者が別物だという考えが染み付いているから、敬意を払う事も出来るのだ。まあ勇者はなによりも強大なる敵、魔王は尊敬すべき偉大なお方と言われているそうだがな」
「へぇ、まあそうか、こっちでも魔王は強大なる敵って感じだしな。というか、それならこの子が人の前だとどうなるのか気になるな…」
「少しイラッとしただけで命令を忘れて暴れるかも知れないからな。ちゃんと止めてやってくれ」
「あいよ。じゃあ他は?」
「あの組織の事だ。その進捗を確認しようと思ってな」
「魔王様。その組織というものの説明をして頂けませんか?」
「あっ!私も知りたい!」
それまで沈黙していたリースとリュアが声をあげた。
「まず、この組織の目標は戦争を終わらせること。それだけだ。基本的に戦争で不利益を受けている者達を人類も魔族も関係なく助け、人員を増やしている最中だ」
「あの、魔王様。経費は…」
「問題ない。私と勇者のポケットマネーだ」
「え、ライガ。なんでお金持ってるの?」
「実はこっそり夜に冒険者として働いているからね。その収入かな」
りはホッとしたような顔をして、リュアは秘密にされていたことにむーっと腹を立てている。
「じゃあ話を戻すけど、進捗と言っても俺に聞くより、トーニックに聞いた方がいいだろ。俺、あいつに全部丸投げしてるし」
トーニックとは魔王に捕らえられた人類のリーダーであり、あの尋問からしばらくたっての話し合いの時に、勇者に引き渡された。学園で忙しいからとその組織については丸投げして、お金だけ渡しているのが現状だ。
「そうか。こちらはちょっと最近魔獣に町が襲われてな。大量の孤児が出たため全員引き取った。正直使い道は限られているが、ちょっとした手当とか、炊き出しの仕方を教えている最中だ」
「ん…?」
勇者は一度席を立ち魔王に耳打ちする。
「予測出来なかったのか?」
「正直記憶が曖昧だが、この時期にそんなことはなかったはずだ。勇者の冒険者業など、違うところはいくらでもある。その中の一つが影響したのだろう」
「なるほどね。学園にずっといる俺よりも魔王の方がその影響は受けそうだな。気をつけろよ」
「言われなくても、分かっている」
小声でひそひそ話をして、勇者が元の席に戻ると、魔王が備え付けられている時計を見て立ち上がった。
「勇者よ、すまないがそろそろ私は寝なくてはならん。明日の業務に支障が出るからな」
既に時計はいつもの就寝時刻をゆうに超えていた。魔王は基本的に書類と睨めっこしており、眠気は最大の敵となる。
「む。そうだな。俺はともかく、リュアは寝ないとな。そうだ、魔王。いつから本格的に動き始めるんだ?」
「貴様が戦場に出始める頃だ。後10か月、互いに力を尽くそう。私も貴様も協力者が増えるのだからな」
魔王はリース、メル、リュアを見渡して、そう言った。
「おう。じゃあな【転移 学園】」
リュアを連れて勇者は消え、会議は終わった。