「先に言っておくが、俺は退こうにも退けないんだよ。もしここで退いたら、逃げたと思われて信頼が地に落ちる」
勇者は事前に兵士の前以外でも、国民の前で演説をさせられている。国王によると、戦争へ協力的にさせるためらしい。そんな思惑のもと、繰り広げられた演説に対し、熱狂的に声を上げていた国民は、逃げることを許さないだろう。
「分かっている。私は仕事を抜け出して正体を隠しているから、最終的にはそちら側の勝利で終わらせてやる。ただし魔族の保護は絶対だ。少しでも犠牲者を少なくしてくれ」
魔王は、それに加えて魔道具もりもりで外からじゃ魔力すら分からないまでに変装している。襲撃したときも、魔族人類関係なしに囲ったので、魔族からしたらこの謎の男が魔王とは思わないだろう。
「はいよ」
勇者にとっても、それは初めから決めていた事だっので同意するのは容易いことだ。
「待て。それともう一つ」
「あ?」
立ち上がろうとした勇者に対して、魔王は引き止める。
「レイトという人間を、殺すか、こちら側へと引き寄せてほしい。もし出来なければ、私が殺しに行く」
その言葉を聞いて、せっかく緩み始めた空気が、再びピリッと引き締まる。
「…どういうことだ?」
「あの男は、一人で小隊を壊滅させるほどの化け物だ。味方であれば心強いだろうが、敵であれば厄介この上ない。味方とならないなら、敵となる前に殺すというだけだ」
沈黙が、辺りを支配した。互いに睨み合う時間が続く。
やがて、勇者が沈黙を破った。
「味方には引き入れる。もともとそのつもりだ。でも、失敗しても殺させない。その場合、俺は絶対抵抗するからな」
そういうと、勇者は一方的に転移で戻った。
「まあ、味方となることを祈るとしよう」
魔王もフードを深く被り直し、戦場に戻った。
そして、勇者と魔王は変わり果てた戦場を目にして絶句することになる。
魔族と人の殺し合いの舞台。本来あるはずの血にまみれた戦闘はなくなり、そこに立つものは誰もおらず、後に残るのは所々肉を食いちぎられた死体だけだった。人も魔族も誰が死んでいるのかすら判断できない。ただ一つ言えるのは、明らかに死体の数と総兵力があっていない。それ故に、何人かは無事逃げられた事と祈るばかりだ。
「おい、魔王」
「分かっている」
地面をよく見ると、何かの集団が駆け抜けた後がついている。ちりばめられた足跡は様々で、これは一つの事実を示していた。
魔王と勇者は、足跡が示す森へと走り出した。