今回は短めです。
いえ、少々周回やらウマの育成やら仕事やらで忙しく、しかし長いこと放置も宜しくないので細かく投稿。
間も無く日が暮れる。
そんな危険な時間帯に森に入ってきた小さな人影を、式蜘蛛の目を通して観察しております。
「ンンン、このような場所に何用でしょうかな?」
式蜘蛛の視界の先、そこにいたのは年端もいかぬ子供でありました。
どうやら此方には気が付いておりませぬようで、地面に目をやりキョロキョロと。何かを探しているのでしょうかね?
見たところ装備とも呼べる装備はなく、近隣の村の者達のような布の服を身につけておりまして、手には何やら革製の袋をひとつ握り締めて。
採集にでも来たのでしょうか、こんな遅い時間に。
まだ光は差しているが、それでも森の中は目を凝らさなければ雑草か薬草かも判別出来ぬ程度には薄暗い。もうじき足下も見えぬようになるだろう。
そもそも拙僧には害にならないというだけで、この森には熊やら蛇もいる。いくら幼子とはいえ、近隣に住んでいるならば危険だということくらい知っていそうなものだが。
何かやむを得ぬ事情があるのやも知れませぬな。
「……ふむ、では行きますか」
拙僧こう見えて慎重派ゆえ、あと2、3日ほどは周辺の様子を探り、その後にどのような立ち振舞いをするか考えようと、つい先程まではそう思っておりました。
ですが、ええ、やめました。
慎重派というのは嘘では御座いませんが、それはそれ。偶然とはいえ世を知る切っ掛けが向こうからやって来たのであれば、今こそ動くべき時なのでしょう。
どうやらお困りの様子ですし、拙僧が問題解決の手助けなどすれば上手く取り入ることが出来るやも知れませぬ。
幸いにも相手は子供。しかも脅威となり得るレベルでないのであれば、万が一に敵対したとしても対処は容易。無論そのような事にならないのが理想なのですが。
「さてさて、吉と出るか凶と出るか」
ーーーーー
『神官様がまだいらっしゃらない。いつまで保つのか』
母親が近所の住人にそう言ってたのを、少女はこっそり陰で聞いていた。
きっとお婆ちゃんのことだ、と少女は思った。
少女の祖母は体調を崩してしまい、前の月までは食べれていたスープもあまり喉を通らないようだった。
母親は少女に、祖母のことは心配しなくても大丈夫だと伝えていたが、それは少女を不安にさせないための嘘だった。
この村には病を癒せる神官がいない。数年前までは常駐の神官がいたのだが、神都の方で起こった事件の影響で招集がかかって以来戻ってきていない。定期的に村に訪れる神官たちもいるがそれも月に一回程度。次にやってくるのは恐らくまだ先だろう。
勿論、少女はそのような難しいことは分かっていない。
分かっていたのは、早く何とかしなければ大好きなお婆ちゃんはずっと元気がないままだ、ということだけだった。
だから薬草を採るために、少女は森にやって来た。
以前、少女が腹を下した際に祖母が森で採ってきた薬草で治してくれたというのを覚えていて、きっと薬草があればお婆ちゃんも元気になってくれるはずだと考えたのだ。
母親には森に入らないようにきつく言われていた。
森から出てくる狼や蛇が怖いものだということは、当然少女も理解していた。
しかし祖母への想いと薬草を採って来る事への使命感で、母親の忠告は既に何処かへと吹き飛んでしまっていた。或いは、祖母にはあまり時間がないと直感的に感じ取ったからこそ、このような場所に危険を顧みずにやってきたのかもしれない。
だが、どんな立派な想いを胸に秘めていたとしても、ここにいるのは齢五つになったばかりの子供。
戦う術も持たなければ生き延びる方法さえ知らない、人外の領域に無邪気に踏み込んできた憐れな弱者でしかなかった。
「―――あっ」
のそり、と少女の行く手を遮るものがあった。
暗闇に呑まれつつあった森林の中でも、その姿は少女の目にはっきりと映っていた。
大きな熊だった。
といってもモンスターというわけではない。どこの森にもいるだろう、この世界の成人男性なら数人がかりでギリギリ追っ払える程度の、森の中では弱者に位置付けられるただの熊だ。
しかしながら、少女にとって脅威である事実に変わりはない。
そして間の悪いことに、熊は腹が減っていた。
餌を求めて彷徨っていたところに、いかにも無抵抗で狩りやすそうな少女がやってきてしまった。
木の実よりは腹が膨れるし、兎よりも狩りやすい。なるほど、今の熊にとっては絶好の獲物である。この時点で運命は決まったようなものだった。
「ひ…」
ここで改めて母親からの忠告が少女の頭に反響するが、もう出来ることなど何もない。
たとえ泣き叫ぼうが逃げ出そうが少女はここで無慈悲にも食い殺され、明日にでも行方を探しに来る村の大人たちが残骸の一部を発見する。そんなありきたりな運命が待っていることだろう。
無論それは、この男の介入がなければの話だが。
「おやおや、これまた妙なところに
まるで初めからそこにいたかのように、その男は立っていた。珍妙で悪目立ちしそうな格好の癖に、すっかり日の落ちた森の闇に溶け込むように。
「ンンン、なんと言いますか、こう、ピンチに駆け付けなくては介入出来ない決まりでもあるのですかな?異世界転生とは」
他人が聞けば間違いなく首を傾げるだろう変な事を呟きつつも、ヌルリと少女と熊の間に立ち塞がる。
力関係が一方に傾いたことなど理解できない熊は、腹から響く空腹感に堪えられないとばかりに、より手頃な場所にやってきた大きな獲物に向かって雄叫びを上げながら突進していく。
「おや、逃げないので?では仕方ありませんねェ」
少女は恐怖で固まっているが、男の方は呑気なものだ。何処からともなく取り出したのだろう、1枚の文字が書かれた紙を熊に突き付け一言。
「〈絶命符〉」
紙が奇妙な黒い炎で燃えはじめた、その瞬間。
突撃してきた熊が、勢い良くスッ転んで木に激突。
腹を見せたままピクリとも動かなくなってしまった。恐らくもう2度と起き上がることはないだろう。
「ふゥむ、1番位階の低い即死魔法でもレジストされず。いやまァ、分かりきっていた事とはいえ、命の終わりというものはなんとも、儚いものですな」
ここで珍妙な男は、今まで置いてけぼりだった少女に真っ正面から向かい合った。
びくりと少女は肩を震わせ、男の顔を恐る恐る見上げた。周囲の闇よりいっそう深い黒と目が合った。
「ああいえ、怖がることはありませんぞ。
拙僧は法師にして陰陽師。名をリンボと申す者。
遥か彼方よりの旅路の途中、この森に立ち寄った次第にて。お怪我が無いようで何よりですな」
恐らく誰の目から見ても奇妙な男が、胡散臭い笑顔を浮かべていた。
〈DoMANのヒミツ〉
カルマ値 中立~善
なお何を以て善とするかは不明。