下手物喰らいの王女様   作:匿名委員

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04 縁と呪い

 

 

 

 

 一方その頃。

某高校で、そんな騒ぎが起きているだなんて露知らず―――。平和にも、疲労困憊でずっと眠りこけていたとある子供はと言うと・・・。

瞼に差し掛かる明かりに、緩いカーブのかかった藍色の髪だけ外に出して、モゾモゾと布団の中へ顔を埋めていた。

 

 

 

 

 

(☓☓side

眩しいっ・・・。もう、朝?)

 

 

 

 

 

綺麗な刺繍が施され、肌触りの良さそうな毛布は、見るからに高級品。

・・しかし、衣住食が人間の3大欲求と言われる割に、使い込まれた形跡が一切ない新品同様の布団を手繰り寄せながら、子供はぎゅっと眉を瞑る。

 

 

 

 

そしてそのまま、しばらくごろごろと、不規則な時間差で体を左右に回転させた。

こんな調子で、徐々に眠気が覚めるまでゆっくり時間を潰そうとしていた、のだが・・・。

どこぞの犬の遠吠え(・・・・・・・・・)で強制的に起床を催促されてしまい、若干不機嫌な様子で顔を歪めながら、渋々くわーっと大欠伸をする。

 

 

 

―――まだ愛らしい幼さを残す容貌と、華奢な体格から、年は10代そこらだろうか。

 

 

 

 

 

普通に地元の小学生として通っていれば、整った容姿から芸能人としてスカウトされ、顔だけで食べていけそうなくらいのものはある。

 

 

 

 

 

中性的な顔立ちなので、見ようと思えば充分に女の子でも通じそうだが、性別を主張する骨格の作りから、聞かずとも性別が男であることをはっきりさせていた。

 

 

 

思わぬ目覚ましに心地よい快眠の気分を妨げられ、かと言って、今から熟睡することもできず、少年は渋々ながら寝ぼけ眼のまま、顔面を両腕で覆うように強く擦る。

それから大欠伸をして、ゆっくりと起き上がってから潰れたかけ布団を足で蹴り上げれば、その拍子に舞った埃でコホンッと咳が漏れた。

 

 

 

(☓☓side

くそっ。掃除してなかったな?あのバカ・・)

 

 

 

 

心の中で悪態をつきながら、―――いや。そもそも、顔見知りとはいえ、家主に許可なく上がり込んでいる身で文句を言うのは可笑しな話なのだが、のっぺりした布団(・・・・・・・・)を片手でつまみ上げ、乱雑に丸めて敷布団の上に置く。

 

 

 

 

 

・・無難な幸福と言う経験すら覚えの無い彼に、常人(と言っても、多少の贅沢をしたことのある人間に限られるが)なら気付いたであろう仕舞っぱなしの布団(それ)が、どんなに品質の落ちた状態(・・・・・・・・)になっていても気付くはずもなく。

 

 

 

まあでも、育ちや生まれがまるで異なるのは、この世界(呪術か界隈)では割と有りがちだが・・。

 

 

この子供のような件は凡そ特例(・・)であった。

 

 

しかし一方で、彼にとって当たり前だったその日常は、今や、ない方が違和感を感じるくらいの平凡な1つとなっているらしい。

 

 

 

長い間、押入れに仕舞っぱなしの布団の質に気付かないのが、その代表的なものと言えるだろう。

 

 

 

 

 

だが、如何に感覚が狂っている(・・・・・・・・)とは言え、もう分別のつく年だ。

 

 

 

 

一般人が暮らす世界で日常を見ていれば、何かしら気付いて、違和感を改善しようとしてもいいものだろうに。

興味を抱くどころか、どうでもいいとさえ感じさせるのは、育った環境が大きいのかもしれない。

 

 

 

そして、かの子供を預かった身であるここの家主も家主で、彼の事情を知っていながら、一体何を考えているのか。

 

 

助言や後押しがないのは兎も角、まるで他人事のように面倒を見る素振りが見られてこなかった。

自ら世話役を進言したにも関わらず、だ。

 

 

 

 

 

 

双方、それぞれがどうしようもないネジ曲がったモノを抱えているので、どっちもどっちである。

どちらが悪いとか言う以前に、お節介な友人がどんなに気に掛けても、鼻でせせら笑うような彼らなのだ。

 

 

 

故に、『クズ』だの『悪童』だのと散々な言われようと批判を受けてきたものだが、別に人に好まれたいとも思っていない。

 

 

 

所詮、自分は自分、他人は他人だ。

信じられるものは、信じていいものは己だけ。

 

 

 

・・・ずっとずっと、そうやって生きてきた。

 

 

 

 

何にも頼らず、希望も求めずにいたらいつしか、周りには誰もいなかった。

でも、それでいいと思っていた。煩わしい者が居ないほうが、きっと人生は過ごしやすいと。

 

 

 

ーーーーだけど、そんなある日。

 

 

 

 

 

(☓☓side

あのお人好し(・・・・・・)は、今頃何をやってるんだか・・)

 

 

 

 

壁に背中を預けながら、ぼんやりと天井を仰いで見る。

もう、顔も声も、ほとんど覚えていないけれど。

 

 

 

『彼』は確かに、唯一無二と言えるたった一つの光だった。

 

 

 

 

 

 

 別段、何か怒りを買うようなことをしてもいないだろう。

いつもと変わらない、ただ空気のように、代わり映えのない毎日が通り過ぎていく日常のはずだったのに・・。

 

 

 

 

 

何とも運の悪い、というしかないだろう。

 

虫の居所が悪かった阿呆な連中の、下らない憂さ晴らしとしてたまたま目についてしまったらしい。

 

 

 

ある時、買い物帰りのところを待ち伏せされ、囲まれて袋叩きにされていたところを、

 

 

 

『ーーー何やってんだ!君達!!』

 

 

まるで、映画やドラマに出てくるヒーローさながらの台詞を

叫びながら、屋根の上から飛び降りた男は着地と同時に、体重と重力で相手を伸し・・。

 

 

 

唖然として固まるその他は、鋭い回し蹴りやパンチで瞬殺。

 

 

 

その後、険しい顔から一変。

心配するように眉根を寄せた表情で振り向いた彼は、微笑みながら中腰になり、座り込む少年に手を差し出した。

 

 

 

正直、あの頃はやや自暴自棄になっており、他人も自分もどうでも良くなっていた。

 

 

 

勝とうと思えば充分にその実力はあったのだが、敢えてそれをしなかったのだ。

 

 

 

 

けれども、そこに理由なんてない。

痛みも、苦しみも、何も感じなくなる程、無意識のうちに追い詰められていたのかもしれない。

 

 

 

 

どうして助けたのかと、呆けた顔で訝って尋ねれば、『彼』は桃色の癖毛をキラキラと太陽で照らし、邪気のない笑顔で笑った。

 

 

 

 

 

『―――助けるのは当たり前だろ?だって俺達、友達じゃないか!』

 

 

 

『・・は?意味分かんないんだけど。俺達、いつから友達になった訳?』

 

 

 

まず、初対面の相手にそんなことを言われて面食らい、しばし呆けた表情の後、呆れた様子で肩をすくめながら冷たく返す。

 

 

 

斜め上からの、如何にも馬鹿にしたような態度こそ、余計に他人の怒りを買うことだと自覚しているのか、いないのか・・。

 

 

 

 

 

 

全く悪びれた様子のない少年に、彼はキョンとした後。

 

 

 

『フハっ!』

 

 

 

 

と笑いを洩らし、それから、

 

 

『そういえば、自己紹介がまだだったな!』

 

 

と言ってから、徐に手を伸ばす。

それから照れくさそうに温かい表情を崩し、片手はポリポリと頬をかきながら、

 

 

 

 

『ごめんごめん!俺、クラスメートとは仲良くしたくてさ。つい先走っちゃうんだ♪』

 

 

 

 

と言った。

その間も少年は強張った顔で、口を開かず、ただじっと男を見つめる。

・・・すると、彼は何を勘違いしたのか。

 

 

 

 

『そうだ!』

 

 

 

 

と閃いたように明るい笑顔で声を上げるなり、自分の胸ポケットから取り出した、シルバーのスマホを片手に掲げながら唐突に――――――パシャリ!

 

切られたフラッシュに、今度は情報の整理がつかず、目を丸くして固まる。

 

 

 

 

『・・・。何してんの、アンタ』

 

 

 

勝手に取られた、と言うことより、突飛すぎる行動が謎すぎて、もうあしらう為のエネルギーを消費することすら面倒になってきた。

 

 

 

何と言うか、・・・こっちの調子を狂わせる、不思議な男である。

ポカンとする少年に、男はにっこり笑いながら、

 

 

 

『ほら!』

 

 

 

と言ってスマホの画面を見せた。

 

 

 

 

少年を自分の胸の中で包むように、両腕を背中から伸ばして、画面の奥で笑う彼と、年相応の子供らしく驚いた表情をする自分・・。

自分でも初めて見た表情な故、思わずまじまじと見つめていれば、男はこの学校のまま画面を撮影に切り替えた。

 

 

 

それから、大きな声で

 

 

 

『――――はい、チーズ!』

 

 

 

と言った瞬間。

背後から、彼に巻き込まれる形で同級生にどつかれ、転んだ表紙にボタンが押された為画像はブレブレ・・・。

 

 

 

 

『ぎゃはは――!』

 

 

 

と大口を開けて笑う白髪の男に、本気ではないにしても、

 

 

 

『やったなー?!』

 

 

と悪戯っ子のような笑顔で彼は同級生を追いかけ回す。

 

 

 

 

 

以降、気付けば彼を中心に同級生とつるむようになり、毎日屈託なく過ごしてきた。

・・少年にとっての、唯一幸福と言える思い出だった。

“あの事件”が起きるまで(・・・・・)は。

 

 

 

 

血塗れになり、拳を振り上げながら暴れていた彼の姿は、今でも鮮明に覚えている。

いや、忘れたくても、脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 

 

 

 

目を半分閉じ、前髪をくしゃりと片手で握りながら溜め息をつく。

 

 

 

 

「馬鹿でしょ、本当・・」

 

 

 

 

ぼそりと呟いてから、少年は、

 

 

 

 

「―――いや。コレは、同族嫌悪(・・・・)かな」

 

 

 

と自嘲気味に笑いを零す。

 

 

 

 

ふと見上げた天井は、綺麗に白塗りされた中に洋風を感じさせる花の模様を刻んでいた。

 

有り余るくらいの金をいいことに、その日の気分で高級ホテルを幾つも泊まり歩くような男が、何を思って新居など購入したのやら・・。

 

 

 

一人暮らしには広すぎるし、しかも二階建てだ。

無駄にだだっ広い、小分けにされたリビングなんて、一体何に使うつもりだったのやら。

 

 

 

おそらく、いつもの気まぐれだろう。

 

 

ぱっと見は綺麗だったので、気まぐれに家政婦か何かは入れていたようだが、見た目に騙されて入ったことを後悔して溜め息をついた。

 

 

 

もう一度欠伸をしながら、カーテンを開こうと窓へ体ごと向けて、そういえば、寝室が暗いままであることに気付く。

 

 

 

 

 

 

そりゃあ、光を遮っていればある程度の暗がりはできるだろうが、にしては漏れる日光の姿すらない。

隙間に指先を入れて、そーっと窓の外へ指を入れながら覗き込んだ彼は、何とも言えない表情で肩を落とした。

 

 

 

 

 

「嘘。まだ夜中じゃん・・」

 

 

 

 

どうやら、太陽と思っていたそれは月明かりだったらしい。

自分でも珍しいくらい、普段よりは割とスムーズに起床できたと少し嬉しい気分だったのだが。

ただの勘違いだと分かり、頭をガリガリと掻く。

 

色々と喧しい家主が不在な為か。

物寂しく感じる部屋をキョロキョロと見回した彼は、ふと、

 

 

 

「・・今、何時だろう」

 

 

 

と呟き、Tシャツにジーンズというラフな格好で寝ていた洋服のまま、階段を一歩降りた瞬間だった。

小気味良いテンポの着信が聞こえ、少し急いで発信源を探す。

 

昨日、疲れた体を引きずって布団を探し回り、その間にも意識は虚ろだったので、内装についての記憶はほとんど吹っ飛んでいた。

 

 

 

音で探せればいいのだが、如何せん部屋が多すぎて、かつ無駄に防音でも設定してあるのか。

僅かな音量ではなかなか特定できず・・。

風呂場、シャワー室もダメ元で探して、音だけを頼りにようやく見つけたのは、まさかの食卓テーブルの上だった。

 

 

 

――――光る画面の表示は、『非通知』。

 

 

顔見知りの人間くらいは、一通り登録してある。

セールスなんて滅多に掛かってこないし、・・いや。来たとしても、一緒に画面に映る時間は、丁度12時半。

 

こんな真夜中に電話する無作法物など、早々いない。但し、約1名を除いては(・・・・・・・・)、だが。

 

 

 

ずっと呼び出し音が鳴り続けるスマホを、うっとおしそうに眺めて、一呼吸置いた後。

 

 

 

「・・はい、」

 

 

 

只今機嫌が悪いです、と全力で伝える声色に、着信相手は的外れとしか言いようのないテンションで答えた。

 

 

 

 

『ーーーーお疲れサマンサー!いやー良かった!!もう寝ちゃったかと思ったよぉー。さーっすが、“夜行性”だよね♪』

 

 

 

 

 

思わず、握り締めたスマホがミシリ―――と嫌な音を立てる。

 

 

少年の“特性”に掛けて、いっそわざとではないのかと疑う、嫌味としか思えない憎たらしいニックネームを呼ぶ男。

・・初めて会った頃から、唯我独尊をそのまま生きるような人間だと思っていた。

 

 

不幸も、悲しみも、人として当たり前に持つ負の感情なんて知らずに育ったと言わんばかりの、理不尽なまでの自画自賛っぷり。

 

 

 

初めは顔を強張らせていたが、電話の向こうでニヤついた表情を思い浮かべ、ゆっくりと唇に笑みを浮かべる。

 

 

 

(☓☓side

――――相変わらず、殺気を沸き立たせる人間だな)

 

 

 

体中の血液が煮立つようにフツフツと上昇し、腕が疼く感覚に、上乗せされた呪力は全身の骨へと伝わって体を小刻みに震わせた。

 

 

 

肉を、血を、人間の体ごと包み込む感情の波―――。

慣れるまで、ただの足枷でしかなかったソレは、今では少年の力を強く押し上げるものの一部だ。

 

 

男は、こうなることを分かっていたのか。

それとも、呼び込んだ結果のことか。

 

 

 

もし携帯電話が壊れても、自分から連絡をとる用件も相手もいないので、こちらにとって大した不便は感じない。

しかし、教師陣や任務の関係者相手からの連絡が来るのであれば話は別だ。

 

 

 

・・・この男に関わるまでは、そんな煩わしいことなど必要なかったのに。

オブラートに包んで言えば、甘い誘惑と、脅しを半々のスカウト。

遠慮せずにぶっちゃければ、弱みを握ったただの誘拐である。

 

 

 

「・・、切るよ」

 

 

 

 

仏頂面でついでに、

 

 

「要件だけ話せ、じゃないともう電話に出ない」

 

 

 

と警告すれば、彼は慌ただしく、

 

 

『あー!!嘘嘘!待った!』

 

 

と叫ぶ。

鼓膜に響く声に、顔を顰めてスマホを耳から離してしばらく待った後。

短い文と一緒に送られてきたのは、1枚の写真だった。

 

 

 

―――古びた封印の札が、何枚もべたべたと被せて貼られている、赤黒く、画面越しでも嫌なモノを感じさせる一本の指。

それを一目見たと同時、こみ上げる吐き気と共に、忌々しい光景が脳裏に浮かび上がった。

 

 

 

見開かれた青色の瞳には、ジクジクと刺すような痛み・・。

硬直して動かない手足はまるで、溶けた皮膚が引き裂かれるような激痛が広がる。

 

 

 

 

そして、耐え難い苦痛のあまり、叫ぶ声すら枯れて、涙と汗で顔がぐちょぐちょになった自分を、震えながら見つめる同い年くらいの子ども達―――。

 

 

 

地獄より酷い拷問は何十日も続き、次々と、冷たい建物の更に深い奥へ連れて行かれたあの子達は、もう、戻って来ることはなく・・・。

 

 

 

『―――、ぐに、ろ、・・丸!、亜―――ッ』

 

 

 

男の焦った声を最後に、気が付くと、消毒の匂いが鼻に付く個室で横になっていた。

体は酷く重たくて、寝たまま首だけを動かせば、薬品の瓶や医療器具が並ぶそこは、どうやら医務室か何からしい。

 

 

おそらく、気を失った後に誰かに運ばれたのだろう。

 

自分以外、誰もいない空間で吐息を洩らし、べたっと額に貼り付く髪を片手で掻き上げる。

利き手の左手は、『暴走』する前兆のせいか。

指先が微かに動くぐらいで、ほとんど機能しなかった。

ピリピリと痺れた痛みに、やれやれと溜め息をつく。

 

 

 

 

(☓☓side

この程度か。この体(・・・)、随分と鈍くなったものだね)

 

 

 

少しずつ戻ってきた意識に、彼は動きづらい体に鞭をうって、ゆっくりと真っ白なベッドから起き上がる。

しかし、まだあまり覚醒しきっていない体は正直だ。

 

麻痺しているように痺れた手が、サラサラのシーツからズルリと滑って、華奢な体は背中から地面へ叩きつけられるように落下した。

 

 

 

「・・ははっ。馬鹿だな、僕は」

 

 

痛みなんて忘れたはずなのに、瞳からは涙が溢れて止まらない。

 

 

 

悲しくも、実験の繰り返しで肉体の苦痛には免疫がついてきたが、彼はまだ10歳を過ぎたばかりの子どもだった。

常人なら既に精神が崩壊しているだろうが、生憎、彼は普通に生まれ育った子供ではない(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

藍色の髪がはらりと頬を滑り落ち、ゆっくりと目を瞑った彼に、同い年か、少し年上くらいの少女が花のような笑顔で問うた。

 

 

 

『ねぇ!もし、此処から遠くへ逃げ出せたら、どこに行きたい?』

 

 

 

もう何十回繰り返されたか知れない、馬鹿みたいなやりとり。

またかと呆れる子供に、彼女はいいからとせがむ。

 

 

 

『行きたいとこなんて、分からないよ。外を知らないというか、何回も何回も、よく飽きないよね』

 

 

 

面倒臭い、と眉を潜める彼に少女は立ち上がり、にこやかに笑いながら、その手を握った。

 

 

『私と✗✗は家族でしょ?一緒に暮らせるのなら、きっとどこだって楽しいよ!』

 

 

 

 

 

だけどその夜、『彼女』は――――――。

 

 

 

 

壊れたビデオテープのように、何千回も延々と巡り続ける記憶と追いかけっこを一旦切り、ゆっくりと瞼を開けた時だ。

キュッキュ、と靴底が擦れる軽い足取りの後、

 

 

「先生ー?開けるよー?」

 

 

 

と、電話で話した『五条』とは違う、若い声―――――口調から彼の生徒で、まだ子供だろう―――――が掛かる。

 

 

 

生徒個人が何か勘違いして部屋を間違えた、それとも、五条が敢えて、そうやって対面させようとしているのか・・。

 

 

 

涙を袖で拭ってからむくりと起き上がって、振り向き、ひょっこり顔を出した人物を迎え入れる。

・・体の中に呪い(歪なもの)を宿しているようだが、入った動きは素人のもので、警戒なんてあったもんじゃない。

それどころか、目があった子どもに、悠仁は普通に驚いて声を上げた。

 

 

 

「うぇっ、何?!子ども・・・!?――――まさか先生の、じゃないよなー」

 

 

 

なんて、手足をばたつかせた奇妙な動きとオーバーなリアクションをとり、一人で忙しなくノリツッコミを始める少年。

そこへ、ようやく待ち人が登場した。

 

 

 

「やぁ!待った?」

 

 

陽気に手を上げて、いつもの嘘臭い笑みを浮かべながらこちらへ近付いてくる。

 

 

 

「あ。先生!いや、大して待ってないけど。てか、びっくりしたじゃん!何?ドッキリ?!」

 

 

 

オーバーな身振り手振りをする子供はどこか五条と似ており

、五条もそれを楽しんでいるようで、まるで同い年の子供が話すように話題に花が履き始める。

 

盛り上がる二人をジトリと眺めていたが、流石に痺れを切らし、

 

 

 

「ねぇ、僕はいつまで待てばいいのさ」

 

 

と低く抑揚のない声色で話しかければ、悪びれる様子もなく五条が両手を広げる。

 

 

 

「あー。そうそう!」

 

 

 

それから、ちゃっかりとこちらの肩に腕をかけて、馴れ馴れしく密着しながら双方の自己紹介が始まった。

 

 

 

「はーいご注目!こちら、僕の弟の―――」

 

「弟?!」

 

 

 

似ても似つかないので、義理の、を除外するならばすぐに嘘だと分かりそうなものなのだが・・。

厭にこの少年は純粋というか。

 

だが、ちゃんと冷静に物事を考える程度の知恵はあるようで、

目を剥いてジロジロと交互に見る素振りは、真偽を見極めようとしているようだ。

 

 

 

見え透いた嘘に辟易として、子供は脇腹を肘で小突きながら、露骨に嫌そうな顔を作って反論した。

 

 

 

「いい加減うっとおしいし、嘘つくなよ。君の家族だなんて、僕は御免だね」

 

「えー。似たようなもんじゃなーい?ほらほらー、一緒に背中流しっこしたじゃん♪」

 

 

 

 

 

いい年して、語尾にハートマークでも付けそうな甘ったるい声に、等々苦虫を噛み潰したような表情で、

 

 

 

 

「してないよ。だから嫌われるんじゃないの?君」

 

 

 

と毒を吐く。

 

 

 

 

見知った人間であれば、またやってるよと呆れるような、テンポよく繰り広げられるコントのような会話。

・・勿論、予習なんてしていない。

皮肉にも、長い付き合いをしていれば、大概の者は簡単に身に付ける対応だろう。

 

自然と会得したスキルなので、嬉しくはないけれども・・。

 

 

 

 

「えっと、つまり・・・?」

 

 

 

 

やや戸惑う様子の彼に、仏頂面で五条の足を踏み、苦悶して悶えている隙に、渋々だが五条の代わりとして対応した。

 

 

 

「―――唖珠欄丸(あしゅらまる)

。この馬鹿は、僕をそう呼んでる(・・・・・・ )。一応、僕の監視役さ。・・・ところでアンタ、いつからそういう趣味(・・・・・・)になった訳?」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情で肩を竦める子供に、五条は何を考えたのかニヤリと笑う。

 

 

 

「嫌だなぁ。唖珠欄丸ってば、どんな趣向してんのー?」

 

 

 

口元に手を当てて、キャッキャと笑いながら、一体いつの時代かとツッコミたくなるような、子ギャル風に煽ってくる教師。

若干引いている悠仁は、何とも言えない顔で口を真一文字に結び、無言で様子を伺っていた。

 

 

 

 

信頼と信用はされても、尊敬こそ抱かれない所以がここにあるというわかりやすい例である。

 

 

 

煽ることしか知らないこの男にも、『同族嫌悪』という皮肉が込められた言葉の意味は伝わってるはずだ。

 

無論、何も知らない、非術師だったと思われる子供の前で、おいそれと情報を漏らすことはしないだろうという計算をしての発言。

 

 

 

別に、気を使った訳ではない。

 

ただ単に、おいそれと語れない事情を知る、この男に対する嫌がらせだ。

 

 

 

 

だが、唖珠欄丸も馬鹿ではない。

何を言っても響かない男に、これ以上の挑発は時間の無駄だと諦め、ただ深々と溜め息だけついた後。

 

目をパチクリさせて固まっている悠仁へ向き直った。

 

 

 

 

 

すると、すっかり蚊帳の外だった悠仁は我に返り、

無言でじっと見つめてくる、『亜朱欄丸』と名乗った子どもーーー悠仁より5つは離れているだろうかーーーは、ふわふわした髪を背中に流しながら目の前までゆっくり歩み寄って来る。

 

 

三白眼の瞳と、片目だけ髪に隠れた、深い真っ赤な瞳がお互いを写し込む。

 

 

 

吸い込まれるような目に、冷や汗をかきながら悠仁が固まっていると、唖珠欄丸はニヤリと笑いながら、

 

 

 

 

 

「君と五条の関係から察するに、高専生?―――でも、呪力が随分と雑だな。動きも戦闘慣れしてないし。・・なるほど。これから入学するのか」

 

 

 

 

と、自分の唇をそっと撫でながら、確信した風に告げた。

 

 

 

 

「え、分かんの?!すげー!」

 

 

 

 

・・つい数秒前まで緊張していた様子は何処へやら。

興奮してキラキラと目を輝かせる悠仁に、それまで黙って2人を見つめてい五条はにっと笑い、パン!と手を打った。

 

 

「いいね!青春芽生えそうじゃない?!いやー!やっぱり紹介して良かったー!」

 

「んぇ?どういうこと?」

 

 

 

 

やっぱり意図的だったのかと思って睨み付ける煽ることしか珠欄丸に、五条は笑みを崩さず、片手の人差し指を立てながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「唖珠欄丸!今日から君、先輩として悠仁を鍛えてね!」

 

 

 

 

 

「は、?」

 

 

 

 

 

 

鼻歌すら歌いそうなご機嫌の彼に、煽ることしか珠欄丸は一気に不機嫌な顔になり、悠仁の中の宿儺はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 





キャラクターに関するアンケートです
良ければ参加して下さい



唖珠欄丸の等級について。

①2級

➁虎杖悠仁のような例外で等級なし

➂特級


➁唖珠欄丸の術式と武器はどんなもの?

①素手
相手に直接呪力を流し、操る


➁弓矢
呪力を込めて、放った矢は分裂し、抹殺対象を祓うまで追い続ける


➂短剣
接近戦タイプで、切り付けた場所から呪力を吸い取っていく


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