木々の隙間から差し込む僅かな光を当てにして、勇者と魔王は鬱蒼とした森を駆け回った。足場が悪いとか、木が多いとか、彼等には障害にすらならず、ここら一帯が住家であるはずの彼等を追い詰めるのに、さほど時間はかからなかった。崖に追い詰められた魔獣は、勇者と魔王の圧から逃れられず、震えるばかりだ。
「…妙だな」
「そうだな。余りにも数が少ない。この程度の数の魔獣に、あの場にいたもの達があんなにもやられるとは思えない」
ただでさえ戦場に残っていた死体は、人類魔族両軍を合わせた数の半分ほどだった。しかし、ここにいる魔獣はさらにその半分ほど。本来なら、有り得ないはずだった。
「もしかすると、魔獣が来ていても戦い続けてたのか?」
「それは…。いや、ともかく、この害獣共を始末しよう」
「そうだな」
難しい事は後回しにと魔王と勇者は魔獣を始末するため、魔法を構えた。そして────いざ魔法が放たれようとした瞬間、勇者の耳に聞こえるはずのない声が聞こえた。
「おにいちゃん!なにしてるの?」
その声は、魔王と勇者より前方…まさに、魔獣の群れの中から聞こえて来る。
「もー!どいてっ!」
幼さの残る可愛らしい声を張り上げると、水を割るように魔物の群れが端へ寄り、そして、その姿が明らかになった。
「みゅー、ちゃん」
「えへへ!おにいちゃん!撫でて~!!」
勇者は訳が分からないというようにぼーっとする。そんな勇者に向けて、みゅーちゃんは笑顔になり、小走りで勇者に飛びついた。
「とまれっ!」
それを、自身の魔剣を割り込ませ、魔王が妨げた。
「貴様はなんだっ!何物だ!」
死の気配は感じないが、腹の底から沸き上がる『嫌な予感』が魔王を襲う。
「んー?みゅー?みゅーはね」
そうして、一度目を閉じて一拍置いてから、黒かった目を真っ赤に染め上げて、みゅーちゃんは妖しく笑う。
「みゅーは世界で唯一の『人の魔獣』であり、世界の魔獣のクイーンだよ!」
「人の、魔獣…」
「魔獣のクイーン…」
勇者と魔王は、呆然と聞いた内容を繰り返す。
「あっ!そうだ!魔獣さん達を帰さないと!」
手を口に当てながら、魔獣のお尻を叩いて解散させる。そんな様子をぼーっと眺めていると、魔王ははっと気が付き、貯めていた魔法をぶっ放した。
「あっぶな~い!」
それを、みゅーちゃんはこちらを見ることなく、打ち消した。
「バイバ~イ!」
そして、何もなかったかのように、魔獣の見送りを再開する。勇者と魔王は、不思議と見ていることしか出来なかった。