汚い手段を使って最高裁判所長官に上り詰めた私ガレリアンは裁判の傍らで収入の大部分を使って大罪の器の捜査を行っていた。
一ヶ月に百万近くを使っておきながらも成果は無し。そんな生活を何年も続ける中で他の権力者との交流も増えていった。
しかしその交流の場で私は偶然大罪の器の足取りを掴めた。まさか此処まで到達するのにこれ程の時間が必要であったとは予想外であったが。
──オルコット家。其処に「強欲」の器は存在する。
■
「オルコット夫人、貴女に一つ取引を持ち掛けたい。」
オルコット家の貴賓室。身嗜みを整えたガレリアンが紅茶を飲み干した後に切り出した言葉である。
人妻と若い男。それだけならばゴシップの種になりそうなシチュエーションだが現場を見ればとてもそうは言えない。
狂気を孕んだ瞳を爛々と輝かせるガレリアン、それに負けず劣らずの迫力を紅茶を飲みながら醸し出すオルコット夫人。
その場にいるだけでも押し潰されそうな空気だ。互いの気迫がぶつかり合って火花を幻視させる。
「天下の最高裁判所長官が、一体何の取引で?お仕事はよろしいのでしょうか?」
オルコット夫人が口を開く。最高裁判所長官の仕事をしていないという弱みを握っているのだぞと匂わせる言葉。
そして下らない取引であれば容赦なくその弱みを拡散するという牽制の意を籠めた言葉でもある。
「有給だ。そしてお互いにwin-winの取引を持ち掛けに来ただけだ。」
即座にガレリアンが言葉を返す。此方は仕事を中断して取引に来ているのではない。合法的な手段で得た自由時間で取引を持ち掛けに来たのだと伝える。
同時に双方が得をする保証を持って取引に来たのだと喋る事である程度の準備をしているのだと仄めかす。
「……先ずは詳しく聞こうかしら。」
折れる、否。その表現は適切ではないだろう。あくまでもオルコット夫人は交渉の場に着く事を認めただけだ。
実際にオルコット夫人の圧力は更に上がっている。
「感謝しよう。単刀直刀に言うと貴女が所有しているあるスプーンが欲しい。」
「それの何処がwin-winなのでしょうか?厚顔無恥にも程があるのでは?」
「私の年収一年分は出す。」
「……理解しかねますね。何の為にそのスプーンを欲するのですか?」
「私の願いを叶える為に。」
(巨額の金を積んで欲しがるのがスプーン一つ。裏がある所か表がない有様ね。)
彼女が思い浮かべるのはまだ幼い娘の事。急に出てきて最高裁判所長官になった怪しい男なんぞに娘との思い出の品を渡す方がおかしいのだ。
オルコット夫人は目を閉じ、紅茶を口を着けて一口飲み。そして強い意志を籠めた眼差しで口を開いた。
「お断り致します。」
「そうか。なら交渉は決裂だな。」
「理由はお聞きにならないので?」
「無意味だ。これでダメならどうしようもない。」
ガレリアンが席から立ち上がり帰り支度をする。と言っても少しばかり皺が寄った服を整えるだけだ。
そして取引が成功していればスプーンと引き換えにオルコット夫人に渡されたであろうアタッシュケースを持って部屋の扉から廊下に出て、去り際に一言言い残した。
「さらばだ。二度と会う事はないだろう。」
廊下に出たガレリアンが歩きながらマーロン・スプーンを手に入れる手段について考える。尤も結末は既に決めていて、後は過程を詰めるだけであるが。
(オルコット夫妻には消えて貰おう)
オルコット夫妻が列車事故によって亡くなる二週間前の出来事であった。
■
初めて会った時、その人は怒ったような怖い顔をしていました。
お父様とお母様の葬式に現れたその人は財産について言い争う親戚を前にして静かに、けれども確かな迫力で言い放ちました。
「私がこの子の後見人となる。」
そして文句を言おうとする親戚に対して誓約書を見せ、強引に黙らせた上で黙祷を捧げました。
・セシリア・オルコットが成人するまでの間ガレリアン・マーロンがその生活費の全てを負担する
・オルコット家の財産についてはガレリアン・マーロンが厳重に保管し、セシリア・オルコットが成人した際に全額を譲り渡す
この誓約に違反した場合においては違約金100万£を支払った上でオルコット家に与えた損害を直ちに補填する
そして親戚が全員帰った後、あの男は私に一つの取引を持ち掛けて来ました。ええ、取引です。借りなんかではありません。
「そのスプーンが欲しい。」
最初は私にこれは取引だと思わせようとしているのかと思いました。スプーン一つと引き換えに後見人として私の援助をする、という名目なのかと思っていました。
私の自尊心を傷付けないように、私を憐れんでいると気付かせないように。そんな傲慢な考えからの言葉だと思ったのです。
心の底から怒りが湧き上がりました。そのスプーンは私がお母様と一緒に貰ったモノで、お母様の形見とも言えるモノでした。
それを寄越せと言われて黙ってはいられません。最悪後見人をやめると言われても拒否するつもりでした。
ですが途中で気付きました。この人は真剣にスプーンを欲しがっていると。正真正銘、このスプーンを手に入れる為だけに後見人になったのだと。
だからこう言いました。
「スプーンはあげるわ。これで貸し借り無しよ。」
あの男が驚く顔を見たのはそれが最初で最後でした。目を見開いて口をポカンと開けた顔で、思わず笑ってしまいました。
だからこそ、あの男がこの学園に来るという事は何かしらの目的があるという事。
事前にアポイトメントを取ってIS学園に来るなんて嫌な予感しかしないのです。一夏さんにも警戒するように伝えましたが、果たしてどれ程の効果がある事やら。
■
四月中旬、私は一人IS学園に来ていた。目的は「憤怒」の器を持つ世界で唯一の男性IS操縦者である織斑一夏との接触だ。
本来ならば早く接触したかったが仕事の都合上そうもいかない。何しろ男性のIS操縦者が現れたせいで仕事が増えていたのだ。
迅速且つ丁寧に裁判を終わらせて、IS学園にアポを取った上で客として訪れる。これだけすれば接触自体は出来るだろう。
オルコット家から入手したマーロン・スプーンの中にアダムはいなかったが、代わりに器の能力を使えた。
所有者に金運を与える力。それは器探しの大きな助けとなった。無尽蔵に湧き上がる金を使って監視システムを構築、管理。
コンタクトを取って来た亡国機業を名乗る集団と資金提供と引き換えに戦力の派遣を行う契約を締結。
最初にミッシェルに似た人形の形の器を入手。元の所有者である少女には代わりのぬいぐるみを十数個を渡した。所有者も人形をミッシェルを思い出させるような姿で思わず泣きそうになった。
ルシフェニアの四枚鏡は所有者が受け渡しを拒否した為に亡国機業の戦力を派遣して貰って所有者を殺害して入手した。初めてISの力を見たが満足出来る戦闘能力であった。
グラス・オブ・コンチータはスラム街の飲食店で使われていたのを購入。途中で襲い掛かって来た人間を実験台に大罪の器の力を試してみたが、すぐに死んでしまい余り参考にはならなかった。
レヴィアンタの双剣は教会に保存されていたのを交渉で入手した。神父の人柄もよく、孤児達と遊んでやったら喜んでくれて頻りに感謝してくれたのが印象的であった。
ヴェノム・ソードはISの開発者である篠ノ之束の実家が保管していると聞いて警戒したが、土下座して誠意を見せただけで快く渡してくれたので安堵した事を覚えている。
しかし最後の器である「憤怒」の器が見つからず、何年も探し続けていたがまさか織斑一夏が持っているとは思わなかった。
丁度満月の日を選んで下準備も重ねて来た。強硬策でも、平和的交渉でもどちらにしろ問題ない。
最後の器さえ手に入るならば良いのだ。
「ようこそIS学園へ、ガレリアン長官殿」
「無駄話は良い。速やかに織斑一夏に会わせてくれブリュンヒルデ。」
ブリュンヒルデの顔が歪む。概ね篠ノ之束によってリークされた亡国機業との繋がりから疑われているのだろう。
天災の眼から逃れられるとも思っていないし逃れようとも思っていない。亡国機業との繋がりも「憤怒」の器を手に入れられれば不要なのだから既に絶っている。
「
「……躊躇なく自白するか。」
「勿論だ。既に繋がりは絶っている。」
「その根拠は何だ?」
「此処に私が奴らから奪い取ったISコアがある。」
世界最強が息を呑む。ガレリアンはその手に持つISコアこそが亡国機業を裏切った証拠だと言った。普通ならば只人でありながらISを撃破する等不可能。ISを出動させたとしても何の報告も届いていないのはおかしい。
「勘違いするな。此れは私が自力で奪取した物だ。」
「それを信じろと?」
苦虫を噛み潰したような顔をして織斑千冬が疑問の言葉を投げ掛ける。この世界においてISコアを貸し与えるなど正気の沙汰ではない。だというのにガレリアンの手の中にISコアがあるならば、それは間違いなく自力で入手したという事だ。
その事実が示すガレリアンの脅威は計り知れない。何かの新兵器を用いたと仮定してもIS三機を沈めたというだけで危険度は跳ね上がる。
そんな危険人物を弟に会わせなければならないという事実に気が滅入りそうになるが、織斑千冬はグッと抑えて案内する事にした。勿論、警戒を怠らないようにしながらではあるが。
「まあ、良いだろう。案内してやる。」
「信じてくれて感謝するよ、世界最強。」
暫くの間無人の廊下を突き進む。綺麗に清掃されており、目立った汚れは一切見当たらない。
ガレリアンへの配慮なのだろう。有給を取った上でのプライベートな来訪だがこれでもガレリアンはイギリスの司法の頂点に君臨する存在。
下手な事をすれば外交問題にもなりかねない。尤も、本人はそんな事には一切頓着していないのだが。
「で、この扉の先に織斑一夏がいると?」
そう問い掛けるガレリアンに千冬は黙って頷き肯定の意を伝える。そうするとガレリアンは身嗜みを整えて一つ深呼吸をして、そして扉を開けた。
「初めまして織斑一夏君!突然だが君に取引を持ち掛けたい!」
部屋の中で待機していたら突然大声で取引を持ち掛けられた一夏がびくっと跳ね上がる。
「えっ、あ。はい!?」
「落ち着いて下さいまし一夏さん。この程度で動揺していては持ちませんわ。」
「一夏、コイツやっぱりとんでもない奴なんじゃ…?」
一緒に待機していた篠ノ之箒とセシリア・オルコットが呼び掛ける。セシリアは後見人である男の異常性を知るが故に警告し、箒は父親から聞いた土下座してまで妖刀を欲しがった男の正気を疑っていた。
妖刀の恐ろしさは身を持って体験した箒自身が知っている。にも関わらず土下座をしてまでその妖刀を欲しがった人間など碌な物ではないだろうと思っていた。
「酷い言い草だなセシリア。まあそんな事は良い。」
「良いんですか…」
思わず一夏が困惑してしまう。酷い言い草と言いながらもセシリアの事を眼中にも入れないその在り方に少しばかりの恐怖を抱きながら。
事実ガレリアンにとってセシリアは眼中にない。セシリアの両親を殺しておきながら、目的であった「強欲」の器を手に入れた時点でセシリアに価値を見出さなくなっている。
そうでありながら後見人としての仕事を万全にしているいるのが恐ろしい所でもあるが。あくまでセシリアとの取引の結果として後見人をしているのであった個人への興味はないのだ。
そもそも所有者の恋愛感情を肥大化させるヴェノム・ソードを所有しながら何の支障もない朽ち木のような男だ。
一つの目的に邁進し続ける人間の精神から半ば逸脱した怪物。
「単刀直入に言おう。黄金の鍵を渡せ。」
「……アンタは何を集めてる?何がしたい?」
「フラグメントだよ。私の願いを叶える為のね。」
「何が願いなんだ?」
「娘と再び話す事だ。」
「有り得ないッ!」
セシリアが絶叫する。静謐な、荘厳さすらも伴った問答には似つかわしくない声だ。だが無理はあるまい、この中で一番ガレリアンを知っているのは彼女なのだから。
「お前に娘はいない筈だが?」
同じ様に困惑した千冬がガレリアンへと問い掛ける。だがそれはどちらかと言うと誤魔化しを許さない詰問であった。
それをガレリアンが否定する。その様は狂気に満ちており、存在しない筈の娘への深すぎる愛情が籠っていた。
「いるさ。いるんだよ。今も、生きて!」
「貴方に娘は存在しない。イギリスに残されている貴方の記録には娘も妻も存在しない。」
「そこまで調べたのなら解るだろう、セシリア。」
「……貴方の存在が初めてイギリスで記録された頃には貴方は既に成人を迎えていた。それ以前の記録は何処にも残されていない。」
「そうだ。私がイギリスで発見されるより前に出来た子供だ。その娘に逢う為に私は少しばかり汚い手段を使った。」
「女性権利団体の裁判か。」
此処で初めて織斑千冬が会話に参加する。世間一般で知られるガレリアンが行った最も有名な裁判。ガレリアンが告発した裁判官を殺害した女性達を纏めて終身刑とし、ガレリアンの社会的地位を盤石なモノとしたキッカケだ。
「話はこれで終いだ。さあ、織斑一夏。その鍵を私に……」
「ダメだ。」
「そうか…そうか……」
目に見えてガレリアンが落ち込む。余りの落ち込みように拒絶した一夏自身も思わず慰めたくなる。
しかし鍵を渡す訳にはいかない。ガレリアンがどれだけその鍵を欲したとしても、頑固として渡せない訳が存在する。
簡単に言えばガレリアンの前科が重いのだ。
「あー、金なら幾らでも出すぞ。」
「アンタはセシリアの両親を列車事故に見せ掛けて殺しただろ。アンタに鍵を渡したら、アンタに殺された人の思いはどうなる。」
器を揃える為に多くの犠牲を出したガレリアンに鍵を渡せばその過程で貶められ殺された人々の死が無意味になる。
理屈というよりも感情だ。悪人の願いを叶えたくはない、人を踏み躙った者が笑うのが許せない。
無関係の殺人者に優しく接して願いを叶えようとするのは聖人ではなく狂人だ。法を犯した者には鉄槌が下されるべきだ。親しい者を殺されたならば憤怒が湧き上がるモノだ。
娘を失った痛みを知っているからこそガレリアンは反論をしない。だがそれで止まる事はない。
「……それを知ってよく冷静で居られるな。決裂した時の挑発にでも使おうと思ってたんだがね。因果応報、悪い事はするもんじゃないな。」
「貴方が時折手段を選ばないのは知っていますわ。可能性としては常に頭の片隅にありましたので。そして、貴方は此処でお仕舞いですわ。」
「では死ね」
一瞬でガレリアンの姿がブレて、瞬時にISを展開した織斑一夏を吹き飛ばす。
その姿は悪魔と形容するのが正しいだろう。六枚の翼を持つ異形の存在。「傲慢」の器と契約を交わした者が得られる力。
ガレリアン自身は「傲慢」の器と契約を交わしてなどいないが、「怠惰」の器の力によってその能力を扱う事が出来た。
「今日は満月なればッ!IS何するモノぞ!」
満月に近づくに連れて魔術はその効果を増す。それは大罪の器も例外ではなく、寧ろ魔術と比べても強化比が桁違いである。
振るわれる爪は悉くが致命の一撃。人間相手ならば容易く肉塊へと変じさせる膂力。
そしてガレリアンの攻撃と同時に箒、セシリア、千冬がISを展開して襲い掛かろうとして、ガレリアンの目が赤く輝く。
「篠ノ之箒よ、織斑一夏に攻撃しろ」
ヴェノム・ソードの能力を発揮して箒を一夏の方へと向かわせ、そしてISコアを三つ取り出した上でグラス・オブ・コンチータの能力で屍兵として亡国機業の実働部隊を出現させる。
事前にバエムを振る舞っておく事でグーラ病で死亡した彼女らを使役できるようにしておき、敵味方の区別なく襲い掛かる屍兵を学園に放つ。
「教師だろう?防がなければ生徒が死ぬぞ」
そのまま織斑千冬やセシリアを襲われても倒されるだけ。故にガレリアンは学園の生徒を襲わせる事で彼女らのリソースを削ろうとした。
命令は至って単純。弱い奴を襲って強い奴から逃げろである。学園の戦力を攻撃ではなく防衛に集中させる。
「わざわざ戦わせる必要はねえよなあ!」
「外道がッ!」
「恥というモノはありませんの!?」
猛スピードで学園の中に突き進むを屍兵を千冬が追跡する。
「セシリア!後は任せたぞ!」
「お任せ下さいまし!」
「やめ、一夏助け…」
徹底的に篠ノ之箒を盾にしながらガレリアンが一夏に迫る。こんな事をすれば天災に殺されるかもしれないが、今此処で志半ばで挫折するよりは百万倍良いと構わずに盾にし続ける。
「そんなに他人を傷付けてまで娘に会いたいのかッ!娘さんも悲しむ筈だ!」
「黙るが良い。お前に私の苦しみが理解できるものか」
只管に攻撃を耐える白式。それに対して苛烈な攻撃を加え続けるガレリアン。ガレリアンが持つ人質というアドバンテージによってジリ貧に追い込まれる一夏。
「ぐっ、このォ!」
「今すぐ鍵を渡せば戦いを終えてやる!早く鍵を寄越せ!」
「断る!お前に渡す物は……ないッ!!」
「ならば死ねッ!!!」
差し込まれる閃光。スターライトmklllから放たれるレーザーが的確にガレリアンの掌を撃ち抜く。
そして武器を構えながらセシリアが駆るブルー・ティアーズがガレリアンを強襲する。
「お母様とお父様の仇は此処で取らせて貰いますわ!」
「なんの!」
急接近してきたブルー・ティアーズをガレリアンが異形と化したその腕で殴り飛ばす。
だがそれも当たり前の話であろう。頭に血が上った状態で簡単に倒せる程、今のガレリアンは弱くない。
一夏が何とか対応出来ていたのは武術を欠片も知らないガレリアンに立ち回りで優位に立っているからに過ぎない。
「念入りに壊しておくか」
「やめ、やめて……隙ありッ!インターセプター!!」
「は!?」
「私の勝ちですわ!大人しく逝きなさい!!」
異形の姿のガレリアンが暴走するかの如く、ブルー・ティーアズを解体して破壊しようとする。
が、その最中に近接武器であるインターセプターに貫かれ、動きを止められる。
その隙に一夏は箒が攻撃し続けてくるのを全力で耐えながら剣を構えて、ガレリアンに突撃する。
「これで、終わりだ!」
「貴様ァァァ!!!!」
ガレリアンの心臓が大剣に貫かれ、膨大な量の血飛沫を上げる。同時に箒に掛けられた「色欲」の器の能力も解け、自由を取り戻す。
「えっ、一夏!ありがとう!」
「いいって事よ。」
「それにしてもずっと血飛沫上げてるの気味が悪いですわね。」
「今それを言うか?まあ超能力を使ってきていたからな。これくらいはあり得るだろう。」
「これ身体の中の血の何%だ?」
戦闘が終わった事に安堵してボロボロのまま織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコットが合流する。
しかしその瞬間、一夏の身体が蒼色の火焔に包まれてしまう。「強欲」の器であるマーロン・スプーンの能力であり、見定めた相手のみを燃やす悪魔の炎。
そもそも大罪の器と契約した者は大罪の器でしか殺害される事はない。表面上は致命傷を負っていたとしてもその命には届かないのだ。
「さあ、これで鍵は私の物だ。待っていてくれミッシェル!パパがお前を蘇らせてやるからな!」
「なッ、しぶとすぎますわよ!プラナリアみたいな再生能力ですわ!」
「そもそも何で死んでないんだ!普通は心臓を貫かれたら死ぬだろう!」
「教える訳ないだろう!」
態々大罪の器による延命まで計算に入れての奇襲。相手の無知につけ込む初見殺し。
或る意味評価しているからこその念を入れた攻撃。傲慢の器をフル活用しても仕留め切れない可能性があると判断した上で、強欲の器の能力を隠し続けてきたのだ。
そのまま強化された脚力でセシリアや箒の妨害を欠片も許さぬスピードで蒼色の火焔に突撃する。
──そして突き出された金色の剣に首を貫かれた。
「憤怒」の器。温度の変化によって様々な姿へと変わるが、大罪の器の中でも最強と称される器である。
ガレリアンの念の入りようが裏目に出たと言ってもいいだろう。織斑一夏を燃やさなければ憤怒の器は鍵のままであったのだから。
「私が…死ぬ?巫山戯るな!」
意識が薄れる。大罪の器によって致命傷を負った事でその命が急速に失われてゆく。
「まだ、まだ、まだ!何も果たせて…」
「アンタはやり過ぎたんだ。願いを叶えようとするのは悪い事じゃない。でも、多くの人を犠牲にするのは間違っていたんだよ。」
薄れゆく意識の中、ガレリアンは想う。叶う筈がない妄執だったと、実現する筈がない空想だったと。
そも、人形を手に入れた時点で解っていただろう。スプーンを持ちながらも娘の声は聞こえない。ましてや此処は異世界だ。元の世界の法則が通じる確証なんて何処にもなかった。
神から与えられたやり直すチャンスだったのかもしれない。次こそは良い人生を送るようにという試練だったかもしれない。
それを自ら捨てたの自分自身だ。過去に固執して現在も未来を切り捨てた。それを愚かな行為だと罵る人間もいるかもしれない。
だが後悔はない。ガレリアンは己が心の底から望むように生き、そして果てる。
恨めしい気持ちはあるが、自分を殺した男の気持ちも解る。ならば余計な恨み言を発するべきではないだろう。
「さらばだ。二度と会う事はないだろう。」
ガレリアン・マーロン。死亡
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