『メカ丸!』
機械越しに聞こえる君の声は、いつも明るく希望に満ちていた。
『行きましょう!』
そう言って仮初の腕を掴む水色の髪の君に触れたら、きっと穢れてしまうと思ったから。
本当は君に、彼等に、俺は近づいてはいけないと思っていた。
俺のこの醜悪な日の下への欲望を知れば、君が離れていくかもしれない。
そう考えると何よりも、この肌の痛みよりも、辛く、苦しく心が軋むようだった。
それでも、仲間と会いたいという願望は留まることを知らなかった。
きっと皆んなは離れていくことはないだろう。ただ、俺がアイツらに触れるのは、間違っているんじゃないかと時々思ってしまう。
真依は皮肉屋だが、性根は優しい子だった。
加茂は血筋を大事にするが、それ以上に強く気高くあろうとした人物だった。
西宮は自分の理想の為に完璧であろうとした。
東堂はただ強くあり続けた。
誰もが、強く、美しかった。
俺の憧れであり続けた。
1人の後輩を思い出す。
『すまんメカ丸、天与呪縛は俺には治せない。いや、治すじゃないんだ、戻せない』
そう放つ後輩の声には、本当に残念だという念が込められていた。
『天与呪縛は…そうだな、太極図を思い浮かべてくれ。陽が肉体、陰が呪力に関連するものだとすれば本来保たれる太極のバランスが崩れた存在が天与呪縛なんだ』
そう語っている真依の弟である後輩は、経験談かのように話す。
確か真依には、真希という姉がいた筈だ。俺と全く逆の性質の天与呪縛。
羨ましいことこの上ない。
呪力がない?なら呪術界に関わらなければいいだけだろう。
思い出すと同時に気が狂いそうなほどの嫉妬が俺を襲った。
『全く持ってその通りだ。それは置いておいてメカ丸のは陰側にバランスが崩れた状態。それは生まれてくる時から定められた魂の形だから、俺には関与したくてもできないんだ』
本当に彼は優しかった。
口調こそ厳しい部分もあるが、普段からその言葉の奥底には死を拒絶する子供らしさと優しさが隠してあった。
そして彼は誰よりも強い。
努力をひたすらに積み重ねた痛々しいと思うほどの肉体を見た時、その才能への嫉妬と共に強い憧れを俺は抱いた。
そんな彼であっても、反転術式で治せないということは、知っていた。以前治療を受けた家入消子の反転術式でもこれは治せなかった。それでも、もしかしたらという希望的観測はあったのだが、不可能に終わってしまう。
治せないなら治せるやつに頼むしかない。
俺は、呪霊と手を組むと言う選択肢を取らざるを得ない状況になった。
いつ気が狂っても可笑しくない。
それほどの痛みが俺を襲っていた。
みんなに、会いたい。
その想いだけで、俺は生きている。
目の前の下衆共は、そんなみんなを傷つけたのだ。それにより本来の契約内容が履行されなかったことにより対価の要求を求め、天与呪縛の体を直させた。
これなら、みんなに会える。
半月以上前のことだが、真人は一度完全に祓われかけた。その状態から未だ完全な回復にはなっていない筈。
実際奴は全くここ最近戦闘を行なっていない。改造人間のストックを増やし、できるだけ動かず身体を回復させる。
それでも未だ完全な回復には暫くの時間がかかる筈だ。
今この場で、夏油諸共完全に祓う。
───────────────────
10月31日19:00
東急百貨店、東急東横店を中心に半径400メートル程の帳が降ろされた。
その帳は一般人のみを閉じ込める式となっており、呪術師、補助監督は自由に出入りできる。
明らかな罠。だが、上層部は五条悟一名での平定を任命した。
一応他にも一級術師が4名、それと伏黒、釘崎、真希、虎杖、パンダ等が昇級査定の為に向かった。
かなりの大仕事で流石に俺の耳にも入る大事件となる。特に真希が当主と共に向かうと云うのは俺に取っては重要なことだった。
「バカが…何で一級になんて昇級の話が出てんだよ…」
伏黒、虎杖は理解できる。実際彼らには一級扱いしても問題ないほどの実力、伸び代がある。釘崎は知らん。が、風の噂で虎杖と共に特級相当の受肉体を祓ったと聞いた。
ならば問題ないだろう。
パンダは実力が少し足りない様に感じる。メカ丸でギリギリなら準一級…いや二級でも問題なさそうだ。真希は論外。
プルプルと電話がかかる。
何でこんな時に限ってかかるんだよ。
「もし」
『禪院重國さんであってますね。まずいです、五条悟さんが封印されました』
─────は?
『他の班は既に帳内に侵入中です。禪院さんもお早く行動をっ……?』
「おい、どうした。おい、おい!」
補助監督と思われる男は、言い切る前に何らかの理由で言葉が途切れてしまい、焦って問いかける。
『あれれ〜?もしかして電話中だったぁ?ま、いっか』
軽薄そうな若い男性の声が聞こえる。
「重國?どうした」
…呪詛師か!クソ、後手後手に回っているな。
早々に向かわねば。
重國は田辺に連絡を入れながら走る。
「田辺だな?」
『はい!重國さん、五条悟が!』
「ああ俺も聞いた、準備は?」
『もうできてます!駅に向かって最速の新幹線に乗ってください!』
「了解」
早く、早く。
どんなに願っても2時間近くはかかる。
本気で走れば30分も経たずに着くが、その間に民間人に見つかるし、空中を走れるわけではないから直接向かうことはできない。
面倒だが頑張ってこれが最速…!
「ちょっ…!重國!」
「新、不味いぞ」
「だからどうしたんだっ」
「五条悟が封印された」
「………え?」
早々に向かうぞ。そう言って新の首元を掴み駅へ向かった。
新幹線内には他の客はおらず、俺たち2人だけの様だった。
そこに、一人の巨漢が現れる。
東堂だ。
「…東堂か」
「重國か。五条悟が封印されるとは、大変なことになったものだな」
「本当にな。バカが、簡単に負けてんじゃねぇよ」
「まぁとにかく待つしかないよ」
新が俺を宥める。
その瞬間、隣の車両から一人のスーツ姿の男が現れた。割と端正な顔つきだが、目もとの隈のせいで非常に不健康そうな印象を与える男だった。
男は俺たちの後ろの席に座ると、持っていた仕事用のバッグを開けた様だった。
仕事をするためのパソコンでも開いたのだろう。
パン
後ろの席から銃声がした。
新の席の背もたれの頭部分には焦げた弾痕の様なものがあり、銃弾が貫通したことがわかる。
本来そこには新の頭が置かれてあり、銃弾は正確に脳まで撃ち抜ける威力だったと思われる。
だが、新の脳漿が弾けるなんてことにはなっていないしましてや怪我人も出ていない。
俺は新の頭を抑えて、飛び出た銃弾は手で掴んでいた。
男の首を掴んで捩じ切った瞬間、ドンと云うドアを蹴破る音と共に大量の人間が車両内に突入してきた。
その人間たちの姿は正気を保っている様には到底思えず、言葉にならない言葉を叫びながら俺たちに殴りかかる。
…なるほど、嵌められたか。
恐らく田辺ではないだろう。アイツはそんなに肝っ玉の据わった奴じゃない。
敵側の呪霊、呪詛師による罠。
「祓えてなかったか、それとも別個体か」
改造人間
以前遭遇した呪霊によるもの。
「殺さないで」と命乞いをする彼らは、確かに死んでいるのだろう。
奴の術式で体が言葉を放つ様にプログラムされただけの心の籠らない声。
居合の形で安物の刀を構える。仮にも半年近く使い続けた刀だ。1割にも満たない程度の呪力量なら込められる。
これはただの物真似でしかない。
直接師範に学ぶことでしかシン陰流の技術は学ぶことができない。
それが縛りによって成立しているからこそ技量が足りない術師でも簡易領域が使用可能になる。
が、俺は誰かに習ったわけでも、本を読んだわけでもない。
三輪の抜刀術を見た時のインスピレーションを形にし、刀の中に呪力を廻す。
廻る呪力は鞘を震わせ、カタカタと音が鳴る。
それを手で抑え、展開する。
約2.5メートルの簡易領域。
領域展開より体力も、呪力も使わずに出来る最速の技。
刹那、俺から半径2.5メートル以内と、居合の直線上にいた改造人間の首が全て宙に浮く。0.1秒と経たぬうちに、一刀でそれらを切り裂いたのだ。
40を超える肉袋は、切られて数瞬経った後その全てが燃え上がり、この世に肉片一つ残さず灰となる。
刀への術式の極小付与。高専入学からできる様になったことの一つだ。
周りに影響を及ぼさず、最低限の力だけを顕現させる。これを習得したおかげで大分戦闘に幅が生まれた。
血など一滴たりとも付いていない。
そのまま納刀し、隣の車両へ歩みを進める。
入った先には10数体の改造人間がおり、さらにもう一つ奥の車両には改造人間がギチギチになって詰まっていることが確認できた。
それだけの被害が出ているということ。
理由は、俺の足止め、体力消費の為か。
「───ハッ!」
口では笑っているものの、その眼の奥には激しい怒りと冷静に判断する思考の二つが渦巻いていた。笑ったのはただの切り替え。
人と呪術師に差分をつけて頭を切り替える。
怒りは呪力に、変換させる。ロスを生んではいけない。それだと敵の思う壺だ。
「せめて人として──殺してやるよ」
それは、呪術師としての慈悲。呪いとしてではなく、あくまでも人として扱った上で殺す。それが、俺に出来る最大の慈悲だった。
次々に人間を殺してゆく。
やめてくれと、助けてくれと叫ぶ声を全て受け入れて。彼らの悲痛な叫び声は、魂からこぼれ落ちた代謝のようなものであることは何となく理解していた。その叫びに意味はないということも。
そして改造人間の9割9分を殺害し終え、残るは最後の一体のみ。
せめて痛みなく殺そうと、背を向ける彼に切り掛かる。
改造人間が、振り返って此方を向いた。
『重……國?』
ブチリ、と何かが切れる音がした。
人はここまで怒りを抱く事ができるものなのか、と煮えたぎるような心情とは裏腹に思考はクリアになっていた。
強く握りしめた拳は、皮膚を破り血が滴り落ちる。
新田は俺を心配しているようだったが、何も問題無いとだけ返した。
俺のせいか。
俺が祓い損ねたから。
クソが。
クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが。
塵が。
「
───────────────────
23:00
渋谷駅に禪院重國が現着。
と同時に最重要事項を確認。
"両面宿儺の顕現"
虎杖悠仁が死亡した、指の許容量が耐え切れなくなった、宿儺が虎杖悠仁と何らかの縛りを結んでいた。
幾らでも理由は浮かぶ。
これで虎杖悠仁の死刑は確定になったと言えるだろう。非常に痛い損失ではあるが、取り戻すことは可能だ。
そう思考を巡らせて宿儺の元へ向かう。
ここは最早魔境。地上に人の気配なぞ既に無く、故に全速力で向かうことができた。
音速を超え宿儺の元へ駆けつけた瞬間、呪霊を奴は祓ったと同時に、重國と目が合う。
刹那、お互いに多少の実力を把握。
重國は移動の衝撃で吹き飛ばした瓦礫を足場にさらに垂直に加速。
万象一切灰塵と為せ
「流刃若火」
「解」
お互いに、瞬時に発動可能な最高の一撃を放つ。
見えぬ斬撃と、焔を纏った刀はお互いに相殺。呪力の奔流により、周りの地面が弾け飛んだ。
瞬間、重國は超至近距離まで接近。刀での連撃を行う。
先程確認した遠距離から炎の攻撃をさせない為の超高速移動と超速連撃。
それにより、宿儺の両腕を切り飛ばすことに成功する。
すると、悪辣な問いかけを宿儺は放った。
「ケヒッ!コイツの体はお前の仲間のものじゃないのか?傷つけていいのかぁ?」
話すうちに宿儺は反転術式で腕を治し、またもや不可視の斬撃を放つ宿儺。
それを空の歪みから察した重國は刀で払い除ける。
「後で治せばいいだろう」
心底疑問だというような風貌で、首を傾げて重國は言った。
それが面白くて仕方がないと言うふうに宿儺は笑ってはいるが、あくまでもその姿に隙は存在せず、お互いに動き出すことはできない。
重國は宿儺が"■"を使う間に殺せるし、宿儺は不可視の斬撃をいつでも放つことができる。
互いが互いの首元に刃を突きつけている状況。その均衡は、1分と経たずに宿儺が"解"を放ったことにより崩れ去る。
重國はほぼ360度全方向から斬撃が迫ることを確認した。
これは避けられない。そう理解すると同時に一つの選択肢が脳内に浮かぶ。
"南"を使えば呪力ごと周りを焼き払えるだろう。だが、少々不味いことになる。
なら、領域展開をするべきか?
一瞬にも満たない時間の中で、重國は思考を巡らせ、そして解答を得る。
残日獄衣を発動する。
0.01秒にも満たない間のみ灼熱の焔がこの世に顕現した。
超極短時間のみの卍解。
今まで試したことがないものを、感覚で重國はやってのけた。
焔は一瞬にして周りの大気と呪力を焼き払う。周辺の空気は異常乾燥状態に突入し、呪力の塊である不可視の斬撃も燃え尽きた。
暫くの間寧ろその程度で済んだ、といえる程度でしかない規模の被害だった。
宿儺は面白そうに笑うと手で印を結ぶ。
「「領域展開」」
互いの声が重なった。
重國も両の手を合わせ発動する。
「伏魔御厨子」
黒い世界に屍によって形成される玉座が在る領域が展開する。
「
白い無の世界が顕現し、互いの領域の押し付け合いが始まる。
宿儺の領域と、重國の領域が拮抗し、必中効果が削除される。
それでも、術式効果を止めることはできない。
無限の斬撃の嵐が、重國を襲った。
───────────────────
「ケヒッ!素晴らしい!素晴らしいぞ現代の術師!」
「五月蝿い、黙ってろ」
領域内から2人が出てきた時、宿儺の四肢は全て切り落とされ、傷口は炎で燃えていた。
炎は燃え広がることはなく、傷口でただ漂っている。
喋れないように虎杖悠仁の口を制服をちぎった布で猿轡のようにして縛り付けていたが、宿儺の紋様が消えると同時に宿儺自身は頬から口を生やして話しかけてくる。
両面宿儺が復活することは無かった。
もとより時間制限があったのだろう、それもかなり短い1時間にも満たない時間しか復活できないという。
何故復活したのかはわからんが、もうコイツが表面に現れることはないと判断し四肢を生やした。
「ほう…他者への反転も中々。やるではないかお前」
ウッッザ…
重國は正直言ってかなり不快に感じていた。
馴れ馴れしく話しかけてくる宿儺には、五条悟以上のろくでなしの気配を感じたから。
すると、背後から氷の塊が迫ると共に女?男?よくわからない叫び声が聞こえた。
「宿儺様!」
「ん?誰だ貴様。いや…もしや…裏梅か!!」
「お久しうございます。すぐにこの下郎を片付けますので少々お待ちを」
「よせ、お前じゃ此奴には勝てんよ」
「ですが…!!」
「やめろ…と言っているのが…っ!」
式神…?それもかなり強力な気配だ。
まさか…!
「おい、呪術師。伏黒恵を守れ」
「黙っとけや。言われんくてもするわ寝とけ」
「ククク…やはりお前は面白い。裏梅!」
「はっ」
「俺が自由になる日も近い、ゆめ準備を怠るな。またな裏梅」
そう言い切った直後、気絶する虎杖悠仁の肉体を担いで重國は走り出した。
そして発見する。金髪の男を式神が殺害しようとするところを。
幸いにも調伏が領域内で行われるようなものでなくてよかった。そう安堵しながら金髪の男を斬撃から守った。
重國はこの金髪の男を助けはしたが、伏黒と一緒にいたところを見ると呪詛師と思われることを理解し、一度切った。
焔を纏った斬撃は、体の表面にだけ傷をつけた後、全身に火が回る。
アツいアツいと叫んでいるが、直ぐに髪は焼け落ち皮膚は爛れた達磨のようになって気絶する。
伏黒に反転を施して戦闘に影響が出ないところまで移動させる。ついでに、担いでいた虎杖悠仁もその場に置いた。
重國は魔虚羅と思われる式神が伏黒を殺しにかかっていたのを確認している。
恐らくはこの呪詛師との戦闘時に死にかけて布留の言を唱えたことで魔虚羅が顕現。
伏黒は死にかけた、といったところだろう。
重國は戻って魔虚羅を確認する。
奴はキョロキョロと伏黒を探しているようで、そこらじゅうを飛び回っていた。
既に刀は先程の戦闘で折れてしまっている…というより灰になった。
故に、その攻撃手段は拳に限られる。
「双骨」
絶大な威力を伴って両の拳による拳打を行う。その威力は入学当初とはもはや別物と化しており、走っていた魔虚羅の身体を易々と突き破る。
拳打の威力はその余波ですら、背後のビル群を倒壊させるほどだった。
魔虚羅の胴は既に消し飛び、身体を支えることも困難となっている。
このまま調伏の儀も終わる。その筈だった。
"廻る"
式神の背につく方陣が廻り、身体の傷を癒した。重國は刹那の間に反応し、再度殴った。
が、コンと木の板を叩いたような音が鳴るのみに終わる。
先程まで通じていた打撃がいきなり耐性を得たかのように効かなくなったのだ。
否、かのようにではなく実際に耐性を得ている。
殴った感触に驚くのも束の間。魔虚羅からの反撃が始まる。
魔虚羅は正のエネルギーを有した剣を振るった。両腕を交差させ呪力を込める。受けた一撃は斬撃というよりかは打撃に近いもので、重國はかなりの距離吹き飛ばされる。
そして吹き飛ばされる間、重國は一つの事実に気づいた。
呪力を込めた筈の両腕から呪力が散っている。その影響で腕の強度に影響が出て右腕が折られている。
その事実を把握すると同時に反転で骨折を治す。
重國は先程までの戦闘で呪力と体力の消耗が激しく、流刃若火なら数分間できるとは思うが、卍解は文字通り一瞬しか行えないだろう。領域はギリギリ1分が限界。
両面宿儺の相手をした代償と言えば軽いものだが、この場において火力不足は大幅なデメリットと化していた。
これが歴代十種影法術継承者の誰1人が調伏出来なかった式神。
流石だと思う心と共に、時間があまり無いことも理解していた。
「
見た目はただトン、と胸元を軽く叩く…それこそドアをノックするかのような勢いで魔虚羅の胸を叩いた。すると、魔虚羅が突然吐血し、膝をついて倒れる。
やったことは単純。式神の中に呪力とそれに伴う衝撃を通した。
魔虚羅といえども体表は丈夫なようだが、中までは呪力で守っていないようだった。
重國は、魔虚羅への対処方法を変更する。
10分間呪力の消費を最低限に抑え、回復を待つ。方陣を回転させる間も無くハメ技で行動の一切を許さない一方的な技術による蹂躙。
時間を稼ぎ、領域内で一撃で仕留める。
重國は勝利への道を歩み始めた。
一撃、二撃、三撃と繰り返す。
魔虚羅に方陣を廻す隙を与えない。
何度も、何度も同じことを繰り返す。
打撃を加える度に崩れ落ちる魔虚羅は、立ち上がることも、方陣を回すことも、果ては行動することすら叶わなかった。
実に五十三撃目。
魔虚羅は反転の剣を手元から消し、地面をその膂力を持って砕き、重國に隙を作ることに成功する。
"廻る"
背の方陣が廻り、魔虚羅の肉体が回復する。
これで打撃はもう効かないだろう。
が、その行動は遅すぎた。
重國は両手を合わせ、既に印を組んでいる。
領域展開
「 」
領域展開直後一瞬にして、魔虚羅は燃え尽き背の方陣だけを残してこの世から消え去った。
「今日も生き延びた!」
領域を解除すると、呪詛師と思われる金髪の男が叫びながら逃げているのを確認した。
確実に焼き払った筈だが天元のような不死の術式だろうか。だとするとかなり面倒だが、取り敢えず燃やすことにした。
「熾れ」
「────あれ?」
言霊としての役割を持って放たれた言葉は、言霊となって逃亡しようとする重面の魂を燃やす。事前に火種を魂に埋め込んでいたのだ。熾された焔は魂を燃料として激しく燃え上がる。
一度奴を切った時、死ななかったのは術式の影響。恐らくだが命か何かをストックすることのできる術式。不死ではない。
頬に現れる三角の刺青のような痣が溜まった命の総数を表しており、先程確実に殺したと思った時、死ななかったのはストックを消費したから。
ならば、ストック数がブラフであっても関係ない数殺せばいい。と重國は思っていたが一度火種を熾しただけで直ぐに死んだ。
身体には仮初の焔が灯るが、現実の肉体に干渉するわけでは無い。焔はあくまでも同じく物質的ではない魂だけを燃やす。
重面は、死体とは思えないほど綺麗な形で死亡した。
ストック数を表示する縛りか。嘘をつかない代わりに術式効果を最大限発揮する為だな。
そう思考を巡らせながら、伏黒に反転術式を施し、家入の元へ向かう。
すぐに到着し、伏黒を補助監督に渡す。
現場では、死体や怪我人で溢れかえり、家入の暇は全くなかった。
重症の人間や、治療すれば助かる人、呪術師に注力して家入は治癒している。
呪力にも限界があり、反転術式なんて本来の倍以上の呪力が必要なのだ。
すぐに治すべき人を選別する必要がある。残酷だが、これが一番救える手段だった。
その場から離れ、戦場へ戻る。
向かう先は最も呪力が集まる場所。
渋谷警察署交番前。
そこでは現在裏梅羂索2人と特級術師九十九由基、東京、京都二つの高専の面々、そして虎杖悠仁。
現在動くことのできる戦力が全員集まっていた。
羂索が語る。
「私が配った呪物は千年前から私がコツコツ契約した術師たちの成れの果てだ。だが渡した契約を交わしたのは術師だけじゃない。まあそっちの契約はこの肉体を手にした時に破棄したけどね」
「───まさか」
九十九は驚き戦慄する。
契約した呪霊は、呪霊操術によって無理矢理調伏させる事ができるのではないか。
その思考が頭をよぎった。
そして、夢を話すように羂索が溢した。
「これが、これからの世界だよ」
瞬間、50を優に超える数の呪霊が黒い闇から出現した。
出現する呪霊はどんどんと数を増やし、止まる勢いを見せない。
そこに、
重國は空から飛び降り、一瞬の内に出てきていた呪霊を祓い、羂索の腕を切り飛ばす。
左腕が飛んでいった方向は術師側。
九十九由基が自らの式神を操り、受け取る。
「ダミーだ!!」
流石に羂索もそこまで詰めは甘くない。
手に持っていた獄門疆はダミーだった。
本命は呪霊にでも持たせているのだろう。
反転術式で腕を生やしながら本当に驚いたように目を見開いて話す。
「……本当かい君。両面宿儺と魔虚羅を殺した直後のはずだろう」
「お前を殺すのには余力は充分だよ夏油傑」
流石に羂索といえど突然の不意打ちには対処できなかったが、続く連撃は身体を削りながらも死ぬことはなく耐える。
「今はお呼びじゃないんだ禪院重國。呪術全盛、平安の世がこれから戻ってくるのだから!!」
そう叫んで身を投げるようにして背から転んでいった。
重國は頭蓋に拳を突き出し、とどめを刺そうとするも地面に羂索がついた瞬間、飲み込まれるようにして消えていった。
尚も呪霊の出現は止まらない。
この日、呪術師は完全敗北した。
───────────────────────
渋谷事変より数日後、
禪院元当主、禪院直毘人が渋谷にて負った火傷が原因となり、先ほど死亡した、
その遺言状で伏黒恵を次の当主とすることが決定する。
「禪院直哉が宿儺の器、殺したるって。恵君は宿儺の器んとこおるんやろ?2人まとめて殺したる。今の東京は魔境や、人がいつどう死んでも変わりあらへん。殺して仕舞えば後のことはどうとでもなる。禪院家の当主は俺や」
「…好きにすれば良い。俺は戻る」
「あらら、重國君なんか機嫌悪いなぁ」
「そう見えるか」
「ん?違うん?」
「お前からそう見えるならそうなのだろう」
俺の発言に直哉は首を傾げていたが、どうでも良くなったようで直ぐに家を出た。
この家は呪われている。
それが、重國が長年住んできて出した結論だった。
目の前の2つの遺体を見る。
一つは鼻血を垂らし、背に大きな切り傷を負った女の死体。
一つは頭を一閃で斬られた男の死体。
結局、真依も死んだか。
こうなることは予測できなかったが、真希も、真依も死ぬものだとは思っていた。
元より義父が何か企んでいることはわかっていた。それを頑なに伝えたくなかった様だが、その態度だけで隠し事があるのはわかっていた。
敢えて無視した結果がコレ。
ああ、遠くで戦う音が聞こえる。
この歪な風切り音は直哉のものだ。
生き残って義父を殺した真希が闘っている。
俺は直ぐに現場へは向かわなかった。
忌庫を後にして、屋敷の義父の部屋へ向かう。彼が、何か封印の施された木箱と、書類を準備していたことを見ていたから。
義父の部屋は殺風景な和室で、畳まれた布団と、一つのちゃぶ台の上に木箱と書類が置かれているだけだった。
書類には、呪術総監に出す予定と思われる五条悟封印解除を企てた謀反者として伏黒恵と禪院真希を誅殺したとのことが書かれていた。
実際に殺したわけではないが、事前処理ということだろう。
直哉がむざむざと逃げ帰った時には、叔父と話し合いが済んでいたのか。
もう一つの木箱を開ける。
そこには一片の紙と下に刀が置いてある。
その刀には相当の呪力が篭っており、一級から特級相当の呪具であったことがわかる。
紙片を裏返すと、そこには
11月15日禪院重國
という筆で書かれたと思われる文字だけが書かれていた。
禪院扇は、本当に彼を愛していた。
形が歪だったとしても、その愛の先にあったのが力を求める意志だったとしても、愛しているという心は、嘘偽りない真実だった。
11月15日は彼の誕生日だった。
呪術師としての生き方しか知らない彼は、それでも父として愛を与えようとした。
重國は刀を手に取る。
涙は溢さない。彼を殺した時に、全てが終わって精算した後にやることをやると決めたから。
重國は前を向いた。
──────────────────────
人も呪霊も本質は何も変わらない。
ただ無意味に生まれ、無意味に死ぬだけだ。
「そうは思わないか、真希」
肩に真依を担いだ真希に向かってそう説いた。真希の身体は傷だらけで特に右目には刀傷が入っており、見えていないことが窺えるが、それを気にしないほどの強靭な肉体がそこにはあった。
それは嘗て禪院に呪いを遺した天与の暴君と同格となった証でもあったが、彼と出会ったことがない重國にはそれは理解できていなかった。
数日前に渋谷で出会った時とは桁違いの膂力。普段身につけている呪霊を視認するための眼鏡は無かったが、今この状況に於いては何の関係もない。
「思わない。こいつが生きたことが無意味だとは言わせない」
「なら、何故家の者を片っ端から殺して回った」
真希は重く呟く重國を鋭い目つきで捉えていたかと思うと、跳ねるように飛び出した。
刀を構え、一直線に向かって切り掛かる。
重國は刀の腹を叩き、手でいなして連撃を防いでいた。
「それが命を代償にして構築術式で作った刀か」
それは皮肉の様に吐かれた言葉ではあったが、特に感情が込められていたわけではなく、淡々と事実を確認する様であった。
「────私は」
絞り出すように動く口元と共に、感情を浮かべない瞳が彼を覗いた。
「私は、全部壊さなくっちゃいけないんだ。それがアイツとの約束だから」
2人が離れたと同時に真希は話を続ける。
「──そうか」
結局あいつも呪いを遺して死んでいった。
屋敷からは人の息遣いは聞こえない。
どいつもこいつも、死んだ。
直哉も、義父も、義母も、全員。
目を瞑る。
そこには暗い世界が広がっている。
そして目を開いた時、既に真希は刀を構えて切り掛かっていた。
「残す言葉はそれだけか」
重國はそう最後に言葉を求める。
「ああ、これで最後だ」
真希は、それに答えなかった。
彼を殺して終わりだと暗に示すように。
その一瞬の間にどんな思考が巡っていたのかは解らない。ただ、もう今までには戻れないことが確定してしまった。
重國は、今この場で初めて理解した。
本当はただ、死んで欲しくなかった。姉二人には、幸せになって欲しかった。
普通の学校に行って、普通の家庭を持って、普通の日常を暮らす。
ああ、なんてつまらない。
それでいて、なんと素晴らしい夢だろう。
だが、彼は自分の心に気付くのが遅すぎた。
全て終わってから、いや。
全てが始まる時にやっと気づけたんだ。
そうだ、俺はお前に、お前達に──────
思考を巡らせる重國の心を無視するように、さようなら
と相対する2人の間で声にならない言葉が交わせられる。
すれ違ってしまった彼らは、もう戻ることはできない。
────"一骨"
パン、と破裂音がした。
真希の知覚外より放たれた拳は、正確に真希の心臓を捕らえた。
振り下ろされるはずだった刀は、慣性で勢いを保ったまま、強く握られた真希の手から滑り落ちる。
そのまま真希も意識を落とし、前のめりに倒れ──────
瞬間、強化された五感と勘によって落ちる刀を掴み取り、真希は力強く踏み込むと同時に逆袈裟を放った。不意打ちで放たれた一撃は、重國の胸元を容易く切り裂き、勢いよく血が噴き出した。
が、重國は放つ一撃に直前で気づいたことで半歩後ろに下がることに成功していた。
それにより、背骨ごと一刀で切り裂く刃は肋骨までの肉を切り裂くという結果に済んだ。
皮肉にも、この構図自体は重國にとって経験したことがあるものだった。
何度も、何度も頭の中で繰り返してきた。
だというのに、彼は闘いという点で敗北したとも取れる。
重國は万全の状態。真希は満身創痍。
その状態でも重い一撃を食らった重國は、最早自分の負けであろうと考えていた。
だが、何故重國が対処もせずに粛と斬撃を受け入れたのか理解する人はこの場にはいなかった。
真希の振り上げる刀は、本来なら視認してから対処できる程度の速度の筈だった。
それを食らった理由は、重國にはわからなかった。
そして真希はその一撃を放った瞬間、覚醒による肉体の変化への疲労。元々"炳"達との戦闘で生じた怪我、出血による体力低下があっても尚残っていた余力を全てを使い果たし、今度こそその意識を完全に落とした。
───────────────────
「重國君?」
「…西宮か」
「──真依ちゃんは?」
ヒュッと荒く息を呑む音が聞こえた。
彼はその質問に首を振って答える。
「だから、私は…行くなって…!!」
重國は肩に担いでいた真依の遺体を静かに下ろした。
真依の遺体を抱えたまま西宮は涙を零す。
静かに涙を流す音とは対照的などさり、と重いものが落とされる音がした。重國は、引きずっていた真希を西宮に向かって軽く投げた。身体は石畳に叩きつけられたが、彼女が反応することは無い。
「死んでるとは思うが、好きにしろ」
「…これからどこに行くの」
西宮は、恨むでもなく、ただ呪術師として自分がやるべきことを把握し、強大な戦力の1人である彼の動向を聞いた。
「───さぁな」
それだけ言って重國はその場を離れる。
西宮は彼の背中を見て、何も声を掛けることができなかった。
重い、重い何かを背負う様に見える彼の背中は、普段より弱々しく見えた気がしたから。
同日、禪院家に不在の"炳"6名"躯倶留隊 "21名が死亡。現場に残穢は確認されず、遺体の傷口からは呪具のものと思われる呪力が確認された。
後日五条家、加茂家より呪術総監部に対して禪院家の御三家除名が提議されたが、総監は禪院重國及び伏黒恵に監督能力があると判断した上でこれを保留とした。
オリ主がブチギレた理由?察しろ
死滅回遊参加コロニー
-
思想渦巻く東京第一結界
-
雷の申し子の独壇場東京第二結界
-
四つ巴の魔鏡仙台結界
-
規格外に次ぐ規格外桜島結界
-
謎に包まれたその他結界