果たしてデミドラお嬢様は英雄譚にその名を記すことができるだろうか   作:ハタノアシハ

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第10話 後始末が一番面倒くさいものですわ。

 

 目を覚ますと、こちらを覗き込む顔が見える。

 焦点の定まっていないぼやけた視界ではあったが、それがアイシャの顔だと分かった。朝が弱かった頃はよくこうやって起こされたものだ。

 頭を支える柔らかい感触やふわっと身体にかかる重量からベッドに寝かされているのだと分かる。

 しかし、頭がすっきりしない。

 

 なぜ自分は寝ていたのだろう。なぜアイシャはあんなに心配そうな顔をしているのだろうか。

 

「お嬢様!!」

 

 アイシャが声を上げ、そこに血が通っていることを確認するかのように顔をペタペタと触ってくる。

 身体を起こそうとするが酷い頭痛と身体の痛みで上手く力が入らなかった。とりわけ大きな痛みがあると言うわけではなく、全身を満遍なく打ち付けたようなジワジワした痛みがずっと続いていた。見れば腕は包帯まみれにされている。服の下もそうなのだろう。

 

「無理なさらないでください。まだ身体が治りきっていないのですから…」

 

 慌てた様子のアイシャに宥められ大人しく枕に頭を預けると、枕元から声が聞こえてきた。その声の主は小さな手で耳の辺りをポンポンと叩く。

 

「お主5日も寝ておったんじゃぞ。それでもまだ峠は越えたという程度じゃ」

 

「シュシュ…、貴方もいらしたのね」

 

「感謝するのじゃぞ。死んでもおかしくない傷を妾の幻術で軽傷だと誤魔化しておるから生きていられるようなもんじゃ」

 

 2人からの言葉と痛みから頭にかかっていた霧が晴れるように意識がはっきりとしてきた。

 確か自分はヴェーダにビンタを一発決め、そこで意識を失ってしまったのだ。過去に例を見ない日数を前借りした上でギリギリの戦いを繰り広げ、後のことなど考えず気絶した。

 前借りの返済が始まれば肉体の強度は限りなく0に近づく。そんな状態な上に《 未来を過去に(フューチャー・パスト) 》で強化して耐えていたダメージはそのまま引き継ぐとなれば、それこそショック死しかねない。

 見れば部屋の中には水晶や杖といったマジックアイテムに加え様々な薬草が散らばっており、あの手この手で回復を試みてくれたのだと分かった。

 

「この様子ですとわたくしはちゃんとヴェーダを抑えられたみたいですわね」

 

 何はともあれ無事なのだ。

 アイシャがいつまでも顔を触ってくるので、話を変えようと事の顛末を尋ねると、当然肯定されると期待していた問いに2人は顔を見合わせた。

 

「いえ、お嬢様のおかげで神の暴走が治ったのは治ったのですが…」

 

 言葉を選ぶように紡ぐアイシャはチラッと部屋の扉に目をやった。

 

「そろそろ来る頃じゃぞ」

 

 その言葉が合図とばかりに扉が勢いよく開け放たれた。

 

 

◆◇◆

 

 この世に生を受け71年。

 防御結界の特異魔法が使えることも買われ、ヴェーダ神殿の大神官長となってから17年になる。

 私が生きている間に神のお目覚めに立ち会えるとは夢のような話であり、大神官長として神に付き従い共回りとして同行できることは信者冥利に尽きる。

 

「おい娘、そろそろ起きたか?遊びに出るぞ!」

 

 島で一番大きな医院の一室を勢いよくお開けになる。

 決して思ったより子供っぽいな、とか不敬な思いを抱いたりはしていない。

 お目覚めになられてからというもの自分の目を覚させた娘の見舞いに行かれたり、世俗の移り変わり見物されたり、深淵の右腕(ケイオス・トゥーム)にガンをお飛ばしになったりと実に自由奔放でいらっしゃった。

 

 神への奉仕が見返りを求めるものであってはならない。300年に渡りその眠りを見守ってきた我らに対し、労いの一つでも欲しかったなどと思ってはいけない。

 何者にも縛られない悠々たる態度こそ神に相応しいとも言える。私は心の中でそう言い聞かせながら、部屋の中の状況を見る。

 

 大の男が2人並んで余りある巨大なベッドが窓際に置かれ、周囲にはマジックアイテムが散乱していた。

 ベッドにはデミドラ・ベオフィオーレ嬢が身体を休めながらも頭だけこちらを向き、我らの神のお言葉を聞いていた。

 

 昨日まで意識がなかったはずだが、無事回復に向かっているのだろう。

 

 ほぅっと息を吐き出す。彼女が無事で良かった…

 

 神ヴェーダの寝起きを沈めようと私を含め30の精鋭により守りを固めたが1分保たせるのが精一杯であった。

 最後に見たのは防御結界が破られ、空高く打ち上げられた景色。

 気づけば神殿から離れた広場に寝かされており、その時には全てが終わった後だったのだ。

 

 事故調査の結果、神が鎮まるまで20分ほど要したと分かり、我々が不甲斐なく倒れた後を繋いだのが目の前のお嬢さんだそうだ。

 住民は皆避難させ、相対した我々もことごとく意識を失ったため、ベオフィオーレ嬢の活躍を誰も目にしていないという状態ではあったが、他ならぬ神が「この娘にしてやられたわい」と嬉しそうに仰った。

 旅行客はともかく、この島の住民も我ら神官もその言葉を疑いはしないだろう。

 

 避難の過程で怪我をした者はいたが、奇跡的に死者は出なかった。

 建物への被害もヴェーダ神殿周りに集中していた。元々神殿一帯は神の眠りを妨げぬよう広大な広場となっており、市街への被害も精々強風で屋根板が剥がれた程度と信じられないくらいに軽微だ。

 

 これら全てが彼女の働きによるとすれば救世の英雄であり、

 件の立役者が昏睡状態であり、聞き取り調査や論功について先延ばしとなっていたが、目が覚めたというのなら色々と準備しなくてはいけない。

 

 

◆◇◆

 

 アイシャがほぼ一方的に神を追い払い、忌々し気に戸を閉めた。

 

「全く…、お嬢様にこんな怪我を負わせていながらよくもぬけぬけと」

 

「とまぁ、ヴェーダの暴走は治まりはしたのじゃがお主を気に入ったのか、よっぽど暇なのか定かではないが奴は起きてからこの調子じゃ」

 

 シュシュリカも呆れ顔で同意を示す。

 

「だとしても少しお話するくらいは良かったですのに…。そもそもなぜ眠りから覚めたのか分かったのですの?《 予聴 》では深淵の右腕(ケイオス・トゥーム)が関係していると言っていましたのに、わたくしが見た限りでは特に変化はありませんでしたわよ」

 

「それに関しては私共も、いえ、島の方にも知らされていないようです」

 

「それが俺にもさっぱり分からんのだ」

 

 それまで何もなかった部屋の隅から掛けられた声。

 全員の視線がそこに注がれるとくすぐったそうに頭を掻く神の姿があった。今しがた部屋から出て行ったヴェーダである。

 

「なっ!?どこから…!?」

 

「まぁ神だからな」

 

「それで、神様が何の用ですか?お嬢様は貴方に付けられた怪我のせいで満足に動けないのですからと先ほども断ったはずです」

 

「そう怒るな。この俺がわざわざ出向き忠告しに来たのだぞ」

 

 人差し指を立て勿体ぶったように言う様は妙にイラつかせる。寝てる時に感じた神威は何だったのかと思うほどだ。

 

「順を追って話そう。まず俺が何故目覚めたかについてだがさっぱりでな。寝てる時のことは全部第三の目に任せているのだが奴も分からぬと言いよる。くそったれのケイオスが召喚された気配があったからつい起きてしまったなどと言っていたが…。奴は未だ右腕だけ生やした間抜け姿ではないか」

 

 幻覚で作った偽デミドラの血を捧げたことで一瞬だがケイオスの召喚陣が起動したのは事実だ。だが、それと同時にシュシュリカが幻覚を解除したことで捧げたはずの血が消えてしまった。

 結果、ケイオスが召喚される気配を察しヴェーダが起きてしまったものの、ケイオス自身は依然右腕だけ突き出た状態となったのだ。

 幻覚を作り出した者も、幻覚と知らず血を捧げた者も、一瞬の召喚気配を察した者も、誰1人として事情を知ってはいなかった。

 

「それが何で忠告になるんじゃ?」

 

「順を追うと言ったろう。とにかく俺が目覚めた理由は分からなんだ。それがどうも人間達の間で問題になっているようでな」

 

「あぁ、確かに起きたら暴れる存在が理由もなく急に起きたとなれば不安にもなりますわね。今までは不意に起きないよう万全の体制を敷いていると謳っていたのですから」

 

「うむ、全く俺が寝ている間にそれを見世物にして金を取るなど面白い話ではないが人の子のやる事は好きにやらせると決めているのでな。俺から言うことはないのだが…。まぁそんな訳で神殿の奴らは市民に改めて謳う安心安全の担保が欲しいと考えている」

 

「なんとなく話が分かってきましたわ。つまり神殿勢力は神の起床を抑えたのが神殿と全く関係のないわたくしであるのが都合が悪い。そういうことですわね」

 

「そういうことだ。君は最初から神殿側が用意した俺を抑えるための人員だったと、そういう話になるだろう。栄誉を讃える式典だとか称号を用意して外堀から埋める気だ」

 

「そんなの無視すればいいじゃろ。この島において神の暴走を抑えた者以上に強い存在が居るはずもないじゃろうて」

 

「島を出入りする船は神殿の管理下にある。もちろん力に訴えれば可能だろうがお主にそれができるかな?自らの身を挺して神に立ち向かった高潔な者ならそういった手段は取らないと、神殿側は考えておるのだろう」

 

「ご忠告ありがとうございます。あまりこの島に長居するのは不味いようですわね…。シュシュの幻術でこっそり船に乗ることはできませんの?」

 

「無理じゃな。この際だから言ってしまうが妾の幻術の制約に姿を偽らぬこととあるのじゃ。世界を騙す術を使うには術者が世界に認識されていなければならぬ。お主たちを変装させることはできても、お主の仲間として見られている妾がおってはバレバレじゃろう」

 

 それも道理である。

 シュシュにはシュシュの旅の目的があるのだし、わたくし達を見送って島に残るという選択肢は端から選ぶつもりもない。

 しかし、この島に居続けるなんて選択肢も論外である。

 神を抑えた英雄として讃えられようと、島に幽閉されたなんてまっぴらごめんだ。旅は始まったばかりで見た物、知りたい事、まだまだたくさんある。

 

「そこで俺が来たのだ。お前たちは島を出たい。俺としては将来のある、それも半竜とは数奇な道を歩む者がこのまま島に取り残されたり島を出る過程でつまらん風評が立つのは面白くない。だから俺が島から出してやると言うのだ」

 

「神の力とやらで船に乗せてくれるのですか?」

 

「船?そんなつまらん物、神の力への冒涜ですらあるわい。俺がお主たちの旅を盛り上げてやろうぞ」

 

 


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