プロナラ伯爵令嬢のリアーナ・アズベルは、未覚醒聖女として虐げられていた。
ある日、獣人が住まう隣国、ファナス公爵領から注文書が届く。
内容は「人間の聖女を一人ください」。

自分の身内を獣の嫁として出すことを嫌がった国王は、報酬を餌に身代わりの聖女を探す。
リアーナの父は、餌につられてリアーナが聖女ではないにも関わらず縁談を了承したのだった。

言われるがままに隣国へ嫁いだリアーナは、ファナス公爵領当主ステラ・バミアールと出会う。
黒狼族である彼は、余命一年を宣告された病人だった。
聞けば、従者が「人間の聖女は命を救う力がある」と勘違いして、勝手に縁談を申し込んだとのこと。
真摯に謝る彼の優しさと愛情に心打たれたリアーナは、彼を救おうと模索する。

ステラから与えられる愛情が、ついにリアーナがいつまで経っても聖女として覚醒できない理由を解き明かす……。


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獣人への供物にされた出来損ない聖女。溺愛されて花開く

「リアーナ。お前には隣国へ嫁に行ってもらう」

 

 父からのお達しに、私は間の抜けた顔をして口をぽかんと開けてしまいました。

 私はプロナラ伯爵令嬢のリアーナ・アズベルと申します。と言いましても、第二夫人の連れ子です。

 父は母にだけ愛情を注ぎ、私には一切興味がありません。母も私に興味がありません。

 なぜなら、私は──未覚醒聖女なんです。

 

 地位を持つ家柄の女子は、聖女でなければならない。魔物の多いこの世界では、聖職者であることが何よりのステータスなんですわ。

 母系から聖女の血筋を引き継いだにも関わらず、年頃を超えても未だに聖女として覚醒できない私は、言うまでもなく人間以下の価値の存在。

 

 なので、こうして父が縁談を持ってきたことにとても驚きます。私はずっとこの家で、死ぬまでいないものとして扱われるのだと思っていましたから。

 

「その……お父様。よろしければ、経緯をお聞きしても?」

「先日、国王陛下のもとに手紙が届いた。隣国のとある公爵家に、人間の聖女が欲しいと」

 

 人間の聖女。

 父はやけにその一言を強調したように思います。

 

「なぜか商人が使うような注文書に書かれていたらしい。これに国王陛下はご立腹だ。決して自分の身内からは嫁を出さんと。

 だがそれだけで国同士の関係が拗れるわけにもいかない。

 そういうわけで、身代わりとして受け渡してもいい、それなりの爵位で適当な女子をお探しとのことだ」

 

 そこまで聞いて思い出しましたわ。

 確か隣国は、国民の八割を獣人が占める……まさしく、ケモケモの国でした。

 王様がお怒りになるのも分かります。まるで人間をモノのように注文するのですから、身内を渡せば我国が舐められかねません。

 

「国王陛下は伯爵位のみに限定して探されている。役立った家は、未来永劫、地位の安寧を確約すると。アズベル家にはちょうど、お前という年頃のクソほどどうでもいい女がいる。こんなに美味い話はない」

「お待ちください! 私は聖女の血を引いておりますが、聖女ではございませんわ!」

「未覚醒でも聖女の端くれであることに嘘は無い。適当に聖女っぽい振る舞いで過ごせ。どうせ相手は、馬鹿な獣人だ。

 それに、国王にはもうお前を嫁に出すと伝えてある」

 

 父にこれ以上何を言っても無駄なのだと、私は早々に諦めました。

 聖女かどうかなんて、どうせすぐにバレてしまうのに。

 ああ、きっと私は隣国の公爵様を欺いた罪で処刑されるのでしょう。

 

 零れそうになった涙を堪え、私は隣国に向かうことにしました。

 

 ◆

 

 案の定、父は嫁入り道具も従者も付けてくれませんでした。

 相手に対する礼儀より、目の前の利益しか見えていないのでしょう。

 

 ウエディングドレス姿で馬車に揺られ、国境を超えたらすぐに公爵領ですわ。

 私が持ってきたのは、ほんの少しの化粧道具と左手の小指に付いた指輪だけ。

 

 この指輪、母が第二夫人として迎えられた時、第一夫人の娘様方……つまり、義理のお姉様方からもらったプレゼントなんです。

 これから家族になる証だと。

 私、嬉しかったんですの。ずっといなかったお父様が出来て、お姉様まで出来て。幸せに暮らせるんだと思っていましたわ。

 

 けれど、結局お姉様方と仲良くなることは叶いませんでした。すぐに私は虐げられ、ことあるごとに難癖を付けられました。

 

「それでもこの指輪が捨てられないのは……叶わなかった夢に今でも夢を見ているからなんですわ。なんて私は女々しいのでしょう」

 

 悲しい顔のまま公爵様の前に行くわけにはいきません。

 馬車が到着すると同時に、私は両頬を軽く叩いて気合を入れて門の前に立ちます。

 

 御屋敷は立派でしたわ。構造を覚えるのにきっと、何ヶ月もかかってしまいそう。

 ですが、誰一人出迎えがいませんの。

 

 仮にも公爵家。護衛すら門前にいないのは、なぜなのでしょう? 

 

 なんと名乗れば出てきてもらえますでしょうか。

 確か、国王陛下のもとには注文書が届いたとありましたわね……。

 ええい、ままよ。

 

「ごめんください! ご注文いただいた聖女(仮)ですわ!」

 

 私の声が響き渡ります。

 しばらくして、慌ただしい足音と共に大きな玄関が開きました。

 出てきたのは、何人もの従者たち。

 あらまあ、みなさんうさ耳ですわ。さきほどまでの悲しい気持ちが吹き飛ぶほど、可愛らしいお姿です。

 

 私を一目見たうさ耳の方々は、何度も瞬きしたあと、悲鳴のような声を上げました。

 

「だ、だ、旦那様!! 来ました!! 本当に人間の女性が来られました!!」

「ど、どうしましょう! 我々は人間とお話したことなんてありません!」

「あ、慌てるな! みっともない! えっと、まずは、まずは……お辞儀だ!!」

 

 老執事と見られる男性の一声で、従者たちが一斉に私に向かってお辞儀をしました。

 みんなどんな角度で、どれくらいの時間やればいいのかわかっていないのか、こっそり隣を確認しながら戸惑っているのが分かります。

 

 きっとこの国では、お辞儀で挨拶をする文化がないのね。

 

 私は慌ててお辞儀を返しました。

 

「ご丁寧にありがとうございます! リアーナ・アズベルと申します! 不束者ですが、何卒よろしくお願いします!」

 

 私が顔を上げると、従者たちは感極まった表情でお互いに抱き合っていました。

 

「なんて可愛らしいお嬢様……!」

「鈴のような声なのに、とても芯がある」

「ようこそ、ファナス公爵家へ! 心よりお待ちしておりました!」

 

 なんだか、とっても暖かい気持ちに包まれました。ずっと辛い環境にいたせいでしょうか。

 こんなにも笑顔で優しく迎えられるのが、嬉しくてたまりません。

 

 それと同時に、私はこの方々を騙しているのだと……心がズキっと痛みました。

 

 さあさあ、中へどうぞ。と案内されるままに屋敷の中に入ります。

 

 今日は感情が忙しい日です。

 一歩入った途端、私は唖然としてしまいました。

 

「こ、これは……」

「何か変ですか?」

 

 広い大広間、高い天井、吊り下げられてるシャンデリア。いくつも飾られた絵画に、高級そうな真っ赤な絨毯。

 

 ええ、とっても立派な御屋敷ですわ……。

 ──ゴミと埃だらけでなければ。

 

 従者たちの表情を見る限り、これが普通なのでしょう。獣人の方々は、お掃除という概念をもたれていらっしゃらない? 

 私は喉から出そうになった言葉を必死にこらえ、笑顔を返します。

 

「いいえ、なにも。それで、公爵様はどちらに?」

「そ、それが……まだ自室で寝ておられるとおまいます」

 

 お昼なのに? 

 ですが、私の疑問はすぐに解決されました。

 

「旦那様はとっても病弱で、お医者様からももう余命一年と言われているのです」

「それで、我々はどうしても旦那様に長生きして欲しくて……。人間の国には、身も心も清める聖女様がいらっしゃるとお聞きしました。

 藁にもすがる思いでお手紙を出したのです」

 

 合点がいきましたわ。

 彼らが試行錯誤して国王陛下へ手紙を送ろうとした結果、注文書になったわけですね。

 彼らなりの精一杯の行動が、とても愛おしく思えました。

 

 こんなにも必死な彼らに、聖女には人の命を延命する力なんてないと……とてもじゃないですが、伝えられません。

 

 伝えられない秘密が増えれば増えるほど、心の痛みは強くなり続けます。

 

 案内は続き、ついに公爵様がいらっしゃる自室の前まで来ました。

 

 老執事のうさぎさんがドアをノックします。

 

「旦那様。人間の国から姫君がいらっしゃいました。入りますよ」

 

 姫君だなんて、そんな大層な者ではないのですけれど……。

 返事はありませんでしたが、老執事はそのままドアを開けます。

 隙間が空いた瞬間から、埃とカビの匂いが鼻をつきました。

 

 広く、薄暗いお部屋の中心、これまた大きなベッドの上に、一人の男性が座っています。

 歳は、20代半ばでしょうか。頬は痩け、顔は真っ青。骨と皮だけのような男性が、疲れた顔をしてこちらをみていました。

 

 一目見て、病人だと分かります。

 頭に二つある大きな三角耳も、ペタリと寝てしまっていました。

 

「ああ……君が……」

「お初にお目にかかります。プロナラ伯爵令嬢リアーナ・アズベルと申します」

 

 男性は何度か咳をしたあと、私に向かって軽く頭を下げました。

 公爵様が人に頭を下げるなんて……それだけで、この人のお人柄が分かります。

 

「ファナス公爵領当主ステラ・バミアールだ。

 獣人を見るのは初めてだろう? 僕は、黒狼族だよ」

 

 耳障りのいい、とても柔らかい声の方でした。

 ステラ様は力なく微笑むと、眉尻を下げます。

 

「僕の従者たちが身勝手な真似をしてすまなかった。すでに送られてしまった文書を取り消すと国際問題になりかねなくて、どうしても取り消すことが出来なかったんだ。

 君には本当に悪いことをしてしまった」

「いえ。私はとっても良い方と巡り会えたと、心から思っておりますわ」

「僕はどうせあと一年で死ぬ。君の今後の人生を想い、全てに配慮するよ。決して傷物にはしないと誓おう。この家では、どうか自由気ままに暮らしてくれ。

 お金も好きに使ってもらって構わない。

 もし僕と結婚するつもりだったのなら、式や挨拶回りができないことを心から謝りたい」

 

 なんと優しい方なのでしょう。

 私は少し顔を俯け、我慢できなくなった涙を隠しました。

 ステラ様の一声一声からは、優しさの裏に隠れた絶望が伝わってきました。

 病気と戦い、公爵としての仕事もままならず、死を待つばかりの毎日。

 

 会ったばかりなんて、関係の無いことです。

 どうか、この人の心を安らげたいと思いました。

 私に対して、こんなにも配慮しようとしてくれた人なんて今までいませんでした。

 

 従者の方も、ステラ様も、私を……家族として迎えようとしてくれています。

 

 あと一年。

 あと一年を、どうしたらこのお方の為に費やすことが出来るでしょうか。

 

 私は涙を手の甲で拭い、顔を上げ、ウエディングドレスの裾を掴みました。

 

「自由に過ごしていいんですか?」

「ああ。君のすること成すことに怒ることは決してない。こんな望まない家に連れてこられた君への、僕からの贖罪としよう」

「では……私、まずはこのウエディングドレスを脱ぎ捨て、作業着が欲しいですわ!」

 

 大きな声で伝えると、ステラ様はぱちくりと瞬きをしました。

 

「そ、その……人間の国では作業着が普段着なのかい? 君にはいくつものドレスを仕立てようとおもっていたのだが……」

「いいえ! 私は、ステラ様に心地よくこのお屋敷に住んでもらいたいんです。ですから、私……今日から掃除を始めます!」

 

 こんな埃だらけで、こんなかび臭い屋敷の中に閉じこもっていては、体より先に心が殺されてしまいます。

 暗い部屋の中で、死についてばかり考える……そんな悲しいこと、あってはなりません。

 

 私は聖女ではありませんが、衛生学は基礎教養として知っておりますし。

 それに、家ではいつも掃除洗濯庭の手入れをやっていました。

 虐げられてやらされていたと思っていたことが、このお方の為になるならばなんの苦でもありません! 

 

「掃除……? それは、なんだい?」

「そうですね……」

 

 私はスタスタと部屋を歩き、窓際に寄ります。

 そして、カーテンを手にかけました。

 

 

「まずは、お日様の光を沢山お家にいれましょう!」

 

 ぱっと、カーテンがあき、眩い太陽の光が部屋に差し込みました。

 ステラ様はすこし眩しそうに目を薄めましたが、私がさらに窓を開けたことで少しだけ深く息を吸い込まれました。

 

「お部屋にはまずは新鮮な空気を。太陽の光は、元気の源ですわ」

 

 どうかしら? と首を傾げれば、ステラ様は信じられないといったような表情をされました。

 

「なんということだ……。空気を吸っても、咳が出なかった!」

 

 追随して、従者の皆様も驚きの声を上げます。

 

「部屋に流れ込む空気が、凄く新鮮に感じます!」

「心なしか、呼吸がしやすくなったような……」

「リアーナ様、魔法でも使われたんですか!!」

 

 いえいえ、私はただ換気をしただけです。

 少しの変化にこんなにも喜んでくれる彼らをみて、私は自分には持てないと思っていた自信のようなものを感じました。

 

 従者たちの歓声を見守っていたステラ様は、再び私を見ます。

 

「リアーナ……君が来てくれて本当に嬉しいよ。彼らがこんなにも喜んでいるのは、久々に見たんだ」

「病は気から、ですわ。ステラ様の黒髪は、光に当たると一層美しいですわね!」

 

 にこりと微笑みます。

 ステラ様は目を大きく見開いたあと、恥ずかしそうに微笑みました。

 

「君のその金色の髪の方がよっぽど僕には美しく見えるよ。君は確かに聖女……いや、僕にとっては女神だ」

 

 ああ。私が聖女ではないことは……どうかもう暫くバレないで。

 

 

 ◆

 

 それから三ヶ月が経ちました。

 あれほど汚かった御屋敷は、見違えるような美しさに生まれ変わったのです。

 

 私の見よう見まねで、従者の方も掃除を覚えました。荒れた庭は、沢山の花が咲き誇っています。

 もう埃で咳き込むこともなければ、カビの匂いで憂鬱になることもありません。

 

 最も大きな変化は……

 

「リアーナ」

 

 庭に出ていた私は、呼ばれて振り返ります。

 東屋の奥から、ステラ様が歩いてきていました。

 

 そうです。ステラ様が歩けるまで回復したんです。

 

「ステラ様! 今日のお加減はいかがですか?」

「ああ。とっても調子がいいんだ。今日は朝ごはんも全部食べれたよ」

「良かった!」

 

 出会った当初寝ていた耳は、今では凛と立っています。

 やせ細っていたシッポも、フワフワです。先日触らせて貰った時は、思わず眠くなってしまうほどいい香りがしました。

 

 東屋の下で合流した私たちは、ベンチに座って穏やかな会話を交わします。

 

「あんなに苦しかった日々が嘘みたいだ。空気を胸いっぱいに吸い込んでも、咳が出ないんだよ」

「埃はひとつもありませんから。体力が戻れば、きっと走ることだって出来ますわ」

 

 私、この三ヶ月で分かったことがあるんです。

 お医者様によると、ステラ様の病気の最もな原因は肺の衰弱でした。

 それで食事がとれなくなり、栄養不足による衰弱を起こしていたんです。

 

 お医者様にきいたところ、この国では珍しくない病気なんですって。

 

 ぜんぶ、ぜんぶ……掃除で解決出来ることでした。

 

 衛生的な環境。規則正しい生活と食事。

 それだけで、人体は元気になるんです。人体と獣人の体の構造が似ていたようで、何よりですわ。

 

「リアーナ、知ってるかい?」

「何をですか?」

「公爵領での君の噂だよ。作業着姿の天使と呼ばれてる。君がこの屋敷でやっている掃除とやらを教えて欲しいと、民が願っているんだ」

「隠すような大層なものではありませんわ。ぜひとも、獣人の方々に掃除をお教えします!」

「僕は幸せ者だ。手配をしておこう」

「すぐにでも」

 

 ステラ様と、こうして穏やかなひと時を過ごすのが私の幸せです。

 さっそく、私は町へ講演会に出ることにしました。

 

 それはそれは、大盛況。

 掃除一つで身も心も楽になると、まるで魔法だと民は喜びました。

 

 二ヶ月もすれば町からゴミは消え、掃除用品の開発によって民の富が潤いました。

 

 ステラ様は優しい方なんです。

 すべてはステラ様と私のおかげだ。だから、公爵家への納金をあげるべきだという貴族の方々の声を断りました。

 

 民が私に感化され、自分たちの生活をよりよくしようとしているならば、それで得られた富はすべて民のために還元されるべきだとおっしゃったのです。

 

 ファナス公爵領の功績が国王陛下のお耳に届くのは、そう遠くない話でした。

 王室に呼ばれた私は、すべての経緯を話しました。

 初めは国王陛下も半信半疑でした。

 掃除とやらで、この国の最大の死因である肺炎がなおるはずがないと。

 

 私の意見の後押しをしてくれたのは、他でもないステラ様でした。

 

「叔父様。どうか、リアーナの言葉を信じて欲しいです。それで国を混乱させてしまったときは、僕がすべての責任を背負いましょう」

「お前の命を持ってして、この娘の言葉を国中に広げたいと申すのか?」

「はい。どうせ僕はあと半年の命。リアーナを信じて首を跳ねられたとしても、それは僕にとって喜びとなります」

 

 国王陛下は、ステラ様を受け入れてくださいました。

 あれほど弱々しかった自分の甥が、爛々とした表情で意見を申している。本音は、喜ばれていたと……風の噂で聞きました。

 

 あっという間に、獣人の国中に掃除の概念が伝えられました。

 

 

 ◆

 

 私がステラ様の元へ嫁いでから一年が経ちました。

 獣人の国は生まれ変わりました。肺炎での死者はほとんどいなくなったのです。

 

 功績を称え、ステラ様は表彰されました。

 

 あの時の弱々しかったステラ様はもうどこにもいません。

 すらっと背が高く、端正に鍛えられた体。短く切りそろえられた黒髪は一本一本が艶め気を放ち、ケモ耳とケモ尻尾は、誰もが羨むほどフワフワです。

 

 寛解です。

 

 お医者様にそう伝えられた時、私は声を上げて泣きました。

 ステラ様も一緒に泣いてくださいました。

 

 あと一年、あと一年で死ぬのだ。

 そう思いながら過ごした暗い毎日が生まれ変わり、もう死に怯えなくていい未来がやってきました。

 

 私は聖女ではありません。

 それでも、誰かの命を私が救えたとしたら……私は自分を誇りに思います。

 

 ひまわり畑の剪定をしていたある日、ステラ様に呼ばれました。

 

「あれ? 今日は街にお出かけに行くと言われていたのに……」

 

 随分と早いおかえりです。

 何かあったのだろうかと、私は少し心配しながらいつもの東屋に向かいました。

 

「急に呼び出してすまない、リアーナ」

「いいえ。何かお忘れ物ですか?」

「ああ、とっても大切な忘れ物をしていた」

 

 首を傾げる私の前で、ステラ様は片膝をつきました。

 

「リアーナ」

「はい」

「君と出会い、過ごせた日々は僕にとって夢のような毎日だった。楽しくて、幸せで仕方がなかった」

「私もですわ、ステラ様」

「君は聖女……いや、僕にとっては女神だ。だから、ずっと君に贈れていなかったものを今日渡したい」

 

 ステラ様はポケットから小さな箱を取り出すと、ゆっくりと開けます。

 中に入っていたのは、ダイヤの輝く指輪でした。

 

「リアーナ。僕と結婚してほしい。僕は君と出会えて幸せだ。僕の絶望を救ってくれた君を、心から愛している」

 

 私とステラ様は、実は婚姻届けを出していませんでした。

 私の経歴に傷をつけないようにと、ずっと立場上は婚約者として置いてくださっていたんです。

 

 嬉しかったです。

 私もステラ様を愛しています。

 初めて、無償の愛を注いでくれた人でした。

 私もステラ様と過ごして、不幸だと思ったことは一度もありません。

 

 ずっと、ずっとステラ様とお屋敷で暮らして行きたいです。

 

 

 ですが……私は顔をうつむけました。

 

「リアーナ……?」

「私……ステラ様に隠していたことがあるんです」

 

 掃除でこの国を少し変えたからと、調子に乗っていたかもしれません。

 

 私は……聖女ではないのです。

 私を聖女だと崇める民への罪悪感が、いつだって消えてくれませんでした。

 

 このまま嘘を貫いて、結婚を受け、国中から公爵と聖女の結婚だと祝福されたとして……私はきっと、心から喜ぶことは出来ないのです。

 

 今更本当のことを伝えるのは、ステラ様に対する裏切りでしょう。

 きっと、お怒りになるでしょう。

 私の罪悪感を償いたいばかりの自己満足で、彼を傷つけてしまうのでしょう。

 

「なんだい。リアーナ。なんでも言ってごらん」

 

 なかなか言葉がでてこなかった私を、ステラ様が優しく導きます。

 私は、その優しさに甘えてしまいました。

 

「私は……聖女ではないのです。ずっと、ずっとステラ様や民の方々を騙してきました。私がやったことは、人間の世界ではただの基礎に過ぎないんです」

 

 ステラ様は一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに首を振りました。

 

「君が聖女であるかどうかは、関係ない。僕は君を愛した。民も君を愛した。それだけで充分だ。もし君が聖女ではないと民が知ったとして……民は本当に落胆するだろうか? 僕が治めるこの公爵領の民たちを、どうか信じて欲しい」

 

 ああ……ステラ様。

 信じるに決まっていますわ。

 心優しい貴方様が導いたこの美しい公爵領を、私が信じないわけがないのです。

 

 ステラ様は私の手を取り、指輪を差し出します。

 

「もう一度言うよ、リアーナ。僕の妻になって欲しい。この命、潰えるその時まで……君と笑って過ごしたいんだ」

「私も……私もですわ!」

 

 泣きじゃくる私に微笑み、ステラ様は指輪を薬指に通していきます。

 そこで、ステラ様は私の左手の小指に付いている指輪に気づきました。

 

「リアーナ、これは?」

「あ……これは、実家のお姉様方から貰ったもので……」

 

 ステラ様は、凄く難しい顔をしながら指輪をじっと見ています。

 一瞬、ケモ耳を逆立てたかと思うと、心底不安そうな顔で私を見上げました。

 

「リアーナ……これは凄く嫌な気配がする。なんといっていいか分からないが……今すぐ外した方がいい」

 

 獣の直感、でしょうか? 

 私はこの指輪が、いつか家族を繋いでくれると夢見て外せませんでした。

 それももう、今は関係の無いことです。私の本当の家族は、目の前にいるのですから。

 

 私は言われた通り、指輪を外します。

 

 すると……

 

「きゃっ……!」

 

 一瞬のことでした。

 私の全身から、眩い光が溢れたのです。

 太陽の光すら押し返すのでは、と思えるほどの強い光でした。

 

 私はこれが何だか知っています。

 

「聖女としての覚醒が……!」

 

 聖女はその身に、聖なる光を宿します。その光が、魔物を追い払う力となるのです。

 後々知ったのですが、お姉様方から贈られたあの指輪は、呪いの指輪でした。聖女としての覚醒を妨げる品物だったのです。

 私は初めから、歓迎などされていなかったのです。

 

 私の内側から溢れる光は、公爵領全てを包み込みました。

 とんでもない規模での浄化です。私もきいたことがありません。

 大聖女に匹敵する力ではないでしょうか。

 

 一連の覚醒を見守っていたステラ様は、私を強く抱きしめました。

 

「ほら。二人ならいつだって良いことが起きる。僕を信じてくれるかい?」

「はい……! 勿論ですわ!」

 

 それから、私たちは末永く幸せに暮らしました。

 覚醒した私の大聖女としての力は、獣人の国全てを浄化し、この国はむこう100年、魔物に襲われることない国となったのです。

 実家のある人間の国は、大聖女を返せと騒ぎ立てたようですが……それは叶わない夢ですわ。

 

 

 fin





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