残火と天の落とし子   作:yakitori食べたいね

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どんだけ火力が高くても高羽相手だとアフロ頭で終わるということに気付いてしまった今日この頃。

日刊2位…だと…?


己の運命を嗤い給え、さすれば灰にしてやろう

 

 

 

「天晴」

 

 

 

その一言が、何よりの賞賛だと言うことは簡単に理解できた。

老人は俺の腕で腹を貫かれ、振り下ろされる直前だった焼け焦げた刀は体に当たる前に止まっていた。カランカランと刀が手から落ちた。それと同時に刀は灰となって消える。

 

 

俺は、勝った。

 

何をしてでも勝ちたかった俺と、多分手加減していた老人。その2人が本気で戦い合った結果がコレ。地力が向上していた俺が勝つのは必然だった。

 

 

 

ポロポロと水滴が目から溢れる。

コレは何だ。俺の知らない感情。

 

ハハ、そうか。悔しいのか。

誰より追い求めた人を、誰より強かった人を、俺が殺してしまったことが。

 

嗚呼、嫌だ。負けたくなかった。

そうだ。それを心の糧にして生きてきた。

 

力が欲しかったわけでも、人を守りたかった訳でも、誰かに褒められたかった訳でもなく、ただ、誰より憧れた人物に勝ちたかった。 

 

その細い体から腕を引き抜く。

血は傷口から溢れるだけで、噴き出る様に出てくるわけではなかった。

老人の口からも血が滴る。

 

「…何故、手加減した」

「手加減などせぬよ。ただ、お前が強くなって、我が対応できなかったというだけ」

「嘘吐きめ、そんなに俺を舐めていたのか」

「違うわ戯け者。ただ───」

 

 

そう話す老人の目は何処か遠くを見る様で、それでいて俺を真剣に見つめていた。

 

「ただ、似ていただけのことよ」

 

力無く呟かれた言葉の意味も、感情も俺には理解できなかった。

 

「はぁ…泣き虫め、前を見よ」

「うるっ…さい!」

「元気はあって何より。ならばこの名を忘れるな」

 

涙を子供の様に拭う俺に向かって彼は言い聞かせる様に話す。

 

「我が名は"残火の太刀"。我を調伏せしめたお前には、我を扱う権利が与えられる。この力は、己の正義ではなく、世の正義の為に使え。それがお前の使命だ」

 

そう彼は命ずると同時に四肢の先から灰になって崩れる様に消えていく。

正義の為に使う力というのは、大義としての力と化す。それは人間にとって1番力を出せる状況だろう。

だからこそ彼は釘を刺した。自分自身の為ではなく、世の為人のための正義をなせと。

 

 

 

 

「はハハ…嫌だね」

 

 

 

それを理解した上で断った。

 

 

 

「ほう!お前らしい!」

 

 

彼は悲しむでも、嘆くでもなく、予想通りだという様で今まで一片たりとも見せなかった好好爺じみた笑みを浮かべる。

身体は既に半分以上が灰と化しているその姿に、弱さと言えるものは未だ感じられない。

 

「だが必ず我が必要となる時が来る。その時は躊躇せずに使えよ?」

 

 

せめて最後は、笑って返したかった。

 

「だからうるせぇよ。俺は、俺の考えで生きるだけだ。誰の指図も受けない」

 

強い口調で笑って応えた。

彼も、笑顔で応える。

 

 

「───ああ、良いな。それは」

 

 

彼はどこか懐かしむような声をこぼした後、灰となり何処からか吹く風に吹かれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

「あら、東京校の皆さんお揃いで。わざわざお出迎え?気色悪い」

 

真依が纏わりつく様な声でそう言う。

此処はもう一つの呪術高専、東京校。

辺りは森に囲まれ、陰鬱とした印象を受ける。それもそうだ、呪術を学ぶ学校が明るいイメージだと割と問題ではなかろうか。

 

「乙骨いねぇじゃん」

 

東堂が退屈そうに言った。

話を聞いていないことがこの一言で直ぐにわかった。乙骨憂太は今海外だ。そもそも日本にはいない。

 

 

「ウルセェ早く菓子折り出せコラ。八つ橋、葛切り、そばぼうろ」

「しゃけ」

 

しゃけ…?というか口悪いな、女子。

 

白髪の特徴的な制服を着た少年の隣には茶髪で柄の悪い印象を受ける女子が堂々と立っていた。

 

「腹減ってんのか?」

「東堂、デリカシー無いぞ。乞食もどうかとは思うが」

「あぁん?やんのかコラ」

「これから嫌でもやるだろ、考えろ」

 

脳が食欲で満たされているカスは語彙も少ないらしい。単調な言葉で煽ることしかできないのだ。

 

「一年怖っ……」

「乙骨がいないのは良いとして一年2人はハンデが過ぎないカ?」

 

西宮とメカ丸が言う。確かに人数的にもこちらが有利だ。

 

「呪術師に歳は関係ないよ、特に伏黒くん。彼は禪院家の血筋だが他の宗家よりよほど出来がいい」

「チッ…」

「何か?」

 

加茂は嫌味を言う様に煽り、それに隣の真依が反応した。この程度の煽りに噛み付くから煽られるんだよ。

 

「まぁまぁ、みんな落ち着いてくださいよ」

 

水色髪の女性、三輪がそう2人を宥める。髪色以外はミーハーな雰囲気に溢れている少女だ。四年前までは術師ではなかったがシン陰の才能があって最高師範にスカウトされ呪術界に入ってきた、憐れな子だ。

 

「はい、内輪で喧嘩しないの。あのバカは?」

「悟は遅刻だ」

「バカが時間通りに来るわけねーだろ」

「誰もバカが五条先生のことだとは言ってませんよ」

 

 

手を叩きながら庵が階段から登ってくる。と同時にアイツへのディスが始まった。

やっぱり東京校の人にも嫌われているのか。

バカだもんな、好かれようとしないから。

 

 

ん?

 

 

ガラガラと台車を押す音が聞こえてくる。

一同がそちらの方向を向くと、何やら鋼色の怪しい箱をバカ目隠しが押してきた。

その上にはピンク色の謎の人形があり、状況がよく理解できない。

 

「おっまた〜!やあやあ皆さんお揃いで。私出張で海外に行って参りましてね、これからお土産を配りたいと思いまーす!」

「唐突だな」

「京都の皆んなにはとある部族のお守りを〜あ、歌姫のはないよ」

「いらねーよ!!」

 

ピンクの人形はとある部族とやらの御守りらしい。三輪が凄く喜んでいる。いつか詐欺に引っ掛かりそうで怖い。

そして何か絶妙な触り心地で気持ち悪い。

子供とか好きそうだな、感触は毛糸なのに押すとスクイーズみたいに凹む。きもい。

ブニブニ触っていると、目の前に台車を突き出された。

他の奴らは気にも止めていないが不意打ちされては堪らんと前を見る。

 

「はーい京都の皆さ〜ん。これが宿儺の器、虎杖悠仁くんですよ〜!」

 

そこには、以前資料で見たことのある両面宿儺の器、虎杖悠仁が滑稽なポーズを取りながら滑ったことを絶望したかの様な表情で佇んでいた。

 

「プッ……」

 

不覚にも笑ってしまう。余りにも哀れ過ぎて嗤いが込み上げてくる。

学長は虎杖悠仁が生きていることに驚き慄いている様だったが、そう言えば死んだとの報告があったのか。

仮にも呪いの王の器がそんな簡単に死ぬ訳もない。一応一度完全に死んではいたらしいが宿儺なら蘇生程度容易いだろう。呪力で完全に祓った訳でもなし、この程度のことは想像ついていた。

 

俺が笑っていることに気づいた虎杖は地獄から蜘蛛の糸を垂らされたかの様に救われた表情をしていた。

馬鹿だなコイツ。

 

 

 

俺は、一つのことを察した。

コイツはバカになりたいのだ。何も感じず、訳の分からぬ白痴の阿呆。そうなりたくて仕方がないという感情を奥底に秘めている。

きっと目の前で友でも死んだのか?それとも自分で殺したか。それらのことを道化の様になって全て忘れたい。けれど、死んだアイツのことを忘れられない…といったところか。

 

呪術師らしい憐れな生き様だ。

 

「クハッッ」

 

ケタケタと笑いが込み上げてくる。

 

 

ああ、久しぶりにこんなに笑った。去年のM-1ぶりかな。

そう思って手で笑いを抑える。

 

視線を感じて後ろを振り向くと京都校のメンバー…特に真依が信じられないものを見る様に俺を見る、いや真希もか。

 

東京の連中は何で笑っているのか全く理解していない様子だった。

 

「珍しいね、重國がそんなに笑ってるの。初めて見た。調子狂うわ〜」

「黙ってろやカス」

「おお、いつも通りの辛辣さだ」

 

カスが馴れ馴れしく話しかけてきたことで普通に腹が立った。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

「で?どうするよ。団体戦形式はまあ予想通りとしてメンバーが増えちまった。作戦変更か?時間ねぇぞ」

 

真希が虎杖を見て話す。

 

「おかか」

「そりゃ悠仁次第だろ、何ができるんだ?」

「殴る、蹴る」

 

虎杖は簡潔に自分ができることを言う。

彼は術式付与された呪具を使った経験も無ければ術式も持っていない。

ただできるのはその天性の肉体による身体能力でのステゴロ(近接戦闘)

 

「そういうのは間に合ってんだよなぁ…」

「えぇ…」

 

呟くパンダに対して唯一のアイデンティティを奪われた虎杖は嘆いた。

 

「そいつが死んでる間何してたかは知りませんが──」

 

伏黒が伸びをして話し始める。

 

「東京校京都校全員呪力なしで闘い合ったら、虎杖が勝ちます」

 

その姿には、一切の疑念はなく淡々と事実を述べる様であった。伏黒は虎杖悠仁への信頼から来る贔屓目ではなく、経験から来る自分自身の感想を述べていた。

 

『おお…』

 

一同は感嘆する。それもそのはず、伏黒は以前東堂と戦闘している。それを踏まえて伏黒は自分の考えを話した。

それは信憑性に足る発言であり、故に虎杖を作戦において東堂と当たらせる役に就かせることに決定した。

 

「あ、重國さん忘れてた」

 

伏黒がそう呟く。

 

「いやアイツは多分出場しないぞ?」

「重國…って笑ってくれた人か!」

 

が、すぐに真希に否定される。虎杖は人相が浮かばない様だったが、五条悟との噛みつき合いで名前を呼んでいたことを思い出した。

 

「あの人出ないんだ…」

「そりゃ一級だからな。元々2人多かったのが悠仁入って1人抜ければイーブン。後東堂も一級で京都校には一級2人いることになるから流石に戦力差考えてアイツが下げられるだろ、悟に」

「しゃけ」

 

真希の発言に肯定する様に棘が返す。

棘は重國と対峙したことこそないものの、東堂の出鱈目さを知っていることから一級術師の強さを把握していた。

 

 

「…ん?一級?」

 

虎杖の脳内には一つの疑問が湧く。

それもそのはず、一級とは七海と同等の階級。虎杖は以前の任務にて彼の相当な強さを知っている。

故に一つの謎が出てきた。

 

「しかも一年な。俺らと一緒」

「マジで!?」

 

伏黒の発言に釘崎が本気で驚いた様に叫ぶ。

 

「…それってすごい?」

「めっちゃ」

「マジか…」

 

虎杖は知らぬことだが以前に入学前に特級となった規格外が2人いるのだが、特段真希やパンダが口にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

伏黒だけが、一つのことを見逃さずに把握することができていた。

 

虎杖が重國のことを思い出した時に目の奥に、怒りと後悔の入り混じった様な感情が浮かんでいたことに。そのことを虎杖自身も把握できていたわけではない。ただ、虎杖は安堵する気持ちと共に一つの違和感を覚えたことだけは確かだった。

 

彼はついぞ気づくことはなかったその違和感の正体は"既視感"

吉野順平を殺した存在と同じ嗤いなのだと彼の本能が、魂が叫んでいたのだ。

 

怒りが、殺意が、呪いが心に残っていたのは、必然だったとも言えよう。それだけの重い体験。忘れたくても忘れられない奴らの嗤い声。

故に、当人の預かりしれぬ所で伏黒に心配させることとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

そして正午。呪術高専姉妹校交流会の火蓋が切られる。

 

 

 

 

 

 

「開始、1分前でーす。ではここで庵歌姫先生に、ありがたーい激励のお言葉をいただきまーす」

 

唐突に話を振られた庵は全く反応できていない様子だった。

 

「は?え、えーっと…あー…ある程度の怪我は仕方ないですが、あー…そのぉ、時々は助け合い的なアレが…」

「時間でーす」

 

自分から話を振っておいてこの言種。まさに暴虐無尽。クソである。

 

 

「ちょっ五条!アンタねぇ!」

「それではー姉妹校交流会、スターーーーーート!!!!!!!」

「先輩を敬えー!!」

 

 

夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだ。クソ程興味が湧かない。

その後もぎゃあぎゃあ言い合っている。

…いや、庵が一方的に叫ぶだけか。

 

「はぁ…」

 

つい溜息をついてしまう。

俺は今観戦室で待機している。

流石に参戦すると東堂だけで壊滅させられる可能性のある東京校の勝ち筋がさらに薄くなってしまう。

一方的過ぎるとつまらないとのことで五条悟によって無理矢理下げられた。

それには同意だが正直こいつの指図に従うのは腹が立つ。が、従わざるを得ない。

 

「庵、五月蝿いぞ静かにしろ」

「アンタねぇ…!!私は先生なんですけど!?アンタらもうちょっと年上を敬う心意気はない訳?」

「だがお前は準一級だろう、生徒に抜かされて悔しくないのか。それも一年」

「あれ〜?僕特級なのに慕われてないなぁ重國くぅん」

 

クソがわざわざ俺を煽りにきた。

 

「クソが喚くなや、消すぞ」

 

特級は問題児を集めただけの位置だろう。術師の最高峰は一級だ。

 

…あ、本音と心の声逆だ。

 

「失敬」

「アンタそんなキャラだっけ…?」

 

 

庵がそう言った次の瞬間、ガラリとドアが開かれて冥冥と学長二人が入室してくる。

 

「…観戦は鴉で行うのか。監視カメラくらいつけてもいいだろう」

「移動できる監視カメラみたいなものじゃろう。此方の方が役に立つと判断した」

 

冥冥が入室したことで電子機器…テレビもプロジェクターもない理由を察した。

学長にそれを提言するも、粛に否定される。

 

嘘つけ絶対何か隠してるぞ。俺にはわかるんだ。

 

「久しぶりだね重國君」

「夜蛾さんも、お元気そうで何より」

 

某ビンタの人の様な面構えをした男に挨拶をする。傀儡呪術学の第一人者、パンダを作った天才だ。

二級以上の実力を持った呪骸を作って兵団を作り上げることができる"かも"知れない男。

当然、家の命令で何度か会ったことがある。

 

全員が席に着くと、意外なほどな静けさに包まれて観戦は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフ…面白い子じゃないか。さっさと二級にでも上げてやれば良いのに」

「僕もそう思ってんだけどさ禪院家が邪魔してる臭いんだよねぇ〜素直に手のひら返して認めてやりゃいいのにさ」

 

五条悟はわざわざ此方を向いてそう言う。

腹立つ顔だなコイツ。

 

「…真希の妨害については俺は関与していない。だが、アイツは四級のままでいい。それどころか呪術師となる必要もなかった」

 

そうだ。アイツはわざわざ呪術師になんてならなければよかった。

ただ、真依を連れて()()()()()()()()()()

家のしがらみも何も無い。それこそ五条家にでも逃げ込めば支援程度はしてもらえただろう。それが反骨精神のせいで損をしている。

 

バカが。本当に苛々する姉共だ。

 

「おっも……」

 

庵が堪らずと言った風に言葉を漏らした。

何の話だろう。

 

「生理か?」

「殺すぞ」

 

流石にデリカシーに欠いた発言だったか。

撤回しよう。

 

「すまん、気遣いが足りんかった」

「あんた喧嘩売ってんの?」

 

五条並みね…と溢す庵に凄く腹が立った。

俺がコイツと同格?冗談は実力だけにしとけよ。

 

「……金以外のしがらみは理解できないな」

「相変わらずの守銭奴だねぇ。それより、さっきからよく悠仁周りの映像切れるね」

 

冥冥が話を変える様に言った。

それに乗っかる様に五条が茶化す。

そして、この場にいる全員が気づいていることをわざわざ口に出して言った。

 

「動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのは疲れるし」

「え〜本当かなぁ。ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」

「どっち?私は金の味方だよ。金に替えられないものに価値はないからね。何せ、金に替えられないんだから」

 

そういえばコイツは金を使いたいんじゃないんだったか。集めたいだけ。

まぁコレクションする人みたいなものだろう。理解はできる。共感こそしないが。

 

「へへ、いくら積んだんだか」

 

煽る様に五条が言う。

まぁ金にがめついと言うことは操りやすいということでもある。金さえあれば指示に従う有能な人材はどの時代でも重宝されるものだ。

 

 

 

 

庵の横にある呪符が赤く燃えた。

この呪符は呪霊と対応しており、東京校が呪霊を払えば赤く、京都校が払えば青く燃える。

因みに真希がいる為登録外の呪力で祓われた場合も赤だ。

 

 

「おっ動いたね。これで一対一かぁ…みんなゲームに興味なさすぎじゃない?」

「何で仲良くできないのかしら」

「呪術師同士だ。呪いあってなんぼだろう」

「ま、それもそうか」

 

試合が動いたことに興味を示した五条だったが、ゲームに積極的に参加しないことに不満を抱いている様だった。

だが、呪いを扱う人間がそんなまともな筈もない。喧嘩するのは目に見えていた。

 

 

 

既にメカ丸、釘崎、真依はリタイアしている。そして今、三輪が恐らく呪言でダウンした。庵が三輪を回収しに行こうかと話し、学長が同意した次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

「ん?」

「え?」

 

 

 

全ての呪符が、一瞬にして赤く燃え上がる。

それは、東京校が全員同時に呪霊を祓ったか、もしくは部外者による呪霊一掃の証。

 

「ゲーム終了…!?」

「妙だな、カラス達が何も見ていない」

 

歌姫は驚いていたが、明らかに不自然だ。

映像にも何の違和感もなかった。

 

 

「グレートティーチャーゴジョーの生徒達が祓ったと言いたいところだけど」

「未登録の呪力でも札は赤く燃える」

 

五条に続いて夜蛾学長が核心をつく発言をした。

 

「外部の人間…侵入者ってことですか?」

「天元様の結界が機能してないってこと?」

 

歌姫、冥冥は困惑している様だった。

 

「外部であろうと内部であろうと不測の事態に変わりあるまい」

 

学長はそう言って何か考え事をしている様だった。そこで、夜蛾学長が役割を決めて話し出す。

 

「俺は天元様の所に。悟、重國君は楽巌寺学長と学生の保護を。冥はここでエリア内の学生の位置を特定、悟達に逐一報告してくれ」

「委細承知、賞与期待してますよ」

 

冥冥はこんな時にでも金の話をし出した。

安心しろよ。金は多分言わずとも多めに出されるから。

 

「急ぎましょう」

 

庵がそう言った後、俺たちは直ぐに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上を見上げると空は黒く、絵の具をこぼしたように染まってゆく。

 

帳…?

呪詛師が張ったのか?下りた所で壊せば変わりないだろうに。

 

加速して帷が降りる前に結界内に入ろうとするものの、術式効果が視覚効果と同時に来る本来のものではなく、効果だけが先に発動するものだった様で、弾かれてしまった。

 

「ち…面倒だな。だが壊せば…」

「ちょっと…」

「何だ」

「何でアンタと五条が入れなくて私が入れんのよ…!」

 

そう話す庵の右腕は、黒い結界内に簡単に入り込むことができていた。

 

 

どういうことだ。

まさか。

 

「そのまさか…っぽいね。五条悟と禪院重國の侵入を許さない代わりに、その他全てが侵入可能な結界だ」

「…かなりの実力の呪詛師がいるな。取り敢えず早く庵と学長は中へ」

「了解」

 

彼女等が結界内に侵入した後、思考を巡らせる。

 

 

 

帳内は東堂が居れば特級は問題ない。それに伏黒か真希が確か遊雲を持っていたはず。なら命は助かるだろう。

問題はわざわざ呪術師の溜まり場に襲撃を仕掛けた理由。

こんな高度な帳を貼れる術師なんて現代では相当限られてくる。

尚且つ五条悟に敵意を持った存在…そっちはいくらでもいるか。

 

ともかく突入が出来ないのならとりあえず庵と学長を帳内に入ればいい。

 

襲撃犯の目的は何だ?

恐らく呪詛師による襲撃と思われる今回の事件。が、帳内に入った庵によりそれが間違いだとわかる。

中では特級相当の呪力が渦巻いている。恐らく呪霊が侵入したことによる事件。

そして五条悟と俺だけが侵入することの出来ない帳。

 

 

間違いなく帳はすぐに消える。

中の連中が呪詛師に解除くらいさせられるだろう。そうなれば呪霊も、呪詛師も俺達に祓われて終わる。

 

ここに集中させたいがための襲撃…狙いは天元か?

確かに扉を見つける手段があれば時間はそうかからない。

天元を殺すことはできないから封印するかもしくは忌庫が目的か。

 

 

「五条」

「何。ちょっと僕イライラしてるんだけど」

「此処は任せた」

「りょーかい」

 

 

多くの言葉は必要無い。

お互いに実力は信じ合っている故の行動。

 

俺は早々にここを離れ、夜蛾学長の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

高専の入り口に到達するも、既に補助監督と思われる人物が数名人間とは思えない異形に変えられている。

あれは呪霊ではない。人が変質してしまった存在。

恐らく敵方の呪霊、又は呪詛師の術式。

胸糞が悪い。人の尊厳を小馬鹿にする様な容姿へと変えられている。

 

遠くの方に絶妙なダサさのぬいぐるみが改造された人間…改造人間を捕縛していた。

 

呪骸!夜蛾学長のものか!

 

直ぐに呪骸越しに会話ができないものかと近寄ろうとした瞬間だった。

 

特級と思わしき人型の継ぎ接ぎ呪霊が現れ、呪骸を破壊する。呪霊は手元に宿儺の指と思われる呪物を最低でも4本近く持っていた。

 

「おい、その指、何持ってやがる」

「まぁじぃ…?」

 

呪霊は驚き、信じられないといった様子だった。コイツかなり知性が高いな。人間と何ら遜色ない思考回路。

ほぼ確実に特級。相手が術式を使う暇も与えず祓う。

 

「"双骨"」

 

 

トン、と軽く地面から離れ、呪霊の方向へ跳ぶ。そのまま勢いを保ちながら両手での拳打を放った。

コレによって呪霊の胸元は弾け、祓ったと思われるほどの傷を負う。

が、奴は特に気にすることもなく手のひらを向けて触ろうとしてきた。

 

戦闘慣れしてない…割には体術が上手いな。

思考を巡らせながら格闘を続ける。

相手は肉体の形を変えることができるようで、腕を刃物に変えたり、鞭のように細長くすることができるようだった。

それ自体は大して面倒ではない。

間合いが把握しづらいがそれ以前に攻撃させる余裕をなくせばいい。

 

殴る、殴る、殴る。

 

その拳撃の全てが呪霊の身体へ当たり、呪力でできた体を弾けさせるものの、ダメージがまるで入らないかのように再生する。

 

いや、実際入ってはいないのだろう。

何らかの術式効果により特定の攻撃でなければ本格的なダメージは入らない。

呪力で体を補完する必要はあると思われるので、呪力が無くなるまで殺し尽くせば祓えると思うが、生憎時間が無い。

相手に行動させる隙を生む事を承知の上で、遠くへ蹴り飛ばす。

 

 

奴は蹴り飛ばされた拍子に口元から人造人間を吐き出し、こちらに向かわせる。

それを囮に逃げ出そうとしているようだったがそうは行かせない。

 

 

 

術式限定開放"流■若■"

 

 

刀を喚び出し、強く握る。

呪力を依代に模られた刀は、その脆弱性と引き換えに、呪力への耐性を得ている。

俺の術式は、本来刀へと術式効果を発動させるものだが、帳が下りてから直ぐの行動だったが故に刀は持ってきていない。

 

 

「撫切」

 

呟くように吐かれた言葉と共に一瞬で呪霊の元に近づき、焔を纏った刀で両断する。

人造人間は既に斬り捨てた。

 

切り口から焔が燃え上がり、呪霊の肉体を灰にする。だが、それすら意に解さぬと言わんばかりに呪力で体を再生し、呪霊は元のツギハギ顔の人型の身体を作り上げた。

 

すると、奴は語るように、問いかけるように話し始める。

 

 

「俺の術式はさ、掌で触れた者の魂の形を操るんだ」

 

術式開示…!コレでも祓えない、灰からでも再生できる呪霊か。

 

 

 

「魂はいつだって肉体の先に存在してる。肉体は魂の形に引っ張られて変わる。治癒してるんじゃ無いんだ、俺の魂の形を保っているだけ」

 

 

ゲェ、と口から人造人間を取り出し、話を続ける。

 

「人間を小さくしてストックしてるんだ。一般人は形を変えるとすぐ死んじゃう。でも呪術師は無意識的に魂を守ってることがあるから中々変えづらい」

 

何体もの人造人間を取り出し、時には射出する事で時間を稼いでいるようだったが、その全てが無駄だというように人造人間を斬り捨て進む。

強く踏み込み、居合を放つ。

呪霊の首を撥ね飛ばした瞬間、黒い線のようなイメージが場に広がった。それは、重國が体験したことのない感覚。集中しやすい状態へと精神が移行する。

 

それすら無視して奴は生首だけで会話を続けた。

 

 

「なら、絶対に術式が当たったらどうなると思う?」

 

 

身体を瞬時に再生し、俺に問いかける。

何か、やろうとしているな。

そう考え、警戒する。何がきても対処できるようにと。

 

 

 

 

「領域展開!」

 

奴が言葉を放った瞬間、印を汲むための手を切り落とし、燃やしたが呪霊は止まらなかった。奴は口内に手を生やし、そこで印を結ぶ。

 

 

 

 

「自閉円頓裹」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

 

 

 

禪院重國は、領域展開がもの凄く苦手だった。相手するのが、というのもあるが、何より自分が使うことが嫌いとまで言えた。

無駄に脳のリソースを割きたくないし、生得領域に術式を付与するのが難しすぎる。

 

だが、彼が全力を出すには世界は脆過ぎた。

故に一つの結論に辿り着く。

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()。本来は屍と紅い空で満たされるはずの空は白く、平坦なものに変わる。必中効果を削除し、環境によるステータス補助すら消し去る。

代わりに結界を中和する能力に重要視させることで超強力な簡易領域の様なものへと領域が変質していった。

嘗て夢見た精神世界の具現。

 

ただ、これを使うと頭が疲れる。

本当は面倒だから使いたくない。

今回のような領域展開…それも必殺の術式相手だと落花の情だと無駄に終わり、簡易領域は必中を消すだけで領域内に入っていることは変わらない。

 

だから生得領域を全て塗り潰すことのできる領域が必要だった。

この領域は相手に全くの無害であることを条件にあらゆる領域を塗り潰すことができる。

 

無数の手が折り重なってできる黒い世界は、一瞬にして白く平坦な世界へと塗り替わる。

 

 

真人は領域が完全に塗り潰されることに困惑した様子だったが、即座に理解、把握。

術式を使用して身体を変形させた。

 

そう、この領域内では一切の妨害は入らない。

例え相手が領域展開を使用しようと、術式の焼き切れはリセットされる。

正々堂々とは言えないかもしれないが、正面からのぶつかり合いを強制させる領域でもある。その代償として、お互いデメリットとなる効果は削除される。

あくまで時限式のもの限定だったり、呪力や怪我が治るわけでは無いという制限も設けているが。

 

ともかく、コレで出力に加減の必要がなくなった。

 

「卍解」

 

 

 

呟かれた言葉は、言霊となって真人に恐怖を齎した。絶対に発動させてはいけない何かを奴は行おうとしていることが、誕生して月日が経っていない真人にも理解できた。

それは、宿儺の魂に踏み込んではいけない事と同じ感覚。

 

 

その領域に、重國は入り込んでいた。

 

 

 

 

「■■の太刀」

 

 

 

 

重國の言葉は、ノイズが入ったかのように真人の耳に入ることはなかった。

だが、視覚的に変化した情報が一つ。

先程まで持っていた、燃え盛る刀は黒く焼け焦げた、見窄らしいものへと変わっていた。

真人はその正体を、本質を理解することが出来ない。故に油断した。

 

「ただの勘違いだったか」と。

 

 

 

瞬間、思考することすら許されない圧倒的な熱波が真人の肌にひりつくように襲った。

 

 

 

 

───という錯覚を真人は抱いた。

それは、ただの呪力の奔流。

攻撃でも何でもない、ただ重國が呪力を練ったことで漏れ出た外界への呪力の性質の顕現。その一瞬で真人と重國の間で格付けが終わっていたことに、真人は気づくことはなかった。彼はあくまでも術式効果だと錯覚したまま重國へと突撃する。

 

体表を乾燥に強い鎧のように変化させながら真人は走る。どれだけ強くても所詮人間。数回触れれば死ぬことには変わりないと信じながら。

 

 

 

「"東"旭日刃」

 

 

 

熱を感じることすら叶わぬ程の炎を全て刃先の一点に収束させた上での牙突を重國は行った。

 

間合いに入ってすらいない真人は、その突きの余波によって灰すら残さず一撃でその全てが跡形もなく消し飛ぶ。

普段ならば再生するはずの真人は、そこから復活することはなかった。

 

そこで、重國は領域を解こうとした瞬間だった。

ピクリ、と何か勘のようなものが働く。

後ろを振り向けば、指先と思われる一片の肉片を見つけた。

よく見れば、それには小さな眼がついており重國と眼が合う。

 

 

これが、最後だ。

 

そう彼は考え、歩んで近づく。肉片は、足を生やして逃げようとするも、当然領域内に逃げ場など存在しない。

その小さな肉片は、刀に切り裂かれた後、領域展開前とは比べ物にならないほどの熱量で燃焼し、一瞬にして灰も残らず消えた。

 

 

 

パきり、と手に持っていた刀から破壊音が聞こえ、粉々に砕け散る。

 

壊れた…いや、よく持った方だ。

普段ならアレを使った時点で壊れる。

いつもより調子が良かった気がするが、そのおかげだろう。

 

領域を解き、白い世界から現実世界に戻る。

 

 

帳があった方向を見ると、帳は既に解除されているようで呪霊の気配も感じなかった。

 

重國は、重要な事を忘れていたことに気がつく。

 

 

"宿儺の指"

 

 

真人が回収していた筈の呪物。

領域内から出た後、周辺を見渡すも残穢も、呪物も無いようだった。

 

まさか壊してしまったのだろうか。

アレを使った時に壊せていたのなら万々歳だが、回収されていたのなら少し面倒だ。

 

取り敢えず五条に連絡を入れて確認してみるも、誰も回収していないとのことだ。

 

呪霊の襲撃による被害は、術師には被害者は二級術師一名しか損害が出なかったことは不幸中の幸いとも言えよう。

ただ特級呪物の損失、それも壊れたならいいが呪詛師に回収された可能性のほうが大きいということで、結果的には高専側の大敗といった感じか。

 

 

はぁ、疲れた。

 

 

そう重國は弱気な言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

重國は自らの魂というものを知覚できていない。そして、真人は魂の輪郭を捉えた上で攻撃しなければ本格的なダメージにはなり得なかった。重國は、"魂の輪郭"という概念を把握していない。知ってさえいれば、早々に真人を祓えた筈だ。

さらに、最後の潰して燃やす段階では、塵ほどの魂が残っていたのだ。

 

 

つまり──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはっっ!!」

 

ガラスの試験管の中で、真人は眼が覚めた。

彼は分体を事前に夏油に預けていたのだ。

 

最後の肉体を燃やされ、弱っていた魂は真人本体の思考は関係なく、生存の為に元々試験的に生み出し、夏油が実験用にと保存していた分体を魂の繋がりを探し出して見つけ、そこに宿った。

 

本当にギリギリの生存。

後5秒でも領域を展開されていれば祓われていたほどの生死の狭間。分体を直ぐに見つけて、繋がりを辿って直ぐに宿るという偶然。

それら全てが真人に都合よく働いた。

 

真人は天に愛されたかのように運が舞い降り、相対的に重國は絶望的に運が無かった。

 

 

 

 

「起きたか、真人」

「お、夏油じゃん。いやー、ごめんごめん。アレはきつかったわ」

 

悪びれなく、といった態度で真人は詫びる。

その姿に謝意のようなものが込められているようには感じなかったが、キツかったと漏らすその姿は本心そのものだった。

 

「やはりそうか…いや、計画に支障は無い。早々に身体を癒すことに注力して欲しい」

 

夏油は下を向いて言う。

真人の体は、小さな指先ほどの体に変わっていた。それもそのはず。

 

"魂は肉体の先にある"

 

その理論でいくと、塵ほどの魂が元々の肉体を保てるはずもなく、この小さな体で精一杯のようだった。

 

「あ、宿儺の指とかどうしたの?」

「彼が回収してくれたよ」

 

そう夏油が顔を向けた方向には金髪の少年、重面春太が座って刀をいじり、遊んでいた。

 

「ってことは計画通りに進めそ?」

 

真人が確認のために問いかける。

 

 

「───ああ、勿論さ。何の支障もない」

 

 

 

一瞬の間を置いた後、夏油は普段の胡散臭い笑みを浮かべ答えた。

 

 

 




悲しいくらいに運が無い重國君。
馬鹿だな!

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